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幸せ家族計画

作者: 高槻かなめ

***


「うーん、どうにかならんか? 高中(たかなか)


「うーん、無理ですね」


 職員室で、僕と担任の先生は同時に首を捻った。


「だがなぁ……、確かこの間の実力テストを休んだのは熱のせいだろ?」


「はい」


「振替テストはその日しかないんだぞ? 休めないか?」


「だから、無理です」


 僕は手で大きくバツの形を作った。先生がまた唸るけれど、これは譲れない。

 ちなみに実力テストの日に熱を出したのは僕ではない。愛娘の(りゅう)()だ。そして、今回の振替テストに行けないのは流希の幼稚園の入園式があるから。父親としては娘の晴れ舞台を見ずにはいられない。

 僕は存外成績が良いので、先生としては学校の偏差値を上げるためにもテストを受けてほしいそうだ。その日以外なら受けてもいいんだけど。


「……お前の事情も分かるがな、先生たちの中にはお前をよく思ってない人たちもいるんだ。印象を良くしておきたいだろう?」


「うーん、無理です。別に印象良くしたいとか思わないし」


 暖簾に腕押しで気が抜けたのか、先生は「はあー……」と長い溜息を吐いた。

 先生たちに印象が良くないのは知っているけど、比較的休みに融通のきく学校を選んだのだから、そこら辺は大目に見てほしい。そもそも、僕ははじめは高校なんて行く気はなかったのに、母親の泣き落としで進学したのだ。勉強はできるが、娘以上に大事なものではない。


「まあ、あとでまた話し合いだ。ひとまず教室帰れ」


「はーい」


 先生が渋々退室許可をくれた。

 やっと帰れると職員室を出る直前、現国の先生を目が合った。もう五十歳近いその先生は汚いものを見るように僕を見る。もう慣れた。中学でもそうだったから。

 気にするそぶりを見せずに教室に向かう。今日の夕飯は何にしようかとか考えながら、今朝見たチラシの特売コーナーを頭に浮かべる。流希がオムライス食べたいって言ってたな、確か。あそこのスーパーは卵の日だっけ?


「おー、(たかし)。話終わったか?」


 教室のドアを開けると人のいなくなった室内で待っていてくれた友人の長野(ながの)椿(つばき)が立ち上がる。


「うん、終わった。振替テスト受けないよ」


「……流希ちゃんを優先したいのも分かるけど、先生泣かせるなよ? あんなに心の広い教師いないぞ」


「だって、」


「ほら、帰るぞ」


 僕の言葉を遮り、椿が鞄を放る。それをキャッチして、「うん」と頷く。

 椿は僕のたった一人の友人だ。クラスメイトに一歩置かれた状態の僕を気遣ってくれる優しい奴。口は悪いけど、真面目で頼りがいがある。

 椿も自分の鞄を取り、二人で帰路に着いた。


「流希ちゃん、もう幼稚園かー。早いなぁ……」


「本当だよ。つい最近までオムツしてたのに」


「そのうち、『娘さんをください』って男が現れるんだぜ?」


「やだ! そんな想像しないでよ! 流希は誰にもあげないんだから!」


 椿は耳をふさぐ僕を軽く笑った。

 ここらへんで説明しておいたほうがいいかな。僕、高中隆は現在高校三年生の十八歳。娘の流希は四歳だ。中学二年の時に生まれた、僕の実の娘。僕の母親に手伝ってもらいながら、日々すくすくと成長している。感情が見えにくい子ではあるけど、とても可愛い女の子だ。流希が生まれたとき、周りの反応は冷たかった。中学生が子持ちになるのだから当たり前といえば当たり前。散々陰口を叩かれ、友人もいなくなった。僕はそんなことどうでもよかった。そんなことより、流希に彼女の母親が与えられなかった分の愛情も注いで育ててやること。それが肝心だと思っていたから。

 さっきも言ったように、はじめは高校に進学する気はなかった。でも、母親や椿に説得されて、形ばかりの高校生活を送ることになった。自由がきくように偏差値の低い県立高校に入学し、できるだけ流希に合わせた生活が送れるようにしたのだ。


