魔王城・都庁
ノートルダム大聖堂を思わせる外観と、八芒星の意匠を宿した双塔――都庁・魔王城の一角。結界が弱体化したことで、ハルトたちは1階からスムーズに上へ進むことができていた。しかし、内部はどこか不気味な静寂に包まれ、廊下の壁にも焦げた痕跡やひび割れが散見する。
「結界が崩れたからか、案外すんなり入れちゃったな」
みひろが十文字槍を肩に抱えたまま、周囲をうかがう。床にはひび割れ、壁には焦げ跡が走っているが、肝心の魔物の姿が見当たらない。
「油断は禁物よ。この先に何かがいるのは間違いないわ」
美玲がタブレットを睨む。ノートルダム大聖堂に似た双塔、八芒星を思わせる外観など、神秘学的要素が散りばめられた建築がVR空間に再現されている。
「もともと観光案内とか都政の窓口があるフロアなのに……荒廃しすぎてどこがどの部署か判別もつかないわね」
宗冬は大剣を握り直し、天井を見上げた。
「確かに拍子抜けだが、こういうときほどあとで痛い目を見る。気を張っていこう」
一方、月奈は立ち止まって静かに周囲の空気を感じ取るように目を閉じる。
「どこかに……すごく不気味な視線を感じる。でも、近くにはいないみたい」
「とにかく、33階で左右の塔が分かれるらしいし、まずは10階を目指そう。そこまで行けば全体の構造が把握できるかも……」
〇
5人が警戒しつつで5階へ足を踏み入れると、廊下奥にある大会議場の扉が重い軋みを立て、わずかに開いていた。破れかけた看板に『大会議場』と書かれており、本来は都の重要会議を開く部屋なのだろう。
「……やっぱり、このフロアに罠が仕掛けられてるわね」
美玲がタブレットを閉じ、すぐさま弓と矢筒を装備する。みひろも槍を持ち直し、宗冬はタウントの準備、月奈はレイピアの柄を握りしめた。
廊下の突き当たりに、重厚な扉がそびえ立っている。かつては都庁の大会議室として多くの人々を収容したであろう広間だ。
扉を慎重に開くと、薄暗い室内から冷たい空気が流れ出してきた。かつての会議場の名残として、大きなテーブルや椅子が横倒しになり、プレゼン用のスクリーンは破れ、天井の蛍光灯がぶら下がっている。蛍光灯の金属パーツがきいきいと嫌な音を立て、床には書類やガラス片が散乱していた。
「何これ……相当暴れられた形跡があるわね」
美玲がタブレットを横に抱え、散乱した書類をちらりと見る。すでに文字は黒い汚染で読めなくなっている。
だが、その中央。ホールのど真ん中に、異様な気配をまとうモンスターが待ち構えていた。
彼らはまるで、『ここを通すまい』と言わんばかりに陣形を敷いているようだ。
巨大な体躯に分厚い筋肉と棍棒を持ち、まるで山のような存在感。目は血走り、低く唸り声を上げているオーガ。
同じく大柄なシルエットに槍と投石器を巧みに操るホブゴブリン。
黒いローブをまとい、影の中を滑るように移動するシャドウシフター。
白骨めいた姿の亡霊魔術師、リッチスカラー。
「出たな……」
宗冬が大剣を構え、大きく息を吐く。すでに戦闘準備に入っている。その顔には戦意がみなぎっているが、危険性をひしひしと感じているようだ。
「じゃあ、やるしかないってことだね!」
みひろが笑みを浮かべ、十文字槍を左右にくるりと回す。すぐにホブゴブリンが呼応するように槍を投げてきた。みひろはサッと身を屈め、それをかわすと、すぐさま自分の槍を投擲する。床に派手な金属音が響いた。
宗冬が、ハルトへと振り返った。
「ハルト、先に行け! こんな奴らに全員足止めされたら、魔王に時間を与えるだけだ。俺たちが何とかこいつらを抑えるから、お前はさらに上へ進んで魔王の動きなり結界なりを探ってきてくれ!」
「でも……」
ハルトは一瞬、ためらいの表情を浮かべるが、オーガの低いうなり声が再び響き、床が振動した。
「大丈夫だよ、ハルトくん!」
みひろが槍を構えたまま、笑顔で言う。
