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葉月

葉月(はづき)



団扇で顔を仰ぐ。

朝晩の涼しさに初秋の息遣いを感じ始めたとはいえ、太陽が燦々と照る時間はまだまだ暑い。


ひと際強い風がばたばたと簾を揺らし、涼やかなグラスで冷酒を嗜んでいた葉月が顔を上げた。


「初嵐ですな…」


軒先の風鈴を吹き飛ばさんばかりの勢いで駆け抜けた風は、余韻もなくひたりと止む。

わだかまっていた熱気が方々に散り、屋敷へと吹き込む風が少しばかり涼やかなものとなる。


酒の肴にと摘んでいた野菜の粕漬けがいつのまにか空っぽになっていた。

葉月もグラスが空になったのか、襖の向こうに向かって「おおい」と声を掛ける。

先ほどの風で葉が落ちたのか、庭先を落葉がカサカサと走っていく音がした。


「はいはい。初嵐も吹いたことですし、ちょっとお腹を温めましょうか」


盆を持って現れた処暑(しょしょ)は、そういうと湯気の立つ味噌汁椀を置いた。

根菜がこれでもかとたっぷり煮込まれ、椀の中央には大ぶりの鮭の切り身が鎮座している。

向かいの葉月の眉が悩ましげに寄せられた。


「粕汁か…米も欲しいところだな」


「そう仰ると思いまして、ご飯と魚も用意しておりますよ」


続いて現れた(さむし)が、控えめに盛られた白米と焼き魚を届けてくれる。

みりん粕に漬け込まれた魚は濃厚な甘みがあり、米と共に食べると至福の味わいとなる。

酒粕特有の香りのする味噌汁は身体を内側から温めるようで、暑さも忘れてはぐはぐと夢中で箸を進める。


気づけばもう夕刻のようだ。

カナカナカナ…と鳴く寒蝉(ひぐらし)の声。

どこからか風に乗って金木犀の香りが漂い来る。


夜になれば霧が立ち、万物は静けさのなかに鎮座するのだろう。


「食後に冷やした甘酒はいかがでしょう」


なんとも魅力的な申し出に、是非と頷いたのは言うまでもない。




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