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エピローグ 東京I.S.E.K.A.I.転生専門学院

 都内の一角、夕暮れの気配が混じる空気。学院敷地からほど遠くない場所に、洋館風の大きな邸宅があった。外観は重厚なレンガづくりにステンドグラスの窓。門越しには手入れの行き届いた庭が広がり、まるで別世界のような雰囲気を醸し出している。


 火星車ひぐるまハルトは、その門の前で深呼吸をした。隣には長住みひろと藤原美玲、そして野牛宗冬の姿。彼らは先日のVRミッション『魔王討伐』で不可解な出来事に直面し、それを問いただすためここへ来たのだ。


「……ほんとに、ここでいいんだよね?」

 みひろが高い門を見上げながら問いかける。いつもは元気いっぱいの彼女だが、今日は若干落ち着かない様子がうかがえる。


「うん。学院長アレスタ・クローリーの私邸だよ。正式にはクローリー邸っていうらしい」

 美玲がタブレットを操作しつつ頷く。画面には住所や地図情報が表示されているが、まるで公的な機関には記録されていないような雰囲気がある。


「とにかく、ここに行くしかないだろ」

 宗冬が大剣こそ持っていないものの、険しい顔つきで先頭に立つ。

「月奈のこと、それに魔王の件をきっちり問いたださねえと」


 先のVRミッションで魔王と対峙し、何やら不自然な終わり方をした挙句、仲間の月奈が行方不明になった。VR実習室には帰還せず、誰も彼女の姿を確認できていない。ところが、鬼塚先生や学院の上層部も明確な説明をくれなかったのだ。

 そこで最終手段として学院長アレスタを直接訪ね、真実を探ることにしたのである。


 門が開いていたのを幸い、玄関まで進むと、重厚な両開きの扉がハルトたちを待ち受けていた。明かりがぽつりと灯ったランプが、古風な影を床に落としている。


 ピンポン、とチャイムを鳴らすと、扉がゆっくりと開いた。

 そこに立っていたのは、アレスタ・クローリー本人だった。流れる銀髪をなでつけ、深い碧色の瞳を細めながら上機嫌に微笑んでいる。


「やあ、よく来たね。どうしたのかな? 諸君」

 とぼけたような口調に、ハルトの胸中の苛立ちが募る。彼は玄関先を一歩踏み込み、アレスタを睨むように見つめた。


「どうしたもこうしたもないですよ! 先のVRミッション――『魔王討伐』は、いったい何だったんですか。魔王が俺にそっくりだったんだ。しかも月奈が行方不明のままだし……」

 ハルトは感情を抑えきれず、まくし立てる。魔王の仮面が砕けたとき見えた“自分に酷似した顔”が今でも脳裏を離れない。


「おやおや、落ち着きたまえ、火星車ひぐるまくん」

 アレスタは不敵な笑みを浮かべたまま、ハルトたちを屋内へ招き入れる。広々としたホールにはマホガニーの調度品と豪華なシャンデリアがあるが、どこか魔術的な雰囲気が漂う。


 みひろも一歩踏み込み、「院長先生、月奈は? 本当に無事なんですか……?」と迫る。

 するとアレスタはあっさり頷いた。


「安心したまえ、月奈は無事だよ。おっと、もうすぐ姿を見せるかもしれない。ほら、ちょうどよく……今のを見たまえ」


 アレスタがホール中央に据えられた古風なテーブルを指差すと、そこには大きめの水晶球が鎮座していた。虹色の揺らめきが水晶の内部を螺旋状に走っている。


 その瞬間、きらめく光が水晶から弧を描き、部屋の空間を歪ませた。

 突如、床にうっすらと魔法陣のような光が浮かび上がり、そこへ人影が出現する。


「……えっ?」

 みひろが声を上げた。


「まさか、月奈……?」

 宗冬も目を見開き、一歩後退する。


 そこに立っていたのは、確かに月奈だった。VRミッションの服装そのままに、レイピアを携えた姿。少し乱れた息遣いでハルトたちを見渡し、青ざめた顔に安堵の色を浮かべる。


「みんな……」

 月奈は小さく呟き、ハルトに視線を合わせる。


「月奈! 本当に無事だったのか? 一体どこにいたんだよ!」

 ハルトが駆け寄り、彼女の肩をしっかりと掴む。月奈は言葉にならないようで、ただ首を横に振りながら息を整えている。


 アレスタは楽しげに手を打ち、「どうかな、今の瞬間移動を。マクガフィンは実在する——『異世界シミュレータ』や『遠見の水晶球』、それらを組み合わせれば、こういうことも可能なのだよ」と告げた。



