神無月
【神無月】
黄色く色付く蔦や赤く染まる楓の木々を眺めゆく。
空を渡るのは雁の群れだろうか。
温かで春の日和を浴びているような日であっても、夜になると冷気で露が凍りそうなほどにぐっと冷え込む。
蟋蟀が鳴く戸口を潜れば、奉公人の霜降が和やかに出迎えてくれた。
奥の間からドタドタと足音荒く駆けてきたのは家主の神無月で、「年神様がおいでになったぞぉ!」と屋敷中に響くほどの大声で報せて回る。
「ようこそおいでくださいました!」
さあさあどうぞ!と案内された客間には、大人数で囲む用の座卓がドドンと鎮座しており、その上座にはふかふかの座布団が敷かれている。
床の間には鹿の描かれた掛け軸が掛けられ、紅葉した楓の枝が大きく一本挿されている。
花瓶の根元にはころりと転がる帽子付きのどんぐりたち。
愛らしいことだとそれらを眺め、有り難く座布団に腰を下ろせば、神無月はパンパンと大きく手を打った。
襖が開かれ、大きな盆に乗せられた食事が次々に運び込まれる。
「きのこと根菜の炊き込みご飯でございます」と霜降
「里芋の煮っ転がしでございます」と寒露
「サツマイモとカボチャの天ぷらもどうぞ!」と楓
「栗饅頭に栗きんとん、栗羊羹もお持ちしました」と霎
さすがに量が多すぎると遠慮を示せば、房の立派なブドウを山盛り持ってきた奉公人の菊花が困ったように眉を下げる。
「とんでもない!来たる寒さに備えて存分に蓄えなければ!」
神無月は「さあさあ持て持て!」と厨房からたくさんの料理や食材を運ばせると、座卓いっぱい皿で満たした。
そして皆を卓につかせると、手を合わせていただきます!と大きな声で号令を発す。
わいわいと賑やかしい食事の風景は笑みと豊かさに満ちており、これも美味しいですよと勧められる旬のものをたらふく口にする。
降ったり止んだりを繰り返す小雨はひと雨ごとに気温をひとつずつ下げていくようで、風がひゅうと吹くたびに枝から葉がひらひらと離れていく。
雲の隙間から見える月は大きくまるく、そろそろ十五夜が近い。耳を澄ませば月のうさぎの餅つきの音が聞こえるようだ。
飲み慣れない葡萄酒で常より酔いが回ったが、皆と分け合いながら秋の味覚を堪能する時間は至福に違いなかった。