思い出の欠片
いじめを受けていた女の子の事を思い出して書いた詩です。とても心が強い子でした。いじめに加わった事の後悔と、その子への尊敬の念をこめて。
とても素敵な女性。
あなたに初めて会ったのは、小学五年生の時でした。
同じクラスだったけど、あなたを初めて意識したのは、男子の心無い一言からでした。
「向こう行け!ブス」
あなたは何も言わずに廊下に出て行きました。
小さな目。
丸い鼻。
丸っとした頬。
少し尖った小さな口。
ポッチャリとした体型。
男子はあなたの悪口を言っては傷つけた。
僕は悪口は言ってないけど、避ける態度は同罪ですね。
ある日担任の先生が言いました。
「○○さんをイジメてる男子がいる」
僕も含めて、クラスの男子全員が加害者でした。
女子の中にも悪口を言っていた子はいたはずです。
でも、その時に立たせられたのは数人の男子でした。
先生に見つからなかった他の男子は、ホッと胸を撫で下ろしました。
男子はあなたに謝りました。多分上辺だけの態度で。
あなたは小さく頷きました。
それで何かが変わる事なんてなかった。
男子は陰で悪口を言うし、班分けの時などに避ける態度は相変わらずでした。
あなたはクラスの男子全員が嫌いだったと思います。
自分の事を悪く思う人間を好きになんてなれないですよね。
クラスには男子から人気のある女子が二人いました。
二人とも可愛くて、席替えの時に隣になっただけで喜んでいました。
あなたの隣はというと、「小デブの隣になっちゃったよ」と男子が陰で落胆する有様でした。
僕はあなたの隣になる事はなかったけど、きっと僕も同じ態度をとっていた事でしょう。
バレンタインの時、男子はみんなソワソワしていました。
その日が今日だとみんな知っているのに、知らない振りをしていました。
クラスの男子の一人がチョコレートをもらった時、他の男子が言いました。
「それ、小デブからじゃないの?」
もらった男子は言いました。
「そんな汚いモンいらねーよ!」
照れ隠しもあったと思います。
それに、たぶんあなたが贈ったチョコではないでしょう。
もしあなたが好きな男子がいたとしても、きっとあなたはチョコを渡す勇気なんてなかったでしょうから。
僕が遊んでて消しゴムを投げた時、たまたまあなたの席に転がって行きました。
あなたは拾って僕に返してくれました。
「小デブが触ったぞ。消毒しろ」
友達の一人が言いました。
僕は水道で消しゴムを洗いました。本当に最低な男です。
あなたが僕の行為を知っているとしたら、僕は石を投げられても文句は言えません。
運動会のフォークダンスでも男子は心無い態度で接しました。
可愛い女子は自信があるのでしょう。
僕は恥ずかしくて指先で触れる程度にしかできずにいたら、その子は僕の手をしっかりと握ってくれました。
でもあなたはそんな事はしません。
男子も他の男子の目を気にして、あなたの手に触れないように浮かせたまま練習していました。
もちろん僕も。
それを見た先生が怒りました。
運動会当日、他の男子がどうしたのか知りません。
僕はあなたの手に指先で触れました。
あなたは僕の指先を、手のひらと親指で申し訳程度に握ってくれました。
とても温かかった事を憶えています。
あなたは絵を描くのが好きでした。
休み時間に友達とノートに描いていましたね。
大きな目の中に星があって、釣り針のように尖った鼻の女の子の絵を描いていましたね。
僕にはそういう絵の良さがわからないから、とても上手だとは思えませんでした。
でも、絵を描いている時は、本当に楽しそうに笑っていました。
目が大きくて、高く尖った鼻で、机に穴が開きそうなほど鋭角なアゴだったら、あなたはもっと笑って過ごせたのでしょうか?
僕が校庭に生えているプラタナスの木に登っていた時、あなたが走っている姿を見かけました。
ドタドタと音をたてるかのような走り方を見て、思わず笑いそうになりました。
好きだった女の子の走っている姿なんて憶えていませんが、あなたの走っていく後姿は今でも憶えています。
あなたが一生懸命走っている姿を、僕は今でも憶えています。
マラソン大会の時、あなたはちゃんと完走しました。
僕たちが走り終わって校庭で休んでいたら、あなたは一緒に走ってきた先生とゴールテープを切りました。
僕たちは何位になれるのかばかり気にして、完走という言葉は浮かびもしませんでした。
でもあなたは完走という目標の為に、一生懸命練習していましたね。
体育の授業の時も、みんなに周回遅れにされても一生懸命走っていました。
マラソン大会の終了後、教室で先生が泣いて話してくれた事を憶えています。
あなたが練習中に何度も挫折しかけた事。
それでも頑張って練習を続けた事。
大会途中で先生がリタイアを勧めたのに、歩いてでも完走するとあなたが言った事。
あの時はその事がどれだけ凄い事なのかわからなかったけど、そんな事はどうでも良い事なんでしょうね。
あなた自身の達成感に比べれば、僕たちがどんな風に感じるかなんて些細な事だったのでしょう。
ドッジボールがクラスで流行りました。
体育の授業や昼休みにみんなでやりました。
あなたに向かって飛んできたボールを僕がキャッチした時、あなたは小さな声で「ありがとう」と言いました。
僕はただボールを取りたくてキャッチしただけでした。
でも、あなたに「ありがとう」と言われて、とても誇らしげに感じた事を憶えています。
「男は女の子を守らなきゃいけない」
僕があなたを女の子として意識したのは、その時だった気がします。
卒業式の日、女子はサイン帳にみんなの寄せ書きを集めていました。
あなたもサイン帳を持ってきていたのでしょうか?
僕が書かせてもらえなかっただけなのでしょうか?
女子がくれたメッセージカードには、あなたの名前はありませんでした。
僕はあなたに許してもらえないまま卒業してしまったのでしょうか?
なぜ急にあなたを思い出したのか、僕にも理由がわかりません。
卒業式以来、一度も会っていないし、これからも会う事はないでしょう。
あなたとどこかですれ違っても、長い年月が記憶の中のあなたを曇らせて、気付く事もできないでしょう。
でも、なぜか思うのです。
あなたはきっと素敵な女性になっていると。
中学生になってから、もしかしたらあなたは変わったかもしれません。
成長して綺麗になって、毎日笑って過ごしているかもしれません。
そうじゃないとしても、僕の記憶の中にいる強くて一生懸命な女の子は、きっとどんな困難でも乗り越えて行ける人でした。
簡単な事ではない事はわかっています。
イジメが社会問題になって、不登校や自殺などの暗いニュースを耳にします。
でも、あなたはきっと素敵な女性になっていると思うのです。
つらい思い出がある人ほど、幸せな思い出が残せる人なのだと思うのです。
もう一度あの頃に戻れるなら、僕はあなたに伝えたい事があります。
僕はあなたを傷付けたかもしれない。
許して下さい、なんて都合の良い事は言えません。
でも今の僕なら、ありのままのあなたを見る事ができると思います。
あなたは素敵な人です。
とても素敵な女性です。