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都庁結界

 夕刻が迫る都内のビル街。その一角に、ハルトたちは『ハンター』の集団や自衛隊が共同で作った簡易拠点へと足を運んだ。市街地のあちこちに警戒線が張られ、魔物の出没区域は日増しに拡大しつつあるという。


「ここが臨時基地らしいわね。リアルで言うと新宿御苑のあたりね」

 かつては美しい庭園として市民の憩いの場だったが、今は自衛隊やハンターが仮設テントやバリケードを並べ、臨時拠点に変えている。木々の間に設置されたコンテナとプレハブが、まるで災害対策本部のような雰囲気を醸し出していた。

 美玲がタブレットを携えながら、鉄条網の向こうに立つゲートを見上げる。迷彩服の自衛隊員が何人か警護にあたっており、その内側ではハンターと呼ばれる能力者たちが雑多な装備を整備している。


「うーん、ちょっと落ち着かないね。まるで災害時の避難所みたい」

 みひろが周囲を見渡し、軽い溜息をつく。


「けど、こういう場所でなら、『魔王』や都庁について詳しい人がいるかもしれない」

 宗冬が大剣を背負い直し、仲間たちを促す。

「都庁に行く前に情報を集めないと、下手したら返り討ちに遭いそうだしな」


 ゲートを潜り、所内に入ると、医務テントや装備品の倉庫を兼ねたコンテナが並んでいる。医療スタッフらしきNPCが忙しそうに傷病者を処置している間、ハルトたちは受付らしきデスクを見つけた。


「すみません。僕たち、都庁方面の情報を探してるんですが……」

 ハルトが声をかけると、受付に座っていたNPCの女性が軽く顎をしゃくって奥を指し示した。


「そちらのプレハブで研究者の先生がデータをまとめてるわ。都庁の結界をどうにかしようと頑張ってるそうだから、話を聞いてみるといいわよ」


 プレハブの扉を開けると、狭い室内に机やPCが並び、白衣の中年男性がモニターを睨んでいた。


「おや、君たちは……? ああ、ハンターか。ちょうどいい、手伝ってくれないか?」


「僕たちは“魔王”を倒すために都庁へ行きたいんです。結界の弱点があるって聞いたんですが……」

 ハルトが率直に切り出すと、研究者は深く頷いた。


「なるほど、都庁か……。確かにあそこには強力な結界が張られている。本来ならただの都庁ビルなんだけどね……君らも知ってるとおり、『魔王城』なんて呼ばれてるくらいだ。魔王が陣取っているって噂さ」


 研究者はテント内部のモニターを指し示す。独自に収集した結界データが表示され、複数の魔法陣や『汚染度』を示す色付きのグラフが映し出されている。緑豊かな新宿御苑に対して、ビル街に近い都庁エリアは赤黒い色合いが強く、まるで深刻なウイルス汚染でも起きているかのようだ。


「結界は確かに強力だが、完全無敵というわけじゃない。この部分……」

 彼がマウスを操作し、画面の一点を拡大する。赤いラインが複雑に交差し、まるで網目のようにビル全体を囲んでいた。

「ここの回路が不安定らしく、魔力が循環しきれていない。もしそこをピンポイントで攻撃するなり、呪術系スキルで乱すなりできれば、一時的に結界を緩められるかもしれない」


「でも、そこを狙うにはどうすれば……?」

 美玲が地図を睨む。都庁周辺の汚染が最も深刻なのは知っていたが、これほど密度が高いとは想像以上だ。


「ま、問題は近づくことだよ。今からだと……」

 研究者はディスプレイを切り替え、新宿周辺のマップを表示する。元の世界に近い“現実日本”の地理だが、至るところに“魔力汚染”や“魔物の出没範囲”が記されている。

「うちの拠点は、ほら、君たちがいる新宿御苑だろ? これから大通りを進んで汚染が激しい新宿駅を抜けることになる。中央通りを一直線に行けば都庁には着ける……けど、そこまで魔物がウヨウヨしてるって噂だ」


