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新宿歴史博物館

 朝も早いうちに、ハルトたちは新宿御苑の仮設拠点を出発した。ここは現実世界でも有名な庭園だが、VR世界のいまは自衛隊やハンターがテントと資材を組んで『対魔物拠点』にしている。


「私たちが目指すのは、四谷三丁目方面にある新宿歴史博物館よ。現実の日本なら、東京メトロ丸ノ内線の四谷三丁目駅や都営新宿線の曙橋駅が最寄りなんだけど、当然ここでは路線が全部止まってる。だから地上を歩いて行くしかないの。具体的には、御苑の大木戸門を出て新宿通りを東へ進む感じ。普段なら車で五分、歩いても十五分くらいの距離だけど……いまのこのVR世界じゃ、魔物のせいで簡単には行かせてくれないでしょうね」

 美玲がタブレットの地図を指し示しながら説明する。



 ハルトは肩にサーベルを提げながら苦笑した。

「まあ、とにかく四谷三丁目駅方面を目指して博物館に行こうよ」


 一方、宗冬は「とりあえず新宿駅方面よりは汚染がマシかもしれない」と声を落とした。

「都庁へ直接向かうルートは、中央通りや甲州街道が使えないくらい魔物だらけって聞くからな。今回の寄り道は安全優先ってとこだ」


 月奈は黙って地図を見ながら、何か言いたげに唇をかみしめている。しかし、結果としては『博物館へジオラマを探しに行く』ことは全員合意のうえだ。



 大木戸門付近で軽い魔物の小競り合いはあったものの、難なく撃退して新宿通りを進むと、ところどころに倒れた車や崩れた建物が見えてくる。現実であればオフィス街や飲食店が並ぶ通りも、荒廃し異様な静けさが漂っていた。


「ここ、確かに見覚えある場所だけど……完全に廃墟だね」

 みひろが通りの看板を見て、寂しそうに呟く。ラーメン店やチェーンの喫茶店がシャッターを下ろしているが、シャッターそのものがズタズタに破壊されているところもある。


 やがて、四谷三丁目駅があるあたりまで来ると、駅入口はバリケードで封鎖され、動かない警備用ロボットらしきものが道端に放置されている。

「地下鉄も使えないから、当然だよな……」

 宗冬は少し苦笑しながら、周囲を警戒している。


 ほどなくして、新宿歴史博物館と掲げられた建物が見えてきた。現実でも歴史ある施設で、江戸から近代の新宿の移り変わりを紹介する場所だが、VR世界では正面ガラスがひび割れ、外壁に古い魔法陣の刻印が浮かんでいる。


「……どうやら、ここも荒らされてるみたい」

 美玲が眼を細めながら建物の入り口を確認する。

「ドアは割れてるけど、中に大きな魔物はいなさそうね。少し気をつけて行きましょう」


 館内は停電状態で薄暗く、展示品が無残に散乱している。かつては『宿場町としての新宿』や『近代化の流れ』を紹介していたパネルが半壊し、床に落ちているパンフレットは汚泥にまみれて文字が読めない。


