魔女と黒死の街を救え!(3)
「……魔獣退治か」
ハルトは遠くに見える街の灯りを見つめ、ゆっくりと拳を握りしめた。
ヴァルンシティの夜は静かに、そして不気味に更けていった。
翌朝、ハルトたちはヴァルンシティの広場に集まった。
街の空は曇り、どこか重苦しい空気が漂っている。人々は足早に行き交い、まるで何かから逃げるようだった。
「本当に空気が悪いな……」
宗冬が盾を背負いながら深呼吸するも、どこか息苦しさを感じているようだった。
「病が街を覆っているのかもしれないわね」
美玲が静かに周囲を見回した。
「下水道の入り口はどこ?」
みひろが槍を持ち直し、キョロキョロとあたりを見渡す。
「セラフィナが言っていた場所はこっちだ」
ハルトが地図を確認しながら石畳の細い道を進む。
行き着いた先は古びた鉄格子の扉だった。錆びついた扉の隙間からは、うっすらと黒い霧が流れ出ている。
「ここから入るの?」
みひろが顔をしかめる。
「気は進まないが、行くしかないだろう」
ハルトは鉄格子を押し開けた。重たい音を立てて扉が開くと、冷たい空気が一気に流れ込んできた。
「行くわよ」
美玲がランタンを灯し、先頭に立つ。
「おー、魔獣退治開始って感じ!」
みひろが明るく振る舞うが、その声も下水道の中では反響して頼りなく聞こえる。
下水道の中は暗く、湿った空気が漂っていた。壁に沿うように細い水路があり、そこから腐敗したような異臭が漂っている。
「くっさ……これ、大丈夫なの?」
みひろが鼻をつまむ。
「気合で我慢して」
美玲がランタンを高く掲げ、奥を照らした。
「魔獣がどこにいるか分からないから、慎重に進もう」
ハルトが剣の柄に手をかけながら進む。
しばらく進むと、水面に何かが浮かんでいた。
「……あれ、人?」
宗冬が眉をひそめる。
「いや、違う。これは……」
美玲が慎重にそれを観察する。水面に浮かんでいたのは、人型をした木製の人形だった。服をまとっているが、よく見ると関節の部分が機械仕掛けのようになっている。
「これは……ゴーレム?」
「いや、ただのからくり人形のようね。でも何でこんなものが……」
「おそらく、この下水道を巡回していたものだろう」
月奈が静かに指摘した。
「でも、完全に壊れてるね」
みひろが槍でつつくと、人形は水の中に沈んでいった。
その時——
「待って!何か来る!」
美玲が鋭く声を上げた。
水面が不自然に揺れ、黒い霧が周囲に漂い始める。
「魔獣か?」
ハルトが剣を抜いた。
「霧の中から……!」
宗冬が盾を構えると、霧の奥から巨大な影が姿を現した。
「こいつが、病を撒いてる魔獣……!」
魔獣は異形の姿をしていた。四足の獣のように見えるが、背中からは無数の触手が伸び、そこから黒い霧が漏れ出している。
「……嫌な感じね」
美玲が弓を構える。
「みひろ、槍で牽制してくれ!宗冬は防御を!」
ハルトが指示を飛ばした。
「了解!」
みひろが槍を構えた。
「タウント!」
宗冬がスキルを発動し、魔獣の注意を引く。
魔獣はゆっくりと顔を持ち上げ、宗冬に向かって一直線に突進してきた。
「やべっ!来たぞ!」
「みひろ、今よ!」
美玲が叫ぶ。
「了解!てやっ!」
みひろは冷静の触手を回避し、魔獣の肩に突きかけた。しかし、魔獣はまるで痛みを感じていないかのように動き続ける。
「効果が薄い!?」
みひろが驚く。
「ハルト、類感魔術は使えない!?」
美玲が振り返り叫ぶ。
「わかった!時間を稼いでくれ!」
ハルトが懐からスケッチブックを取り出し、敵の姿を模して絵を描き始める。
「任せて!——行っけぇ!」
みひろが全身をバネのようにして槍を投げ放つ。
槍が風を切り、魔獣の足元に突き刺さる。魔獣は跳躍して回避していた。
「くっ、早い!でも、アポート!」
みひろが手を翳し、指をきゅっと握る。
槍が突き刺さったまま地面に転がるかと思われたその瞬間——槍が突然ひゅんっと逆方向に戻り始めた。
跳躍し、空中で翻った魔獣の脇腹を、戻ってきた槍が鋭くえぐる。
「まだよ!」
美玲が続けて弓を引き絞る。狙うは魔獣の目元——。
「目を狙えば、動きが鈍るはず!」
矢が一直線に飛び、魔獣の片目を掠めた。魔獣が鋭い唸り声を上げて後退する。
「やるじゃん、美玲!」
魔獣は苛立ったように唸り声を上げるが、明らかに動きが鈍っている。
「当然でしょ!」
「こっちも動くわ」
月奈が静かにレイピアを抜き、刃をかざした。
「——テレポート」
