魔女と黒死の街を救え!(2)
ヴァルンシティの門をくぐった瞬間、ハルトたちは思わず立ち止まった。
「……空気が重い」
みひろが眉をひそめて辺りを見渡す。街の通りには人影が少なく、どの家も窓を固く閉ざしている。時折、路地の奥から咳き込む声が聞こえた。
「これが致死率90%の都市……見た目だけで異様な雰囲気ね」
「マスクをしたほうがいいぞ。現代の知識で対抗するなら、最低限の感染対策は必要だからな」
ハルトが月奈にもマスクを渡す。彼女は無言で受け取ると、静かに口元を覆った。
「まるでパンデミックじゃないか……」
宗冬が重い盾を肩にかけたまま、通りを進む。
石畳の地面には不吉な黒い染みが点々と広がり、その中心には白い粉が撒かれていた。石灰だ。現実世界の黒死病と同様、死者を埋葬する際に散布されたものだろう。
「やっぱり黒死病と似てる……」
美玲がポツリと呟く。
「でも、この街の病気は魔法的要素が絡んでるんだろ?」
みひろが不安げに聞くと、美玲は静かに頷いた。
「そうね。普通の感染症なら、対策をすればいずれ収まるはず。でも、この街はそうじゃない。きっと……何かが病を広げているわ」
「その『何か』を見つけて、止めるのがミッションってわけか」
ハルトが真剣な表情で美玲を見る。
「ええ。だけど私は浄化スキルは使わない。あくまで現代知識で解決する」
「ところで、みんな……髪の毛、くれないか?」
ハルトが言い出す。
「……は?」
みひろが一瞬固まった後、にやりと笑う。
「え、なに? 髪の毛フェチなの?」
彼女は自分の髪を指でくるくると巻き、からかうようにハルトを見つめる。
「ち、違うわ! そういうのじゃない!」
ハルトは慌てて手を振ったが、みひろはニヤニヤが止まらない。
「えー? でもハルトが『みんなの髪の毛がほしい』なんて~。私、そんな趣味の人 だとは思わなかったなー?」
「そういう意味じゃないってば! 類感魔術に使うんだよ!」
「類感魔術?」
宗冬が興味を示しながら、首をかしげる。
「ほら、自分や仲間の“似たもの”を作れば、それにダメージを移せるって言ってただろ? 本物の一部があれば、さらに効果が高まるらしい」
ハルトは真剣な表情で説明するが、みひろは腕を組んでじっと彼を見つめた。
「……つまり?」
「お守り代わりだよ。俺がみんなの髪の毛を使って人形を作っておく。そうすれば、いざって時にお前たちを守れるかもしれない」
「えー、でもハルトが私の人形で遊んでたら嫌だなぁ~」
「だから、遊ばないってば!」
「……まぁ、冗談はこのくらいにして」
美玲が溜息をつきながら、長い黒髪を指でひと束抜いた。
「助かるわ。いいわよ、これで」
「おぉ、ありがたい!」
ハルトは美玲の髪を慎重に受け取る。
「私もどうぞ」
月奈が静かに自分の銀髪を差し出した。長く艶やかな髪がふわりと光に揺れる。
「ありがとう、月奈」
「私は……いいよね?」
みひろがふざけながら槍を肩に担ぐ。
「だめ! 全員分ないと意味がないからな」
「もー、仕方ないなぁ」
みひろは渋々髪をひと筋抜き、ハルトに差し出した。
「はいはい、お守りとして大事にしてよね。……ただし変なことに使ったら許さないよ?」
「しないから安心しろ!」
宗冬はやれやれと笑いながら、自分の短髪を抜き取った。
「俺のはあんまり役に立たなそうだけど、一応な」
「ありがとう。これで準備は万端だ」
「美玲ちゃんの決意とハルトくんのフェチをありがたく清聴させていただいたところで……ほら、まずは情報収集しよう!」
みひろが明るく声を上げたが、街の静けさが彼女の声を吸い込んだ。
「……それにしても、人がいないな」
