第2話 やぁ、少年
文才が欲しい今日この頃…
第2話 やぁ、少年
【ジギリタス大森林:外縁部】
1人の男…少年が森の中を疾駆していた
………
side:少年
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
胸が苦しい
脇腹には常に鋭い痛みがはしる
だが止まれない
止まることはすなわち、死を意味するんだから
「ギャッギャッ!追い込メ!奴は限界だゾ!」
後ろには三匹の魔物、ゴブリンが猛追して来ていた
しかし、その三匹が僕をここまで追い詰めているわけじゃないんだ
すぐ後ろの三匹は緑色の肌に不細工にひん曲がった一本の小角、いわゆる【ゴブリン】
ゴブリンだけなら僕だって何とかできるっ
魔物が嫌がる匂いを放つ匂い袋を投げつければ失神するような雑魚魔物だもん
しかし、その三匹のやや後方、木の上に位置する一匹は話が違ったんだ…
赤肌に二本の角…【ゴブリンソルジャー】、ゴブリンの上位種だよ
奴は匂い袋を受けて失神するどころか、逆上し仲間…というか子分を寄せ集めちゃったんだ
これが今の状況、絶対的な危機
足が悲鳴をあげ始める
今止まるとへたり込んじゃいそう…だから、走る
正直、いつも運動していない僕がここまで逃げられているのも奇跡だ
……だけど、そんな奇跡は長続きしなかった
がっ!、と足が木の根に引っかかり、一瞬の浮遊感
衝撃
そのままの勢いで地面を転がり
どんっ!、と木に背中をぶつけ回転が止まる
「……っ!けほっ!けほっ!」
肺の中の空気が全て飛び出てしまうかのような衝撃
に目を白黒させる
そんな隙をゴブリンが逃すとは思わず、僕が正常な思考と視界を何とか確保した頃には案の定、ゴブリン達は僕を中心とした半円状にじりじりと近づいて来ていた
僕の後ろには僕の動きを止めてくれた大木があり、逃げ場なんてない
「ギャッギャッ!」
「ギャッ!ギャッギャッ!」
「「ギャッギャッ!」」
何と言っているかはわかんない、ただ「逃げるなよ!」か「逃すなよ!」って所だろうとは理解できた
「ギャッギャッギャッ!なかなか頑張ったナ!」
そのゴブリンの後ろに赤ゴブリン、ゴブリンソルジャーが降り立つ
「ガキの肉は柔らかくて美味いんダ!」
「「「ギャッギャッ!」」」
おぞましい事を告げるゴブリンソルジャーとそれに賛同するかの様に叫ぶゴブリン達
僕…終わったな…
力なく空を仰ぎみる…1人で森に来るなんてまだ僕には早かったんだ…と後悔を噛み締めながら…
と、そんな僕の視界に、森の枝葉を叩き折り、引きちぎりながら落下してくる、白い塊が入り込んで来た
バキバキバキ!
と派手な音をたてながら、である
人間より耳が良いゴブリン達には僕なんかより先に聞こえていたことだろう
「ギャッ?お前ラ!そいつから目を離すなヨ!」
とゴブリンソルジャーがゴブリン達に命令し、自身は頭上を警戒し始める
すわ、救援か?と希望を抱く
冒険者の中には探索専門のレンジャーと名乗る人たちがいる
彼らは木々の上を渡り歩き弓矢と罠で狩りをすると聞いている
たが、その白い塊はゴブリンソルジャーとゴブリン達の間にドスン!と落ち、動きを止めた
…いや、もぞもぞと微妙に動いている
「……ぅう……ぅぷ……」
と、何とも弱々しく頼りないうめき声をあげながら
「お前ラ!そいつから目を離すなヨ!」
とゴブリンソルジャーが再度命令し、白い塊に近づいていく
ゴブリンソルジャーは白い塊をまさぐりはじめ…
「こいツ!女ダ!人間ノ!」
と歓喜の声をあげた
………
side:白い塊
(…うぅ、何だったんだあの光…)
突如、パソコンが光りだす、という災難に巻き込まれた私は…
今、良く分からないまま高い所から落下する、という災難に巻き込まれていた
だが、落下を気にすることは出来なかった
原因は、それと同時に襲いかかってきた猛烈な吐き気である
(気分悪ぃ…おぇぷ……)
頭の中を駆け巡る『誰か』の記憶……いや、もう『誰か』が誰なのかは見当がついている
おそらく、ゲームのキャラクター『cherubim』の記憶…としか思えないのだ
今まで、ゲームの中で倒してきたモンスター、魔物達との戦闘の記憶…パソコンでカシャカシャと、ではなく、自分の拳で闘っている記憶だ
思い出す度に、モンスターの骨を砕き、肉を潰す生々しい感触がその両の手に蘇る
