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冒険実習(2)

 既にあたりは暗くなってきている。


「それじゃ、夜の番は交代でやるぞ」


 ハルトがランタンを点けながら提案した。


 雨は小降りになり、木々の葉から落ちる滴が街道沿いのぬかるんだ土を打つ音が響いていた。一行が張ったテントは木陰に寄せられ、雨風を凌ぐための最低限の工夫が施されている。


「番は2人ずつで回すわ。最初は私と月奈さん」


 美玲が提案すると、月奈は静かに頷いた。


「了解。次は俺と宗冬でいいか?」


 ハルトが尋ねると、宗冬は大柄な体を揺らしながら「いいぞ」と笑った。


「私たちは最後だね!」


 みひろが元気よく手を挙げる。その声に、ハルトは苦笑しつつも「俺は2連チャンか」と愚痴をこぼした。


「ハルトくんは特待生だからね!」





 夜半過ぎ、美玲と月奈がテントの外で番に立った。焚火の暖かな光が、雨で濡れた地面に黄色い輝きを落とす。空を見上げると、雨雲が切れ始め、ところどころに星明りが覗いている。


「少し寒いわね」


 美玲がマントを軽く羽織り直しながら呟いた。彼女の整った横顔が、月奈の視界に入る。


「雨が止んでよかったわ。火を起こせないままだったら、もっと厄介だったもの」


 月奈の声はいつも通り静かだが、どこか柔らかさが混じっている。


「こういうの、得意そうに見えるけれど、どうなの?」


 美玲が何気なく尋ねると、月奈は少し考え込むように目を伏せた。


「得意というわけではないけれど、必要なことは淡々とやるだけよ。それに……星空の下でこうしているのは、悪くないと思うわ」


 その言葉に、美玲は星空を見上げた。雨上がりの夜空には無数の星が瞬き、かすかに銀河の帯が浮かび上がっている。


「確かに、こういう景色は現実ではあまり見られないものね」


 彼女は微かに微笑んだが、その表情には何か言い足りないものがある。


「……月奈さん、あなたは異世界に行ったらどうしたいの?」


 美玲が突然問いかけた。その言葉は、彼女自身がずっと心の奥に抱えていた疑問のようだった。


「私?」


 月奈は美玲の方を見つめ、わずかに首を傾げる。


「特に何もないわ。ただ、生き延びること。それができれば十分よ。」


 その言葉は一見冷たく聞こえたが、どこかに隠された決意のようなものが滲んでいた。


「そう……私は少し違うかも。何か証明したいのかもしれない。自分がどれだけ役に立てるか、どれだけ戦えるか」


 美玲の声には、誇りと同時にどこか焦燥感が混じっていた。


「そう。」


 月奈は短くそう答えると、再び星空を見上げた。





 時刻が過ぎ、ハルトと宗冬が外に出てきた。2人は交代の挨拶を交わし、冷たい空気の中で並んで座る。


「星が見えるなんて、ちょっと得した気分だな」


 ハルトが軽く呟く。街道沿いの木々が風に揺れ、葉擦れの音が耳をくすぐった。


「こういうの、嫌いじゃないんだよな」


 宗冬が大剣を傍らに置き、膝を抱えながら呟いた。


「嫌いじゃないって、どんな意味だよ?」


 ハルトが笑いながら尋ねると、宗冬は少し考えるように空を見上げた。


「なんだろうな……現実だと、何もかもが急ぎ足じゃないか。こうして少し立ち止まって、何も考えずにいられるのは、悪くないと思うんだよ」


「意外と詩人だな、宗冬」


 ハルトの軽口に、宗冬は照れ臭そうに鼻を鳴らした。


「お前はどうなんだ? 異世界に行ったら何がしたいんだよ」


 宗冬が尋ねると、ハルトは少し沈黙した後に答えた。


「……俺は、正直よく分からない。何ができるかも分からないけど……このままじゃいけないっていう気持ちは、どこかにある気がする」


「それで十分だろ」


 宗冬は軽く笑ってそう答えたが、その目にはどこか深い思索が宿っていた。


 静寂が戻り、2人はパチパチを音を立てる焚火を囲みながら耳を澄ませていた。すると、遠くの草むらから微かな音が聞こえた。宗冬が素早く体を起こし、大剣の柄に手を伸ばす。