「あ、流希ちゃんは今何が好き? 俺、入園祝いあげなくちゃ」


「いいの? 今なら日曜日の朝にやってる魔法少女かな?」


「分かった。お前、俺とかぶらないようにしろよ」


 椿は妹のように流希を可愛がってくれている。流希も「椿ちゃん」と呼んで、とても懐いている。二人は僕がヤキモチを焼くくらい仲がいい。


「流希ちゃん、保育園で一緒だった子と幼稚園も同じなのか?」


「同じだけど、友達いないみたいだよ」


「何で?」


「ほら、お母さんたちが良く思ってないからさ、僕たちのこと。子供にもそういうの伝わるじゃん? 流希も友達いなくて平気だって言ってたし」


「あのさ、」


「そうだ、卵」


「卵?」


「夕飯。」


 あのスーパーはこの道を通っては行けない。進路変更をしようと後ろを振り向いたとき、何やら柔らかいものとぶつかった。


「うわあ!」


「きゃ!」


 同時に地面に尻餅をついた。高い声からして、女の子。


「大丈夫? 坂木(さかき)さん」


 僕より早く反応した椿が女の子に手を貸して立たせる。僕はお尻をさすりながら立ち上がると、女の子の顔を見る。


「あ」


 見覚えがあった。確か同じクラスの、今椿は何て呼んだっけ? ああ、「坂木さん」。


坂木亜季(あき)さん、だ」


 僕がフルネームを呼ぶと、坂木さんの顔が見る間に朱に染まる。ショートボブくらいの髪の毛は少し明るく染めている。校則が緩いのもこの高校のいいところだ。地面に落ちた自分の鞄を抱え直し、忙しなく横髪を何度も耳にかける。


「あ、あの、尾行してたわけじゃないの。た、たまたま見かけたから」


 どもりながらそう言うと、ちらりとこちらを見た。また俯く。

 何やら? と首を捻ると、椿が僕の肩をポンと叩き、耳元で囁いた。


「なんか、話あるみたいだぞ。聞いてやれ」


 はあ。そうなんですか? 何で椿はそんなことわかるんですか? そして、何で僕を置いて帰るんですか?

 疑問は尽きないが、卵の特売のタイムリミットが迫っている。話なら早く終わらせないと。


「あの、坂木さん、何か用?」


「よ、用っていうか!」


 僕の肩越しに椿を見やって、坂木さんは小さめの声で一言こう言った。


「好きなの」


***


「おとうさん、どうしたの?」


 流希が卵を混ぜる手を止めた僕に話しかけてきた。お絵かき中らしく、赤のクレヨンで画用紙を塗っている。


「別に何でもないよ」


「ふーん」


 流希には笑顔を見せて、また画用紙に視線を落とした隙を狙って息を吐いた。

 数時間前の坂木さんとの会話が尾を引いているのだ。僕は中学生で子持ちになったおかげで、同年代の女の子に告白されるという経験はほとんどなかった。たまに積極的な子がいたけど、僕が興味を持てなかったためにお付き合いに発展したことはない。

 坂木さんとは今年初めて同じクラスになった。彼女の話によると、一年生のころから僕のことを知っていたらしい。それは珍しい話ではなくて。僕の経歴は噂好きの学生(がきども)の格好のネタになっていたから知らない生徒のほうが少ないと思う。


『最初は……、ごめんなさい、単純に好奇な目で見てた』


『うん』


 申し訳なさそうに言った坂木さんに僕はそう相槌を打った。さっきも言ったが、それは特別なことじゃない。


『あの、二年生の時、文化祭実行委員会になったでしょ?』


『ああ、そんなこともあったっけ』


 去年は学級委員長に嫌われていたのが原因か、文化祭の実行委員に決められてしまったのだ。特別なのかはわからないが、この学校は文化祭にとても力を入れていて、委員は四月から文化祭が終わる十月まで雑用に追われる。面倒だったなぁ、と思い返してしまった。

 坂木さんはぐっと自分の鞄を抱きしめる腕に力を入れ、少し発する声量を大きくした。


『高中くんは覚えてないと思うけど、私、委員の仕事中に貧血おこしちゃったことあって、』


 それを聞いたときに、去年のある日の放課後を思い出した。

 女生徒と二人きりでコピーされたパンフレットをホチキス止めしているときだった。作業が半分ほど終わり、休憩を入れようかと提案しようとした瞬間、目の前の女生徒の身体が大きく揺れて、椅子から床に倒れ落ちた。僕は驚き、彼女をなんとか保健室まで運ぶと、流希の保育園の迎えを椿に頼んで目覚めるまでベッドの脇に座っていた。なんだか、見捨てて帰ることができなかったのだ。

 坂木さんはきっとその時のことを言っている。


『あの時、目が覚めて目の前に高中くんがいてくれたの、すごく嬉しくて、それから高中くんのことが気になり始めて……』


 彼女は一呼吸置いて、もう一度初めのセリフを繰り返した。


『好きなの』


『でも、僕は坂木さんのことを何も知らないよ?』


『じゃあ、これから知って! まずは友達からでいいから。……ダメ?』


 やんわりと断ったつもりではあったのだが、伝わっているのかどうなのか、坂木さんは上目使いでそう言う。こっちが承諾しない限りこの会話は終わらない気がして、僕は首の後ろを擦った。


『……友達でよければ』


 正直、面倒だとは思ったが、久しぶりに向けられた好意に心が動いたのかもしれない。

 その瞬間、ずっと緊張で強張っていた坂木さんの顔が笑顔に変わった。その笑顔が(ながれ)―流希の母親だーに少し似ていて、僕は言葉を忘れた。


『じゃあ、また明日ね!』


 その笑顔のまま坂木さんは僕が歩いてきた道を戻っていった。

 彼女の姿見えなくなってから僕は自分の両頬を叩いた。坂木さんと流を比べるなんて、二人ともに失礼だ。流が死んだときに思ったじゃないか。

 

