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第五話 鳴鳥町へ


「恥ずかしいです」


 土曜。こんな日に限って憎々しいくらいの晴天の中、長々と電車に乗り続けてやっと到着した鳴鳥町の駅で、黎果はそう呟いた。彼女は、駅の販売機で能天気に飲み物を買う針乘に、射殺すような“死線”を向けている。因みに誤字ではない。

 一方の針乘は、買ったミルクティーのペットボトルを両手でリスのように持ちながら、舌を出す。


「ごめんってばー。だって僕、学校へはいつも車送迎だし電車乗らないし……てか長々と揺られてるの退屈で嫌いというか苦手なんだよー」

「あなたいくつですか園児ですか幼児ですか恥ずかしくないんですか? あのですね、一緒にいる私まで変な目で見られるんですよ。分かります?」

「うぅ……わ、悪かったよぅ……」


 見苦しい言い訳に尚も怒りの死線で返され、縮こまる針乘。

 こいつは、あろうことか電車の中で度々立ち上がってチョロチョロと動き回るなどの奇行を披露したのだ。座っている時も落ち着きなく動くので邪魔だし、スマホで昨日調べたものを見せるも長く続かず、話す声は無駄に大きいし、挙げ句の果てに車窓に設置された遮光幕を上下させて遊び出す始末。お爺さんに不思議そうにチラチラと見られ、オバチャンからは睨まれるしで、散々な目にあった。こっちがほんとの“死線”かも知れない。

 針乘の限りなく常識から掛け離れた言動の数々は、黎果が怒るのも無理はなかった。小さな子供でも親の手前、大人しく座っているというのに。


「はぁぁ……」


 縮こまる針乘を前に、心から疲れたといった様子で溜息を吐く黎果。蓄積して行く心労に、溜息しか出て来ない。


「ま、ま、疲れた時は甘いものでも! こんなんしかないけど……」


 けろっとして有名な某ブランドの棒付きキャンディーのプリン味を差し出す針乘であったが、


「そんな甘っとろいもの、要りませんよ」


 と突き放した。

 女子には珍しい部類に入ると思うが、彼女はあまり甘いものが好きではない。中でも飴なんてものは、のど飴か夏に塩分など補給するための飴くらいしか舐めた試しがないのだ。


「あ、そう?」


 冷たく断られた針乘は傷付いた様子もなく袋を破り、自分で銜える。時おりミルクティーを飲みながら舐め、黎果はよく甘い飴に甘い飲み物の組み合せで平気だなと思っていた。

 価値観もそうだが、飲食の好みが合わない人とは恋人や夫婦になどなれても続かない、時には友達ですら難しくなるだろうとなんなとなく考える。

 どちらかが我慢すれば成り立つだろうが、それは何れ積み重なって互いに膨大なストレスとなり、破局へと導く。最初こそ好きだからと言っていても、人間限界があるものだ。価値観や飲食の好みが合わないということは、日々の生活に支障を来すということ。毎日の食事や子供の教育方針など、どれが正しいともはっきりと言えないような個人差のある事柄もその度、対立することになってしまう。喧嘩した時のお互いの主張も、どちらも間違っていなかったにしても、片方が頑として譲らないならどちらかが我慢するしかない。日々の生活が、細かいことが一々互いにストレスになるなんて、想像するだけでも壮絶な生活だ。

 針乘は大抵、黎果と対極にある。その全てが。真逆の存在と言っても過言ではない針乘。唯一、一致するところと言えば性別くらいだと言うのは悪い冗談のようだが、黎果とは服飾から飲食からまるで合わない。言っていることもたまに意味不明だし、まだ深く知っている訳ではなくても価値観が違うと言っていいかも知れない、そんな存在。

 にも関わらず針乘は諦めない。諦めないと言うよりも、最初からその選択肢自体がなかった。

 黎果がどれだけすっぱりと斬り捨てようとも、針乘が離れて行くことはなかった。僅かな兆候さえ見せずに新幹線の如く黎果に突っ込んで来る。何故だろうか。針乘なら、常に飄々としていながら実は常に冷静に物事を分析している針乘なら、確証があるかないかくらいは分かっているのではなかろうか。黎果が振り向くことはないということを。そもそも同性だし、例え天地が引っくり返った拍子に結ばれたとしても、既述した理由で儚い関係に終わるだろうということを。