(気持ち悪ぃ……ぉぇ…)
次の瞬間、落下する速度が減速し、空しか入っていなかった視界に木々、葉の緑が乱入してくる
(木が受け止めて……ぅぅぷ…)
と思う間もなく地面に激突
不思議な事に痛みは少ししか感じなかったが、その代わりと言っていいのか、直後、誰かに全身をこねくり回されるような不快感に襲われ
「こいツ!女ダ!人間ノ!」
と耳に入ってきた欲望まみれの声には嫌悪感しか感じなかった
……まぁ、その嫌悪感も押し寄せる吐き気には勝てず、流されていってしまったのだが
………
side:少年
「こいツ!女ダ!人間ノ!」
その声が聞こえた瞬間、僕は
「やめろ!その人に手を出すな!」
と声を張り上げていた
その白ローブの人が女性なんだったら僕が守らなくちゃ!という思考からだ
『女は世界の宝だ…女を守ろうとしねぇ男なんざ、男じゃねぇよ』とのたまう我が師の言葉のせいでもあるかもしれないけど…
「弱った人を殺すなんて!卑怯者!」
とりあえず時間を稼がなきゃ、そしたら誰か助けが来るかも…
「おいおイ!人間だって肉を食うじゃないカ!弱った鳥ニ!牛に!同情したことはあるのカ?」
「くっ……僕らは…人間は祈りを捧げるぞ!」
「命乞いをするゴブリンにもカ?」
「うっ……」
「まぁいイ、祈りを捧げりゃ殺しても良いんだロ?
『我らが王に!!』」
ゴブリンソルジャーが言い放った祈りの言葉に耳を疑う
ゴブリンの…王
「ゴブリンキング!?現れたのっ!?」
災厄の王、ゴブリンキング
かの王の恐ろしさはその戦闘力にあらず、配下のゴブリン達が知恵を持つことにある
数だけが頼りのゴブリン達が知恵を持つ
それは時にドラゴンやデーモンなどよりも恐ろしい事態である
「おっト!口が滑っちまったナ!まぁどうせ殺すから大丈夫カ!」
「「「ギャッギャッ!!」」」
「それに慈悲深い俺様はこの女は殺しやしなイ!持って帰るだけサ!」
持って帰る、その言葉の意味するところは一つしかない
亜人種に殺されずに攫われる人間の末路は、死ぬより辛いというのが常識だ
何も出来ず、ただ呆然と、そのゴブリンソルジャーが白ローブを剥ごうとする様子を眺めることしか出来なかった
「ナ、なんダ?硬いゾ、このローブ……ええイ!めんどくさイ!」
腰に提げていた剣を抜刀し、振り上げる
「…めろ…」
「死にはしないだロ!」
「やめろ!!」
そのまま振り下ろした
『ビュッ!』と風を切る音と共に落ちていく剣は…
ドパン!
という音と共に突如、跳ね上がって来た白ローブの腕に、その拳に砕かれた
それを握っていたゴブリンソルジャーも、その下半身を残して爆散していた
「「「エ?」」」
「え?」
ゴブリン達と僕の気持ちが始めてシンクロした…と思う
『何が起こった?』
考えていることは同じだろう
4人(1人と3匹?)の視線は当然、その事象を引き起こした白ローブへと向けられる
………
今や下半身しか残っていないゴブリンソルジャーにとって不運だった事は一つだけ
その白ローブの女が『オートカウンター』というスキルを持っていた事だろう
そして残された三匹のゴブリン達にとって不運だった事は…
その『オートカウンター』の衝撃で白ローブの女の吐き気が、『記憶酔い』が収まったことだろう
立ち上がり周囲をキョロキョロと一瞥し、少年と、少年を囲むゴブリン達を見とめた白ローブの女は、ゲーマー魂というか、戦士魂というか、即座に殲滅を決行
高速移動系スキル『縮地』と攻撃スキルの組み合わせにより三匹もやがて下半身のみとなるはめになった
………
side:少年
(速い)
とも僕は思えなかった
…というか何も見えなかった
ドパパパン!
と空気を叩くような音が聞こえた、と思った時にはゴブリン達は物言わぬ、を通り越し上半身が消し飛んだ死体となっていたんだから
その、鏖殺を行った本人はというと自身の身体をあちこち探っている所であった
白ローブを着ているのに動く度に『ガシャガシャ』と金属音がなる所を見ると中には鎧でも着込んでいるんだろうか
動きを止め、何かを思い出したように顔を上げる
その視線はこちらに、僕の方に向けられていた
目と目が合い…といっても白ローブの女性の目はフードと髪で隠れているのだが…白ローブの女性が口を開く
「や、やぁ少年、ここがどこだか分かるかい?」
凛と澄んだ、落ち着いた低い声だった