『異世界の婚活相談所に来たのは、結婚したくない女騎士でした ~46歳のおじさん、剣も魔法も使わず恋愛問題を解決する~』
「結婚したくない女を、結婚させることはできるか?」
異世界で初めて受けた婚活相談が、これだった。
……いや、ちょっと待ってほしい。
俺は成田和彦、四十六歳。
日本ではオタク専門の結婚相談所に勤めていた、妻子持ちの元サラリーマンだ。
ある日、事故で命を落とし、気がつけば剣と魔法の異世界に転生していた。
女神様から授かった能力は《縁結び》。
名前だけ聞けば、いかにも強そうだ。
だが、敵を倒す力はない。
火の玉も出せない。
剣を振れば、おそらく翌日は筋肉痛である。
そんな俺が今いるのは、王都の冒険者ギルド。
目の前には、銀色の鎧を着た女騎士が立っていた。
赤い髪を後ろで束ねた、凛々しい女性だ。
腰には立派な剣。
背筋はまっすぐ。
そして、表情はものすごく険しい。
「……あの、まずお名前を伺っても?」
「セリス・ヴァルハイト。王国騎士団長だ」
「……騎士団長?」
「ああ」
……おお。
いきなり偉い人が来た。
日本でいえば、役所の窓口に相談に来た人が、実は警察本部長だったようなものだろうか。
いや、違うか。
とにかく、緊張する。
「それで、結婚したくない方というのは……」
「私だ」
「……なるほど」
俺は頷いた。
「では、最初に確認させてください」
「何だ?」
「**結婚したくないのに、なぜ結婚相談に来られたんですか?**」
セリスさんは、ぴたりと動きを止めた。
◇◆◇
「……部下に勧められた」
「なるほど」
「最近、周囲がうるさいのだ。そろそろ身を固めろ、良い相手はいないのか、と」
「そうですか」
「私は騎士団長だ。仕事に誇りを持っている。結婚のために剣を置くつもりはない」
「はい」
「だが、周囲は理解しない」
セリスさんは腕を組んだ。
「だから、結婚相談員とやらに相談すれば、何か答えが出るかと思った」
……なるほど。
これは、よくある相談だ。
日本でもいた。
親に言われたから。
友人が結婚したから。
年齢的にそろそろだから。
でも、本人は本当に結婚したいのかわからない。
「セリスさん」
「何だ?」
「無理に結婚する必要はありませんよ」
「…………」
セリスさんが固まった。
「……何?」
「結婚したくないなら、今すぐ結婚しなくてもいいと思います」
「……お前は婚活相談員なのだろう?」
「はい」
「それでいいのか?」
「いいんです」
俺は頷いた。
「結婚相談員の仕事は、誰でも結婚させることではありませんから」
セリスさんは、しばらく俺を見つめていた。
「……変わった男だな」
……いやぁ。
異世界でそう言われると、ちょっと複雑だ。
◇◆◇
「では、少し質問してもいいですか?」
「構わん」
「セリスさんは、結婚そのものが嫌なんでしょうか?」
「……どういう意味だ?」
「例えば、誰かと一緒に暮らすことが嫌なのか。それとも、結婚によって今の仕事を続けられなくなることが嫌なのか」
セリスさんは、少し考えた。
「……後者だな」
「なるほど」
「私は、騎士団長であり続けたい」
「はい」
「そのために、これまで努力してきた」
その声には、強い誇りがあった。
……うん。
大切なことだ。
「では、もし仕事を続けることを尊重してくれる相手がいたら?」
「……そんな男がいるのか?」
「いるかどうかは、探してみないとわかりません」
「……ふむ」
「でも、少なくとも、セリスさんが何を大切にしているかはわかりました」
俺は笑った。
「結婚したくないというより、結婚のために大切なものを失いたくないんですね」
セリスさんは、目を見開いた。
そして、ゆっくり頷いた。
「……そうかもしれない」
◇◆◇
その時だった。
「団長!」
ギルドの扉が勢いよく開いた。
若い騎士が二人、飛び込んできた。
「大変です!」
「どうした!」
「第三小隊の訓練で、またレオンとカイルが揉めています!」
……また?