 それに、分かってはいるがそれでも諦めないという感じには見えない。見えないだけかも知れないが、あまりにも自然過ぎる。

 もしかしたら、一緒にいられるだけでいいなんて思っているのか。

 どれだけ貶されようとも。

 どれほど突き放されても。


「黎果たん、あれなんだろねー?」

「え?」


 考えごとをしながら歩いていたが、幸い針乘の声に直ぐに反応することが出来た。

 針乘は前方を指差し、首を傾げている。見ると道の横に茂る高い草むらの中に、電車が停まっていた。一瞬ぎょっとするも、線路もなく、直ぐに廃車両だと気が付いた。

 例の玉中という男子とこの駅で待ち合わせという話を針乘がつけてくれたらしく、あまり離れるべきではないが、直ぐ近くだったため二人で草むら付近に近寄る。


「廃棄された古い車両でしょう」

「それは分かってるけどさー」

「それ以外に何かありますか?」

「うん」


 針乘は頷くと平然と草むらを掻き分け、電車を観察し出す。黎果は生い茂る背の高い草を眼前に、あまり入りたくないので立ち止まってそれを見守った。


「あのね」


 草むらの奥から、針乘のよく通る声が飛んで来る。

 草の高さは黎果の胸くらいまであるので、針乘が草むらに入ると身長的に首くらいまで隠れてしまい、ちょっとバカっぽい。


「こんなところに廃棄してさ、草ボーボーで誰も近寄んないってったって邪魔よねん? しかも結構古いし錆び臭いわん」


 ここから見る限りでも電車は錆が激しく劣化していて、確かに古いものではないかと窺えた。


「それは……」


 以前、古い車両を設置して現役時の写真や年代を掲示し、休憩スペースとして手を加えた公園を見たことがある。もしくは、町の何処かに飾ったり。そういう再利用ならば、分かるのだ。

 しかし目の前の車両は、長い間雨風に曝された結果の悲惨な姿。錆びだらけでボロボロ。粗大ゴミのようにただ打ち捨てられただけのようだ。ならば解体するなりなんなりきちんと処分すればいいものを、何故ずっとこのような町中に放置しておくのか、ということを針乘は言いたいようである。


「面倒だから放置しただけなのでは?」

「ならいいんだけどねぇー」


 へらっと無垢に笑ってみせる針乘だったが、眼光だけは鋭いままだった。その頬を風が撫で、黎果の横を通り過ぎて行く。

 昨日調べた轢断死亡事件や踏切事故の件などもあり、嫌なものを感じずにはいられない。


「……どうして、この廃車両に拘るのですか?」

「んーとね、例えば生きている人間では犯人は現場に戻るとかよく言うでしょ? 霊だって、花子さんも地方とかによって色々話は違うけど現れる場所はトイレ。そんな感じで、執着って言うのかな……黎果たんを殺そうとしてる奴が踏切事故で死んでるってことは、車両そのものも重要である可能性が高いってこと」


 黎果の疑問に、針乘は廃車両を好き勝手に弄くりながら答えた。


「だからダンプで狙って来たりとか、ね……?」


 嘗て窓があった枠から電車の中を見た針乘は、冷たく歪んだ笑みで或る一点を指差しながら振り返る。

 漂う錆の強烈な匂いに表情を歪めていた黎果は、針乘の指差しているものを見て顔を強張らせた。

 そこには、生々しい鮮明な赤色で大きく“全員殺される”と書いてあったのだ。視力がいいのもあり、離れていた黎果にもはっきりと見えた。


「お、脅かさないで……下さいっ……。そんなっ、塗料の落書きで……」

「いや。実はこれ、本物の血なんだよ。電車が錆臭いから分かり辛いけど、僕も最初は塗料かと思った。因みに僕のママはお医者さんなのねん。……ああ、しかも書かれて間もないわん。さっきから見てたけど、誰も近寄ってないようだったのは見過ごしかしらん? 況して、こんな致命的な色の血を出した人なんている訳ないのにねぇ……?」


 ペラペラと口を動かしながら指も動かし、なぞると赤い液体は針乘の指の腹に確りと付着していた。


「致命的な、色……?」


 震えながら問うと、草むらから出て来た針乘は両手で両肘を軽く持つような腕組みとは少し違うポーズをして、小首を傾げながら真顔で告げる。


「動脈と静脈じゃ色が違うのよ。簡単に言うと、こんな鮮やかなのは酸素を最も多く含んだ体の重要な場所にしか流れてない。僕が見る限り、下手に採血しようものなら医者でも命に関わるような部位の血よん。よほど致命的な怪我でもしない限り、こんな鮮血は出ないわねん。しかも、この量」


