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聖女フィリアの不毛な恋

作者: ルフナ



 これはよくある物語。



 昔々、あるところに一人の魔王がおりました。魔王はその身に宿る悪しき力をもってして一つの国を生み出し、人はそれを「魔界」と呼びました。

 魔界からは「魔物」と呼ばれる魔王の眷族が溢れ、近隣の国々の人々を襲い始めました。

 困り果てた人々は神に祈りました。どうか我らを救いたまえ、と。


 祈りは届き、ある国の一人の娘が神託を受けました。


 娘は言いました。神曰く、この国の背後にそびえる山の頂上に光の刃を置いた、それを引き抜くことができる者こそこの世界を救い得られるであろう、と。


 そしてその娘もまた、選ばれし者を支える存在として神から聖なる力を授かりました。娘は人々から「聖女」とよばれるようになりました。

 それから数年、山の頂上に国を救わんと若者の列がならび、とうとう一人の若者が光の刃を抜き「勇者」の称号を得たのです。


 勇者と聖女はそうして国から選ばれた優秀な戦士らを連れて、魔王討伐の旅へと連れ立ったはずだったのですが――……、




「ゆ、勇者様! ま、待ってくださいってば!」


「なんだ、フィリア。相変わらず足が遅いな」


「勇者様と私ではそもそも足の長さからして違いますから。できればもう少し気を使っていただきたいのですが」


「だから、別に辛いのなら着いて来なくていいって言ってるだろ? お前は国から選ばれた戦士とは違って元は普通の女の子なんだし」


「その戦士を旅が始まったばかりの頃に煙に巻いて引き剥がしたのはいったいどこの誰ですか」


「誰だろうな?」


「と・ぼ・け・な・い・で下さい! ……全く、私が聖なる力で勇者様の居場所を探知することができたから良かったものの、お一人で魔王城に行こうとするなんて止めてくださいよ!」


「厄介な力だよなあ」


「……ええ、本当に。」


 聖女フィリアは力なく呟いた。


 彼女の目の前にいる男は神託にて選ばれた勇者アトラス。元はごく普通の村男だったらしいが、興味半分で光の刃を抜きに行ったところ、うっかり引き抜けてしまったというのだから笑えない。


 彼は光の刃を抜いたことで勇者としての莫大な力を得たが、聖女となった元村娘のフィリアは少し状況が違う。

 彼女が得たのはあくまで聖女としての力であるので、治癒の光や浄化の歌を歌える以外は普通の女子となんら変わりない。生まれ育った国から遠く離れた魔界の魔王城へ身一つで旅をするのはそんな彼女にとってはとても過酷なことであるのだ。