「何か来る」



 その言葉にハルトも身構え、サーベルを握り締めた。


 草の中から現れた影に、2人は緊張を走らせる。木々の間にちらつく光は、次の試練を予感させていた。


 静寂を破る微かな足音。枯れ草を踏む音や金属が擦れるような音が、街道沿いの暗闇から聞こえてくる。



「……盗賊か?」


宗冬が低く呟き、大剣の柄を握り締めた。


「敵襲だ!」


ハルトは即座にテントに向かって声を上げる。


「人数は……10人か、それ以上か」


 宗冬は前方を睨みつけながら答える。その視線の先、松明の明かりに浮かび上がる10人前後の男たちが、乱雑な武器を手にこちらに近づいてきていた。斧や短剣、手斧を持つ者もいれば、棍棒や長い木の棒を握る者もいる。



「俺が先に行く!」


 宗冬が前に出た。大柄な体を震わせながら大剣を構え、一人で盗賊たちに向かっていく。


「おい、待て! 一人じゃ無理だ!」


 ハルトが制止するが、宗冬は振り返らない。


 盗賊の一人が先陣を切って襲いかかる。木の棍棒を振り上げたその男に対し、宗冬は大剣を振り下ろし、一撃で相手を地面に叩き伏せた。しかし、次の瞬間には別の盗賊が横から斬りかかる。宗冬は間一髪でその攻撃を剣の側面で防ぐが、次々と迫る敵の攻撃に次第に押され始める。


「ちっ、鈍い……!」


 宗冬は焦りを隠せず、立ち止まったまま応戦していた。その大剣は一撃の威力こそ高いが、複数の敵を同時に相手にするには不向きだった。


「連携して対処するんだ!」


 中で眠っていたみひろ、美玲、月奈が反応し、それぞれ武器を手に飛び出してきた。みひろは十文字槍を肩に担ぎ、眠気を振り払うように顔を振る。美玲は小型の盾と長剣を構え、月奈は冷静な表情で軽やかにレイピアを手にしている。


「宗冬、下がれ!」


 ハルトの声が夜闇に響く。その叫びに応えるように、みひろが十文字槍を手に現れた。焚き火の残り火に槍の刃が反射し、夜の闇に鋭い輝きを放つ。


「待たせたね!」


 彼女は短く笑うと、盗賊たちに向かって槍を構えた。その姿勢は無駄がなく、肩幅に足を広げてしっかりと重心を保っている。


「足止めなら任せて!  ハルト君たちは後ろを守って!」


 槍の刃が夜風を切り裂き、みひろは軽やかなステップで盗賊たちの間合いに入る。彼女の動きには鋭さとしなやかさがあり、一瞬で敵の注目を引き付けた。


 最初の攻撃は直突きだった。鋭く突き出された十文字槍の先端が、一番近くにいた盗賊の腹部をかすめる。驚いた盗賊が後退すると、みひろはすぐに槍を引き戻し、次の動作に移る。


 彼女は槍をしごき、繰り突きを繰り出した。槍の柄を滑らせながら放たれた一撃は、相手の目算を狂わせ別の盗賊の肩口を浅く抉る。その攻撃は力任せではなく、相手の動きを見極めた正確な一撃だった。



「突けば槍、薙げば薙刀、引けば鎌——ってね!」


 みひろは盗賊たちの動きに目を光らせながら、軽やかにステップを踏む。槍を縦横無尽に振るいながら、次々と相手の攻撃を封じていく。敵が一斉に間合いを詰めようとするたびに、槍の長さを生かして的確に攻撃を加え、ひるませた。


「さあ、どんどん来なさい!」


 みひろの声は明るく、余裕すら感じさせる。しかし敵の動きを注意深く観察していて、一瞬の隙も見逃さない。槍の横刃を回転させ、敵の武器を絡め取るような動作で相手の勢いを殺し、すかさず足元を狙って横なぎの一撃を放つ。


