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一話 ベントラーベントラー

「なあヒノ。お前、マジで異世界に行く気?」


 草木も眠る丑三つ時、真夜中二時に五人の人間が高校の校庭へとやって来ていた。言い出しっぺは、校庭のど真ん中に石灰で魔法陣とか描いた大バカ、朝丘(あさおか)緋乃(ひの)。通称ヒノである。


 なんでこんなやつが幼なじみなんだろう。そりゃあさ、顔はいいよ? ごく普通の男子高校生のオレと違って。可愛い系って言うより美人系で、モデルみたいな体型してるよ? けどさ、高校生にもなって二本の三つ編みと黒縁メガネってどうなの? しかもメガネ伊達だし。


 なぜこんな時間に校庭でこんなことをしているかと言うと、幼なじみにしてうちの部である『異文化研究部(いぶんかけんきゅうぶ)』の部長たるヒノが、突然こんなことをのたまいやがったからである。


「よし、異世界に行こうではないか!!」


 この一言からわかると思うが、ヒノってば超バカだ。言うだけならまだしも、本気でそれをやろうとしてこんなことまでやらかしているのだから、どれだけバカかはあっさりわかるだろう。成績は無駄にいいのに。


 オレのげんなりした態度なんて気にも留めず、ヒノは最後の仕上げをしていた。そもそもがどこの魔法陣かも不明な紋様に、謎の記号まで足しているのだ。もうなにがどうなるのか、オレにはサッパリである。


「当たり前だろう、はーちゃん。私がマジでなかった時なんて、これまでただの一度でもあっただろうか」


「なかったからこそこんなリアクションしてるわけだが……」


 オレがため息を吐くと、周りからも同じようなため息が。うちの部の他の部員である。二人は本気で呆れているようで、面倒そうに肩を落としている。ちなみに全員が制服着用で、旅行セットを持っていたりする。ヒノの命令だ。本気で異世界に行く気なんだろう、うちの部長さんは。


 まあ、それを本気で拒否る人が一人もいない辺り、うちの部活も相当だけど。


「よし、できたぞみんな!」


 ヒノの上げたそんな声で我に返ると、足元の無駄に立派な魔法陣が完成していた。外周は五メートルほどで、ところどころに火の点いたロウソクが立ててある。なんかもう、黒魔術の儀式っぽかった。これで生け贄を捧げるとか言いださないといいけど……


「では、私に続いて呪文を唱えるのだ!!」


 やたらテンションの高いヒノが、部員に向かって指示を出した。魔法陣の内側に描かれた小さな円を囲むように立ち、全員で手をつなげと言うのだ。


「あたしパス」


 手をつなぐ段階になって突然拒絶の意を示したのは、うちの部活唯一の三年生で先輩の油井(ゆい)桜織(さおり)。オレ的通称は『さおりん先輩』である。髪を染め化粧が濃い目のギャルっぽいイメージのこの先輩が、なにゆえこんな部活に入ったのは不明だ。


「どうしたユー先輩。何が不満なのだ?」


「手をつなぎたくないってか、こいつがイヤ」


 そこで指を差されたのは変態、もといオレの友達――はなんかヤだから、腐れ縁の有明(ありあけ)(ぎん)だ。なんつーか、うん、変態。てかうざキモイが正解か? 女子には嫌われてるやつなため、こいつと手をつなぎたくないってのはまあわかる。


「ヒドくないですかさおりん先輩! ちょーっと手をつなぐだけ、そう、先っぽだけですよ!!」


「死ね」


「相変わらず気持ち悪いなアリー」


「とりあえず黙っとこうぜギン。悪いこと言わないからさ」


「俺の扱いヒド過ぎない!?」


 涙目になるギンはさておき、問題は魔法陣である。まあこれはこれで別の問題があるんだけどな?