 ホールの奥へ進むと、上品なソファが並んだ応接スペースに案内される。アレスタはソファに腰を下ろし、ハルトたちは立ったまま問い詰める構えをとる。


「さて。君たちはVRミッションをただのゲームか訓練だと思っていただろうが、実はあれは『実在の異世界』を元に再構成した相似空間にすぎない」

 アレスタは悠然と足を組み、まるで教師が生徒に講義するかのように語る。


「遠見の水晶球……我が一族に伝わる古代の秘宝だ。はじめはただの占い道具だったが、ときおり『この世界ではない風景』が映ることがあった。つまり、異世界の断片だよ」

 この言葉に、みひろと美玲は唖然とする。宗冬は眉をひそめながら、内心で自分が受けた教育を一から疑うかのような葛藤を抱える。


「異世界を映し出している水晶を現在の技術で解析すれば、膨大な疑似環境データが手に入る。藤原美玲くん。君の親族が経営する企業にはお世話になったね」


「我が一族は遠見水晶球を利用した占いを通して裏社会に君臨し、同時に異世界の存在をうすうす認知していた。だが、それが確信になったのは私の代……月奈、すなわちルナ・クローリーが“異世界転移”してきたときだ」

 アレスタは月奈に視線を送り、彼女はわずかにうつむく。


「学園長……それって本当なんですか……? 月奈が異世界から……」

 ハルトが半信半疑の声を上げると、月奈は低く頷いた。


「…………義父が私を引き取ったのも、私が異世界から迷い込んだ存在だったから。私はまだ詳しく覚えていないけど……いつか“向こうの世界”から来たらしい。そこでアレスタが私を見つけたの」


「今となっては君たちも分かっただろう。異世界は実在する。学院でのVRミッションは、私の水晶球が得た情報を基にしていたに過ぎない」


 アレスタが言い放つと、みひろが「そんな……でも本当に? ゲームみたいに思ってたのに、あれが……?」と震える声を漏らす。


「そう。そして、特に火星車ハルト……君が持つ類感魔術という相似干渉能力が、『シミュレータと実在異世界を繋ぐ要』だったのだ」


 ハルトは困惑し、目を見開く。「つまり俺が、世界を……?」


 ハルトが「じゃあ、あの魔王が俺と似てたのはどういう……」と問うと、アレスタは軽く肩をすくめる。


「魔王が世界をこんなふうにした責任を取らなければいけないと言ったのは、ある意味で真実だったのかもしれない。それが君と似ていたことも、類感魔術による相似形の干渉によるものだろう。私とて、個々のミッションをそこまで詳しくは解析していないよ」


「……つまり、あいつは俺の『もうひとつの姿』かもしれないってことか」

 ハルトの声は震え、拳を握りしめる。美玲は「そんな馬鹿なこと……」と息を呑み、みひろは目を泳がせ、宗冬は無言でハルトを見つめる。


 ハルトはアレスタを見据えて言う。

「一体オレや月奈に何をさせるつもりなんだ!?」


 アレスタは平然と受け流す。

「さて、コミックや小説の悪役のような計画を語れといわれても困るね……。あえて言わせてもらえば、私の目的は達成済だ。異世界シミュレータを通じて実在の異世界を繋ぎ、君たちの力で魔王を討った。月奈——ルナの転移能力も再覚醒し、もはや現実と異世界は繋がったのだ」

 アレスタが哄笑に似た乾いた笑い声を上げると、月奈がぎゅっとハルトの袖を掴む。まるで彼にしがみつくように、不安を抑えようとしているかのようだった。


「おめでとう、諸君。これから先は、科学と魔法が融合する新世界が開かれるだろう。異世界転生専門学院で培った知識やスキルが、そのまま本物の異世界で通用する日が来るのだよ」

 アレスタは愉快そうに微笑むが、その瞳には測りきれない鋭さが潜んでいる。


「でも……俺たちは何をすれば……? 現実と異世界が繋がったからって、すぐにどうにもならないだろ」

 宗冬が半ば呆れながら問いかける。現実には軍や政府、異世界には魔族や未知の危険もある。そう簡単に行き来できるものか?