 改めて廃車両に目を向ける。あの大きな文字が全てそんな血で書かれているとしたら、確かにそれなりの量になるだろう。


「それこそ首でもぶった斬れば大量に飛ぶんでしょうけど」


 さらりと恐ろしいことを言った針乘は、直ぐに顔面蒼白の黎果の震える手を確りと握った。


「……この前も話したけど、ここは敵のテリトリー。何があってもおかしくないんだ。僕から離れないで、僕の手を離さないで。この血文字は、これ以上探るなという敵の警告かも知れない」


 黎果は針乘が痛いくらいにその手を握り締め、強く頷く。

 針乘は、黎果の味方。

 針乘は、黎果の護衛。

 その心強さを噛み締めながら、黎果は待ち合わせをした男子生徒が来るのを待った。






 それからほどなくして、よく中高生がしている英語だらけのサーフ系ファッションに身を包んだ少年が現れた。


「……すんません。電話で話した黒雫さんっすか……? 玉中哲です」


 背丈は一七〇センチ前後だろうか。体格はかなりいい方だ。針乘から一学年上の三年生と聞いていたが、進学か就職の時期にも関わらず髪を明るい茶色に染めており、目付きも悪い。

 年下の針乘をさん付けにしており、不良っぽい見掛けによらず礼儀正しいのかと思ったが、考えてみれば黒雫グループの社長経由で見付けた相手だろうから当然と言えば当然だろうか。


「はい。僕が黒雫です。今日は、わざわざ有難うございます」


 針乘が一人称以外は普通の対応をしている。普段の方がおかしいのだが、今の方がおかしいと感じてしまうのは何故なのか。


「いや……」


 ぼそっと答える玉中は、ちらりと黎果を見た。


「一浄……だよな? 久し振り」

「お久し振りです。玉中……先輩」


 口ばかりの台詞に、当時の友達と言うより別の関係だったのではないかと思わせる。黎果の口調も自然と、同じようなものになってしまった。

 駅で屯すのでもよかったが、黎果たちはもう少し人気のないところにしようと寂れた公園に移動する。

 たまに通行人がいるくらいで、大概は車で直ぐに通り過ぎてしまうようなところだ。これからする荒唐無稽な話も、ここなら遠慮なく出来るだろう。


「早速ですが、聞きたいことが山ほどあるんですよ」


 針乘は先手を打ってそう切り出したが、玉中は刺すような目付きで睨みながら、それを遮った。


「待て。一浄……お前、アイツと仲よかったんだろ?」

「アイツ、とは……優季ちゃんのことですか……?」


 黎果がその名前を出すと、玉中の表情があからさまに変わる。それは、極限状態まで追い詰められた人間の恐怖の顔だった。


「他に誰がいんだよっ……!? お前なら、なんとか出来んじゃねえのかっ……!? まさか、奴とグルなんじゃねえだろうなっ!?」


 どうやら黎果の調べたことは合っているらしいと分かったが、玉中が予想以上に不安定だったようだ。最初に挨拶をした時の態度は何処へやら、彼は黎果の肩に掴み掛かり、唾を飛ばしながら怒鳴った。

 あまりの剣幕に、その恐怖に満ち満ちた醜い表情に黎果が圧倒されていると、針乘が片手で玉中の太い腕を掴んだ。


「痛っ……!!」


 その瞬間、なんと体格のいい玉中が怯む。

 小柄な針乘が掴んでいるだけにも関わらず、玉中の腕がギリギリと軋む音は黎果にもはっきりと聞こえた。


「少し落ち着こうか。もしかしたら世星優季より、僕を怒らせた方が怖いかも知れないよ? ……ね?」


 ただ言葉を発しているだけであるのに感じる、精神を滅多打ちにするような鬼気。自分が言われている訳ではない黎果でさえ、思わず凍り付いた。玉中も流石に伝わったのか、黎果の肩を離して一歩退く。


「どうやら君には殊勝な態度はもう要らないようだから素に戻るね。いいかい、君は僕の質問に答えればいい。確かめたいことがあるからね。吐き散らすだけの君と違って、意味があるんだよ。それが解決に繋がる可能性があるんだから、大人しく答えろ」