「ここら辺だったかな……おぉ、あったあった!」

 みひろが興奮気味に声を上げる。館内奥の大きな展示室には、かろうじて残っているガラスケース。そこに新宿区全体の巨大ジオラマが収められていた。


「ほんとにあったんだ……結構精巧だね。高層ビルなんかもちゃんとミニチュア化されてる」

 ハルトがガラスに近づき、都庁の部分を探す。

「細かい位置関係はもちろん、道路や駅ビルまで再現されてる。すげえ……」


「いやぁ、改めて見ると感動するよね。これならハルトくんの類感魔術と美玲ちゃんの浄化を合わせれば、都庁の結界を……!」

 みひろは嬉しそうにガラスケースを眺めつつ、「問題はどうやって接触するか」と槍の先で軽く突く。


「わざわざ壊すのもなんだし、鍵か何か探して外してみる?」

 宗冬が目を泳がせながら付近の収納を探す。


「ごめん、壊れたガラスが散らばってて鍵の場所すら分からないわね。でも、過去に一度破壊されかけた形跡が……」

 美玲が床に散らばるガラス片を指差し、ケースの一部が歪んでいるのを示す。


「なら、今回も力ずくか……いや、あんまり大きな音を立てると魔物を呼び寄せるかもしれないし……」

 みひろが渋い顔で槍の柄を揺らしながら考え込む。ガラスケースは頑丈そうで、割ったら一気に破片が飛び散りそうだ。


「私がやりましょう」

 ふいに声を上げたのは月奈だった。

「瞬間移動で、このガラスカバーを外す。……うまくいけば音は最小限で済むはず」


「瞬間移動でカバーを外す……そんなことできるの?」

 ハルトが不思議そうに顔を上げる。月奈は静かにレイピアをしまい、展示ケースに手をかざした。


「手を触れていれば私ごと瞬間移動させられるはず。……少し待って」

 月奈は息を整え、足元にうっすら魔法陣の光を宿す。すると、月奈ごとガラスケースの上部カバーがふっと消失し、次の瞬間、ケースの横にすっと現れた。


「うわっ、ほんとに移動した……!」

 みひろが思わず声を上げる。予想以上に音が立たなかったことに、彼女は驚きと安堵の笑みを浮かべていた。


「静かに済んで助かったぜ。月奈、ありがとう」

 宗冬が感心したようにカバーを確認する。割れたり傷ついたりはしておらず、ほんの僅かな擦過音だけだったようだ。


 一方、月奈は少しだけ息を乱している。「……大丈夫。成功したわ。ただ、一瞬だけ力が乱れそうになったから、次はもっと慎重にやる」


「でも、おかげでこれでジオラマを取り出せるね」

 美玲が微笑みながら、床に膝をついて内部の模型を覗き込む。

「せっかく静かに開けられたんだし、慎重に扱いましょう」


「よし、じゃあ作戦続行だ。類感魔術を仕込みやすいように、少しスペースを確保するぞ」

 ハルトがサーベルを置き、模型を取り出す体勢に入る。


「これが……都庁の模型か。すごい精度」

 ハルトは手に取った小さなビルのミニチュアをじっと見つめる。窓の数や屋上のヘリポートらしき部分まで完璧に再現されている。


「いきなり壊しちゃだめだよ? 慎重に魔術を流し込んで、都庁結界を揺さぶるイメージが大事だから」

 美玲がタブレットを近づけ、汚染度マップと照合している。

「ここに……うん、都庁周辺の回路をイメージして重ね合わせれば、いけるかもしれない」


「わかってる。俺の類感魔術は“相似形”が本物に与える影響を利用するけど、結界みたいな大規模構造相手じゃ、反動がやばいから……美玲が浄化で補ってくれないと」


 ハルトは深呼吸して、模型をそっと床に据えた。周囲には魔法陣を描き、類感魔術の陣を展開する。

 美玲も隣に並び、浄化の力をいつでも注げるように構える。みひろと宗冬は見張りを続け、月奈は背後で静かに気配を探っている。


「始めるぞ……」

 ハルトが呪文を口ずさむと、床に刻んだ陣が青白く光り、模型の都庁ビルが淡い彩りを帯びて浮かび上がる。霧のような魔力が辺りを舞い、遠いどこかで結界と繋がったような感覚が伝わってくる。


「……っ」

 ハルトが歯を食いしばりながら、モデルを慎重に押さえ込む。すでに結界の凶暴な反発が、頭の中をかき乱すように押し返してきている。


「美玲、お願い!」

 彼が叫ぶと、美玲は浄化のオーラを模型に重ね掛ける。青白い光がじわじわと魔物的な汚染を中和し始め、類感魔術の通り道をクリアに保つ。


「あと少し……! がんばってハルトくん!」

 みひろが後ろで応援する。宗冬は大剣を握りしめ、周囲を警戒しながらいつ魔物が襲ってきても対応できるよう構えている。



 模型の都庁ビル全体に細かなヒビが走り始め、それが連動するかのように空間が微かな振動を起こす。都庁周辺で結界が崩れかけている証拠だろう。ハルトの顔には汗がにじみ、呼吸が荒くなるが、類感魔術の陣はなお一層の光を放つ。


「これで……終わりだ!」

 ハルトが最後の力を振り絞り、模型に向かって魔力を注ぎ込む。ビルのミニチュアが砕け散るように崩れ落ち、同時に何かが遠くで音を立てて弾けるイメージが脳裏を駆け巡る。


「……成功した?」

 美玲は浄化の光を解除し、うつむくハルトの背を支える。激しい疲労感に襲われたハルトは、つとめて微笑みながら頷いた。


「多分……都庁の結界は崩れかけてる。あとは実際に行って確認するしかないけど、これで大きく前進だよ」


「やったね! みんな、お疲れ!」

 みひろが声を上げるが、最後まで警戒していた宗冬は眉間の皺を崩さない。


「魔王が気づいてるかもしれない。眷属や魔物がいつ襲ってきてもおかしくないぞ」


 月奈もその言葉に無言で同意するように頷く。彼女の銀髪が揺れ、瞳にはまだ警戒の色が浮かんでいる。


「……でも、とりあえずは作戦成功ね」

 美玲が細い息を吐いて、床に散った模型の破片を見下ろす。まるで“もう後戻りはできない”と告げられているような光景だ。


 作戦を終えたハルトたちは、一度博物館のロビーへ戻り、小休止を取る。建物の外からは、遠くで魔物の声やサイレンが混じった不穏な音が微かに響いてくる。


「ここも長居は無用かな……。結界を崩したってことは、都庁への侵入がしやすくなる反面、向こうも対策を取ってくる可能性あるよね」

 みひろが槍に寄りかかりながら呟く。


「だろうな。魔王という奴が本当にそこにいるなら、奴の眷属がさらに強力な迎撃を展開するはず」

 宗冬が口をへの字に結ぶ。


 月奈は壁に背を預けて黙っているが、何やら考え込んでいるようだ。


「そろそろ行動を再開しましょう。都庁で待ち構える『魔王』に挑むため、準備を整えてね」

 美玲がタブレットを仕舞い、仲間たちに視線を送る。


「了解。次は都庁……の前に『新宿駅』か」


 ハルトが拳を軽く握りしめる。彼の額にはまだ汗がにじんでいるものの、その瞳には使命感が宿っている。


 結界は揺らいだ。それが間違いなく“向こう側”へ影響している感触は、体の芯にまだ残っている。


(魔王……か)


 新宿駅を越えた先に待つ『魔王城』。


 たとえそれが仮想のものだったとしても、自分たちは“現実”の街で戦っている。それが奇妙で、どこか恐ろしいと感じる。遠くで、またサイレンの音が響く。


 次の戦いは近い。けれど、背中を押すようにそよぐ夜風は、確かに彼らの歩みを進めていた。

 

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