「何だ、この女……!」


 盗賊たちは動揺し始めた。一見華奢に見えるみひろの姿に、完全にペースを乱されている。槍が振るうたびに彼らの連携が崩れ、逆にみひろが有利な位置取りを確保していく。


「その調子だ、みひろ!」


 ハルトが応援する中、美玲も盾を構えながら前に出た。


「こういう時こそ冷静にね。」


 美玲は盾を使って敵の攻撃を受け止めると、長剣で的確に反撃を繰り出す。相手の手首を切りつけ、武器を落とさせるその動きは無駄がなかった。



「盗賊団は前衛の士気が低いことが多いわ!倒せそうな相手から数を減らして!」


 美玲が鋭く指摘する。


 月奈は後方から静かに動き、レイピアで正確な突きを放つ。彼女の攻撃は無駄がなく、敵の膝や腕を狙って確実に戦闘不能にしていく。


「ハルト、宗冬を援護して!」


 美玲が指示を飛ばす。ハルトは頷き、サーベルを抜いて宗冬の近くに駆け寄った。


「宗冬! 立ち止まるな!」


 ハルトは宗冬に向かって叫ぶ。


「動きが止まるとやられるぞ! 動き回りながら、リーチを生かして遊撃してくれ!」


 宗冬は一瞬戸惑ったが、ハルトの言葉を聞き、動き出した。大剣を下段に低く持ち直し、左右にステップを刻みながら敵の隙を伺う。そして、一気に走り抜けるように盗賊の群れに突っ込み、交差する瞬間に大剣を横薙ぎに振る。


「これでどうだ!」


 宗冬の剣が盗賊の一人の腹を浅く斬りつける。さらに方向を変え、再び突進して別の敵を狙う。その動きは徐々にリズムを掴み、次々と盗賊たちを怯ませていく。


「やるじゃないか、宗冬!」


 ハルトが微笑みながら声をかける。


 盗賊たちの動きが鈍り始めた。ハルトたちの反撃により次第に押され、恐怖が彼らの表情を覆い始める。どこかで決着をつける覚悟をしていたのかもしれないが、数人が傷を負った時点でその覚悟が揺らいでいるのは明らかだった。


 その様子を見たハルトは、肩越しに視線を巡らせて戦局を確認する。班の仲間たちはそれぞれの持ち場で堅実に戦いを続けており、少なくともこの場での敗北は考えにくい。だが、長引けば余計な被害が出る。


 ハルトは一息つき、相手の士気を断ち切るべく声を張り上げた。


「ここで引けば命までは取らない! 」


 その一言は夜の静寂に響き渡り、盗賊たちの耳を打った。一瞬の沈黙の後、数人の盗賊が動きを止め、互いに目を合わせ始める。後ろ髪を引かれるように武器を握る手を震わせながら、リーダー格の男が荒い息の中で叫んだ。



「退け! 退け!」



 その指示が下されると、盗賊たちは一斉に武器を捨て、森の闇へと消え去っていった。


 ハルトは敵の背中を見送りながら、サーベルを下ろす。その額から一筋の汗が滴り、地面に落ちる音が妙に大きく聞こえた。



「俺……今の戦法、向いてるかもな」


 宗冬が大剣を肩に乗せ、照れくさそうに笑う。先ほどまでの重苦しい空気は少しだけ和らぎ、彼の表情にも達成感が浮かんでいた。その大柄な体を少し前に傾け、仲間たちの顔を見渡す姿は、どこか頼もしさすら感じさせた。


「みひろ、ナイス援護だったよ!」


 ハルトがみひろに親指を立てる。槍を器用に振るい、的確に盗賊たちを牽制してくれた彼女の動きは、間違いなく勝利の一因だった。


「でしょ? わたし、やればできる子だから!」


 みひろは笑顔で十文字槍を回してみせる。その軽快な仕草はまるで先ほどの戦いなど遊びだったかのようだが、ハルトには彼女の額に滲む汗がしっかりと見えていた。



「盗賊を舐めちゃダメよ。連携次第でどれだけでも厄介になる。」


 美玲が冷静な声で釘を刺す。長剣を収めながら、その表情には厳しさが浮かんでいた。


「異世界だろうがシミュレータだろうが、戦い方は同じよ」


 月奈が静かに呟く。その銀髪が夜明けの光に照らされて輝いて見える。彼女の一言に、一同は自然と静かに頷き、言葉以上の重みを共有した。


 空が徐々に薄い青から黄金色に変わり、夜露に濡れた地面が朝日で乾き始める。昨晩の緊張感がまだ身体に残る中、ハルトたちは早々にテントを畳み、荷物を整えた。静寂に包まれていた森も、鳥たちのさえずりが聞こえ始めると次第に活気を帯びてきた。

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