 今度はあからさまに威圧的な態度で、針乘は主導権を握る。

 針乘は肉体ではなく精神面において、体格のいい男の玉中を完全に凌駕していた。性別だとか年齢だとか体格差だとかそういったものを、一切無効にする様には少し人知を超えたものを感じてしまう。


「……分かったから、離せっ……!」


 玉中がそう言いながら振り払い、同時に針乘も手を離した。

 黎果は掴まれていた玉中の腕がくっきりと鬱血してるのを見て、確かに怨霊並みに怖いかも知れないと思う。いや、黎果のことになると、と付け加えるべきか。


「先ず、他に亡くなった人については? おかしな様子があったとか、話を聞いてたりとかしない? 例えば亡くなる何日か前から変な夢を視るようになったとか、怪奇現象に遭遇したとか。君も含めて、ね」

「……最初は、小太郎だった」


 針乘の問いに、玉中は見開いた目で地を睨みながら話し出した。


「三月の……半ばくらいだったかな……? アイツの様子がおかしくなったの……」


 玉中も含め五人メンバーはいつも一緒に遊んでおり、その日もファーストフード店やゲームセンターなどで遊んでいたという。そんな楽しい時間に、後輩の農村小太郎が突然、妙なことを言い出した。

 踏切の音が聞こえる、と――。

 踏切の音とは、例のカンカンと鳴る警報機のことだ。近くに踏切はなかったという。

 その時は特に気にもされずに終わり、農村自身も全く気にしていなかった。

 だが、日が経つごとに農村はずっと踏切の音がすると言うようになる。カンカンカン……と常に頭の中に響いているのだと。そのことから、彼は引き籠りがちになっていた。

 そして或る日、三月下旬に農村から玉中に電話が掛かって来た。


『ヤバいヤバいっ……! 先輩、どうしよ……!』

『なんだよ? どうしたんだ……?』

『全部、灰色なんすよ! ここ、鳴鳥じゃない……!』


 農村は切羽詰まった声で、頻りに周囲が全て灰色であることを訴えていた。その電話も雑音ノイズが酷く、声が時々途切れている。


『落ち着け! 今、何処にいんだ?』

『煙草屋のとこです……!』


 農村がいつも使う通学路には、もう大分前から廃屋になっていた煙草屋があった。その煙草屋から五〇〇メートルほど離れたところに草むらが繁る空地があり、そこが後の遺体発見現場となる。

 取り敢えず俺のとこに来いと玉中は伝えたのだが、農村はそれを無理だと言った。鳴鳥町なのに鳴鳥町じゃないのだと。

 玉中は、農村が最後に“ゆうき”と叫ぶ声を聞いている。その直後に通話が切れて連絡が取れなくなり、轢断遺体として発見されてしまう。


「小太郎の親が捜索願を出して、俺はスマホの通話履歴も警察に見せたんだ。でも……調べたら存在しないとっから掛けられてるっつわれて……悪戯だってことにされた」


 黎果はそれを聞いて、農村も同じようにあの異空間に連れ去られたのだろうと悟った。

 次に船井満里奈も四月上旬頃から踏切の音が聞こえると訴え始め、酷く怖がって自室を出なくなるも、四月半ばに死亡。彼女は亡くなる前日、親友の土家久仁枝との通話で“あの子供が来る”という言葉を必死で伝えている。

 残された長田冬馬と土家久仁枝は、亡くなった二人の生前の台詞から、子供の頃に起きた事故が原因じゃないかと訴え出した。世星優季が、自分たちを恨んで怒っているのではないかと。

 玉中はバカなことを言うなと言ったが、四月下旬から警報機の幻聴が始まった長田は焦燥が激しかった。刺し違えてやる、もう一度殺してやると刃物などを用意していたのだが、結局学校にいる時に死んでしまった。

