出勤場所が森の中になりました。
処女作です。読みづらいことと思いますが、どうぞ良しなに。
玄関のドアを開けると、外の風が首筋を撫でる。
一瞬、ブルリと身体が震えた。
肌寒いくらいの10月中旬から時の流れは早く、もう11月末だ。京都の底冷えが本格化してきている。
スーツの上からコートを羽織っていても首筋の冷えまでは解消されないようだ。
そろそろマフラーでも着けようか、と考えてはみるものの今後の冬の冷え込みを考えるとなると。
まだまだ、だろう。
唯一の救いは大きな黒のリュック型バッグが背中を冷えから守ってくれることか。
「ふぅ、しかし寒いものは寒いんですよね」
「あら、マフラーを持ってきましょうか?」
後ろから女性の声が聞こえた。
一旦ドアを閉め、振り返ってみると、エプロン姿の女性が立っている。
女性の名は神代・ルア・オルディー。
私がまだ赤ん坊のころからの仲である。赤ん坊のころにお互いの両親同士がとても仲が良く、将来は嫁に、婿に、とほぼ確定して決まっていた婚約者だった。幸いというべきか、幼心でもお互いを婚約者と理解し合い、仲も良好であったため目論見通り満を持して入籍へと至った。
それが約9年前のことである。
現在は、オルディーの母国イタリアから離れ、もう1つの母国、さらには私の母国である日本の京都で2階建ての一軒家を新築し、子どもたち共々和気あいあいと過ごしている。
「是非、と言いたいところですが。まだやめておきます。京都の底冷えはこれからでしょうし」
「モズメさんったら。毎年そうおっしゃって風邪を召されるんです。
モズメさんは、お義母さまやお義父さまだけでなく、お爺さま、お婆さま、ご親戚の方々と多くの方たちに大変愛されておいでなのです。
今年からは是非、お持ちになった方がよろしいのでは?」
オルディーは小麦色の長いウェーブのかかった金髪の髪と、まさに外国人形のような容姿だ。
そこがまた、オルディーの性格と同じくらい両親の大のお気に入りであるため、頻繁に会っては子どもたちの話や近況報告をしているらしく、ついでとばかりに両親からの小言を土産に持って帰らされている。先ほどの言葉は、オルディーの経験則からくるさりげない気遣いに違いない。
しかも、言葉から察するに、オルディーは親戚関係の中でも人気者らしい。
まぁ、確かに改めて考えてみると、季節の変わり目のこの時期によく風邪をひいては家族に心配される。
……愛されて、うんぬんは端に置いておいたとしても。
(病弱体質ではないのですが。過保護すぎるんですよ、あの人たち。
しかし、そうですね~。毎回心配させてる私にも原因はありますか……)
「分かりました。そのようにしてください」
「ハイ。承知いたしました。……そうだ、折り畳み傘とハンドタオルはお持ちですか? 今日は降水確率が50%なんですって。
急な通り雨もあるかもしれないそうなので、お着替えも持っていかれると安心です」
「そうですね。申し訳ありませんが、マフラーとタオル、着替えはさすがに持っていませので取ってきてもらっても?」
「もちろんです! ただ今、お持ち致しますね」
オルディーは綺麗な金髪をゆらゆらと漂わせながらリビングへ向かっていった。
その間に、玄関前にある姿見でスーツの着崩れや忘れ物がないかなど、再度チェックする。
(いつも通りの平凡顔と適度になでつけた黒とほぼ変わらない茶髪、紺のスーツ、黒のバッグ、と。
忘れ物もないですし。大丈夫ですね)
しばらくして、オルディーから着替えとハンドタオルをもらって、冷え込む外に出た。
「では、行ってきます」
「ハイ。行ってらっしゃいませ」
(今日は週始めです。頑張っていきましょうか)
しっかりと気合を入れ、通勤中のサラリーマンや通学中の学生たちと同様に、駅を目指し歩いて行った。
駅に着くと、ホーム内は人でごった返していた。
カバンの中に入れていたペットボトルを取り出し、水を飲もうとしたところで、自販機の缶コーヒーが目についたので購入する。
すると、ちょうどいつも乗車している電車がホームの右側に到着した。
人が多く、おしくらまんじゅうのような密着度はチカンと間違われないか冷や冷やするが、それもいつものことだ。
対策としては、乗車時から降車時まで本を読むこと。
いざチカンと間違われたとしても、両手でしっかり本を持っていた、と言える。
ただ、今日はいつもより車両内の乗車人数が多いようで、進行方向とは反対側を向き乗車した。
しばらくしてアナウンスが流れ始める。
『次は、~駅。~駅。左側のドアが開きます。ご注意ください』
ほどなくして左側のドアが開き、本を読みながら降車する。後ろで扉の閉まる音がした。
いつもなら、降車する直前に本を閉じるが、今回は本の内容がいよいよクライマックス、という場面だったために夢中で本を読んでいた。
人が多いわりに物集が降りる駅で降りる人影を感じなかったことも原因の一つかも……ん?
