六話 信じる者は救われる
幽霊幼女の店を出たオレ達は、一度ギルド会館に戻って来ていた。未払いだった登録料を支払い、本登録をしたのである。そうしてまたもやさっそく、ちゃんとした依頼を受けようということになったのだが……一言で言うと、異世界舐め過ぎだろこいつら、って感じの問題が起きたのだ。
「あのさぁ、まだお金あるんだから、ここは普通にゴブリン狩ってレベル上げしとこうぜ。この辺のゴブリン、弱すぎて誰も見向きもしないから、今なら狩り放題なんだし」
弱いしステータスもそれほど上がらないので、ゴブリン狩りは不人気なのだ。やるのは昨日までのオレ達みたいに、仮登録の人くらい。しかもこの辺に駆け出し冒険者なんてもうほぼいないらしく、最近ゴブリンが大量発生して困っているらしいのだ。
だがこいつらは、オレの言うことを素直に聞くようなやつらではない。
「ゴブリンってあれっしょ? 昨日の超雑魚。あんなんいっくら倒したとこで、効率悪くね?」
「そーですよ! もっとこう、派手なの倒しましょうよ、派手なの! うちのお兄ちゃんがパソコンでやってたやつに出て来る、ダークなんたらドラゴン! みたいなの!」
「ムリだから! 昨日の今日で、戦闘経験ゼロみたいなオレ達がそんなんに向かって行ったら、あっさり死ぬから!」
「ふむ、死んだ場合はどうなるんだろうな? もし幽霊としてこの世界を彷徨うこととなれば、昨日の店で雇ってもらえば生活していけそうだな」
「いや死んだ時の算段立てんのやめて!? そんなことするくらいなら、普通にもっと安全に生きろよ! ってか幽霊って死んでんだから、生活する必要がそもそもねえから!!」
「なぁルーヤンルーヤン、俺的にはあのロリ幽霊かわいかったからそれでも――」
「お前はしゃべんなただでさえカオスな話が余計ややこしくなるだろうがっ!!」
ぜぇはぁと荒い息を吐くオレに、不満げな三人――って、ヒノは別に不満そうじゃない?
「はーちゃん、私は別にゴブリン狩りでも文句ないのだぞ? ただ思ったことを言っただけで」
「さいですか……」
もうめんどいこの人達……
それでもどうにかこうにかみんなを説得し、オレ達は再びゴブリン狩りへと向かう。せめてレベルが十ぐらいになるまでは、ゴブリン狩りをして欲しい。今はせいぜい三が限度で、ほとんど出番のないミーアとギンが共にギリギリレベル一なのだ。こんなレベルでもっと強い敵になんて挑めば、瞬殺されるのは目に見えている。
治癒師が多過ぎるのが問題なんだよな……そのせいで、入る経験値の差が大きい。ヒノがあまりにもドンピシャなタイミングでヒールかけるもんだから、他の二人の出る幕がないし。辛うじてさおりん先輩は向かって来たゴブリンを蹴り飛ばして攻撃できたけど、ミーアとギンはそれすらできてないし。
「なあギン、せめてそのダガーナイフ使おうぜ?」
「つ、使っただろ!」
「ああそうだな投げたけど盛大に外しただけだな」
ギンの投げたナイフは、ゴブリンにかすりもせず茂みの中へすっ飛んで行った。その後みんなでナイフを探すハメになり、ギンには投げナイフ禁止令が出ている。
「もうお前、マジで早く転職しろ。できれば器用度のいらない職業に」
「そ、そんなの、これからでも器用度上げればどうにかなるだろ!」
「いやステータスってのは、元の素質にプラスされてるだけだから。元が低いんじゃ、上がっても微々たるもんだから」
それに元の素質が低いのは、能力が上がりづらいからってのもあるらしい。ってわけで、ギンはもうホント心の底から盗賊やめてもらいたい。転職に必要なレベル、五十だけどね!! いったい何年かかるんだろうねっ!!
