対決・魔王!!
33階を抜け、双塔に分岐する都庁の上層部。そこに続く長い階段を、火星車ハルトは一人ひた走っていた。下の階では仲間たち──みひろ、美玲、月奈、宗冬──がモンスターを食い止めている。彼らが足止めを喰らっている間に、結界が生きているうちに、魔王の本拠を探り出さねばならないのだ。
階段の踊り場を曲がるたび、砕けたガラス窓から見える『汚染された東京』がハルトの視界に入る。ビル群はすでに闇の結界に呑まれたかのように暗く歪み、遠方では無数の魔物が飛び交っている。彼はサーベルを強く握りしめ、(絶対にここで終わらせる)と心中で決意を固めた。
やがてたどり着いた45階、展望台フロア。
観光客が大勢訪れるはずのスペースは、崩れたカウンターや折れ曲がった柵によって、見る影もない。床や壁は黒い紋様で蝕まれ、窓ガラスにはひびが走り、夜のような暗い空が見下ろしていた。
〇
「ここが……最上階か」
ハルトは警戒しながら足を進める。かつては土産物の小さな売店や休憩スペースがあった痕跡が見えるが、そこには誰もいない。ただ、背筋が凍るほどの“存在”だけが空気を満たしている。
そして、ふと窓際に気配を感じた。
――そこに立っていたのは、闇色のローブに身を包んだ人影。顔は仮面に覆われ、その全身が淡い黒いオーラを放っている。結界の中心であることをうかがわせる、圧倒的な“魔力”の気配だった。
「……魔王、だな」
ハルトはサーベルを引き抜き、低く構える。敵がこちらに気づいた瞬間、強烈な魔力が辺りを震わせた。
「ようやく来たか。待ちわびたぞ、火星車ハルト」
深みのある声がこだまする。まるで幾重にも重なった声のように響き、ハルトの心をざわつかせた。
「なぜ俺の名前を……?」
魔王は微動だにせず、背中越しに汚染された街のビル群を眺めながら語る。
「世界をこんなふうにしてしまったのは……オレだ。その責任を取らなければいけない。だが同時に、オレは“お前”を倒す義務がある。火星車ハルト」
「どういうことだ? 責任って、何を――」
「お前はこの世界を救うためにここへ来たのだろう?」
魔王が仮面越しに鋭い眼差しを向ける。
「ならばオレは、その可能性をへし折らねばならない……自分自身のためにも」
ハルトは一瞬、言葉を失う。魔王の言葉には自責とも嘲笑とも取れない妙な含みがあった。だが、その迷いは一瞬で消え、魔王は腕を振り上げ、黒い魔力の奔流を生み出す。床の紋様がぎらりと輝き、吹きつける魔風がハルトを包む。
「くそっ、わけは分からないが――来るなら受けて立つ!」
ハルトは地を蹴り、サーベルで魔力を切り裂きにかかる。
魔王の一撃は重く、闇の力をまとった魔法の斬撃が展望台を切り裂く。窓枠が吹き飛び、床が砕け散る。ハルトは類感魔術を使い、あらかじめ用意していた人形へダメージを逃がしつつも、その力の余りの強大さに血の気が引いた。
「なんて力だ……でもここで負けるわけにはいかない!」
サーベルを低く構え直し、魔王の斜め上からの一撃をぎりぎり弾く。火花が散り、魔王がさらに追撃を放つ。
ふと、ハルトは魔王の剣捌きが自分と似ているような、奇妙な既視感を覚えた。動きのリズムやステップが、まるでハルト自身の剣術と呼応するかのように絡み合う。
「お前……いったい……」
ハルトが問う間もなく、魔王は言葉を発せず、一息に闇の結界を強める。建物全体がぐらつき、壁のコンクリートが剥がれ落ちた。
「ここで……終わりにする……!」
魔王の仮面の奥から苦しげな吐息が漏れた。その瞬間、ハルトは反射的にサーベルを大きく振りかぶり、正面から渾身の一撃を叩き込んだ。
咆哮のような音がこだまし、魔王の身体は闇のきらめきを散らしながら、仮面とローブを残して崩れ落ちる。
〇
「ハルトくん! 大丈夫!?」
展望台の扉が破れ、みひろ、美玲、月奈、宗冬の4人が駆け込んでくる。魔物との激戦で体は傷だらけだが、何とか追いついた形だ。
しかし、そこにあの『魔王』の姿はなかった。