 長田の死の直後、五月上旬から警報機の音を聞いた土家は寺や神社に駆け込んでお祓いを受けるなどしたが、五月下旬に亡くなった。

 彼女の最期の台詞は、


『満里奈っ……守ってっ……』


 だった……。

 そして玉中もまた、六月の始めに聞いてしまったのだ。カンカンカン、と繰り返す踏切警報機の音を――。


「警察は殺人事件とか言ってて話になんねえし、住職も神主も頼りにならねえ……! 早くなんとかしねえと俺も……アイツに殺されちまうっ……」

「成るほどねぇ」


 暢気にしか聞こえない間延びした声を出した針乘は、一度ちらっと黎果を見た。


「君らは全員、踏切の警報機の音を聞いた。更に、亡くなった人は死ぬ直前に子供の霊っぽいのを見てるみたいだね。で、君はまだ見てないんだよね?」

「ああ……見てねえ」


 先ほど針乘が一瞥した意味を、黎果は勿論分かっていた。

 黎果は、警報機の音を聞いていない。更に、死ぬ直前に子供の霊を見たらしいというのも微妙だ。彼女が灰色の空間で子供を見たのは、彼女にダンプが突っ込んで来る“少し前”であり“直前”ではない。黎果は子供と少しだけ会話をしたが、恐らく轢断される直前に見た彼らは一言も交わしていないのだろう。

 そして、それ以外にも異なる点はある。


「それ以外は何もなかったんだね? 変なことを聞くようだけど、殺害予告のような血文字が見えたりとか、血塗れの子供が出て来る悪夢を見たりとかは」

「……ンな分かりやしぃホラーはねえよ。踏切の幻聴だけだ」

「君以外も……?」

「少なくともそんなん言ってんの聞いたことねえ」


 黎果は悪夢を見ており、予告のような血文字も見ているが、亡くなった四人も玉中もそんなことはないらしい。この違いが示すのは、なんだろうか。

 彼らと黎果の違いと言えば、軌鹿市にいるかいないかくらいだろうか。だが、それが重要なこととも思えない。もし軌鹿市にいる人間にしか手が出せないなどの制約があるなら、もしかしたら今黎果がここにいるように呼び出したと言えそうだが、黎果が峰津市にある羅幕学院で襲われていることからその線はない。

 まさか、黎果には特別強い怨憎を持っているなどではなかろうか。嫌な考えばかりが浮かんでしまう。


(……ちょっと待って。何か……なんだろう……)


 昨日と同じ、引っ掛かる感覚。

 黎果はその正体を掴もうと思案する。今そう感じたのなら、今までの何かが気になったからであろう。一体、何に反応したか。


「あと、そうだな……世星優季は、生前に車両とか好きだったりした?」


 黎果が思案している中、対応する針乘は意図が分からない質問をする。


「はぁ? 確か……そうだな……好きだった、と思う……。そういや電車の玩具とか一杯持ってて羨ましかったような……。けど、うろ覚えだから分かんねえぞ」

「ふぅん」


 針乘は自分が質問したくせに、まるで興味がないかのような反応を見せた。微かにひくつく玉中の眉が苛立ちを表しているも、気付いていないというより気にしていない。

 暫しの沈黙が場を支配した。


「なぁ、話したぞっ! どうすりゃ俺は助かるんだ!? 意味のある質問なんだろ? 今ので何が分かった!?」


 考える時間を与えないつもりなのか、黎果と同じく思案している様子の針乘に玉中が噛み付いた。

 如何にも不良の風体に目付きが恐ろしいので、黎果なら怯えるくらいだったが、人差し指を唇の下に当てたぶりっ子ポーズの針乘はきょとんとした顔を向ける。そしてあっけらかんと、当たり前かのように言い放った。


「今ので分かったこと? 犯人は生きてる人間ってことくらいかな?」


 放たれた言葉に、玉中と黎果は硬直する。何を言っているのか分からないと言うより、何を言っているんだという似て非なる心情だった。


「何言ってんだお前……頭湧いてんのか!? これが人間の訳ねえだろっ! 優季の霊か何かなんだろっ!? でなきゃ有り得ねえことが起きてんだろが……!」

「頭が足りない上に何も知らないくせに煩いよ。僕は世星優季が関わってないなんて一言も言ってないんだけど?」


 顰蹙気味に目を細めた針乘は、ドヤ顔で食指を突き付け眉を顰める。


「世星優季の霊は確かにいるんだろうね。けど君や黎果を呪っているのは、意志を持った生きた人間だ。……その裏に更に干渉してる黒幕がいるんだけど、それは今はいいとする」


 最後に言った黒幕というのは、黎果も前に聞いた“収集家”とやらのことだろう。保健室での天照騒ぎの人か。


「なんだよそれ……。誰かが、優季の霊と組んで殺そうとしてるってのか……? そんなん有り得んのかよ……」

「君だって最初にそんなこと言って黎果に掴み掛かったじゃん」


 的確な突っ込みを受け歯噛みする玉中を尻目に、黎果は小さく声を上げた。

 思案していた引っ掛かるものの正体。玉中の“殺そうとしてる”という言葉を聞いて、閃いたのだ。

 黎果が教室で見た血文字。そして先ほど廃車両で見た血文字。それは、どちらも“殺される”と書いてあった。更に、黎果は気付かずして針乘が質問していた時の殺害予告という台詞に違和感があったのだ。

