五話 どこの世界でもお金って大事
異世界ライフ、二日目。昨日宿屋に泊まるお金すら持ってなかったオレ達は、仕方なく野宿をした。と言ってもその辺に寝たのではなく、用意周到なヒノの用意していた、テントで寝たのだけど。
テントとは言え屋外であることに違いはなく、普通に肩や腰が痛くなった。一秒でも早く、この状況から抜け出したいもんだ。
今日も昨日と同じように、またゴブリン狩りに行く――のではなく。オレ達の持ち物で、高く売れるものがあれば売ろうという話になったため、行くのは市場だ。ギルド職員の人に訊いたところ、そこで珍しいものを買ってくれる場所があるという。
ただし、自己責任でってのが怖いんだよなぁ……
いったい、どんな人が出て来るのやら。少なくとも注意があった時点で、ただのいい人って線は消えている。
「にしても、これマジで初期装備でいいんだろうか……」
ついつぶやいた視線の先にあるもの。一言で言ってしまえば、四次元につながっていそうなカバンである。と言ってもアイテムが無限に入るとか虚空に消えるとかそう言ったものではなく、見た目よりものが入るだけのカバンだ。重さはだいたい半減。頑張れば人一人くらい余裕で入りそうなのがあれなんだよな……
「いいんじゃないか? 便利だしな。まあ、無限アイテムボックスなんてものが出て来たらゲーム確定できたが、これでは判断に困る、という点においてどうにかして欲しいが」
ヒノの言う通り、便利は便利なんだけど……便利すぎて、こんなものを初期装備としてもらえるってのが怖いんだよ。
この世界は異世界なのかゲームの中なのか、未だハッキリとは判明していない。現時点ではゲーム寄りだが、それだって雰囲気で判断しているだけ。確たる証拠は、何一つないのである。
不安になりつつもギルド職員に教えられた場所へ行くと、そこにあったのはやはり既視感のある光景。
「イメージまんまだなー」
「ああ、そうだな」
ヒノと二人で、呆れ半分に言い合う。それくらい、異世界の市場のイメージまんまなのだ。適当な店構え、あっちこっちの怪しげな露天商。異種族が普通に歩いていて、ネコミミウサミミキツネミミ、なんでもありだ。
「うーわ、色んな人がいっぱいいますねー。わたし、迷子になりそうです」
「ミーちゃん方向音痴だもんね。あたしと手ぇつないでよーぜ」
「はいはいはーい! 俺も方向音痴なんで、お手てつないで欲しいなぁ!」
「お前はいっそ路頭に迷え」
「アリー先輩がつながれるのは、牢屋とかだと思いますよ?」
「俺に対しての風当たりだけやけにきつくない!?」
自業自得、という言葉をギンに送ろう。その態度が原因だと、なぜ気づかない。
とにかく、ギンのことよりもまずお金だ。これがないと、マジで暮らしていけない。
市場を教えられた道順で進んで行くと、着いた先はいかにも怪しげな紫色の看板がかかった、一軒の小さな店。ちゃんと建物があるだけマシだと思った方がいいのか、それだけ稼いでるのは怪しいと見るべきか……
どちらにせよ、今のオレ達にはこの店に行く選択肢しかないのである。
生唾をごくりと飲み込みながらドアの取っ手に手をかけ――
「たのもー!!」
「ちょっヒノ!?」
道場破りのような大声と共に、臆する様子もなくずんずんと店へ入って行ってしまう。なんでオレの幼なじみ、こんなに男らしいんだろう。
微妙な気分になりながらも、ヒノを一人で行かせるととんでもないことになりそうだったので、慌てて追いかける。後の三人も、恐る恐る続く。三人っつかー、約一名、どさくさに紛れて女子と手をつなごうとしてるバカがいるが……まあスルーで。すでにさおりん先輩が足思いっきり踏みつぶしたし。
中に入ると、思っていたよりもけっこう広い。はず。断言できないのは、所狭しと並ぶ雑多な商品と思われるもの達のせいだ。それがなければ、けっこうな広さになりそうなのだが。
「店主はいるかー?」
「おいヒノ、んな態度だと――」
「さっきからいるんですけどねずっと。わたくしなんてどうでもいいのでしょうけど」
「おわぁっ!?」
