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冒険実習(3)

「さて、目的地まではあと半日程度だな」


 と、ハルトがサーベルを腰に装着しながら口を開く。



「昨日の夜襲があった分、気を抜かずに進もうぜ」


 宗冬が大剣を肩に担ぎながらうなずいた。


「ああ、俺もそう思う。だけど……昨晩、俺たち、やったよな。特にお前のアドバイス、助かったよ」


 彼の言葉に、ハルトは少し照れたように肩をすくめた。


「アドバイスってほどじゃないだろ。ただ、動き回って大剣のリーチを活かせばいけるんじゃないかって思っただけだ」



 宗冬は笑みを浮かべながらも、その視線はどこか遠くを見ていた。


「でもさ、俺があのまま1対1にこだわってたら、多分やられてた。それがわかったのは、ちょっと悔しいけど……ありがたかった」


 その誠実な言葉に、ハルトは「そっか」とだけ返し、荷物を背負った。


 背後で、槍を軽く肩に担いだみひろが声を上げる。


 「でもハルト君、あのタイミングであんな大声出せるなんて、映画の主人公みたいだったよ! もっと言ってやればよかったのに!」


 その無邪気な感想に、ハルトは照れ隠しで頭を掻いた。


 月奈が淡々とした口調で補足する。


 「でも判断は正しかった。士気を失わせるには、力だけじゃなく言葉も重要」


 その言葉に美玲も頷き、長剣を鞘に収めながら冷静に付け加える。


 「彼らはすぐ退いたけど、史実での盗賊団も似たようなものよ。彼らは基本的に命が惜しい。少しでも不利だと思えば、すぐに撤退することが多いの」





 出発してしばらく、街道沿いの風景が広がる。左右に高く茂った木々の間から、ちらちらと光が差し込む中、みひろが明るい声をあげた。


「でもさ、昨日みたいなことが続くなら、やっぱり馬とかロバがいれば楽だと思うんだよね! 荷物も持てるし、いざってときに逃げ足も速いし!」


「まあ、それはそうだけどさ。シミュレータの実習なんだし、そこまで甘いこと言ってられないだろ。」


 みひろはじれったそうに頬を膨らませた。


「でもさ、聞いてよハルト君! 中世ヨーロッパでは、旅人は馬やロバを使うのが当たり前だったんだから! 重い荷物を運んでくれるし、歩き続ける疲労も大幅に減らせるんだよ?」


 興味を引かれたのか、美玲が冷静な声で口を挟む。


「確かに便利でしょうけど、馬を使うには維持費や手間がかかるわ。中世ではそれなりの経済力がある旅人か商人じゃないと、馬を使うなんて無理だったんじゃない?」


「その通り!」


 みひろは得意げに頷いた。


 「でもね、庶民でもロバを使うことは結構あったの! 特に旅芸人や巡礼者は、安価なロバを連れて行動することが多かったんだよ。ロバは頑丈で、長距離でも荷物を運ぶのに向いてるからね!」



 宗冬がその話に食いついた。


「ロバねえ……でも、遅そうじゃないか?」


 みひろは手を振りながら笑う。


「そこはロバの特性を理解するのが大事なんだよ! 確かに馬みたいに速くはないけど、ロバは足場の悪い道でも平気だし、少ない食料と水でも働いてくれるの。それに、中世のヨーロッパでは馬車の道が整備されてない場所も多かったから、ロバが重宝されたの」


 ハルトが苦笑しながらみひろを見た。


 「みひろって意外と博識なんだな」


 「えへへ、こう見えてね、異世界冒険のための勉強はばっちりしてるから!」


 みひろは胸を張って笑う。


 その様子を見ていた月奈が、ぼそりと呟いた。


「でも、実際に馬やロバを使える環境がない以上、歩き続けるしかないわ。理屈を語るのはいいけれど、現実を見なさい」


 みひろは少しむっとした表情を浮かべたが、すぐに肩をすくめた。


「まあ、それはそうだけどさ。もしこれが本当の異世界だったら、真っ先に馬を調達するんだから! 移動も楽になるし、戦闘だって騎馬戦の方がかっこいいじゃん!」


「確かにな」


 宗冬が大剣を担ぎ直しながら、うっすら笑った。



「盗賊といえば」


 と、美玲が歩きながら話し始めた。


「中世ヨーロッパでは、旅人たちが街道で盗賊に襲われるのは日常茶飯事だったそうよ。特に裕福な商人や巡礼者は、護衛を雇うか、大勢で旅をするのが普通だったわ」


 宗冬が驚いた顔をする。


「大勢で旅を? それって効果あるのか?」


 美玲は長剣の柄に手を添えながら頷く。


「もちろん。盗賊は基本的に弱者を狙うから、集団を襲うリスクは避けたのよ。でもそれでも襲われることはあったらしいわ。だから夜の街道では、特に廃墟や木陰など目立たない場所を選んで休むことが推奨されていたの。」


「昨日の俺たちは、完全に狙いやすい状況だったってことか……」


 宗冬が苦い表情を浮かべる。


「確かにそうね。でも、その経験が次に生きると思うわ。」


 美玲が静かに微笑むと、宗冬の表情も少しだけ和らいだ。


 陽がさらに昇り、街道を包む光が徐々に強くなっていく。木々の影は短くなり、地面に有機的な模様を描くように散らばっている。湿気を帯びていた朝の空気も、太陽の温もりで軽やかさを帯び始めた。汗が額を流れ落ちるのを感じながら、ハルトはふと顔を上げた。



「……見えてきたな」



 遠くに、ようやく目的地の町が姿を現した。赤い屋根の家々がなだらかな丘の上に点在し、その中でひときわ目を引く小さな教会の尖塔が、空高く鋭くそびえている。その背後には青い空が広がり、柔らかな白い雲が流れていく。


「やっと到着だね!」


 みひろが歓声を上げながら、槍を肩に軽く担ぐ。足取りが一層軽くなり、喜びを隠せない様子だ。


「これで任務完了! かな? でもさ……楽しみにしてたのに料理は微妙だったよね?」


 みひろが不満そうに言う。


「確かにそうね」と美玲も同意する。


「でも、それが現実に近い異世界の環境を体験するためなら仕方ないわ。」


「味は電極で再現されてるって聞いたけど……」


 ハルトが肩をすくめる。


「そうだ!その分はリアルでキャンプでもすればいいじゃない!」


 みひろが無邪気に提案し、みんなが笑い声をあげた。



 道端の草花が風に揺れ、小さな昆虫たちが忙しそうに飛び回る。耳を澄ますと、町のほうから人々の声や荷車の軋む音がかすかに聞こえてきた。生活の音が混ざり合い、かすかに風に乗って彼らの元へ届く。


「なあ、ハルト。俺たち、なんとかここまで来られたな」


 宗冬が少し照れくさそうに言葉を投げる。その声には、昨晩の盗賊との戦いを思い返すようなニュアンスが含まれていた。


「ああ、なんだかんだでやれたな」


 ハルトは軽く肩をすくめ、微笑んだ。その言葉に宗冬は小さく頷き、少しだけ顔を赤らめた。



「行こうぜ。もう少しだ」


 足元の砂利が小さく音を立て、旅の疲れが徐々に和らいでいく。目的地が目の前に広がることで、彼らの心に小さな達成感が生まれつつあった。それぞれが自分の役割を果たし、共に困難を乗り越えてきた証が、目の前に広がる町の風景に凝縮されているようだった。


 ハルトたちが街道を進むその姿は、昨晩の経験を乗り越えた証として、どこか誇らしげに見えた。

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