「じゃあ、なんでフィリアは俺にそこまでして着いてくるんだ?」


「それは……」


「俺のことがそんなに心配か? これでも光の刃のおかげで俺、けっこう強いんだけど」


「だからこそ、です! ……あなたは別に魔王を倒しに行こうとしている訳ではないのですから。単独行動ができるほどに充分強いあなたを一人にはできません」


 そう、この勇者アトラスの目的は魔王を倒すことではない。


 聖女フィリアは幸か不幸か旅立って最初の日の晩に、酒でほろ酔い気分だった勇者がうっかり口を滑らせたある事実を聞いてしまったのだ。



 曰く、勇者アトラスは魔王に惚れているのだと。



 その言葉に驚愕したフィリアは勇者を問い詰めた、何故そのようなことに、と。ほろ酔い勇者は饒舌に経緯を語った。

 神からの神託が降り、光の刃が現れたと話を聞いたその日から、アトラスは毎晩夢を見るようになった。


 その夢には一人の同じ女が毎度現れる。


 銀髪に深い紫の瞳をした美しい女が。


 そしてその女は自らを魔王であると名乗ったと。文献に残る魔王の容貌とも一致する。

 魔王はあなたに会いたい、と勇者に言ったという。

 その時に見せた切なげな笑みはアトラスの心の臓を貫き、以降彼は恋という名の不治の病に罹ってしまったらしい。


 所詮は春の夜の幻が見せる夢、そう思ったアトラスは一つ賭けをしてみることにしたのだ。

 選ばれた者にしか抜けない光の刃。もしそれを抜くことができたのなら――……


 そして、アトラスは見事その賭けに勝ってしまったである。

 だから、自分は魔王のその言葉に応えてやりたい。何より自分自身が魔王に会ってみたいのだと。だからこうして王の要請に応えるフリをして魔王討伐の旅に出ているらしい。


 しかしそうは問屋がおろさない。


 つまりフィリアのもう一つの重要な使命、それは勇者を説得して魔王を倒すことを納得させる、ということなのである。


「……そんな人を魔王と二人きりになんてさせられません。……いっそ、勇者を取り替えることができれば良かったのですが」


「できないんだろ?」


「……光の刃に触れることができるのはあなたお一人なのです。そして、その刃でしか魔王を倒すことはできないと神はおっしゃられました」


「じゃ、仕方ないよなー。諦めて俺を一人で行かせてくれよ」


「ううっ、神と国の人々からの希望を一身に託された聖女としてそんなことできません!」


「本当に信心深いよなー、フィリアは。元が村娘とは思えないよ。ほんと尊敬する」


「ならば、改心して魔王を倒すご決意を……!」


「嫌だ」


「うわあああんっ」


 とうとうフィリアは泣き出した。普段はそれこそ聖女らしく振舞っているが、中身はまだ16のどこにでもいる普通の娘なのである。


「ああ、もう泣くなよ……。俺が泣かせているみたいじゃん」


「あっ、あなたが、ぐすっ、泣かせているんです!ぐすっ」


「そうは言われてもなー」


 このようなやり取りは二人の間でもはや日常と化してしまっている。




 魔王城への旅は中盤にまで差し掛かり、歩く道もだいぶ険しくおどろおどろしいものへと変わりつつあった。平らな道でも尖った岩肌がフィリアの白魚のような足に容赦なく負担をかけてくる。 

 足は痛いしマメだらけでフィリアは歩く気力すら危うくなりつつあった。


「う……、すみません。勇者様、少し休ませてもらっても良いでしょうか?」


「それ何回目だよ? ……俺は止まらないからな」


「待っ……」


 フィリアは勇者に縋ろうと、無理に立ち上がろうとしたが、上半身は揺れ、重心が取れない。とうとう頭までやられてきてしまったか。


 フィリアはついに勇者に置いていかれる覚悟をした。しかし――、


「……っと。危なっかしいな、フィリアは。」


 立ち眩んだ一瞬のうちに、フィリアは勇者アトラスの背の上に担ぎ上げられてしまっていた。


「ゆ、勇者様……?」


 首をかたげて覗き込んだ勇者の顔は、どこか決まりが悪そうだった。


「……止まらないとは言ったが、置いて行くとは言っていないからな」


「え」


 そういうと、担いだフィリアを勇者は再び抱え直した。どうやらしばらくはこのままの体勢を保つつもりらしい。


「今回は特別だ。しばらく担がれてろ」


「あ、ありがとうございます……」


「別に。………………悪かったな」


「いえ、こちらこそ……」


 フィリアはなんだか恥ずかしくなって顔を背けた。頬が熱い。



 周囲に誰もいないとはいえ、体つきのいい青年が小柄な少女を俵担ぎする様はどう見ても怪しい。他にもやり様はあるだろうに。

 けれど、優しさも色気もへったくれもないそのやり方が、勇者なりの精一杯であることをフィリアは理解していた。


 長い旅の中で彼女は彼を理解しつつあったのだ。

 


 アトラスほど真っ直ぐな人間は、フィリアにとって初めての存在だった。


 折れない、頑固で火矢のように情熱的な人。

 そのひたむきさにフィリアはほんのささやかな好意を持った。


 けれど勇者は時折、その質実さを抑えてまで、普通のか弱い娘であるフィリアを気遣うことが多々あった。

 それはフィリアをダメにする優しい毒だった。

 いつしかフィリアは勇者がそのひたむきさをほんのひとかけらでも自分に向けてくれないだろうかと願ってしまうようになった。

 

 そう、聖女フィリアは勇者アトラスに恋焦がれるようになっていたのだ。


 ――だからこそ、フィリアは勇者を止めようとするのだ。


 魔王と勇者が出会えば何が起こるか分からない。魔王が求めれば勇者は向こう側に行ってしまうかもしれない。それだけはなんとしても阻まなければ。

 魔王城に着くまでに勇者を改心させるか、それでも無理なら、この身を賭してでも勇者を縛りつけ、一人でも魔王を倒しに行く。


 私情と使命が混在したその任務は、フィリアがなんとしても成し遂げなければならないものであった。


 たとえそれが、不毛な恋の末路だとわかっていても。



「勇者様……、私は諦めません……!」


「はいはい、わかったから今はおとなしく負ぶわれてろ」






 勇者と聖女が魔王城にたどり着くまであと幾日、この奇妙で不毛な三角関係の行く末がどうなるのか。


 それは神にすら計り知れないことであった――。


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