いや、俺は初めて聞く名前なんだけど。
セリスさんは額を押さえた。
「……あの二人か」
「剣を抜いて、互いに譲りません!」
「すぐに行く!」
セリスさんが立ち上がる。
その瞬間、俺は思わず口を開いた。
「……あの」
「何だ?」
「よければ、俺も同行していいですか?」
「……お前が?」
「はい」
セリスさんは俺を見た。
「危険だぞ」
「……ですよね」
うん。
言ってから後悔した。
でも。
人間関係のもつれなら、少しは役に立てるかもしれない。
「戦うつもりはありません。話を聞くだけです」
セリスさんは、少し考えた。
「……好きにしろ。ただし、私の後ろにいろ」
「はい!」
……よし。
異世界初の出張相談だ。
◇◆◇
騎士団の訓練場に到着すると、二人の若い騎士が向かい合っていた。
一人は金髪の青年。
もう一人は黒髪の青年。
「だから、お前の判断は遅いんだよ!」
「お前が勝手に突っ込むから、隊列が崩れるんだ!」
……うん。
典型的な対立だ。
片方は行動派。
もう片方は慎重派。
どちらも、自分が正しいと思っている。
「二人とも、剣を収めろ!」
セリスさんの声が響いた。
……すごい。
一瞬で静かになった。
やっぱり騎士団長は違うなぁ。
「成田」
「はい?」
「話を聞きたいのだろう?」
「……あ、はい」
セリスさんは二人に向き直った。
「この男の質問に答えろ」
……え?
いきなり俺の番?
俺は慌てて二人の前に立った。
「えーと……こんにちは」
「……誰だ、このおっさん」
金髪の青年が言った。
……うん。
まあ、そうなるよね。
「成田和彦と申します。相談員をしています」
「相談員?」
「はい。ちょっとお話を聞かせてください」
俺は二人を見た。
「まず、レオンさん」
「……何だよ」
「カイルさんの判断が遅いと、どう困るんですか?」
「そりゃ、敵に逃げられるだろ!」
「なるほど。敵を逃がしたくないんですね」
「当たり前だ!」
「では、カイルさん」
「……はい」
「レオンさんが先に動くと、どう困りますか?」
「仲間が危険にさらされます」
「なるほど。仲間を守りたいんですね」
二人は、まだ険しい顔をしている。
俺は頷いた。
「つまり、お二人とも、隊のために行動しているんですね」
「……は?」
レオンが眉をひそめた。
「何言ってんだ?」
「目的は同じなんですよ」
俺は続けた。
「敵を倒して、仲間を守ること」
カイルが少し考え込んだ。
「……確かに」
「ただ、そのために何を優先するかが違うんですね」
俺は二人を交互に見た。
「レオンさんは機会を逃さないこと。カイルさんは仲間の安全を確保すること」
……うん。
ここまでは、整理できた。
◇◆◇
「では、一つ提案があります」
「……何だよ」
レオンが腕を組んだ。
「次の訓練で、お互いの役割を明確にしてみませんか?」
「役割?」
「はい」
俺は地面に、簡単な図を描いた。
「例えば、カイルさんが周囲の安全を確認する。レオンさんは、その合図を受けて素早く動く」
「……それじゃ、俺が待つだけじゃねえか」
「いえ。カイルさんにも、合図を出すまでの時間を決めてもらうんです」
カイルが顔を上げた。
「……時間を?」
「はい。状況によっては、慎重すぎることも危険になりますから」
……これは、どちらか一方が悪いという話じゃない。
お互いの強みを生かす方法を考える。
婚活相談でも、夫婦相談でも、同じことだ。
「どうでしょう?」
二人は顔を見合わせた。
「……まあ」
レオンが呟いた。
「それなら、試してもいいけど」
「……僕も、異論はありません」
……おお。
よかった。
セリスさんが、少し驚いた顔をしていた。
「……成田」
「はい?」
「お前は、今、何をした?」