 もう、誰も好きにならないって。


「……さん、おとうさん!」


 またトリップしていた。流希の声で我に返ると、十分に熱されたフライパンに溶き卵を流し込んだ。

 いかん、いかん。平常心に戻れ。


「流希―、椿ちゃんが幼稚園に行くことになったお祝いくれるって言ってたぞー」


「ほんとう!?」


「本当、本当。楽しみだな」


「うん! 椿ちゃんだいすき!」


「お父さんはー?」


「もっとすき!」


 可愛い笑顔ににやけながら、チキンライスを投入して卵で包む。ちょっと焦げてしまったが、見栄えはいい。


「そろそろごはんにするから、手洗ってきなさい」


「はーい」


「……流希」


「なに?」


 呼び止めると、流希が長い髪を揺らして振り返る。


「あのな、もし新しい……」


 言いかけて、そこで止まってしまった。流希は不思議そうな顔で首をかしげた。


『新しいお母さん、欲しいか?』


 そう言いかけてやめたのだ。よく考えたら、今までそんなことを思ったことはなかったのに。この子が幼稚園に入るほど成長したのが原因か。これから、大きな世界を知れば知るほど、母親の存在もきっと大きなものになる。ただでさえ父親がこれなのだ。せめて両親が揃っていたほうが……。


「あたらしい、なぁに?」


 流希が皿の上で湯気を立てているオムライスを見つめながら聞き返してきた。


「いや、なんでもないよ。ごめん」


「へんなおとうさん」


 くすくす笑いながら、洗面所に駆けていった。


「……なあ、どうすればいいかな? 流―……」


 小さな声で天国にいる流に呼びかけた。僕はどうするべきなのかな。坂木さんのことを知っていけば、いつか、ということも起こり得るんだろうか。

 今日何度目になるかはわからないため息が口から零れていた。


***


「へ? 何それ、勿体ない」


 次の日の朝、昨日のことを椿に報告すると、彼はそう言って飲んでいたジュースのストローを噛んだ。


「勿体ない?」


「坂木さんってイマイチ目立たないけど、結構可愛いぞ?」


「……まあ、可愛いんだろうけど」


 すると、椿は僕の額にデコピンをした。


「お前がいつまでも流さんに囚われているから、いい機会かと思ったんだよ」


「囚われてるって……、流と坂木さんを比べたくない」


 額を押さえて、唇を尖らせると、今度は足を蹴られた。


「何、椿、暴力的!! DV反対!!」


「俺とお前は他人だ、馬鹿。そうやって『流、流』言ってるから、流希ちゃんに新しいお母さんができないんだよ」


「……それって必要?」


 実は昨日からそれは思っていた。もしも、僕が坂木さんのことを好きになって、流希の新しいお母さんになってもらう気になったりしたら。


「流希ちゃんのためにも、お前のためにもな」


「僕?」


 椿はふいと顔を逸らした。僕はその横顔を見る。


「流さんは死んだんだって忘れんなよ」


 ぼそりと呟いた言葉は僕にはちゃんと聞こえていたが、わかっている、という返事が出なかった。だって、流は、


「高中くん! おはよう!」


 思わず立ち止まった僕の隣に坂木さんが駆け寄ってくる。どうやら、校門前で待っていたらしい。


「あ、お、おはよ」


「長野くんもおはよう!」


「おう」


 今日は髪の毛を一つにまとめて、可愛らしい柄のシュシュで束ねている。

 さっきまでの会話で現実に戻り損ねていた僕の頭は、ああ、この子にはピンクが似合うな、なんてどうでもいいことを考える。

 僕があまりにもぼーっとしていたせいか、坂木さんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「どうかしたの?」


「い、いや、別に」


 言葉を返すのがやっとで、彼女は不審そうに眉を寄せた。椿が背中を軽く小突く。


「じゃ、俺、先に教室行ってるから」


「え、ちょ、椿!」


 僕が止めるのも聞かずに、椿はもうほかのクラスメイトを捕まえ、笑っている。

 取り残された僕と坂木さんはお互いに顔を見合わせた。目が合うと、坂木さんがにこりと優しく笑んだ。


『流希ちゃんのためにも、お前のためにもな』


 流を連想させる笑顔は先ほどの椿の言葉も思い出させる。

 流希は分かるとしても、僕のためにも?

