新宿駅ダンジョン
新宿歴史博物館でのジオラマ作戦を終えたハルトたちは、早朝から再び行動を開始した。目標は汚染された新宿駅を抜け、中央通り方面に出ること。そこから都庁に向かう道が大きく開けるはずだ。
もっとも、東京最大規模の駅——新宿駅がすでに魔物の巣窟になっているという噂は聞こえてくる。誰もが一筋縄で行かないことを悟っていた。
「ここから新宿駅までは、外苑西通りを少し南下して、花園神社の横を通り、伊勢丹前をかすめれば駅東口に出られるか……」
美玲がタブレットを片手に、VRの地図を見つつ説明する。現実の日本なら徒歩15分ほどのルートだが、今は魔物が闊歩し、道路はバリケードや瓦礫で塞がれている。
「まぁ、細かいルートは歩きながら臨機応変に、って感じだね。昨日の博物館巡りも、あちこちで道が崩れてたし」
みひろが十文字槍を肩に乗せて苦笑する。
「気を抜くと『新宿駅ダンジョン』にハマるんだろ? 覚悟しとけよ」
宗冬は大剣を下ろし、警戒の目を走らせる。さっきから鳥型の魔物が頭上を飛んでいるのを、ちらちら確認しているようだ。
月奈は黙って一行の後方を歩きながら、時折、建物の影を警戒する。もし敵が襲ってきたら瞬時に対応するために、心を張り詰めていた。
花園神社の脇道から伊勢丹前を通り抜けて、新宿通りをさらに西へ向かう。アルタ前あたりの広場は、コンクリートブロックが散乱し、魔力の汚染らしき黒い斑点が歩道に広がっていた。
「ここ、普段なら待ち合わせスポットとかで賑わうのに……すっかり廃墟だね」
みひろがポツリと呟く。大型モニターは真っ暗で、看板のネオンも壊れている。
「そろそろ駅の東口だが、なんか嫌な気配がするな」
ハルトが額の汗を拭う。遠くから聴こえるのは、不気味に響く魔物の唸り声と風の唸り。
「行きましょう。ここを越えなきゃ都庁には辿り着けない」
美玲の声には決意がこもっている。
「駅構内に入ると、迷路みたいになってるらしい。新南口や中央改札口、ホームの階層があまりにも複雑で、魔物が散らばってるって」
月奈はレイピアの柄に手をかけ、「慎重にね」と短く言う。
宗冬も「いつでもタウント撃てるぜ」と息を詰め、改札口へと歩を進めた。
〇
シャッターが破壊され、床のタイルが剥がれて凹凸だらけになった新宿駅東口改札。かつての券売機や看板は倒れ、天井の照明が半分落ちてケーブルが垂れている。
構内に一歩踏み込むと、すぐに嫌な臭いが鼻を突き、闇の奥から低く唸る声が響いてきた。
「うわ……ホントにダンジョンになってる。どこまで行けば中央通り側へ抜けられるんだろ?」
みひろがスマホを取り出すが、ここは電波が悪いのか、地図アプリは使い物にならない。
「ホームを横切って連絡通路へ……とか思ったけど、どこが通れるか分からないな。そっちより北通路を使ったほうが早いかも」
美玲がタブレットを操作しようとするが、魔力干渉で画面がチラつく。
「くっ、どうやら重い汚染か結界があるらしいわ」
「要するに、当てもなく進むしかないってことか。仕方ないね」
ハルトはサーベルを抜き、足元に気を配りながらゆっくり進む。
と、突然駅構内の暗がりから、突然ゴブリンやジャイアントラットなどの魔獣が飛びかかってきた。通路の壁を這うように群れが動き、カサカサと不気味な足音が反響する。
「来るぞ……!」
宗冬がタウントを放ち、大剣を振り上げる。すると、一斉に魔物の視線が彼へ向かい、突進を始めた。
「宗冬、いくよ……」
月奈は刹那に消え、瞬間移動で彼の背後へ回る。彼女が宗冬の肩に手を触れると、二人のシルエットが揃って数メートル先にワープする。
魔物たちはもともと宗冬を標的に突撃していたが、宗冬が動いたことで動線が乱れ、壁に衝突したり互いにぶつかり合ったりする。
「ナイス合わせ技!」
みひろが槍を勢いよく投擲し、アポートで回収する連続攻撃でゴブリン群を蹴散らす。
「助かる……けど、まだ終わってないぞ!」
宗冬が再びタウントの魔法陣を展開する。寄ってくるラット系の獣魔物も合わせて、自分へ注意を引きつける。ここでまた月奈が彼を抱える形で瞬間移動し、一気に魔物の集団の背後へ回り込む。
「くらえ!」
宗冬の大剣が渾身の一撃を放ち、魔物たちは悲鳴を上げながら消滅していく。
「ふう……どうやら駅構内は本当に迷路だ。魔物も多い」
ゼェゼェと息を整える宗冬に、月奈は少し疲れた表情で「ごめん、何度も移動させて……」と呟く。
「いや、すごく助かった。タウントしながらの瞬間移動なんて、思いつきでもやれてよかったぜ」
宗冬が笑うと、月奈もわずかに口元を緩めた。
「よし、みんな無事だな?」
ハルトがサーベルを振って血糊を払いながら、仲間を見回す。みひろも大きな傷はなく、美玲はタブレットを抱えてホッと息をついている。