肺から空気がなくなるくらいに盛大にため息を吐いた辺りで、ゴブリンの縄張りに到着した。ここからは切り替えて行かないと、イレギュラーが起こった時に対応するのは難しいだろう。起こらないのが一番なのだが。
そんなわけで、本日もゴブリン狩りに勤しんでいたのだが。二十匹ほど狩った辺りから、雲行きが怪しくなって来た。それまで雲ひとつない晴天だったのに、突然ぽつぽつと雨が降って来たかと思うと、あっという間に土砂降りになったのである。
慌てて引き返そうとしたものの、すでにオレ達がいたのはかなり森の奥。困ったことに引き返すのは難しく、仕方なくたまたま見つけた洞窟で雨宿りをすることにしたのだった。
「びしょびしょできもいんですけどー」
「わたしもそう思いますー。でも治癒師……でしたっけ? この恰好、濡れても透けないだけマシじゃないですか? これがワイシャツとかなら、大参事ですもん」
「そうだな。その場合、アリーの目を潰さねばならないところだった」
「俺だけピンポイントで!? ここにはルーヤンと言う、もう一人の男子がいるのに俺だけ!?」
「はーちゃんは別だ。アリーはどう考えても、下心オンリーでこちらを凝視する気だろう」
まあ濡れ透けのワイシャツ女子なんていたら、ギンだったら絶対やるけど。ついでに言うと、オレも見ない自信ないけど。
ギンもそれに関しては言い返せないのか、引きつった顔で固まり崩れ落ちてしまった。
それっきりギンに興味を無くしたのか、ヒノは濡れネズミな自分達の恰好を見てため息を吐いた。
「ふむ、こういう時、魔術師の有用性が身に染みてわかるな。火属性の魔法でも使えれば、乾かすのは容易だろうに」
「そう思うなら、今度からは独断で職業決めんのマジでやめてくれ」
「善処しよう」
そんなことを言い合っていると、一番奥で落ち込んでいたギンが、不意に顔を上げた。
「……なあルーヤン」
「なんだよ、濡れ透けの件なら、百パーお前が悪いぞ」
「いやそうじゃなくて! 茶色っぽくて、身体のデカい二足歩行のモンスターとかって、いる?」
「? ああ、いるぞ? オークかトロールがその系統じゃないか? って、急にどうし――」
「伏せろ!!」
ギンのいつになく真剣な声音に、全員がとっさに従った。もしそうでなければ、今頃死人が出ていたかもしれない。
唐突に洞窟の壁が爆ぜ、拳大の石つぶてがこちらに向かって飛来して来たのだ。ギンの警告により身を伏せたおかげで、負傷した者は誰もいない。だが、それで安心してもいられなかった。
オーク。それはゲームやマンガでおなじみの、豚面のモンスター。たいていはさほど強くはない。だがそいつは体長三メートル近くもあり、少なくともゴブリンなんて目じゃない強さであることは間違いなかった。
「もしかしてここ、オークの巣とか!?」
「いやどうだろう。この洞窟はあまり深くなく、他に生き物がいる気配はない。ならば恐らく、こいつも私達と同じ目的でここにいるのだろう」
「雨宿り……」
なんつータイミングの悪さだ! よりにもよって、オークが雨宿りしているところに遭遇してしまうとは……ドラゴンとか伝説級のやつが来るよりはマシだけど!
オークは右手に丸太のような棍棒を持っていた。それを壁に叩き付けることで、さっきの攻撃をして来たのだろう。もしくは、純粋に殴ろうとして外したか。どっちみち、向こうは闘う気満々のようだ。
「……ああもう! やっぱオレが行くしかねえよなぁっ!!」
唯一の近接である剣士のオレが、まずは先制攻撃を仕掛ける。逃げる選択肢がないでもないが、今のこいつに背を向けるのは一番まずい。
やけくそで叫びながら剣を振るが、オークはアッサリとかわしてしまう。レベルの問題なのか、それともオレの運動神経の問題か。どちらにせよ、オレよりも目の前のこいつの方が強いってことだ。後ろには治癒師と攻撃の当たらない盗賊しかいないので、オレ以外にまともな戦力がいないのは痛い。
どう攻めるか逡巡した隙を狙ったのか、オークが的確に棍棒を振り上げた。それは一瞬の間にオレに振り下ろされ、無残にも肉塊がひとつできあがる――かに見えた。
固いもの同士がぶつかるような音が聞こえた刹那、オークの持っていた棍棒の先が、地面に半分埋まっているではないか。しかも、棍棒を地面に突き刺したまま、なぜか苦鳴をあげオークが距離を取るではないか。
突然のことに驚くも、なにが起こったのかはハッキリと見えていた。
「ヒノ、ギン、ありがとな」
オレが棍棒の振り下ろしを避けられないと見るや否や、ヒノがオレの前に飛び出して来たのだ。そして持っていた錫杖で、攻撃を斜めに受け流した。更にギンが、持っていたまきびしをオークの足元にまいていたのである。
「俺これくらいしかできないからな……」
「礼はまだ早いかもしれんぞ」
それぞれ違う反応を見せる二人だが、オークを警戒しているのだけは同じだった。当のオークはと言えば、よほどまきびしに腹が立ったのか、その双眸を怒りに染め――たのと、ほぼ同時。地鳴りのようなすさまじい音がしたかと思うと、積み木でも崩したかのようにガラガラと洞窟の天井が崩れて来たではないか。
「は?」
「ウソだろ……」
「なにこれ……」
ヒノ、ギン、オレが驚く前で、オークはガレキに生き埋めになったのだった。その間、一秒かかったかどうか。オークだけをキレイに生き埋めに、オレ達は誰一人として負傷した者はいない。
あまりに都合の良すぎる出来事を前にあんぐりと口を開ける中、後ろからミーアが不思議そうに尋ねて来た。
「あ、あの、なんかルーヤン先輩のカバン、光ってません?」
「え?」
言われてカバンを確認すると、たしかに金色の光がカバンからあふれだしていた。慌ててカバンの中を検めてみると、光っていたのはギルドカード。それと、前にヒノがお守りだと言って押し付けて来た、ラビットフットと呼ばれる幸運を呼ぶラッキーアイテムのふたつ。
ギルドカードに新たに浮かぶ光る文字を読んでみて、理解した。それこそが、今のタイミングの良すぎる崩落の原因だったのだと。
『スキル:信じる者は救われる
効果:お守りやラッキーアイテムが、本当に効力を持つようになる』
どうやらこのスキルにより、ラビットフットが本物の効力を持ったってことだろう。ラビットフットは幸運のお守りで、敵から逃げられる幸運を授けるという説があったはずだ。ってことは、それが本当になったから、オレ達は無事に逃げられたのか……?
これってチート能力なんだろうかと微妙にズレたことを考えながらも、とりあえず全員が無事だったことに、ホッと胸をなで下ろしたのだった。