おまけ壱 後日談
本編を読了下さり、有難うございます。
ここから先は、本編終了後の“おまけ”となっております。
短いですが、主人公の黎果視点で書かれる“後日談”と“もしものお話”となっておりますので、宜しければお楽しみ下さい。
呪いは、私を殺すことなく消滅した。
そうしてまた、新たな朝が来る……。
「行って来ます」
私はいつものように誰もいない家に挨拶をすると、学校へ向かった。
外は小雨が降っていたので、傘を差して通学路を辿る。天気予報では夕方に大雨だとか言っていたので、鞄には一応カッパを入れてある。
雨の日は足許ばかり見てしまいがちだ。けれどじめじめした季節に負けないよう、私は成るべく前を向いて歩くことにした。
「おっぱろぉーん、黎果たん!」
いつものように校門で挨拶運動をしていると、変な生き物が挨拶をして来た。私は笑顔で、挨拶を返す。
「お早うございます、宇宙人狂乘さん」
「どんな名前だよ!? 凄い漢字だな!! てか笑顔で宣った!? 怖い!!」
私は私の考えている漢字まで見透かす針乘の方が怖いと思った。
「はぁん、黎果……待ち遠しかったよ。僕を一人にしないでおくれ……!」
挨拶運動を終えて教室に入ると、針乘が声を掛けて来る。無駄にエロい最初の声はちょっとどうにかして欲しい。
「異様にキモいよね」
「酷い!? てかそんなことよりさ……その、あのー……ね?」
もじもじそわそわとする針乘は、気持ち悪いから一周回って可愛く見えて来る。私も、毒されたな……。
「何? トイレ行きたいの?」
土曜の一件以来、針乘とは敬語で話さなくなった。名前も呼び捨てだ。
あの一件から、明日で丁度一週間になる。針乘がいなければ、こんな風にいつもの調子で話したり出来なかっただろう。学校だって、暫く休んでしまったかも知れない。だから、なんだかんだで凄く感謝している。それに、今はそれだけではなかった。
「違いますよん! 意地悪しないで!? ……アレかな、ツンデレに加えて更なるドSに目覚めちゃったとか? はぁはぁ、鞭打ちとかして興奮しちゃう性癖とか……」
「……あの時の泣き顔、スマホで撮っておけばよかったかな。ころすな……プッ」
「いや、あの状況下でのことを今言うのは卑怯じゃない!? てか最後、吹き出した!?」
思いっ切り赤面する針乘が可愛いなんて。参ったな、本当に毒されてしまったみたい。
そわそわが止まらず消化不良気味の針乘に、私は小さな声で呟いた。
「……オーケーだよ」
「へ?」
「だからその……返事」
駄目だ、頬が熱い。私は思わず針乘とは真逆の方に顔を背けた。
けれど何も言わない針乘に不安になり、チラ見する。
「……」
そこには、耳まで真っ赤にして目を丸くした針乘が固まっていた。まさかこんな反応をするとは思わず、私まで耳まで熱くなって来る。
その時、丁度チャイムが鳴った。
「おーい、席つけー。出席取るぞー」
教室に入って来た担任が出欠確認を始めたので、私は真っ赤な顔を悟られぬよう俯いて、気を引き締めようと試みる。
実は、私は日曜に針乘から告白されていた。いつものおちゃらけた感じではない、真剣にだ。
土曜は衰弱したと言っていいくらいに泣き続けたし、日曜も何もする気が起きず、腫れ上がった瞼でぼーっとしていた。そんな時、針乘に遊びに誘われたのだ。
言うまでもなく遊びたい気分ではなかったが、一人でいるとおかしくなりそうだと思い、誘いに乗った。
針乘は……ただ優しかった。時折ふざけてくれたりして、適度に気を晴らしながら真摯に対応してくれた。落ち込む私に、一日中付き添ってくれたのだ。
……それでこんな気持ちになるなんて、流され易いのかも知れない。弱っているところにつけ込まれたような気さえして来る。
それからの授業は私までそわそわしてしまって、全然頭に入っていなかったと思う。