 どちらが促すわけでもなく、ゆっくりと二人並んで校門をくぐり、昇降口へと着いたときに、僕は口を開いた。


「あのさ、坂木さん」


「あ、言おうと思ってたんだけど、亜季でいいよ」


「ん。じゃあ、亜季ちゃん」


「ちょっと待って」


 坂木さんー亜季ちゃんが小走りで自分の上履きを持ってきた。「で?」と上履きに足を入れながら、続きを促した。


「亜季ちゃんはさ、僕のこと好きだって言ったよね?」


「うん。言った」


「じゃあさ、」


 僕も外履きを脱いで自分の靴箱に仕舞う。とんとんとつま先を床に叩き、亜季ちゃんを見た。


「お母さんになる覚悟はあるの?」


 亜季ちゃんが驚いたように目を瞬かせた。そのすぐ後に吹き出す。


「なーんだ、そんなこと心配されてたの?」


 可笑しそうに笑う亜季ちゃんを僕は呆けた顔で見つめていた。ひとしきり笑ったところで、亜季ちゃんはすっと表情を変えて、僕の視線をとらえる。


「その覚悟なしに貴方のこと好きになれると思うの?」


 口調は茶化すようなものだったが、表情は真剣だった。きっと、昨日告白された時より真剣だった。僕はピリリとした空気を感じた。彼女がさっきより大人びて見えたのは、きっとその表情のせいだ。

 流のことが頭を掠める。流も時々こんなに真剣な表情を見せていた。やっぱり、亜季ちゃんはどうしても流のことを思い出させる。流希はもう覚えていないであろう彼女の母親のこと。


「気にならない?」


 無意識に言葉を口にしていた。


「気になるよ」


 亜季ちゃんは今度は柔らかい表情をしていた。僕が言わんとしていることも分かっている、そんな表情だった。


「高中くんの子供の母親のことでしょう?」


 僕は小さく頷いた。


***


 話は昼休みに持ち越された。

 僕に余裕を持たせるために、亜季ちゃんがそう提案したのだ。確かに今の状態で流のことを話す気にはなれない。

 もしかしたら、亜季ちゃんはとても賢い子なのかもしれない。

 昼休みを控えた四限の授業は滞りなく進み、教師が数式を書いている。カッカッと一定のリズムを刻みながら、チョークが黒板を走る。

 その音に耳を澄ませ、窓から入ってくる春の日差しを浴びながら、僕はそう思った。

 難しい公式が解ることだけが『賢い』ということではない。そう、そういう意味では流も賢い女性だった。


 流に出会ったのは中学一年生の夏休みだった。

 当時バスケットボールを始めたばかりだった僕は、夏休みの一日中続く練習にへとへとになっていた。その日はあまりにも疲れ果てていて、学校に辿り着く前にギブアップして通学路の途中にある公園のベンチに突っ伏した。蝉の声が夏の暑さをさらに追い立て、じんわりと汗が額から顎に流れ落ちた。もう動きたくなかった。運動が苦手で体力がないのに友達に付き合って入部したのが間違いだったのだ。明日にでも退部届を出そう。そう思った時だった。


『……貴方、大丈夫?』


 女の人の声だ。僕はゆっくり顔を上げた。

 黒く長い髪をした綺麗な女性が心配そうに僕の前に屈んでいた。


『ちょっと待って』


 口を開こうとした僕を片手で制して、ペットボトルのミネラルウォーターを白いレースの付いたハンカチにかけ、きつく絞って額に当ててくれた。買ったばかりだったのか、水は十分に冷えていて、気持ちがいい。


『ここより向こうのベンチのほうが影になっていて涼しいよ。移動しましょう』


 今いるベンチは確かに直射日光を浴びる位置に設置されている。彼女が指をさしたベンチのほうが涼がとれるだろう。

 立ち上がろうとする僕を彼女が支えてくれて、僕たちはベンチを移動した。

 腰を下ろすと、僕はスポーツバッグから水筒を取出して蓋に冷えた麦茶を流し入れると、一気に喉に流し込んだ。最後の一滴まで飲み干すと、はあっと息をついた。


『大丈夫?』


 隣でその様子を見ていた彼女は頷く僕を見ると、ほっとしたように自らも残りのミネラルウォーターを飲んだ。


『あの、有難うございました』


 なんだか恥ずかしくて、顔を向けられずにお礼だけをやっと口にする。こんな綺麗な女の人と話すことなんて今までなかった。俯くと、両頬を柔らかい手に掴まれ、顔を無理やり上にぐいっとあげさせられた。


『話をするときは相手の目を見て話しなさい。そう教わらなかった?』


 至近距離で見ると、叱っている顔さえ綺麗だった。


『……名前……』


 無意識にそう言っていた。

 彼女の意志の強そうな瞳に見入ったまま、僕は彼女に尋ねた。


『……僕は高中隆です。お名前聞いてもいいですか……?』


 すると、女性はにっこりと微笑んだ。


春日部(かすかべ)流』


 流と出会ったのはそんな暑い夏の日のことだった。

 次の日、僕は本当に退部届を顧問の先生に渡した。一緒に入部した椿は仕方ないなという風に言ってくれた。体力のない僕のことを密かに心配してくれていたらしい。ついでに、前日に公園で出会った流のことを話すと、意外そうな顔をした。