 ヒノはしばらく考える素振りを見せると、お手上げといった様子で肩をすくめた。


「ダメだな。アリーと手をつながせるというのは、さすがに無理難題だったか。では手をつなぐのはやめようか。特に必要もないしな」


「ないのかよ!」


「その方が気分出るかと思ったのだ」


 これっぽっちも悪びれることなく、即答するヒノ。生まれてからずっと一緒にいる妹みたいなもんだが、十六年の付き合いがあってもこいつのことは理解しがたい。


 呆れるオレをよそに、ヒノはテキパキと魔法陣のどこかを修正していた。なにをどう修正したのかは知らん。見たところでわからんし興味もない。


「これで大丈夫だ。ではみな、この円の上に立ってくれ」


 今度こそ全員が小さな円の中に立つと、ヒノは両手を空へとかかげた。


「私に続いて呪文を唱えるのだぞ」


「はいはいわかったって」


 早く終わらせて、家に帰りたいのだ。だってもう夏休み始まってるんだぞ? 初日は思う存分惰眠をむさぼるって決めてるんだよオレは。


「では。『ベントラーベントラースペースピーポー』」


「それUFO呼ぶやつ!!」


 宇宙人と交信するための呪文だから!! 異世界まったく関係ねえから!!


 オレの渾身のツッコミに、ヒノは首をかしげていた。なんでお前がなに言ってんのこいつみたいな顔してんの? え、なに? オレが悪いの?


「異世界人という存在が、宇宙人のことを指さないとどうして言える。もしかしたら、同一の存在かもしれん。異世界という場所が、実は宇宙の遥か彼方にある可能性を、いったい誰が否定できて――」


「ああもういいわかった唱える。唱えてやるから、これ終わったら帰るからな!!」


「いいだろう」


 なぜこいつはこんなにも偉そうなんだとウンザリしながらも、言う通りにしないとすねるので諦めて付き合うことにする。どうせこの魔法陣も、消すのを手伝わないといけないんだろうな……


 他の三人は眠くてどうでもよさそうだったり、ツッコむのも面倒だったり、美少女の言うことならなんでも聞くので大丈夫だったりと反応は様々。とりあえず、やめようと言い出す人間がいないことだけは確かである。


「改めて行くぞ。『ベントラーベントラースペースピーポー』」


『ベントラーベントラースペースピーポー』


 バラバラではあるものの、全員が同じ呪文を唱えた。

 その、次の瞬間だった。


 オレ達の足元の魔法陣が、唐突に光を放ち始めたのだ。


「え、ちょなにこれ!? ヒノ、お前石灰に蛍光塗料とか混ぜてないよな!?」


「混ぜようかとも思ったのだが、残念ながら予算が足りなかった」


 なら、なんで光って……!?


 その答えが出ないうちに、今度は空から光が降って来る。その光はちょうど魔法陣とキレイに重なり、まるで光る柱のようだ。光は弱まるどころかみるみるうちに強まって行き――



 世界は、真っ白に塗り潰された。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「……ふむ、ここは『知らない天井だ!』というのがお約束なのだろうが、ムリそうだな」


 どこか残念そうなヒノの声が聞こえ、そこで目が覚めた。そして、すぐにヒノのセリフの意味も理解することになる。したくもねえのに。


「うわぁ思いっきり屋外っつーか森じゃん……」


 強いて言うなら、青天井だろうか。どう見ても地球の空じゃないから、知らない天井って言い張ってもまあいいだろう。いやよくねえよそこじゃねえよ!


 ヒノのバカのせいで一瞬納得しかけていたが、よく考えてみれば森にいるのはおかしい。しかもそのうえ、辺りは明るく昼のようだ。ちなみに見えているのが地球の空じゃないと判断したのは、太陽がなんか三つあるからである。地球より小ぶりなのか、キレイな正三角形を描いているのだ。明らか地球じゃない。


「ってことは、なにこれ、異世界行こうぜ計画成功しちゃった感じ……?」


「そうだな! やはり私の計画は完璧だな!」


「アハハ―ソウデスネーサスガヒノ」


 おざなりに賞賛し、もう一度三つの太陽が輝く空を見上げ。オレは、先行きが不安すぎて胃が痛くなったのだった……


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