(誰も下りない? いやいや、それはあり得ません。いつもは多くの降車する方々が――)
違和感を覚えた。
(私は先ほどアナウンスの通り左側のドアから出ました。確かに出たはずです。そう、いつも通り左側の)
ハタと気付く。
(左側? 本当に?
確かに私から見て左側でしたが、今日はいつもと違って電車の進行方向の反対に向いて乗車していたはず。
アナウンスは電車の進行方向を基準にできているので、つまり、私が降車したのは右側のドア?
いや、いやいや。それこそ、あり得ません!
開くはずのない逆側の扉が開くなんて。万が一開いたとしても降りられるはずがないのです! 電車はホームと壁の間を走行しているのだから!
けれども、実際に降車できています。
ならば、降りる駅を間違えたのでしょうか……?)
そこでやっと小説から目を離し、ハッ! として顔を上げた。この思考至るまでに要した時間は、たった3秒。
次の瞬間。視界からもたらされた我を疑うありえない情報により、私の頭の中は完全にショートすることになる。
「………………」
(これは――)
絶句。
あたり一面に生い茂る草木。目前に広がる神秘的な美しい湖。木々から差し込む太陽光が湖面に反射しキラキラキラ。
澄んだ水音。小鳥のさえずり。
パタ、とやけにはっきり本が地面に落ちた音がした。
(っ。整理。整理をしましょう。そう、落ち着いて。
まずは電車。きっといつもは降りないような駅に降りてしまっ……)
後ろを振り返ったところで、森の中であることに変わりはない。
しかも。
(は、ははっ……。電車どころかレールやホームすらないではありませんか……)
正真正銘、見渡す限り森である。
1本1本がお寺や神社にあるご神木よりも太く、大きい木。踏みしめている場所はふかふかの芝生。
木々の間からは木漏れ日がさし、鳥のさえずり、水音。
目前には、太陽の光が反射し煌めく、広大なスカイブルーの美しい湖。
ああ、これぞまさしく未知との遭遇。世紀の発見。
(今、私は本当に起きて行動しているのでしょうか。実は、まだ夢の中なんじゃ?
もしくは電車事故に合い、死んでしまっている、とか)
おもむろに足元を眺めると、先ほど手元から滑り落ちた本が。
「あぁ。これはれっきとした本。間違いなく本、ですね……」
身体のどこかをつねって痛みがあるなら夢ではない。
それは夢の中では、身体の感覚がないとされているからだ。
つまり、本を掴めている感覚がある時点で夢ではない。
事故死かどうかは、まず死後の世界があるかどうかわからない物集には判断できない。
というか、今、森の中のような場所とはいえ地に足をつけて立っているし、本をリュックの中に入れ左手首の血圧を測ればドク、ドクと走った時のような荒々しい鼓動を感じる。
「私は、一体どこに来てしまったというのでしょうか……」
本日、私の出勤場所は森と化した。
なるべく毎日か2日に1度ぐらいのペースで、投稿したいですね。難しいですが、努力はします。