『人見知りのお前が珍しい。そんな美人なのか?』


『ちょっとびっくりするほど美人。』


 僕の答えを聞くと、椿は僕の頭をぽんぽんと二回叩いた。


『今日も行って来いよ、公園』


 この時、椿はまだ自覚さえなかった僕の気持ちに気付いていたのかもしれない。素直に頷いて、僕は自転車を公園へと走らせた。

 はあはあと息をつき、公園に到着すると、昨日と同じベンチに白いワンピースの流が座っていた。


『流さん!』


 スタンドを立てるのももどかしく、自転車を倒してベンチに駆け寄った。

 流は僕を確認すると笑って、自分の横に座るように促した。


『また会えるかな? って思ってたの』


『ぼ、くも……』


 やはり気恥ずかしくて、視線を逸らしそうになるのを必死に堪えていた。流が自分を待っていてくれたのがとても嬉しかった。その気持ちを少しでも伝えたかったが、緊張しすぎていて、この時自分が何をしゃべっていたのかは全く覚えていない。でも、僕のたどたどしい話にも流は笑顔で相槌を打ってくれたのは鮮明に思い出せる。

 話がひと段落ついたとき、僕は気になっていたことを問いかけた。


『流さんは今、何歳?』


『私? 十六歳』


『もっと上かと思った』


『十三歳からみたら、充分おばさんでしょう?』


 冗談めかして、自分を指さした。


『高校はどこ?』


 そう聞くと、流は視線をふいと逸らしてから、申し訳なさそうに笑った。


『行ってないの』


 高校に行くのは当たり前だと思っていた僕は、一瞬反応が遅れてしまった。


『ほら、そこの角に孤児院があるの知ってる?』


 毎日通る道だ。もちろん知っていたが、『孤児』という言葉に慣れ親しんでいなかったために、気に留めることもなかった。『小鳥苑』という看板を掲げているその建物から、小さな子供たちが飛び出してくるのを何度か見かけたことはあったような気がする。


『私ね、あそこで育ったの』


『それって、』


『親がいないのよ。で、あそこで暮らせるのは中学生までなの。今は住み込みのボランティアっていう形で、あの施設を手伝ってる』


 驚いた。こんなにあっさりと孤児であることを僕に打ち明けてくれたことにも、想像していたよりもずっとずっと大人な彼女にも。


『なんか、隆くんって何でも話しちゃいそうになるわね』


 流は、不思議、と言って、かぶっていた帽子を手で押さえた。風が強く吹いたからだった。


『明日もここにいる?』


 勢いでそう言うと、流は帽子から手を離して、口の端をくいっと上げた。


『隆くんが来るんならね』


 その日から、公園で数時間話をするのが日課となった。後で聞いたことだが、その時間は貴重な休み時間だったらしい。たまたま子供たちの忘れ物を取りに来た時にベンチに突っ伏す僕を発見したのだと。そのことを謝ると、いつも流は口をへの字に曲げ、『おかげで隆くんに出会えたのに』と怒ったものだった。

 夏休みが終わるころ、流が不意に言った。


『夏休みが終わったら会えなくなるね』


『え』


 珍しく愁いを含む横顔を見て、僕は胸の奥がギュッと痛む感覚に襲われた。

 この時、初めて僕は気付いたのだと思う。流に対する感情に。そして、彼女も同じ気持ちなのかもしれないということに。


『……小鳥苑って、ボランティア募集してないの?』


 初めて、その白い柔らかい手に触れた。驚いたように目を開いた流の顔が忘れられない。


『土日だけになるけど……、僕も行っちゃ駄目かな?』


 言い淀む流の手をぎゅっと握った。今だ、今言わなくちゃ。


『流さんと一緒にいたいんだ。これからも』


 だって、


『流さんが好きだから』


 こんな短時間に他人のことが愛しいという感情が芽生えるとは思わなかった。だって、正味一ヶ月程度だ。その感情がいつ生まれたのか、僕には分からない。ただ言えることは、この気持ちは間違いなく初恋だったということ。

 流は僕のセリフを聞くと、俯いてしまった。

 しまった、と思ったが、その耳が赤くなっているのに気付いた。


『春日部流さん』


 今度は僕が彼女の両頬に手を添え、顔を上げさせる。


『僕とお付き合いしてください』


 流は僕の両手にそっと自分の手を重ね、赤く染まった頬のまま、嬉しそうに頷いた。


『……喜んで』


 それから僕は学校が休みの間は小鳥苑を手伝うようになった。流と一緒にいられるだけで幸せだった。子供たちには冷やかされるし、ハードな力仕事が主だったが、それすらも楽しかった。

 そんな日々が数ヶ月続いたある日、流が熱を出して寝込むことがあった。流は時々具合が悪そうに座り込むことがあったりして気にはなっていたが、貧血か何かだろうと思っていた。ところが、今回は何か嫌な予感がした。

 流が熱を出して三日目、僕は園長先生に呼び出された。それは同時に嫌な予感が的中したということだった。園長先生は『落ち着いて聞いてほしい』と前置きをして、流が患っている病気について説明してくれた。簡単にまとめてしまえば、彼女は生まれつき心臓が悪いのだということだった。この弁がどうの、血管がどうのと細かい説明があったが僕には理解できるものではなく、今度の診察で余命はあと一年ほどであると告げられたことだけ頭に入って、何も考えられなくなった。


