長月
【長月】
鶺鴒が尾を上下に振り、恋の仕方を教えている。
玄鳥は寒を逃れるべく、南へと渡り始めたようだ。
生き物たちが着々と冬支度を進めるなか、土間ではショリショリと刃物を研ぐ音。
日没後、西の空を真っ赤な茜色に染め上げた見事な夕焼けは、人々に明日の晴天を教えてくれた。
水の抜かれた田の土はしっかりと乾き、稲刈りの日を今か今かと待ち望んでいる。
ショリショリと丹念に研がれる鎌たち。
黄金色に実った稲穂は明日、収穫の時を迎える。
来客そっちのけで一心に鎌を研ぎ続ける長月に苦笑を溢した白露は、すみませんねぇと謝りながら膳の支度を整えた。
ほかほかと湯気の立つご飯には、黄色く色づいた栗の実が所狭しと埋まっている。
焼かれた秋刀魚の皿の端には、大根おろしと輪切りにされたすだちが乗せられ、爽やかな香気を立てている。
枡の中に置かれたグラスには溢れるくらいになみなみと酒が注がれ、その上には黄色い菊の花弁がはらりと踊る。
「ああなってしまうと、ひと仕事終えるまで動きませんので」
申し訳なさそうに席を整えてくれた白露に礼を告げ、小粋な演出に満ちた夕餉を有り難く受け取る。
夜は長い。
稲刈りの支度を終えた長月と一献交えたところで、夜が明けることはないだろう。
ショリショリと刃物を研ぐ音を聞きながら菊酒を煽り、栗ご飯を食べる。
箸先で秋刀魚の皮の焼き目を破るとぱりりと良い音がした。
草の葉に宿る夜露の美しさと蜘蛛の巣にかかる露の見事さよ。
ただひたすらに、小粋で美しい夜を堪能するばかり。