やはり連絡を取りましょう。
遅くなりすみません。
第5回目です。どうぞ良しなに。
まずは、武器を作る。これがないと始まらない。
拠点に戻ってからの行動は迅速に。
持っていた枝を邪魔にならないよう奥に立てかけ、隅に置いていたバッグの中から筆箱を取り出し、その中からカッターナイフを出す。
普段のデスクワークでは主に紙を割くときに使っていたが、たまに段ボールを取り壊すときもあるのでかなり頑丈で大きい。
柄の部分は小刀のように太く持ちやすい男性用だ。
収集した若い方の枝を手に取り、その辺に胡坐をかいて座る。両利きなので感覚ではどちらで扱っても精度は落ちないが、主に使うのは右手なのでカッターナイフは右手に。
(カッターナイフがあって良かった。なんとも原始的な方法ではありますが、削ることができます)
カッターの刃を長めに出し、横向けの枝の先端を膝の上に乗せる。そして、左から右へひたすらに削る、削る、削る。
30分ほど経った頃には、ほぼ均等な角材ができあがっていた。そこからさらに、削る、削る、削る、削りまくる。
さらに30分が経過したときには、綺麗な棒ができた。
棒は手に吸い付くように馴染み、やすりは一切使用していないのにあたかも使用したかのような滑らかさだった。
できた棒を持ち、拠点から少し離れた位置で準備運動を行った後、思いっきり振ってみる。
「ほぅ。我ながら良い仕上がりです。手触りもよく、重さもちょうどいいので肩や肘を痛める心配もありません。
長さも2m弱とまさしく棒術の為にあるような枝から作りましたし、リーチもあります。最高の出来栄えでしょう」
武器が完成したことで今後の活動範囲も広がるだろう。
万一のときに戦う、という選択義が増えた。
(当面はこの棒で乗り切ります。
生活に必要なものはまだまだありますが、食料や素材の収集ができるまで必要ありませんね)
必要なものを必要なときに。
取捨選択がサバイバルで生き残る道だ。
さて、食料調達にでも、と動き出したとき、グゥ~と腹の虫が鳴った。
「……腹が空いてはなんとやら。先に腹ごしらえをしましょう」
ということで、妻が作ってくれていたお弁当を手に取るのだった。
携帯電話の時計では、現時刻PM0:25。腹の虫が鳴るわけだ。
お弁当を食べながら家族のことを考える。
(社長には”連絡を入れておく”と言われましたし、別にその言葉を信用していないわけではありません。
そもそも、私から言うよりも社長から話して頂いた方が仕事として受け取ってもらえることでしょう。その方が安心するかもしれません。
ですが……)
ふと、今朝の妻の笑顔が浮かぶ。それから、子どもたち、両親、祖父母。
加えて職場の同僚や後輩たち……。
(私自身がこの世界でどうにかする生き延びることは可能です。けれど、それで心は生きていられるものでしょうか。
いえ、きっと不安に駆られて集中出来ないことでしょう。
せめてオルディーとは連絡を取りたいです)
お弁当を食べ終え携帯電話を取り出し、いざ、連絡を取ろうとして手が止まる。
(もし、社長が私の仕事先を別のところで伝えていたとすれば多くの事は語れません。さて、どうなるか……)
今度はダイヤルボタンを押し、携帯電話から流れる電子音を聞く。
存外普段通りに、3コールなる前に連絡は繋がった。
「ハイ、もしもし? モズメさんですか?」
「え、えぇ、そうです」
(あぁ……)
ここで初めて、異世界に来てから安堵感を覚えた。
「どうされましたか? お昼の時間にご連絡をくださるなんて。
あ、もしかすると先ほど社長さんからご連絡いただいたことと関係が? でしたら、地方の、それも名も知れぬ場所へ市場調査のため転勤されるとお伺いしておりますよ。
それも、その地が活気あふれる街になるまでのお仕事とか。
急なお話でしたからとても驚いてしまいましたが、モズメさんにしかできない凄く大きなお仕事だそうで。
離れ離れになってしまうのはとても寂しいですが、ワタクシ、応援しております!」
「はい。ありがとうございます、オルディー」
大変理解力の高いオルディーは、こちらの言いたいこと聞きたいことを先回りしてくれるのでとても助かる。
マシンガントークになってしまうのも彼女の長所なはずだ。
なるほど、社長はオルディーに本当の話をしていないようだ。
本来なら嘘などついても理解力の高い彼女は気遣い力も高いため、相手がどうして隠しているのかは分からずとも嘘をつくほどの理由があると考えて、あえて聞かない。
が、若くして一企業を創設する若き社長の手腕は、ものの見事に彼女の力をも上回ったらしい。声音からは何の遠慮も尋問性も感じない。
なぜ、私が声音だけでここまで推測でき、且つ確信を得られるかと言うと、彼女の小さい頃から一緒にいるという要因が一番大きい。
それは彼女から私に対しても言えることだが、まぁ幼少期からの異常な教育もあり彼女は私が本気でつく嘘や隠し事は把握できないようだ。
この話はおいおい。
閑話休題。
オルディーはどうやら、私が異世界に転移してしまったことを知らず、地方に転勤になったと聞いているようだ。
それもそうだ。いきなり自分の夫が異世界に行ってしまったがために、その地で転勤ライフを送るなんてばかげている。
社長は楽観的に受け止めすぎで、一般人が聞けば正気を疑うだろう。その点を考慮してくれたに違いない。
(ならば、私も社長の普段ない気遣いを有難く頂戴し、話を合わせておきますか)
「オルディー、今からする話をよく聞いてくださいますか?」
「ハイ、もちろんでございます!」
「では、今回の転勤の趣旨についてお話します。
今回のプロジェクトは、(サバイバル生活後はきっと)街おこしをテーマにしています。ですから、少々長い期間の(異世界)転勤になることでしょう。
オルディーや子供たちにしっかりと挨拶できず、申し訳ありません。ですが、必ず成功させて(地球へ)帰還しますから、どうか安心して待っていてください。
もちろん、連絡は定期的に取ります。いずれは子どもたちにも。
寂しい思いをさせてしまいますが、待っていてくださいね」
「……ハイッ! もちろんです!」
今後の事を思い過ぎていらない思考をしてしまった。
内容までは分からないだろうが、何かあることは彼女に伝わってしまったかもしれない。
願わくば、我が両親や兄妹(姉弟)たち、親族たちにその違和感は伝えないでほしい。
伝えれば最後、社長に何か起きても不思議ではないから。
けれども、この思考はきっと彼女に伝わらないだろう。
なんせ、既に耳に流れてくる音は無機質な電子音へ変わっているのだから……。
(社長。申し訳ありません。あんなに優しく接してくださったのに、私は恩を仇で返してしまうかもしれません)
私の思考は心に余裕ができたからか、今後の自身のことではなく、今後の社長に起こることを危惧するのだった。
今日中にもう1本上げたいところ。