『隆くんが辛いなら、もう流に会わないほうがいいわ』


 園長先生は悲しそうに首を振った。もっと早く言うべきだったかもしれない、と眦を潤ませた。

 辛くないと言えば嘘になる。だけど、こんな別れ、想像もしなかった。僕は長い沈黙の後、一筋涙が自分の頬を伝ったのに気付き、それをぐっと拭った。


『最期まで、流といさせてください』


 声は震えていたし、泣き声になっていたし、格好悪かった。でも、その言葉に後悔はなかった。園長先生は考え直すように言ったが、僕は頑固に前言を撤回するのを拒んだ。

 その足で流の部屋を訪ねた。


『……ばれちゃったか』


 まだ熱が高いのだろう。赤い顔のまま息苦しそうにしている流が小さく舌を出した。


『隆といると苦しいことが少なくなってて、隠し通せるかと思ったんだけど』


『……』


 黙ったまま布団の傍に座ると、涙だけが流れた。そのまま僕のしゃくりあげる声だけが部屋を包む。流はそんな僕を見つめていたが、ゆっくりと言葉を発した。


『……ねえ、最期のお願い、聞いてくれない?』


 流を見ると真剣な瞳とかち合って、つい目を逸らしそうになったが、『話すときは相手の目を見る』という約束を破らないように、涙を袖口で拭い、『何?』とできる限り優しく聞き返した。


『子供が欲しいの』


 これには絶句した。何を言い出すのかと、驚きで涙が止まった。


『私の生きた証に、隆との子供が欲しい』


『そんな心臓に負担掛けること……』


『お願い』


 彼女の目を見たまま黙っていると、もう一度『お願い』と口が動いた。僕はそれに逆らうべきだった。まだ僕は子供だったのだ。それをもっと自覚するべきだった。

 結果、出会ってちょうど一年後の夏、流は早産で女の子を出産すると、それと引き換えに命を落とした。

 パァンっと乾いた音が病院の廊下に響いた。僕の母親が僕の頬を平手打ちした音だった。僕には父親がおらず、母親が女手一つでここまで育ててくれたのだ。それなのに、この馬鹿息子は世間に目を向けられないようなことをしでかした。母が怒るのは当然だった。

 何回でも叩かれ、罵声を浴びせられる覚悟はあった。だが、母はその一回だけで、園長先生たちに頭を下げた。


『本当に申し訳ありません。申し訳、ありません』


 謝っても仕方のないことなのはそこにいる全員が分かっていた。だけど、母はこの言葉しか知らないように繰り返し繰り返し頭を下げながら言った。


『隆』


 園長先生たちが帰った後、母は落ち着いた声で僕に呼びかけた。


『あんたは知らないだろうけどね、お母さん、流ちゃんに会ったの』


 初耳だ。いつの間に。まだ痛む頬を押さえて、顔を母に向けた。


『何度もさっきの私みたいに謝ってた。あんたの人生を台無しにしてしまったって。責任もとれないのにって。責任はあんたがちゃんととりなさい。世間様には私が叩かれてあげる。その代り、責任を持ってこの子供を育て上げてみせなさい』


 流が命を落としてから初めての涙が出た。

 子供には『流希』と名付けた。生前流が言っていたからだ。『私の希望だから』と。

 世間の風当たりはやはり強かった。予想していたよりもずっとずっと非難された。どんなに後ろ指を指されてもここまでやってこれたのは、さりげなくフォローを入れてくれる母と理解してくれる友人の椿、そして流希の存在のおかげだ。

 みんなに恩返しをするためにも、流の希望を消さないためにも、父親としてできることを全部やろうと今までがむしゃらにやってきた。そこに見え隠れしだした『母親』の必要性。椿は流希のためだけじゃなく、僕のためにもなると言っていたけど……、正直、まだそんなことを考える必要はないと思っていた。



 亜季ちゃんはお弁当を探る箸を止めて、僕の話を聞いていた。この話をするのは椿のほかには初めてかもしれない。


「だから、僕は誰とも付き合う気も結婚する気もなかったし、これからもないんだろうと思ってる」


「なんか、悔しいなー……」


 箸を置いて、亜季ちゃんが呟いた。左手がシュシュを弄っている。


「そうやって、流さんは高中くんに大切なものを残したんでしょう? 確かに私にはできないことだから」


「うん」


 僕は流希とお揃いの、魔女っ子キャラをデコったお弁当を食べ始めた。一気に話したら昼休みはほとんど残っていなかった。急いで食べてしまわないと。その間も亜季ちゃんは何か考え込むように黙っていた。お弁当箱は半分も空いていない。


