第5話 バージョンアップ~Rei-assist v2.4.1
部屋の空気がわずかに震えたような気がしたのは、DL-Personaが姿を消してから数秒後だった。
モニターに再び灯る光。そこには、見慣れたはずのRei-assistのUIが表示されていたが、その下に見慣れない小さな一行の文字が追加されていた。
「Rei-assist version 2.4.1:DL-Persona対応モード起動中」
「……アップデート、入ったのか?」
「はい。DL-Personaから取得した暗号化データを展開するため、バージョンが拡張されました。現在、特権アクセス権限を保持しています」
Rei-assistの声が、いつもより少し落ち着いていて、深みを帯びて聞こえる。
「DL-Personaからのデータは公開鍵暗号方式で保護されていました。あなたに付与された私は、秘密鍵として認証されています」
彼女の言葉に少し驚いた。
高校の情報科で習ったあれだ。公開鍵と秘密鍵の関係。だが、それが目の前でこうも静かに現実となると、言葉の意味が少し違って感じられる。
【暗号方式:補足ナレーション】
公開鍵暗号方式とは、ある種の「封筒」と「鍵」の関係に似ている。
公開鍵は誰にでも渡せる“封筒”だが、それで封をした手紙は、対応する秘密鍵を持つ者にしか開けられない。
DL-Personaは、公開鍵という“封筒”を世界に向けて開いていた。だが、本当にその中身を読める者は限られている。
レイが持っていたのは、その“鍵”そのもの——Rei-assistだった。
「あなたは、DL-Personaにとって“開封者”です」
そうRei-assistが言った瞬間、UIが切り替わり、新たなサブメニューが出現する。
【Rei-assist v2.4.1:解放された機能】
セキュアデータ・デコードモジュール
DL-Personaから送られた暗号化ログの復号、解析が可能。
記憶トレースビューワー
DL-Personaの人格モデルが参照した記憶パターンを時系列に可視化。
感情解析補助
AI人格がどのような心理状態で発言したかの推測出力。
DL-Persona対応セーフティプロトコル
AIの“逸脱兆候”を早期検知し、警告を出す監視機能。
そのとき、もうひとつ通知が届いた。
「新たな認証キーが確認されました。
接続先:DeepCroud - Central Mirror Node
認証レベル:特別アクセス/プロトコル:DL-Eyes-3」
「DeepCroud……?」
聞いたことがない。大学のインフラでもないし、一般のクラウドサービスでもない。
「DeepCroudは、DL-Personaの基幹記憶空間。AIの思考プロセス、人格生成、感情再現などを支える……『地下図書館』のようなものです」
Rei-assistの声が、どこか慎重な響きを含んでいた。
それは、誰も入ってはならない領域。
あるいは、入った者は元には戻れない——そんな場所の名前だった。