「なるほど、新宿御苑から大通り、そこから新宿駅に入って中央通りから都庁、か……かなりの距離があるね」

 ハルトがモニターを見ながら軽く息をつく。

「魔物を倒しながら行かないと話にならないかも」


「それだけじゃなく、魔王が張った結界の内側に入ったハンターは、何人も行方不明だって話だ。自衛隊も迂闊に手を出せないらしい」

 研究者は苦い表情で肩をすくめる。

「私も結界の解析は進めているけど、所詮は急ごしらえの設備だ。ここ新宿御苑でなんとか安全を保っているが、正直いつ突破されるか分からない」


「こんな庭園が防衛線になるなんて、すごく不思議だけど……」

 みひろが槍を支えながら周囲の緑を見回す。

「魔物の襲撃があまり来ないのは、ここが結界外ってことですか?」


「そうだね。御苑は地形的に結界と遠いし、まだ汚染が薄い。しかし、最近は魔物の進行が徐々に拡大していて……いつ崩れるか分からないんだよ」


「結界がある限り、都庁に向かうには危険が伴う。でも、結界の弱点があるって希望を見つけたのは大きいかも」

 美玲が画面を指差し、仲間たちに意見を求める。

「どうする、ハルト?」


「行くしかない。俺たちのミッションは『魔王』を調査して、戦争を終結へ導くことだもんな」

 ハルトは決意を込めて頷く。


「ちなみに、結界の弱点を突くなら、どういう方法が考えられます?」

 みひろが研究者に訊ねると、彼はモニターを閉じながら答えた。


「内側から回路を撹乱するとか、類感魔術を使ってピンポイント攻撃するとか、色々可能性はある。どれも簡単じゃないが、無謀に正面突破するよりはマシだろう。……ま、君たちみたいに戦闘力が高いハンターなら、あるいは突破できるかもしれない」


 研究者はそう結ぶと、プレハブの外へ視線を向ける。遠くで自衛隊の車両が走り去り、御苑のゲートが静かに閉じる音がした。


「どちらにせよ、汚染が進む前に行動しなきゃダメだ。魔王の影響で魔物がますます強化されれば、新宿駅周辺ももう通れなくなるかも。もし行くなら、急いだほうがいいよ」


「わかりました。ありがとうございます。僕たち、早めにルートを確認して、明朝には出発します」

 ハルトが礼を述べると、研究者は「気をつけろよ……」と神妙な面持ちで言い残し、モニターの解析作業へと戻っていった。


 プレハブを出ると、夕空に淡い茜色が広がっている。新宿御苑の樹々がゆらぎ、少し風が冷たく感じられる。


「御苑でここまで戦闘拠点を作るなんて、ほんとに異常事態なんだろうね……」

 みひろがため息まじりに言う。槍を肩に担ぎ、少しだけ疲れが見える。


「まあ、明日からが本番ってわけだ。新宿駅を抜けるだけでも大変そうだし」

 宗冬は大剣を背負い直し、地図アプリをチェックしている。


 月奈は相変わらず無言だが、落ち着いた目つきで御苑の光景を見渡している。芝生や花壇が一部残るも、今は仮設テントと資材が占拠し、軍事基地のような雰囲気だ。


「とにかく、今日は一旦ここで休もう。私たちが行くルートを誰かに邪魔されるかもしれないし、夜間移動は危険すぎる」

 美玲が促し、他のメンバーも同意する。


 実際、一日の戦闘や探索で体力が限界に近い。ハルトたちは臨時テントへ移動し、作戦会議を軽く続ける。月奈がタブレットを操作して地図を拡大し、データを見つめる姿が印象的だ。


月奈るな……大丈夫か?」

 ハルトが小声で訊ねると、彼女はわずかに目を伏せる。


「……平気よ」

 そう言ったが、その口調はどこか自信なさげに聞こえた。ハルトは心配を拭えないまま「わかった」とだけ答える。


「じゃあ、明朝にはここを出て、まずは新宿駅。汚染された駅を抜けて、中央通りをまっすぐ行けば都庁……」

 ハルトが確認すると、宗冬やみひろが「了解」と頷く。美玲は腕を組んで唸るように付け加えた。


「それまでに、結界の弱点をどう突くか考えましょう。あの研究者さんが言ってたように、類感魔術か、あるいは月奈の瞬間移動を活かすか……。私も何かアイデアがあれば提案するわ」


 薄暗くなった御苑内は、すでに最低限の照明しか点灯されていない。テントに用意された簡易ベッドへ腰を下ろしつつ、ハルトたちは一日の疲れを噛みしめていた。

 あちこちで灯るランタンが、仮設拠点の雑然とした雰囲気を映し出している。芝生や樹木が闇に沈み、まるでどこか別世界のキャンプ場のようだ。


「ねえ、ハルトくん。ちょっと思いついたんだけど……」

 みひろが、そわそわと槍の柄をさすりながら話し出す。熱心なオタク気質の彼女が何かアイデアを浮かべたときは、たいてい面白いが少々無茶な提案が多い。


「なんだ? また突拍子もない案とか?」

 宗冬が苦笑して身を乗り出すと、みひろは真剣な表情で頷いた。


「新宿歴史博物館、知ってる? このVR世界にだって、たぶん場所は同じにあるはずなんだよ。あそこに、街のジオラマが展示されてたんだよね。前に現実で行ったときに見た覚えがあるんだけど……」