一瞬で魔獣の背後に回り込み、レイピアで脇腹を突く。銀の刃が一筋の閃光となり、魔獣の皮膚を裂いた。魔獣は反射的に振り返るが、その頃にはすでに月奈の姿は別の場所へ。
「まだいける!」
宗冬が魔獣の注意を引くため、大剣を地面に叩きつけた。
「タウント!」
魔獣が宗冬に視線を向け、突進を開始する。
その瞬間、魔獣の触手が宗冬に襲いかかる。
「くっ!」
宗冬が大剣で防ごうとするが、触手が素早く彼の肩を打ちつけた。
「ぐっ……!!」
その衝撃に宗冬は膝をつく。しかし、次の瞬間——
「大丈夫だ!今のは……肩代わりできた!」
ハルトが人形を掲げ、破れた肩の部分を見せる。人形には、宗冬が受けたであろう傷と同じ箇所にヒビが入っていた。
「人形が……肩代わりしてる?」
「これが類感魔術の応用だ。宗冬、もう少しだけ持ちこたえてくれ!」
「任せろ!まだまだいける!」
宗冬が再び立ち上がり、盾を構える。
「ハルト、まだか?」
宗冬が大剣で突進を受け止めつつ、歯を食いしばる。
「もう少し……もう少しで描ける!」
ハルトがスケッチブックに魔獣の姿を急いで描き進める。
「うぅ、重っ……! 早くしてくれ、ハルト!」
「あと少し……っ!」
魔獣が爪を振り上げ、宗冬に襲いかかろうとした瞬間——。
「終わりだ!」
ハルトが完成した絵を破り捨てる。
「ぐっ……!」
魔獣が突然動きを止め、苦しそうに身をよじった。
「効いてる!」
「今よ、みひろ!」
「了解!」
みひろが再び槍を構え、魔獣の急所を狙って投擲した。槍が魔獣の心臓を貫き、その場に崩れ落ちる。
「ふぅ……間に合ったな」
「みんな、ありがと!」
ハルトがスケッチブックをしまい、仲間たちに感謝の言葉を送った。
「いやいや、こっちは命がけだったんだけど!」
宗冬が大剣を杖代わりにしながら苦笑する。
「次はもう少し速くお願いね、ハルト」
美玲が矢をしまいながら釘を刺した。
「努力するよ……」
ハルトは照れ臭そうに頭を掻いた。
魔獣はゆっくりと倒れこみ、黒い霧が徐々に晴れていく。
「……終わったみたいね」
美玲が弓を下ろした。
魔獣は薄く息をしていた。倒れ伏しているが、すぐに息絶える様子はない。
「でも……この魔獣が疫病をまき散らしていたとしたら……」
美玲の視線が魔獣の体を這うように動く。
魔獣の身体には黒ずんだ痣のような模様が浮かび上がっていた。まるで腐敗が進行しているかのように見える。
「もし、この病が細菌やウイルスではなく……マクガフィンの類だとしたら」
美玲の目が険しく細められる。
「マクガフィンにはマクガフィンを。……浄化スキルを使うわ」
彼女の声は静かだったが、どこか決意を秘めていた。
「え、美玲!? 使わないって言ってたじゃん!」
みひろが驚いたように声を上げる。
「……ええ。でも、もしこれが現代の科学知識だけでは解決できないものなら?」
美玲は魔獣を見つめたまま、少しだけ目を伏せた。
「確かに……」
ハルトが腕を組み、魔獣を見下ろす。
「今はシミュレータ内のミッションだ。現実じゃないんだし……大丈夫だろ?」
宗冬が肩をすくめて言う。
「……違うの。私はただ、現代知識だけで解決できるって証明したかったのよ」
美玲の声が震えていた。
「それが、自分の力で『異世界』に通用するかどうかを確かめるために」
その言葉に、誰もが言葉を失った。
「でも、感染が広がって街の人が倒れたら……その時点で私たちは失敗になるわ。それだけは避けなきゃ」
「美玲……」
月奈が静かに美玲を見つめていた。
「わかったよ。誰かが倒れる前に、浄化しておこう」
ハルトが微笑み、軽く背中を押す。
「街の人たちが助かるほうが大事だろ?」
「……ありがとう」
美玲は目を閉じ、弓をそっと下ろす。
そして、魔獣に手をかざした。
「——『浄化』」
淡い光が美玲の指先から広がり、魔獣の体を覆う。黒ずんだ痣が薄れ、穏やかな色へと変わっていく。
「やっぱり……これが原因だったんだ」
魔獣の体は光に包まれ、やがて静かに消え去った。
「よし……これで一件落着ね」
美玲が微笑むが、その瞳には少しだけ悔しさが滲んでいた。
「次は……現代知識で解決するわよ」
「おう、期待してるぜ!」
宗冬が軽く笑い、月奈がそっと美玲の肩を叩いた。
ハルトたちは街へ戻る道を歩き出した。夕陽が谷を染める中、美玲は静かに拳を握りしめる。
(次こそは、知識だけで……)
決意を胸に秘め、美玲は前を見据えていた。
「早く戻ってセラフィナに知らせよう」
みひろが駆け出す。
ハルトたちは魔獣を討伐し、静かに夜の街へと帰還した。