「ここは私たちが何とかするから、あんたがやるべきことをやって!」
「わかった……恩に着る!」
ハルトはサーベルの柄をきゅっと握りしめながら、仲間たちを見つめる。その瞳は迷いと決意が入り混じっていたが、最終的に仲間の判断を尊重するように頷く。
「頼んだぞ。絶対に無事で戻ってこい!」
宗冬が大剣を振り上げ、タウントの魔法陣を足元に展開しながら叫んだ。
ハルトはその場で短く息をつくと、一気に階段のほうへ駆け出していく。
「オーガなんてお前には楽勝だろ、宗冬! みんな、また後で合流しよう!」
廊下の奥へ走り去っていくハルトの背中を、みひろ、宗冬、月奈、そして美玲はそれぞれの思いを胸に見送るのだった。玄関ホールを睨むオーガが一段と声を張り上げ、血走った瞳を宗冬に向けると、会議場は一瞬にして戦闘の緊張感に飲み込まれていく。
オーガは直情的で、タウントにかかりやすい性質を持つ。宗冬が「タウント!」と叫び、大剣の鍔を床に叩きつけると、オーガは途端に目の色を変えて突進してきた。
その巨体が揺れるだけで、床が振動し、倒れた椅子が吹き飛ぶほどの威圧感。宗冬は大剣を盾代わりに正面で受け止めるが、相手の腕力があまりに大きく、何度も足元を崩されかける。
「うおおっ……強ぇな、でも負けるかよ!」
宗冬は耐えながら少しずつ間合いを詰め、懐へ潜り込む。近距離で相手の胸に大剣を叩き込み、オーガの身体を左右に揺さぶる形で押し切る。
最後は一瞬バランスを崩したオーガの頭部を上段から叩き割り、血のような魔力の飛沫が散って絶命。宗冬は荒い呼吸を吐き出し、軽く笑みを浮かべる。
「ふん、やっぱ真っ向勝負が性に合ってるな」
ホブゴブリンは一度目の投槍が空振りに終わるや否や、今度は逆手に持った投石器から石弾を投げ放った。みひろは地面を軽く蹴り、アポートで槍を回収しつつサイドへ飛び退く。
パシンと空気を切る音が広がり、床に穴が穿たれる。
「なかなかやるじゃん! でも、私のほうがもっと早いよ!」
みひろは十文字槍を振りかぶり、思いきり投擲。敵がかわそうとステップを踏んだところで「アポート!」を発動し、槍を戻してすかさず再度投げ込む連続攻撃。
ホブゴブリンは目を回すように翻弄され、最後には胸を槍が正面から貫き絶叫。黒い煙を残して消える。
「よし、もう一発! ……倒れたかな?」
みひろが息を整えつつ確認すると、ホブゴブリンの姿は霧散し、床にはうっすらと魔力の痕だけが残る。
月奈とシャドウストーカー戦いは、ほぼ姿が見えないほどのスピードで進行していた。敵は影の中を自在に移動でき、月奈の横や背後に何度も現れては闇の剣を振り下ろす。
月奈も素早い瞬間移動で応戦するが、互いに空を切る斬撃が交差し、金属が擦れる甲高い音だけが走る。
「……っ!」
シャドウストーカーが月奈の足元に影を伸ばして拘束しようと試みるが、瞬時に月奈が逆方向へ飛ぶ。先読みが大事だと心得ている彼女は、相手の“影移動”のリズムを計測しながら、レイピアを構え直す。
「そこ……!」
相手が次の影から飛び出すタイミングを誘導し、一瞬の隙にレイピアを突き出した。闇のローブから獣のような唸り声が響き、影の裂け目にレイピアが刺さる。シャドウストーカーは身をのけぞらせながら崩れ落ち、消滅した。
「ふう……強敵だった」
月奈はかすり傷を確認しつつ、わずかに安堵する。彼女の周囲には影がゆらめき、まだ余韻が残っているようだが、確かな勝利を手に入れた。
一方、美玲の相手はリッチスカラー――アンデッド化した魔術師のような存在。闇魔法や呪術を操り、周囲の空間ごと封じようとしてくる。
リッチスカラーは低い声で呪文を唱え、紫色の気体を拡散させる。美玲はタブレットを急ぎしまい、『浄化』スキルでその紫の瘴気を払う。
「闇魔法……厄介ね。でも弱点はしっかり分かってるわ」