「あの、さ、高中くん」


「何?」


「流希ちゃん、今はどうしてるの?」


「一人で公園」


「私を流希ちゃんに会わせてもらえないかな?」


 掻き込んでいたご飯をのどに詰まらせ、慌ててお茶を飲んだ。


「げほっ、何、で?」


「流希ちゃんと仲良くなれたら、私と付き合って!」


「だか、ら、そういう問題じゃ……」


「じゃ、放課後、公園にお迎え行くから!」


 この子はなんて猪突猛進な子なんだ。これが噂の肉食系女子ってやつか。

 変に感心していたら、亜季ちゃんは弁当を片付けて、「お先に」と教室に帰ってしまった。一人残された僕は、他のおかずもお茶で流し込み、なんとか昼休み中に昼食を終えることができた。


***


 公園に着くと、流希はきょとんと僕の隣でにこにこしている亜季ちゃんを見上げた。


「だれ?」


「お姉ちゃんはね、お父さんのお友達だよ」


 亜季ちゃんが流希の目線まで腰をかがめて、そう自己紹介をした。

 納得していないのか、流希が僕を見る。


「坂木亜季さん。お父さんのクラスメイト」


「おともだち。椿ちゃんいがいの?」


「そうだよ」


 流希がまだ不審そうにしていると、子供たちが寄ってきた。この公園では話しかけてくる子いないって聞いてたけど。


「りゅうきちゃんのおかあさん?」


「おかあさんもこうこうせいなの?」


 亜季ちゃんが「まあ!」と嬉しそうな声を出したが、反対に流希は一気に不機嫌になった。

 からかうようなその口調は、親に吹き込まれたことをしゃべっているのは僕にもわかる。これだから、世間は嫌いだ。ほら、公園の奥で奥様方がこっちを見て笑っている。まったく、意地が悪い大人ばかりだ。


「ちがうよ! わたしのおかあさんはひとりだけだもん!」


 子供たちと亜季ちゃんを思い切り睨み付けると、僕の横をすり抜けて家に帰る道を走っていく。


「流希!」


 慌てて、小さな背中を追う。亜季ちゃんもびっくりしたように走りながらついてくる。

 さすが、去年保育園の運動会のリレーでアンカーを走っただけはある。運動不足の僕は見失わないようについていくのがやっとだ。

 首からぶら下げた鍵を使って玄関を開け、中に飛び込むと鍵を閉めなおされた。自分の鍵を差し込んだが、ドアはチェーンロックで開かなくなっており、中の流希はドアの隙間からこちらを睨んでいる。


「わたしはおかあさんがいなくてもいいもん」


「だから、この人はまだお友達で」


「いま、『まだ』っていった」


 つい使ってしまった言葉尻を取られ、僕はがんっと扉に頭を打ち付けた。


「お姉ちゃんね、流希ちゃんとお友達になりたいの! ね、ダメかな?」


 亜季ちゃんが後ろで必死にフォローを入れている。中にいる流希のジト目は変わらない。

 流希には物心つく前から流のことを話聞かせているので、今ここにいなくても、自分にはちゃんと母親がいることを理解している。


「おともだち?」


「そう! お母さんにはまだならなくていいから!」


「また『まだ』っていった」


 亜季ちゃんがしまったと頭を抱える。


「流希……」


「何してんだ、お前ら」


 後ろから不意に椿の声がした。

 振り向くと、もう私服に着替えなおした椿が大きな荷物を抱えて立っていた。


「椿〜……、流希が籠城しちゃって〜……」


「何してんだよ、本当に」


 泣きつく僕を呆れ果てたように押しのけ、中の流希に話しかける。


「流希ちゃん、プレセント持ってきたよー。開けてー。」


 かちゃ。

 無言でチェーンが外される音がして、椿だけ中に引っ張り込まれた。またすぐにチェーンがかけられる。


「流希〜、お父さんも入れて〜」


 無言。


「どうした? 流希ちゃん」


 中で椿が流希に問いかける。流希は「きいて、椿ちゃん」と耳打ちしているようだった。会話を聞き取ろうと耳を澄ますが、流希の声はぼそぼそとしか聞こえない。亜季ちゃんも隣で覗き込んでいる。


