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苦手な方はご注意ください。

2025公式企画 夏のホラー

ヒカラビル

 うっかりと、日の照りつける蒼一色の晴天の下に出てきてしまった。


 ふだん、涼やかな湿り気のある場所などに籠っているから、つい、今のの夏の暑さを失念して、私は我が家から顔を出してしまったのだった。


「……暑い……!!」


 酷暑が過ぎる。日本の夏がこんなに暑く変貌してしまったことが、私には悲しかった。


 蝉の声も、今年はまだ聴こえてこない。恐らく、暑さでやられてしまって鳴けないのだろう。命を7年も8年も土のうちに隠して、さぁ、ではこれから空を飛ぼう、恋を歌おうという時に……この酷暑で羽化が叶わず儚くなってしまう……、それは、とても悔しいのじゃないだろうか。


「本当に……暑い……」


 私の体表から、内側の水分が全て奪われてしまうようだった。


 舗装された道路に出ると、私は暑くて苦しくてふらつき、地べたに倒れこみ、頭をぐ、ぐらと揺らした。意図せず身体もビクビク震える。


(もう……駄目……)


 少なくなった食糧を求めて出て来たのに、これでは逆に寿命が縮まってしまう。


 私は急いで、家に帰ろうともがいた。


「あれ、こんなとこに……珍しいな、み家から出てきちゃったのか」


 小学中学年ぐらいの、夏休みらしく虫網と虫籠むしかごを持って麦わら帽を被った男児が、私に話し掛けてきた。


「これで回復するかな」


 そう男児は言って、私にペットボトルの冷えたミネラルウォーターをかけてくれた。


 水分が私の身体に戻る。

 私は回らない口で、彼に「ありがとう」と発音してみた。


「あ、モンシロチョウ!」


 彼に私の声が届いたのかどうか、分からないうちに、彼の関心は私から離れてしまったようだった。


 立ち去る彼を見送り、私はゆっくりゆっくり、家への帰路についた。


 本当は、あの男児の脚にでも引っ付いて、私も凄いスピードで移動してみたかった。


 好きなだけ水分を貰えるものならーーきちんと味わってみたかったーー。


 でも、贅沢は言えない。

 犬も猫もこの暑さでは路を通らないだろう。時間と今の夏の暑さを理解出来なかった、私が悪い。これは、確かに私の落ち度だった。


 ヨタヨタ歩く、私の頭上には変わらぬ碧天。蜃気楼が見えてきそうだった、世界が茹で上げられていて、私は熱した鍋かフライパンの上にいるかのように思えた。


「もう……、欲張りません、家へ帰りたい」


 涙は流さず、私は嘆いた。

 帰路が余りに遠く思えたからだった。


 逃げ水を追い、彷徨さまよい出た私は、もう、力尽きそうだった。


「私……死んでしまうの……?」


 弱気に襲われ、そう呟いて、再び全身を地面につけて草臥くたびれ果てようとした、その時。


「お嬢さん、私の身体に捕まりなさい、運んで差し上げますよ」


 精悍な声が、私の頭上から下りてきた。頭を持ち上げ、目の前を見やると、翼をもった燕尾服の颯爽とした美青年が目の前に立っていた。


「ああ、あなた、ありがとう!!」


 私は差し出された翼に捕まって、大空を翔んだ……一生で一番、楽しく、素晴らしい経験だった、と言える体感だった、間違いなく。


 私は彼の翼から、水分を得た。

 甘く熱く力強い命を吸い上げ、私は彼と翔んでいく。


ーーなんて、すてき。なんて、輝かしいーー


 彼の翼に血が滲む。でも安心して、私が飲み干すから……。






「おか~~さ~ん、見て見て、ツバメさん!」

「本当だねー、まだこの季節にもいるんだねー、あれはね、巣に帰って赤ちゃんにご飯あげるために、飛んでるんだよ」

「え~、えらぁい!! ツバメさん、ごはん、みつかるかなぁ?」

「うーん、見つかるといいねー。ほら、暑いんだから、もう帰るよー」

「はぁい!」


 白いセーラー襟のワンピースの女の子と、その母親が、微笑ましく、小さな益鳥を蒼い空の中に見ていた。


 毎年の子育てで、燕はハンターとして腕を磨き、我が子の腹を満たし続けているのだった。




 これの分類、どこだろ……?

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― 新着の感想 ―
「私」は虫、なんだよね? 多分。 子供が水を上げるような虫……? 蚊じゃないよな? ミミズ?
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