突然足元から声が聞こえ飛び退くと、そこにいたのは――いたのは、なんだろ。半透明のなにか。
「え、ええっと……」
「どうしましたかお客神様。わたくしごときの底辺幽霊に、なにか用がおありで?」
「……」
ど、どこからツッコもう……
床にほぼ埋まっているがために、その半透明のなにかがなんなのかが、判断できない。ただ本人曰く『幽霊』らしい。
オレがどうしたらいいのか困惑していると、それに業を煮やしたのかヒノが床の半透明の物体に直接話しかけた。
「あなたがこの店の主人で間違いないか?」
「ええまあ、わたくしみたいなゴミ幽霊のくせに、と思われるかもしれませんが、たしかにこの店を経営する者です。生まれて来てごめんなさい。死んでるんで許してください」
とてつもなく困る自虐に、言葉を失うオレ達。いや、ヒノだけはそれを気にした様子もなく、普通に会話を続行したけど。もうちょっとなんかリアクションしてやれよ……
「死んでいようがいまいが、買い取りはできるのだろう? なら、これを買い取って欲しいのだが」
そう言ってヒノが出したのは、なぜかいくつかのアクセサリーという、異世界に持って来るものとしては相当妙なものだった。なぜ持っているのか、不明すぎるものである。
もっと持って来るべき、と言うより、もっと持って来たくなるようなものあるだろ。異世界っつーけど、最初旅行行こうぜみたいなノリだったんだからさぁ……
オレの呆れた視線に気付いたのか、ヒノがわざわざ説明してくれた。
「ん? これか? こういう事態も想定していてな、暇な時にしたバイト代をつぎ込んで、売れそうなものを持っていたのだ」
「お前、マジで異世界来る気だったんだな……」
荒唐無稽にもほどがある計画を立てて、それを実行してしまうのだから恐れ入る。口だけじゃなく、本気で実行してしまうところがヒノの恐ろしいところだ。その割に、肝心なところはノープランなのも含めて。
呆れまじりに賞賛したのだが、ヒノは普通に褒められたと受け取ったのか、満面の笑みを浮かべていた。そしてそれは、とてもかわくて……
うっかり、見惚れるところだった。危ない危ない。いくらヒノがかわいくても、中身はアレなんだから注意しないと。なにを注意すればいいのか、自分でもよくわからんけど。
さて、ヒノに地球産のアクセサリーを渡された……というか落とされた店主らしき半透明の物体は、それを機にようやくにょきにょきと、まるでキノコのように床から生えて来た。
「……ふむ、驚きの技術ですね。わたしくごときには、扱うのももったいないほどです」
そうつぶやく店主は、驚くべきことに小さかった。見た目的には五歳ほどの幼女で、そのままだと近くの台に届かない。身長が小さい分を、浮いて補っているといった感じだ。半透明の上に店が薄暗いせいで、それ以上ハッキリしたことはわからなかった。
普通に人間の幽霊……だよな。いや幽霊の時点で普通の人間かはアレだけど。
とにかく、幼稚園児が人形みたいなフリフリの服を着て、そこに浮いていた。
幼女はずいぶんと長い間ヒノの持ち込んだアクセサリーの数々を見ていた。そしてしばらくしてから、がさごそと台の中を漁って出したもの。それはけっこうな金額――具体的に言うと、百枚近い金貨山だった。
「これくらいになります。わたしくしごときでは、この程度しか出せませんが」
「じゅ、充分すぎるだろ!?」
ギルドの人に聞いた話だと、金貨一個で一万エルンくらいしなかったっけ……? ってことは、普通に百万近いわけで。
「おいヒノ、お前どんだけ高級なアクセサリー用意したんだ!?」
「いや? 普通に安物だ。地球では、高くても一個一万くらいじゃないか? おそらく、この世界では高い技術を持っているものなのだろう」
「やべぇ異世界……」
もしこの世界と地球を行き来し放題だったら、あっという間にハイパーインフレだの経済破綻だの、恐ろしいことになっていただろう。ある意味、自由に行き来できなくてよかったのかもしれない。
そんなわけで。オレ達は貧乏人から、一夜にして小金持ちとなったのだった。