 相手を殺める気がある時、どのように言うだろう。例えば玉中の話に聞いた長田は、もう一度殺してやると刃物などを用意していたという。そう、“殺してやる”だ。

 対して黎果の見た血文字には、“殺される”。これは襲う側と言うより、襲われる側の言葉ではなかろうか。それか、そのどちらでもない殺害を懸念した側の警告とも言える。

 もしも、仮にだ。あの血文字が優季からの警告だとしたら。優季の霊の仕業と思わせ、針乘のような科学じゃ説明がつかない能力を持った何者かが黎果たちを狙っているとしたら。

 黎果はそこに思い至り、彼女が何か分かったらしいと察した針乘は玉中に更なる追い討ちを掛けた。


「ところで、これが一番聞きたかったんだけど。君たちと黎果は、同じ幼稚園にいたんだよね? 君は学年違いだから黎果より先に小学校に上がったんだろうけど……」


 それは、黎果たちの共通点について。黎果は自己完結してしまったため、終わった段階かと思っていたが、針乘は次のように指摘した。


「君は、世星優季と同級でしょ?」

「……それがなんだよ?」


 明らかに顔が強張っていたが、玉中は平静を装って返す。


「黎果に掴み掛かった時、仲いいんだろみたいなこと言ってたよね? 黎果のお父さんの話だと、君らはみんな黎果の友達だって言ってたんだけどな。君だけ彼女と仲よくなかったの? 同級なのに?」

「……俺らは五人グループだよ。仲よかったのは、一浄と優季。けど、たまに二人と絡むことがあったってだけだ。だから一浄の親父さんも友達って言ったんだろ」


 責めるように質問する針乘を、睨むこともせずに視線を下に落とし淡々と答える玉中。

 針乘は玉中が何か隠しているかも知れないと言っていた。今、それを探っているのだろう。


「ふーん。で、世星優季の事故の時も五人グループで黎果たちに絡んでたの?」

「ッ……!!」


 玉中がびくりと震えた。驚愕に近い表情。固く拳を握り締め、決して目を合わせないように地を睨み続けている。


「分かり易い反応だね。君は何を知ってる? 何故、隠す?」

「知らねえ……」

「命懸かってんだよ。分かってんの?」


 玉中は突如、針乘を突き飛ばした。流石の針乘も突然の不意打ちに、派手に倒れ込む。ズザッと痛そうな音が黎果の鼓膜に響いた。


「知らねっつってんだろうがあああっ!! あぁッ!?」


 咆哮に近い怒鳴り声。威嚇と言うより、虚勢に見えた。まるで、何かに焦っているよう。


「黒雫さんっ……!」


 たまたま歩いていた通行人が何ごとかと振り返る中、黎果は駆け寄って針乘を助け起こした。


「っ…………。君さっ……生き残っても人生潰すよ? 黒雫グループ舐めんな」


 擦り傷と打ち付けた箇所を庇うように起き上がった針乘は、リアルに恐ろしいことを宣う。


「うっせえ! どっち道、死ぬんだろ!? 俺らが事故の時にどうしてたか分かったからってどうだってんだ! ンなこと言ってる暇あったら助かる方法の一つでも考えろよ……!」

「君があの子をっ……!!」


 突き飛ばされたばかりにも関わらず、真っ向から立ち向かおうとした針乘の言葉は途中で止まった。

 黎果も一瞬その意味が分からなかったが、直ぐに気付き血の気が引いた。

 近くに見当たらないにも関わらず、カンカンカン……と踏切の警報機の音が聞こえる。


「く、黒雫さんっ……」


 震えながらきつく針乘の手を握る黎果とは対照的に、針乘は冷静に呟いた。


「……来たな」


 そして、真顔で黎果を抱き寄せる。言葉通りだ。何があっても離さないと、この手に守るとでも言うように。

 直後、ぐにゃりと視界が歪んだ。


「待て……嫌だ! おい、なんとかしろっ……!!」


 掴み掛かろうとした玉中を黎果を抱えたままひらりと避け、針乘は言う。


「真実の時間だ」







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