皐月
【皐月】
手拭いを頭に巻き、泥の中に脚を埋める。
苗を二、三本つまむように持ち、腰を屈めて、等間隔になるように植え付けていく。
一歩一歩。
地味で地道で、根気のいる作業だ。
「あるじさまー!立夏が転んで泥まみれー!」
と叫んだのは奉公人の小満で、その隣には顔から転んだのか最早泥人形のようになった立夏が途方に暮れて立ち尽くしている。
泥だらけの立夏を見て豪快に笑った皐月は、腰をぐんと伸ばすと空を仰ぎ、「そろそろひと雨来るかもなぁ」と呟いた。
今は青々と広がる空に白い雲がぽつぽつと浮かぶばかりだが、確かに上空の風の流れは早いようだ。
小満は立夏を屋敷に連れ帰るようで、「先に戻りまーす!」と元気な声が響く。
その健やかな声に応えるように、蛙が合唱し、蚯蚓が土から顔を出した。
深く息を吸えば、湿った土の匂いと若葉の匂いを孕んだ薫風が肺を満たす。
「年神様も、きりの良いところで!」と声を掛けられたため、あと少しばかり進めてしまおうと再び苗を植える作業に戻る。
やがて膝下と肘下を泥だらけにしたまま皐月と共に屋敷へ戻れば、新しい手拭いを構えた紅花が「まったくもぅ」と鼻息を荒げた。
「せっかくおいでくださった年神様に田植えを手伝っていただくなんて」
「まあまあ、これも年に一度の楽しみさ。湯は沸いてるかい?風呂に入ってもらおう」
「泥人形の立夏が使ってしまったので沸かし直しているところですよ。先に泥を拭っておいてくださいな」
桶に張られた水に手拭いを浸し、腕と脚の泥を丹念に取り除く。
新しく湯の張られた風呂で身を清め終える頃には、しとしとと五月雨が降り始めた。
「今宵は月が見えないでしょうねぇ」
残念そうに呟いて空を見る紅花に、それもまた風情だと皐月がからりと笑う。
月見えずとも。
皆と共に労働をこなし、食卓に並ぶ筍料理の数々に舌鼓を打つ時間を思えば、自然と口角は上がるというもの。