「それこそが君たち学生たちの役割さ。学院で培った“知識”と“経験”を活かして、新しい橋を架けるのだ。私の一族の水晶球も、君たちの類感魔術も、月奈の異世界転移も全部……科学と魔法の融合を生み出す“マクガフィン”なんだよ」


 アレスタは薄く笑う。「さあ、希望するなら、いくらでも手伝ってあげよう」


 みひろは「うーん、ワクワクするけど、複雑だな……マジで異世界が実在するなんて!」と興奮気味。

 美玲は「嘘じゃないのね……」と深刻な顔でタブレットを見つめる。

 月奈はうつむき、「私は……どうなるんだろう」と呟く。

 ハルトは彼女の肩に手を置き、優しく顔を覗き込む。


「月奈、帰ってきてくれて本当によかったよ。どんな道を選ぶにせよ……俺たちが一緒なら、きっと大丈夫」

 その言葉に月奈は微笑もうとしたが、何か暗い影が瞳の奥に宿っている。彼女は記憶も曖昧な異世界からの来訪者であり、義父であるアレスタの真意も全て理解しきれたわけではない。


「じゃあ、俺はもう帰りますね。これ以上、何を話しても訳が分からなくなりそうだ」

 ハルトが決意をこめた視線でアレスタを見やる。アレスタは穏やかに頷く。まるで全てがシナリオ通りだと言わんばかりの満足げな態度。


「またいつでもいらっしゃい。ああ、最後にひとこと——火星車ハルト、君が“特異点”であることは確かなようだ。これから先、私でも予測できないことがいろいろ起こるかもしれない。楽しみにしているよ、ふふ……」


 アレスタは青い瞳を細め、まるで未来を覗き見る占い師のような表情をした。


「……本当に、コミックの悪役みたいな言い草だな」

 ハルトは軽く苦笑するが、その笑みはどこか固い。仲間たちも各々の思いを抱え、アレスタ邸のホールを後にした。


 外に出ると、夕暮れの光が冷たく伸びた影を地面に落としていた。みひろは重たい息を吐き、「月奈ちゃん、もう大丈夫なんだよね……?」と尋ねる。

 月奈は小さく頷き、「たぶん、アレスタが私の『瞬間移動』——『異世界転移』をコントロールして引き戻してくれたのだと思う。VRの空間と現実の間で、どこかに迷い込んでいたのかも……」とぽつりと答える。


「お前が無事ならそれでいい。ただ、先の話を考えると、いろいろと厄介そうだな」

 宗冬がぶっきらぼうに言うと、みひろは「でも私、ちょっと楽しみだよ。だって本物の異世界なんてさ、めったに体験できないじゃん!」と目を輝かせる。


「ふふ、みひろらしいわね……」

 美玲はタブレットを操作しながら、まだ不安げに画面を見る。

「異世界が実在していて、しかも学院がそれを利用しようとしていた……。ハルトが“魔王”と同じ相似を持っていた……。謎が多すぎるわ」


 ハルトは言葉を選ぶように唇を引き結ぶ。

「俺自身、魔王が何を言いたかったのか、分かってない。……でも、アレスタが言うように、もう世界は繋がってしまった。逃げられないよな。俺たちは……どうする?」


「決まってるじゃん!」

 みひろが槍がそこにあるにかのように背中のあたりを軽く叩き、「学院で学んだことを活かして、次は本当の『異世界探索』……じゃない?」と笑う。


 月奈はまだ不安げだが、ハルトが目で合図すると、彼女も小さく笑みを返す。「……そう、だね。私にはここが大事な居場所だもの。ハルトたちと一緒に行くよ」


 風がひゅうっと吹き、クローリー邸のステンドグラスが夕陽を受けて揺らいだ。


 アレスタの言う“新時代”が本当に始まるなら、学院生として何を成すべきか、彼らは大きな選択を迫られるだろう。科学と魔法、VRと現実、そして異世界転生……すべてが交差する新たな物語が、いま動きだそうとしていた。


──こうして、アレスタ邸で真相を知らされたハルトたちは、まだ消えない謎を胸に抱えながら学院へと戻っていく。

  アレスタ邸を後にしたハルトたちは、それぞれ胸に揺れるものを抱えながら家へと戻っていった。月奈が無事に戻ってきた安堵と、アレスタの告白から浮かび上がった数々の謎──VRミッションを越えて実在する異世界、そして学院長の真の思惑。どれもが簡単には割り切れない不安と期待をもたらしていた。


 しかし、彼らは知っている。どんなに厄介な状況にあっても、仲間と共にすれば新たな道はきっと開けるということを。学院での日々、VRミッションの数々、そして次なる冒険への予感が、心の奥で少しずつ熱を灯しはじめている。


 こうして『魔王討伐』ミッションは幕を下ろす。現実と異世界の境界があやふやになったこの世界で、ハルトたちの旅路はまだ続くだろう。遠見の水晶球、異世界転移、類感魔術の特異点——マクガフィン、そして学院長アレスタがはらむ謎は尽きず、彼らの未来は一層複雑な色彩を帯びてゆく。


 やがて新たなステージが、科学と魔法、そして知識と冒険を融合する道を切り開く。仲間たちが手を携え、また歩み出すとき、次なる物語が静かに動きはじめるのだ。


——東京I.S.E.K.A.I.転生専門学院 第1部 END.


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