美玲は相手の杖の先にある宝珠が魔力の中枢だとデータで把握していた。タブレットの解析情報から、要点は得ている。
リッチスカラーが次の呪縛を放つ前に、美玲は弓矢を素早く番えて狙いを定める。
「ここね……!」
一瞬の隙を突き、浄化の力を帯びた矢を放つ。光の尾を引く矢は正確に魔力中枢を貫き、リッチスカラーは苦悶の声を上げて床に崩れ落ちる。闇の瘴気はぱちんと弾けるように砕け散り、残骸を残して消失した。
それぞれの激戦が終わると、大会議場には先ほどまでの重苦しい魔力が消え失せ、床には魔物の残骸が黒い焦げ跡として残るのみ。
宗冬が大剣を肩に担いで一息つき、「ふう……すさまじい連中だった」と呟いた。胸を上下させながら、オーガとの真っ向勝負を思い出して苦い笑みをこぼす。
みひろは周囲を見回しながら、手元の槍を軽く振る。先ほどまでの血の匂いと、投擲の衝撃がまだ腕に残っている。
「とにかく、これで5階はOK、かな。休憩が終わったら10階を目指そう。結界が弱ってるからって、絶対油断できないんだから」
宗冬が大剣をもう一度調整しつつ、仲間たちを見回した。
「ふふん、まかせて! 私たちがいれば、魔王の眷属なんてへっちゃら……だよね?」
みひろが自信たっぷりに微笑むが、先ほどの戦闘でできた擦り傷が腕をじんじんと痛ませる。痛みをこらえてなお、槍を離さない姿勢に気合がみえる。
「まだ先は長いけど……ここまで来たら引き返せないわ」
美玲がタブレットに表示されるフロアマップを拡大し、33階で左右の塔が分岐、45階に展望室――そこに魔王がいる可能性が高いと推測する。紫色のノイズが画面にちらつくのを見て、少し眉をひそめた。
その場で月奈はレイピアを鞘に収め、かすり傷に手を当てながらふと周囲を見渡す。廊下は静まり返り、モンスターの気配は消え去っている。それでも、彼女の視線は何度も扉の方向へ泳いでいた。
「……ハルト、どうしてるかな。早く合流できればいいんだけど」
月奈がポツリと呟くと、みひろもちらりと視線をそちらへ投げる。
「ええ。私も同感よ。結界が崩れてる間に魔王を討たないといけない。ハルトが先行するのは理にかなっているけど、やっぱり不安はあるわ」
美玲はタブレットを操作しながら言葉をつなぐ。
「なら、こっちも一刻も早く合流して、上階を攻めなきゃね。今のうちに休憩と手当を済ませよう」
みひろが皆に声をかけ、すぐに自分の擦り傷に絆創膏を貼った。月奈も軽く消毒を行うと、レイピアの先を点検する。
休息の合間、4人はハルトの行方を案じて胸の内を明かし合う。
「正直、ハルトがどれだけの敵と出会うか想像できない。オーガとかリッチスカラーよりヤバいのがいるかもしれないし」
宗冬が大剣を横に置き、額の汗を拭う。
「でも、あいつなら工夫して突破してくれる。今までのVRミッションでも、そうやって何度もピンチを救ってくれたから」
美玲がタブレットの画面を閉じながら微笑む。その横で月奈が小さく頷いた。彼女の心の奥には、なにか複雑な思いがあるようだったが、言葉には出さない。
「よし、それじゃあ……次は10階ね。傷の痛みも落ち着いたし、行こうか」
みひろが身支度を整え、十文字槍を再度握る。
「ええ。私たちも動かなきゃ、ハルトが待ちぼうけを食らうかもしれない。さっきの魔物より強いのがいても、やってみせるわ」
美玲が毅然とした表情で立ち上がる。宗冬も大剣を担ぎ直し、月奈は静かに一礼するように頭を下げた。
「ハルト……どうか無事で」
月奈は心の中で小さく願いを込める。彼が少しでも早く彼女たちと合流し、魔王への道を切り開くことを──。
こうして4人は軽く休憩を終え、5階大会議場からさらに上階へ向かうべく動き出した。空気はよどみ、闇の奥には魔王の眷属がまだ潜んでいるかもしれない。
――しかし、誰もが心の中で強く思っていた。「ハルトなら、きっと無事に戻ってくる」と。




