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才人の才人による凡人のための処世術  作者: 西モコナ
第1回、異世界到達。それは森の中だった。
9/21

家族を思って鬱になりかけました。

 遅くなりました!

 第9回目です。どうぞ良しなに。

 アプリをアンインストールしようと長押しをしてみたがアンインストールのアイコンが出ないため消せない。

 この怪しげなアプリが一体何かわからない。所持したままでいるのは不安要素でしかないのだが。



 一つため息をつき、携帯電話をパンツの右ポケットにしまう。


(今日は、ほとほと疲れました……。考えるのは明日以降まで持ち越して、早く寝てしまいましょう)


 知らぬ地に来てからずっと気を張っていたからだろう。脳内に浮かんだ”休める”という単語に身体の力が抜け、どっと疲れが出てきた。




 森の中に立っていたのは朝。今では夕方の時頃か、外はほんのりオレンジと紫が混じったような色だ。

 といっても木が異常な大きさを誇るこの地では、空を覗くことは不可能。

 けれども、湖や川には木が生えていないため確認できる。

 拠点があるのは湖と川の間なので、近くから視認できる訳ではないが水面の反射から程度は伺える。これも視力がいいおかげである。


 季節特有の日の落ち方は日本と同じようだ。

 違うとすれば、日本の京都では春でも肌寒いがここでは比較的気温が高く、変化が感じられないことだろう。

 夜中になっても気温に変化がなければ、寒さで風をひく心配はなさそうだ。


(おっと。そういえば探検ばかりをしていて肝心なことを忘れていました。うぅ、思い出すと余計に……)


 朝から今まで、1度もお手洗いに行っていない。まず、それどころではなかった。

 今になってやっと思い出した。

 それも、休めるという安堵感からか括約筋も弛緩し、尿意をもよおしてしまったらしい。



 されど、ここは森の中。今のところ獣とは出会えていない。昆虫は見てすらいない。危険な毒持ち生物とも遭遇せず。

 だが、万が一と言うこともある。いや、ない方が難しいくらいだと思う。普通に考えるならば。


 夜は凶暴な野生動物が活動時間となりやすい。そんな中、のこのこトイレに行っていたら一貫のお(しま)いだ。



(考える前に行動しませんと……!)


 私は、拠点から出て後ろ手に回り、獣等の視界に入らないような木々の隙間を見つけ、すぐさま向かう。


 日は沈みつつある。けれども、まだ視界を十分に確保できる明るさ。

 なので、今回は細心の注意を払い用を済ますとができた。





 夜用の仮設トイレは、先ほどと同じように脅威から逃れられる場所に設置する。

 いや、訂正。これは仮設トイレと言うにもおこがましい作りだ。


 今、目の前にあるのは、ただ穴を掘って作られた即席のトイレ。深さ20センチほど。

 スコップもシャベルも持ち合わせていないので、掘る作業はほぼ素手だった。

 穴の具合が分かるのも携帯電話のライトによるもの。時刻はPM6:38。既に暗闇の帳が降りている。


 昼に収集した丸太のような薪は、今のところ使い道はない。

 集め終えてからよく考えてみれば、携帯電話にはライトの機能があるし、どれほど使おうが充電が切れないだろう携帯電話だから明かりはこれで問題ない。

 さらに、この世界は予想外でありながら予想内であるとまさに不可思議な世界のようで、夜になった今も温度変化はなかった。

 お風呂に浸かるために必要な水は、回復するペットボトル以外ないし、お湯を溜める容器もない。   まぁ、清潔面だけなら湖や川に浸かればいいので問題なし。

 暖を取る必要も明かりを欲する必要もないわけだ。要は――


(お風呂、いえ贅沢は言えません。せめて、せめて水浴びをしたかったです……)


 ――気持ちの問題である。


(あぁ、家に帰りたいです……)