「剣で倒せる程度の魔物でよかったわね」
「ワイバーンみたいなのがゴロゴロしてたらやばかったね~」
「まだ駅の出口は向こう……多分西口から地上に出れば中央通りに繋がるはず」
美玲が崩れた案内板を見ながら言う。暗闇の通路を照らしていた懐中電灯に、その案内板の文字が微かに浮かび上がった。「JR・地下鉄 出口(西口方面)」などの文字がかろうじて読めるが、破損がひどくて全ては判別しづらい。
「ここ、ほんとは色んな路線が集まる広いコンコースのはずだよね。丸ノ内線とか、都営大江戸線、さらに小田急や京王の改札口も……」
みひろが廊下を見回してため息をつく。現実の新宿駅は日本最大級の乗降客数を誇るが、この世界では魔物襲撃と汚染によって大半の看板や施設が破壊され、床も天井も崩落箇所が目立っている。
「ふむ、このまま進むとたぶん中央西口改札の跡地に出るんじゃないか? そのまま地上へ上がれば、ヨドバシカメラやスバルビルがあった辺り……今はどうなってるか分からないけど」
宗冬がかろうじて読める英字表示を頼りに、どこかで見たような案内サインを指差す。
“JR West Exit” と書かれたプレートが斜めに傾き、壁から外れかけている。
「でも、こんなに暗くて破壊が進んでると、普段の位置関係もあんまり役に立たないわね」
美玲がタブレットを片手に困惑している。地上のGPSはビル内ではまったく機能せず、駅構内の地図データも映らない。
「こっちの階段を上がろう。地図では、たしかここが西口コンコースに繋がってるはず」
美玲が先導し、スロープ状になった床を進むと、通路の奥には曲がりくねった階段が見えた。手すりは曲がり、タイルが一部剥がれた状態で足場が悪いが、道はまだ残っているようだ。
階段を駆け上がると、やがて暗い半地下の空間から微かに日差しが差し込んできた。途中、折り返し地点では天井が崩落しかけていて、ケーブルや配管がむき出しになっている。腰をかがめながら慎重に通過すると、ようやく改札口らしきスペースに出た。
「……改札、というより瓦礫の山ね。JRの自動改札が……全部壊れてる」
みひろが破片をどかすと、SUKAYのタッチパネルの残骸が転がっている。かつての乗車カードが意味を失った世界を象徴するかのようだ。
「ここに地上へ上がる階段があるはず……あ、あそこだ。シャッターが閉まってるけど、隙間から光が漏れてるぞ」
ハルトが暗がりの先を指し示す。そこには金属製のシャッターが半ば崩壊しかけている姿が見えた。
「こじ開けるよ。月奈、手伝ってくれ」
宗冬が大剣を肩に担ぎ、月奈に声をかける。彼女は黙って頷き、レイピアを腰に戻すと、シャッターの端へ手をかける。
「せーの……っ!」
二人が力を合わせてシャッターの下端を持ち上げると、錆びた金属が不快な音を立てながら数十センチほど開く。そこから日の光が強烈に差し込み、思わず目を細めるほどだった。
「……出た……のかな。あ、あそこに“中央通り”の看板が見える!」
みひろが嬉しそうに声を張り上げ、四つんばいで外へ抜け出す。外には崩れた路面と折れた街路樹が並び、ビルの看板は壊れているものの、ここが新宿西口の地上出口であることは間違いない。
「まわりもだいぶ荒れてるけど、新宿駅ダンジョンは何とかクリアできたってわけだ」
ハルトがサーベルを腰に収め、汗を拭う。駅構内で遭遇した魔物との戦闘の余韻が、まだ体に残っているが、何より地上に出られたことで仲間たちには安堵の色が広がっていた。
「いやぁ、ほんとにここまで来るの長かったね。中央通りに合流できれば、都庁までもう一息……って感じかな?」
みひろが周囲を見回すと、遠くにかすかに都庁のビル群らしきシルエットが見える。現実なら徒歩圏内だが、このVR世界ではどんな妨害があるか分からない。
「それでも、ようやく次のステップだ。ここまで来られたのは、駅構内でうまく連携できたおかげだな」
宗冬が大剣を背負い直す。彼はタウントで多数の魔物を引きつけ、月奈の瞬間移動で華麗に回避する合わせ技を何度もやってのけた。
「あと少しで魔王の“居城”に行き着く。結界はジオラマ作戦で弱めたし、このまま突き進もう」
月奈は一瞬だけ遠くを睨むように視線をやる。左手でレイピアの柄に触れ、鋭い意志を宿した瞳で仲間たちを見回した。
「じゃあ、休憩が済んだら出発ね。次は都庁を目指すぞ!」
ハルトが声を張り上げると、みひろや美玲もそれに応じて「おう!」と拳を合わせた。
こうして、巨大迷宮と化した新宿駅を突破したハルトたちは、廃墟じみた街に立ち尽くしながらも、都庁への決戦を目前に控える。街路の先には微かな陽光の下で沈黙するビル群、その中心に佇む『魔王城』が薄い闇を漂わせていた。次回、いよいよ最大の激戦が待ち受ける——。