「……話を整理しただけですよ」
「それだけで、あの二人が?」
「まあ、まだ解決したわけじゃありませんけど」
俺は苦笑した。
「一度、試してみる価値はあると思います」
セリスさんは、しばらく俺を見つめていた。
◇◆◇
訓練が再開された。
カイルが周囲を確認し、合図を出す。
レオンが一気に踏み込む。
最初は、少しぎこちなかった。
でも、何度か繰り返すうちに、動きが合い始めた。
「……おお」
俺は思わず声を漏らした。
すごい。
さっきまで喧嘩していた二人が、ちゃんと連携している。
もちろん、完璧じゃない。
でも。
お互いを理解しようとするだけで、こんなに変わるんだな。
「……成田」
セリスさんが、隣で呟いた。
「はい?」
「私は、強い男が理想だと思っていた」
「……そうなんですか」
「剣が強く、戦場で頼りになる男だ」
……なるほど。
騎士団長らしい価値観だ。
「だが……」
セリスさんは、訓練場を見つめた。
「強さにも、いろいろあるのだな」
俺は、少し考えた。
「そうですね」
そして、笑った。
「相手の話を聞けることも、強さの一つかもしれません」
セリスさんは、静かに頷いた。
「……覚えておこう」
◇◆◇
その日の夕方。
俺はギルドへ戻ってきた。
肩の上では、緑色のスライムがぷるぷる揺れている。
『――おじさん、今日も大変でしたね』
「……本当だよ」
『――でも、騎士団長さん、ちょっと嬉しそうでしたよ』
「そうかな?」
『――はい!』
ミドリは、元気よく跳ねた。
……まあ。
少しでも役に立てたなら、よかった。
俺は、ポケットからスマートフォンを取り出した。
画面は、まだ点く。
でも、電波はない。
日本の家族に連絡することもできない。
妻の美咲。
息子の悠斗。
娘の結衣。
……みんな、どうしているだろう。
俺は、スマートフォンを握りしめた。
「……帰りたいな」
『――おじさん?』
「……いや、何でもない」
俺は、ミドリの頭を軽く撫でた。
「とりあえず、今日の晩ご飯を考えよう」
『――パンがいいです!』
「……またパン?」
『――パンは正義です!』
……うん。
異世界のスライムは、なぜかパンが好きらしい。
俺は苦笑しながら、王都の夕暮れを歩き始めた。
剣も魔法も得意じゃない。
特別な戦闘能力もない。
それでも。
誰かの悩みを聞くことくらいなら、俺にもできる。
そして、いつか。
必ず、家族のもとへ帰る。
「……さて」
俺は、小さく呟いた。
「明日は、どんな相談が来るんだろうな」
――完――
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本作は、連載中の
**『46歳、社畜のオタク婚活アドバイザーですが、異世界転生したらコミュ力だけで無双してしまいました ~妻子持ちのおじさん、帰宅を目指して魔王すら成婚させる~』**
(略して『異世界おじさん婚活無双』)
の世界観を使った、独立した短編エピソードです。
本編では、異世界に転生した46歳の元婚活アドバイザー・成田和彦が、王女様の結婚問題や王宮の事件、さらには魔族たちの恋愛事情まで、さまざまな問題に向き合っていきます。
もちろん、最大の目標は日本に残してきた家族のもとへ帰ること。
**「コミュ力だけで異世界を生き抜くおじさん」の続きが気になった方は、ぜひ連載本編も読んでいただけると嬉しいです!**
本編はこちらから⇩
『46歳、社畜のオタク婚活アドバイザーですが、異世界転生したらコミュ力だけで無双してしまいました ~妻子持ちのおじさん、帰宅を目指して魔王すら成婚させる~』
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