文月
【文月】
稲の穂先が膨らみ始める頃、長く続いた雨がようやく終わりを告げる。
水をたっぷりたたえた池には蓮の花が開き、泥には染まらず優雅に水面に揺れる。
頬をくすぐる風は熱気と湿気を伴い、これから蒸し暑くなるぞと耳元に囁きかけてくる。
先ほどまでザァと激しく降り注いだ俄雨はすっかり止み、からりと晴れた空にはそろそろ星が瞬き始める時分だ。
縁側に所狭しと並べられた書物たちは、風にさらされてはたはたと頁の端が揺れ踊る。
墨に筆先をひたし、長方形に切り出した和紙にさらさらと文字を書きつけた文月は、それをこより紐で笹の葉に結んだ。
同じように、和紙で作られた短冊に願いを記し、笹の葉に結ぶ。
「お素麺ができましたよ」
と小暑が上品に皿に盛られた素麺を運んできた。
空を見上げれば天の川を挟んで織姫と彦星が向かい合っている。今宵はカササギが橋を掛けてくれるだろうか。
つゆに好きな薬味を溶いて麺を軽く浸し、つるりと喉に流し込む。
厨房からはもくもくと煙があがっており、ややあって大暑が鰻の白焼きを持って登場した。
去年の六月に漬けた梅干しを手土産として持参したのだが、鰻に乗せて食べると一層に味が良い。
ぽつりぽつりと明滅する星々の瞬きを見上げながら、幾年も続く太平の世を願う。
軒先に吊るした風鈴がリンと鳴る。
温風が、夏の到来を告げていた。