ハルトは床に崩れかけたコンクリートの上でサーベルを下ろし、荒い息をついている。
「魔王は……倒した。ミッションは終了だ」
ハルトはそう呟き、ホッとしたように目を閉じた。
「そ、そんな……一人で……?」
みひろが辺りを見回すが、確かに闇の気配はかなり薄れている。仮面らしき破片が床に残っているだけ。
「どういうこと? ハルト、何か聞けなかったの?」
美玲が急ぎ寄って問いかけるが、ハルトは首を横に振るばかり。
宗冬は大剣を下ろし、唇を噛む。
「まさか、あいつを本当に倒したのか……? 拍子抜けというか、いろいろ聞きたいことあったんだが」
月奈は一歩退いて壁に手を当て、そこにうっすらと残る黒い模様を見つめる。何かが胸につかえるような違和感を拭えない。
「……ホントに終わり、なの……?」
やがて結界の崩壊とともに、ビル全体を満たしていた魔力が消失する。館内放送なのか、あるいは通信越しか、学院の教官・鬼塚先生の声がかすかに届く。
『……魔王の撃破を確認しました。ミッション成功とみなします。帰還プロトコルを開始】
「とりあえず……帰ろう」
ハルトは仲間たちを見回す。誰もが釈然としない顔だが、一応の“クリア”という結果を受け、ビルの揺らぎが収まるまで余計な危険は冒せない。
「まぁ……なんだか消化不良だけど、ミッション上ではこれが終わりなのかな」
みひろが嘆くようにつぶやき、宗冬は肩をすくめる。美玲はタブレットを見やり、ノイズが解消されていく画面に複雑そうな表情を浮かべた。
月奈だけは、ハルトの顔を一瞬じっと見つめた。何か言いたそうな光が宿っている。でもいまは黙っているしかない……という様子。
「……戻ろう。学院のみんなにも無事を伝えないと」
ハルトがサーベルを収め、4人はうなずき合う。魔王城と化していた都庁の展望台は、不思議なほど静寂のまま。ほんの数分前まで繰り広げられていた死闘が嘘のように、闇の結界は跡形もなく消え去っていた。
〇
光が収束し、ハルトたちの意識が引き戻される。視界が白くなって暗転した後、目を開けば、そこは学院のVR実習室――無機質なブースが並んだいつもの光景だ。
「はぁ……帰ってきたな」
宗冬がヘッドギアを外し、長い息をつく。
みひろはマスク越しに汗をぬぐいながら、「ふうっ、やっと終わった……」とホッとした顔を見せる。
「やけに手こずったわね……でも成功、なんでしょ? 魔王撃破と認定されたわけだし」
美玲はタブレットを確認する。ミッションのログには『クリア』と表示されている。
だが、そのとき、月奈のブースだけが空であることに気づく。
みひろがキョロキョロと周囲を見回し、「あれ、月奈ちゃんは?」と訝しむ。
「……月奈がいない? まさか、まだVR内に残ってるのか? いや、そんなはず……」
宗冬がブースに駆け寄る。扉は開いたまま、中はもぬけの殻だ。モニターを確認しても『ミッション終了』のステータスが出ている。
「消えた……?」
ハルトは心臓が大きく脈打つのを感じる。さっきまで一緒に戦っていた月奈が、どこにもいない。VRログ上は“正常終了”になっているのに、現実世界の実習室にその姿は見当たらない……。
学院スタッフが駆け寄り、操作パネルを調べるが、ログは壊れておらず、彼女がきちんとログアウトした形跡が残っていると報告する。
「でも、いったいどこへ……?」
ハルトは焦るようにブース内を見回し、仲間たちも呆然とする。
VRミッションは成功。魔王は倒された。だが、月奈は行方不明。
不穏な空気が実習室を包み、学院のスタッフも鬼塚冴子教官も困惑を隠せない。
(どうして、月奈が……? 彼女は最後まで一緒にいたはずなのに……)
ハルトは震える声でそう呟きながら、消えた仲間への不安に駆られていた。
こうして都庁“魔王城”での決戦が終わりを告げ、VRミッションは終了扱いとなったが、その裏で新たな謎が深まっていく。
――物語は次なる展開を呼び起こそうとしていた。




