ヒカラビル
うっかりと、日の照りつける蒼一色の晴天の下に出てきてしまった。
ふだん、涼やかな湿り気のある場所などに籠っているから、つい、今の代の夏の暑さを失念して、私は我が家から顔を出してしまったのだった。
「……暑い……!!」
酷暑が過ぎる。日本の夏がこんなに暑く変貌してしまったことが、私には悲しかった。
蝉の声も、今年はまだ聴こえてこない。恐らく、暑さでやられてしまって鳴けないのだろう。命を7年も8年も土のうちに隠して、さぁ、ではこれから空を飛ぼう、恋を歌おうという時に……この酷暑で羽化が叶わず儚くなってしまう……、それは、とても悔しいのじゃないだろうか。
「本当に……暑い……」
私の体表から、内側の水分が全て奪われてしまうようだった。
舗装された道路に出ると、私は暑くて苦しくてふらつき、地べたに倒れこみ、頭をぐ、ぐらと揺らした。意図せず身体もビクビク震える。
(もう……駄目……)
少なくなった食糧を求めて出て来たのに、これでは逆に寿命が縮まってしまう。
私は急いで、家に帰ろうともがいた。
「あれ、こんなとこに……珍しいな、棲み家から出てきちゃったのか」
小学中学年ぐらいの、夏休みらしく虫網と虫籠を持って麦わら帽を被った男児が、私に話し掛けてきた。
「これで回復するかな」
そう男児は言って、私にペットボトルの冷えたミネラルウォーターをかけてくれた。
水分が私の身体に戻る。
私は回らない口で、彼に「ありがとう」と発音してみた。
「あ、モンシロチョウ!」
彼に私の声が届いたのかどうか、分からないうちに、彼の関心は私から離れてしまったようだった。
立ち去る彼を見送り、私はゆっくりゆっくり、家への帰路についた。
本当は、あの男児の脚にでも引っ付いて、私も凄いスピードで移動してみたかった。
好きなだけ水分を貰えるものならーーきちんと味わってみたかったーー。
でも、贅沢は言えない。
犬も猫もこの暑さでは路を通らないだろう。時間と今の夏の暑さを理解出来なかった、私が悪い。これは、確かに私の落ち度だった。
ヨタヨタ歩く、私の頭上には変わらぬ碧天。蜃気楼が見えてきそうだった、世界が茹で上げられていて、私は熱した鍋かフライパンの上にいるかのように思えた。
「もう……、欲張りません、家へ帰りたい」
涙は流さず、私は嘆いた。
帰路が余りに遠く思えたからだった。
逃げ水を追い、彷徨い出た私は、もう、力尽きそうだった。
「私……死んでしまうの……?」
弱気に襲われ、そう呟いて、再び全身を地面につけて草臥れ果てようとした、その時。
「お嬢さん、私の身体に捕まりなさい、運んで差し上げますよ」
精悍な声が、私の頭上から下りてきた。頭を持ち上げ、目の前を見やると、翼をもった燕尾服の颯爽とした美青年が目の前に立っていた。
「ああ、あなた、ありがとう!!」
私は差し出された翼に捕まって、大空を翔んだ……一生で一番、楽しく、素晴らしい経験だった、と言える体感だった、間違いなく。
私は彼の翼から、水分を得た。
甘く熱く力強い命を吸い上げ、私は彼と翔んでいく。
ーーなんて、すてき。なんて、輝かしいーー
彼の翼に血が滲む。でも安心して、私が飲み干すから……。
「おか~~さ~ん、見て見て、ツバメさん!」
「本当だねー、まだこの季節にもいるんだねー、あれはね、巣に帰って赤ちゃんにご飯あげるために、飛んでるんだよ」
「え~、えらぁい!! ツバメさん、ごはん、みつかるかなぁ?」
「うーん、見つかるといいねー。ほら、暑いんだから、もう帰るよー」
「はぁい!」
白いセーラー襟のワンピースの女の子と、その母親が、微笑ましく、小さな益鳥を蒼い空の中に見ていた。
毎年の子育てで、燕はハンターとして腕を磨き、我が子の腹を満たし続けているのだった。
これの分類、どこだろ……?