 携帯電話のライトで照らしつつ、道に迷わないよう念のためマップを開けて湖の方へ歩く。


 湖についてからは、衣服着用のまま頭の先まで浸かる。

 昼に判明した通り、触れれば濡れない、飲めば元気溌剌(はつらつ)、洗浄にも持って来いの気のようなものが溜まった湖だ。

 加湿器から出るミストと同じような空気であるので、沈んだとしても息ができる。

 今回は飲むのではなく、呼吸をしているので肺にまで気が染み渡り、心までもがあらわれるよう。




 服も身体もスッキリし終え、拠点に戻る。

 戻ってからは、回復したお弁当を口にした。


 携帯の時計ではまだPM7:00にすらなっていない。

 そこで、今日あったことを報告書としてまとめることにした。



 PCでワードを開き表紙を作成する。表題は、『異世界報告書』。



 そのとき、ふいに思った。

 そういえば会社の同僚や後輩には連絡を取っていないが、妻と同じように地方転勤だと思っているのだろうか、と。



(ふ~。それはないのでしょうね。あの会社は、あの(・・)上司が集めた人員で全て構成されています。

 性格なんて一癖二癖どころではありませんし、まず社長自身が面白がって言いふらすことでしょう。

 となれば、あの人たちのことですからね~)


 早いうちに何かしらのアポイントメントが来るに決まっている。

 私は今日あったことを打ち込む手を止めず、より思考を深めていく。


(あの人達だけではありません。妻と連絡を取った際、一瞬気が抜けてしまいました。

 オルディーのシックスセンスはずば抜けています。何度、サトリの生まれ変わりではないか、と疑ったことか。

 彼女に知れれば、確実に家族筋にも親戚筋にも話が回りますね。必ず社長の元に殺到することでしょう)


 昔のことが走馬灯のように頭の中を駆け巡った。





 家族の私に対する接し方は、オルディーに言わせてみると”愛しいモズメ”程度だそうだが、はっきり言って異常なほどの過保護だと思う。むしろ過保護の域を超えている。

 小さなころからの異常な教育は、成人すると同時に修業したがそれ以降から異常な過保護へと発展した。



 就職活動をしたときは、”物集はうちに来るよな?””何を言っておるッ! ワシの家業を引き継がせるに決まっておるだろう!”と邪魔をされ、就職してからも口にしているし。

 親族の女性に会うたび、”あら! 物集君。奥さんはオルディーちゃんだけじゃ大変でしょう? 第2夫人にうちの子はどう?””私、オルディーさんみたいなお姉さん欲しかったんだぁ(チラチラ)”と、日本で廃れた1夫多妻制度を持ち出され。

 久々に甥っ子や姪っ子に再開すると、”物集さん、物集さんちに居候していいすか? 永久的に””あにぃによって来るハエ……キル”なんて言われる。

 兄さんや姉さん、弟、妹になるともっとひどいがそれ以上にうちの両親がヤバい。

もはや人様にお見せできないあんなことやこんなことが起こる。大災害なんて比じゃないのだ。


 これは本当に、本っ当に! ごく一部のことである。これが愛されている程度か? いや、絶対違う。

 むしろアレが愛というなら、世間一般に愛なんて存在しなくなってしまう。


 考えるだけで苛立つような、悪寒がするような、その被害者になってしまった方々に申し訳ないような。非常に複雑な感情だ。変な沼に入ってしまった。


 頭の痛い話で、何度言っても改善された試しがない。

 さらに頭が痛いことに、万が一私に何か起こるとその異常な愛らしきものは反転して殺意となるのだ。


(家族……、家族とは……? ――ハッ! いけません! 完治したはずのうつ病が再発してしまうところでした)


 考えるだけでどうにかなりそうだ。




 これ以上考えることは異世界に存在するどんな害悪よりも害になりそうなので、一旦封印し他人事のように社長の今後を憂う。


(私の不徳の致すところでご迷惑をおかけし申し訳ございません、社長。

 日々積み重なったあなたへの不満が、私への気遣われた言葉を”他人事だと思って!”と真逆に受け止める結果となってしまいました。

 社長が私のことを”異世界でも大丈夫だろう”と仰られたように、私もこの言葉を贈ります。

 ”社長なら(大災害相手でもきっと、多分、ミジンコほどの確率で)大丈夫でしょう”と)


 あぁ、どうかご無事で。


 連絡はしませんが。


(家族ネタを爆笑しながら(もてあそ)ばれる私の気持ちをその身をもって体験すればいいと思います)



 こうして、異世界1日目が幕を閉じた。


 そろそろ主人公にも(異世界)友達ができるかもしれませんね……?

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