師走
【師走】
「まあ大変!もうおいでになられまして!?」
玉砂利を踏んで戸口を潜れば、襷掛けをした麋が驚き飛び上がった。
口では「ようこそおいで下さいました」と言っているが、気持ちが逸っているのか視線と動作はどうにも慌ただしい。
案内はいいから仕事にお戻り、と告げようとしたところで、奥の厨から屋敷の主人がひょっこり顔を出す。
「おおい、カボチャが煮えたよ」
綿入り半纏を着て背中を丸めた師走は、こちらに気づくと「おや」と眉を上げた。
「やあ、ようこそ。炬燵が温まっているよ」
こっちこっちと案内されたのは中庭に面した部屋で、真ん中には炬燵が置かれ、半分開かれた障子の向こうは餅つき大会の真っ最中のようだ。
襷を掛けて力強く杵を振るっていた大雪がこちらに気付きペコリと頭を下げたため、精が出るねと声をかける。
汗が湯気のように立ち、寒さを打ち払うように杵が振り下ろされる。
炬燵に足を入れようとすれば、先住が居たのか炬燵布団からひょこりと子どもの頭が飛び出した。
長く炬燵のなかに留まっていたのか、頭の先から温まってすっかり頬を赤くした乃東は気恥ずかしそうに笑むと、もう一度潜り込み、隣の一辺から顔を出す。
そして緑茶と共に運ばれてきたコップ一杯の水を勢いよく喉に流し込む。
襖向こうからは麋がトタパタと屋敷中を走り回る音。
「年神様がおいでになったからには諸々急ぎませんと!」
「ははは。急ぎすぎて転ばないようになさい」
そう言って襖を開けた師走は、炬燵の天板に湯気の立つ器を幾つか並べた。
カボチャと小豆の煮物の入った小鉢と、湯掻いた蕎麦の踊る大ぶりの汁椀。
乃東は背伸びをしつつ手を伸ばし、天板の籠に積んであった蜜柑を取ってひとりひとつと配ってくれる。
「気づけばもう年の瀬だ、早いものだねぇ」
師走の言葉にひとつ頷き、箸を割って蕎麦を啜る。
隣からは蜜柑の甘酸っぱい香りが漂い、中庭からはぺったんぺったんと餅を衝く小気味良い音。
トタトタと忙しなく駆け回る足音と、小さな生き物たちの眠る声、
去り行く日々と雪の下で新たに芽吹く生命の気配。
箸でつつけば、ネギと共に汁椀に浮かんだ蒲鉾がにこりと笑むように揺れる。
「…今年も良い年であった」
ほろりと零れた呟きに、向かいで蕎麦湯を含んでいた師走が口角を上げた。
「であれば来年も、きっと良い年になるだろう」
ゆく年を惜しみ、くる年を言祝ぐ。
願わくば、神も人も皆、末長く安寧であるように。