「あぁー、なんかもうやだな俺ー……」
「どうした? 内定貰ったんじゃねえの?」
昼休み。お弁当を食べている人や屯して他愛ない話に華を咲かせる人が入り乱れる、休憩スペース。近くの三年生の男子生徒が話しているのが聞こえて来た。
「貰ったけどさぁ。なんかなぁ……。これでいいんかなって」
「ま、いんじゃね? 気に食わなきゃ転職するし」
「お前は暢気だよなぁ……」
「お前だって内定貰ったって会社、適当に決めてたんだろ」
最初に入る会社は大事だ自分のパーソナリティ云々と悩んで考えて就職する者もいれば、彼らのようになんとなく入社してなんとなく続けて、なんて人もいるのだろう。
進学組もそうで、東大のようなところを目指す者はピリピリしていて、専門学校へ行くのだと希望に目を輝かせる者もいれば、適当に短大を出ようなんて考えの人もいる。
……彪先輩は、どうだったのだろう。本来はちゃんと考えて就職先を決めて、一人前に働いて。そんな人だったはずだ。けれど、優季ちゃんの死に関わった人たちを殺害していた彪先輩は、就活をどのように行っていたのだろう。どんな考えで、何を思って。
「……黎果たん? どったの?」
バカっぽく甘いパンを齧る隣の針乘が、敏感に察して様子を窺って来た。
「……なんでもない。というか、パン粕がついて更にバカっぽさが増してるけど?」
「更にって言った!?」
平静を装って、普段通りの軽口を叩く。それは、いつもと変わらない会話。当たり前のように広がる、いつもの学校の景色。これから先も変わらないであろう、私の日常だ。
……でも、何処か空っぽだった。心にぽっかりと風穴が空いたような感覚。
当たり前のようにいた彪先輩。でも、今は……何処にもいない。
『どうやら私の後輩は無理するのが好きみたいだからな』
『私に出来ることならなんでもするからさ』
『ははっ。そんな風に想われてたなんてなぁ……知らなかったわ。有難』
何故だろう。彪先輩は、もう何処にもいないのに。いつもの学校の景色の中で、変わらずに過ごしていそうで。それで、私と針乘を見掛けて。
『よぉ』
なんて、あの優しい笑顔で話し掛けて来そうで……。
「っ……!!」
ああ、駄目だ。両目が熱くなって、視界が滲む。
「黎……っ」
急に泣き出した私を、針乘が驚いた顔で見ている。
周りは騒がしいから気付いていないだろうけど、高校生にもなって学校でボロボロと涙を溢して……気付かれたら変な奴だと思われるだろう。漏れそうになる嗚咽を、必死で抑えた。
もう土曜にあんなに泣いたのに。まだ涙は枯れてくれない。
「っ……ぱっ……」
頬を伝い溢れ落ちる止め処ない涙が、制服に染みて行く。
「せん、ぱぃっ……。あ……きら、せん、ぱいっ……!」
堪え切れずにしゃっくり上げた私を、針乘がそっと抱き寄せる。近くにいた何人かが、不思議そうにこちらを見ていた。
「……あ」
不意に針乘が声を上げた。
その時、私の脚の上――スカートの上に、何かが落ちて来た。拾い上げると、それは年期の入った黒い汽車のキーホルダーだった。
「彪先輩……? 優季ちゃん……?」
思わず天井を仰ぐが、何もあるはずがない。でも聞こえるはずのない、二人の声が聞こえた気がする。
「……二人共きっと、黎果が潰れちゃわないかってヒヤヒヤしながら見てるわよん」
私を支える針乘が、そう言って悪戯っぽく笑う。
「……そうだね……」
私は少し乱暴に涙を拭うと、思いがけず出来た恋人に向かって微笑んだ。
「私は、針乘に毒舌発揮してるのが似合ってるもんね……!」
「それは違くない!?」
相変わらず突っ込みばかりの、つまらない針乘だけど。
相変わらず代わり映えのない、下らない高校生活だけど。
私たちは、ここで生きて行く。
私たちは、
ここで生きている――。
‐END‐生きている