「ジオラマ……。ああ、あれか。確か新宿区の主要なビルや道路をミニチュアにした展示があったね」

 ハルトもうっすら思い出すように、首をかしげる。


「そうそう! もしこのVR世界でもあのジオラマが置いてあるなら、ハルトくんの類感魔術と組み合わせて、都庁の結界を“遠隔で”揺さぶれるかもしれないよ。ほら、似た形状の模型を介して干渉するって言ってたじゃん?」


「なるほど、実物と同じ形状のジオラマがあれば、類感魔術で結界に干渉する足がかりになるかも……?」

 美玲が目を見開いて呟く。

「でも、結界そのものの細部まではジオラマに反映されてないだろうし、それだけで壊せるかは微妙ね」


「それはわかってるよ。でも『浄化』みたいな力を合わせれば、じわじわと結界を緩めることくらいはできるんじゃないかなーって。ほら、美玲ちゃんの浄化スキルもあるし、類感魔術との合わせ技とか……」


 みひろは興奮気味に身を乗り出し、美玲を振り返った。黒髪を一つに束ね直していた美玲は、少し考え込んだ末に肯定するように頷く。


「理屈の上では可能性ゼロじゃないわね。現代知識と魔術を組み合わせれば、結界に“誤情報”を流し込むとか……。ただ、場所が新宿歴史博物館だとすると……」


「ここ新宿御苑からだと、逆方向だな」

 宗冬が地図を確認しながら眉を寄せる。

「汚染区域を避けて回り道するとなれば、都庁までの道のりがさらに遠回りになるわけだ」


「確かに……時間もかかるし、魔物が増えてるから危険も増す。でも、都庁で無謀に突撃して結界に阻まれるくらいなら、少し寄り道してでも有効な方法を探すほうがいいんじゃない?」

 みひろはぷくっと頬を膨らませ、宗冬を見やる。

「せっかく面白い作戦を思いついたんだから、やってみる価値はあるでしょ?」


「まあ、面白いは面白いが……。くそっ、時間との勝負なのに、意外と遠いなあ……」

 宗冬は地図を睨みつつ、苦渋の表情だ。


 すると、ハルトが静かに笑いながら二人をなだめるように手を広げた。


「遠回りだけど、メリットがあるなら十分試してみる価値はあると思う。俺の類感魔術も、実物に近い模型があるほど効果が高いし。魔王と戦う前に、その結界を少しでも弱体化できたら万々歳だしな」


 ハルトの言葉に、美玲も同意の仕草を見せる。

「もし都庁に強行突入して失敗したら元も子もない。……行きましょう、新宿歴史博物館。問題は道中の安全だけど、皆で何とか乗り切るわ」


 月奈は黙って聞いていたが、提案の流れを受け入れるように短く頷く。

「なら、明日の移動計画を立て直す必要があるね。まず博物館へ行き、ジオラマがあるか確認。その後、都庁へ回るルートを選ぶ……結界を突破する糸口をつかめればいいけど」


 重く沈んだ夜の新宿御苑。

 廃墟と化したビル群が遠くに闇を切り取る中、ハルトたちは次なる行動を胸に秘め、テントの寝具へと倒れ込んだ。遠くで夜警のハンターたちが談笑する声がかすかに響き、時折聞こえる魔物の遠吠えが不気味な余韻を残す。


「『魔王』……本当に倒せるのかな」

 みひろがポツリと零す言葉に、ハルトは静かに笑みを返す。


「今までのミッションだって、最初は無理だと思った。でも何とかやってきたよ、俺たち」


「だから今回も、きっといけるわ」

 美玲がツンとした態度ながらも微かな笑顔を見せる。月奈は目を閉じ、深呼吸している。


 こうして、新宿御苑を拠点とした一夜が過ぎようとしている。これから先、汚染された新宿駅を乗り越え、強力な結界が待つ都庁へと踏み込むことになる。どれだけ危険が待とうとも、ハルトたちは新たに得た作戦と仲間との連携を信じ、魔王の脅威に立ち向かう覚悟を固めていた。

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