「そっか」


 椿が流希の頭をぽんぽんと二回叩いた。これは相手に頑張れと言うときの椿の癖だ。僕も何回元気づけられただろう。


「流希ちゃんはお母さんは欲しくない?」


「ない!」


「お父さんには傍にいてくれる人は要らない?」


「いらない! わたしがいるもん!」


「でも、俺は要ると思うな。坂木さんじゃなくても、そのうち、きっとお父さんが選ぶ人が現れるよ」


「おかあさんは、ひとりでしょう?」


「うん、流希ちゃんのお母さんは一人だよ。でも俺はお父さんにも幸せになってもらいたいんだ」


「おとうさんはわたしがいればいいでしょう?」


 そこまで続いていた会話が途切れた。続きを聞こうとドアの隙間に耳を近づける。


「おい、お前にも言ってるんだからな、隆」


 いきなり名前を呼ばれ、肩が飛び上がった。


「茶飲み友達でも何でもいいよ。味方を一人でも多く作れ。この世界の中でお前と流希ちゃんと流さんの三人だけが孤立してるのに気付いてんのか?」


 ぐ、と息をのんだ。

 今まで、味方は母親と椿だけでいいと思っていた。だって、僕と流希には流というかけがえのない存在があるから。僕は流希がいればいい。

 孤立。そう言われて気が付いた。僕は流希のためにと言いつつ、外野を追い出していたんだ。どんなに陰口をたたかれても構わないなんて、わざと敵ばかり作ってきたんだ。


「流さんのことを忘れろって言ってるんじゃない。ただ、世界はお前たち親子三人きりじゃないんだ。もっと色んなものを受け入れろってこと」


 中で流希は黙って椿の話を聞いている。

 あ、と思った。

 勢いよく、亜季ちゃんを振り返る。


「亜季ちゃんと椿、共犯だ!」


「あ、ばれたわ、長野くん」


「認めんなよ、坂木」


 あっさり認めて、亜季ちゃんは中にいる椿に話しかける。


「今のこと言いたくて、亜季ちゃんを僕に近づけたんだろ!?」


「お前が人の話聞かないから、実地でいこうかと。あ、坂木がお前のこと好きなのは本当だぞ?」


 何とも言えない脱力感に襲われ、ずるずると崩れ落ちる。亜季ちゃんが慌てて支えてくれたけど、ぺたんと尻餅をついてしまった。


「俺の言ってたこと分かった? 流希ちゃん」


「……うん」


「じゃあ、坂木さんもお父さんと流希ちゃんのお友達になってもらってもいいかな?」


「……」


「お父さーん?」


 返事をしない流希を置いて、椿がチェーンを外し、扉を開けた。

 流希は靴を履いたまま、両拳を握りしめて下を向いている。僕はゆっくり立ち上がって、流希を抱きしめた。


「お父さんは流希と同じくらいお母さんのことが好きだよ。今もこれからも変わらない。でも、お母さんの二番目でもいいから、もっと色んな人を好きになっていこうよ」


「……うん」


「何か言われても大丈夫。お父さんもおばあちゃんも椿ちゃんも、……亜季ちゃんもいるから。お父さんと流希が自分で近づこうとしなきゃ、誰も一緒にいてくれないから」


「うん」


 背中に小さな手が回された。その手は僕のブレザーをしっかり掴んだ。

 顔を上げると椿と亜季ちゃんが満足そうに笑っていた。僕もつられて笑った。流希は手を離し、僕の目を見つめる。


「わたしがおともだちつくっても、おとうさんはひとりじゃない?」


「うん、みんながいるから」


 まさか自分が敵を味方にする努力をしていなかったのを、こんな小さな子に見透かされているとは思わなかった。流希に友達ができないのも、自分の姿を見せているからだなんて思わなかった。

 じわりと視界が涙で滲む。


「ごめん、ちょっと泣かせて……」


 流希の肩に顔をうずめると、流希だけでなく椿と亜季ちゃんも手をまわしてくれた。

 その手の温かさに、涙が次々と溢れてきた。


***



「流希ちゃんと友達になれたら付き合ってくれるって、覚えてる?」


 ケーキにフォークを入れながら、にっこりと亜季ちゃんが言った。


「……了承した覚えはないけど……」


「付き合ってから好きになったっていいじゃない! 何でダメなの?」


 おかわりの紅茶をカップに注ぎながら椿に目で助けを求めると、さりげなく無視された。何て薄情なやつ。


「初めは友達でいいって言ってたよ?」


「流さんの話を聞いて気が変わったの。そんなのんびりペースじゃ流希ちゃんのお母さんになれないもの!」


「と・も・だ・ち。」


 わざわざ切って言っても、亜季ちゃんにも無視される。


「ねえ、流希ちゃん。お姉ちゃん、お父さんとお付き合いしてもいいかな?」


「おつきあい?」


「恋人になるの」


 んー、と首をかしげて、流希はケーキの最後の一口を口に入れた。


「だって、おねえちゃん、わたしのともだちじゃないよ?」


「え?」


 流希の意外な一言に僕たち三人は固まった。


「えー……、流希ちゃん、お友達になろうよ」


「いや」


 亜季ちゃんは流希の皿にそっとイチゴを乗せた。賄賂だ。


「だって、おねえちゃん、椿ちゃんのおともだちでしょ?」


「? うん、そうだけど?」


 流希は器用にイチゴを亜季ちゃんの皿に返し、皿を片付け始めた。


「椿ちゃんはわたしのこいびとだもん。おんながちかづくのはいや」


「「えー!?」」


 僕と亜季ちゃんが思わずハモる。


「じゃあ、長野くんと友達やめるから! ねっ!」


「それより、椿と恋人ってどういうこと!? 椿、いつの間に流希に手出したの!?」


 流希は椿が持ってきたプレゼントを開けて、


「ありがとう、椿ちゃん。だいすき!」


 と椿の頬にキスをした。


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