ハルトが周囲を見回しながら呟く。通りを進む彼らを見つめる、病人らしき住人の姿があった。
「あそこ、行ってみるか?」
宗冬が指差した先には、小さな露店があった。
年老いた女性が、薄汚れた布をかぶったまま薬草を売っている。
「失礼します。この街で何が起こっているのか、詳しく教えてもらえますか?」
美玲が優しく問いかけると、老婆は目を細めて答えた。
「……お嬢さん、旅人かね。あんたたちはすぐにこの街を出たほうがいいよ。ヴァルンシティは呪われてるんだ……」
「呪い?」
みひろが不思議そうに聞き返す。
「北の森に住む魔女が、この街に病をもたらしたんだよ。彼女の使う黒い霧が、病を運ぶって噂さね」
「魔女が……疫病を?」
美玲が眉を寄せる。
「馬鹿な……」
ハルトが呟くが、老婆の目には真剣な色があった。
「魔女裁判が行われるのも近いかもしれないね……もしお嬢さんたちが魔女に近づくなら、気をつけな。病に触れたら最後、助かる見込みはないよ」
老婆はそう言い残し、露店を片付け始めた。
「魔女か……どうする、ハルト?」
宗冬が尋ねる。
「まずは魔女の正体を突き止める。それに、もし本当に黒い霧が病を運んでいるなら、その正体を暴く必要がある」
「調査ね……いいわ。行きましょう」
美玲が小さく頷き、先頭に立った。
ヴァルンシティを歩き回るうちに、住人から同じ噂を何度も耳にした。
「魔女が森にいるんだ」
「北の丘で見た。黒いマントを着て、病人に触れていたらしい」
「魔女のせいで息子が病に倒れた……!」
「魔女裁判を開くべきだ」
住人たちは口々に魔女への恐怖を語った。
「これって……ただの魔女狩りじゃない?」
みひろが困惑した表情で呟く。
「でも、火のないところに煙は立たない。何かあるはずだ」
ハルトが真剣に答える。
「とにかく、北の森に行ってみましょう。魔女がいるか確かめるのが一番早いわ」
美玲がそう提案し、一行は街を後にして北の森へ向かった。
北の森は街から歩いて一時間ほどの距離にあった。夕暮れが差し掛かる中、薄暗い木々の間を静かに進むハルトたちの足音だけが響いていた。
「……なんか静かすぎない?」
みひろが不安げに辺りを見回す。鳥のさえずりひとつなく、どこか異様な気配が漂っていた。
「確かに……生き物の気配がしないな」
宗冬が慎重に盾を構える。
「動物も近づかないのかしらね」
美玲が目を細め、森の奥を睨む。
「魔女がいるってだけで、人も動物も避けてるのかもしれないわね」
月奈が静かに呟いた。
その時、霧が足元から立ち込めた。
「……霧?」
ハルトが周囲を警戒する。
「ちょっと、これって黒い霧じゃないの?」
みひろが焦ったように槍を握る。
「たしかに……でも、何か違う気がする」
美玲はしゃがみ込み、指で霧をそっと掬った。
「これはただの水蒸気……魔法的な成分は感じられないわ」
「なーんだ、びびらせないでよね!」
みひろが胸をなでおろす。
「でも、そろそろ着きそうだ」
ハルトが先頭に立ち、森の奥へ進む。
やがて視界が開け、木々の切れ間にぽつんと古びた石造りの小屋が現れた。
「……あそこ?」
月奈が指差す。
小屋の周囲には薬草が植えられており、そこからは薄く煙が立ち上っていた。
「ここが魔女の住処ってわけか」
宗冬が警戒を強める。
「行ってみましょう」
美玲が静かに小屋の扉を叩く。
「失礼します。誰かいますか?」
数秒の沈黙の後、中からかすれた声が返ってきた。
「……どなた?」
扉がゆっくりと開かれると、そこには年若い女性が立っていた。金髪の美しい女性——年齢はハルトたちと同じくらいに見える。
「あなたが……魔女?」
みひろが目を丸くする。
「違うわ。私はただの薬師よ」
彼女は静かに首を振り、小屋の中へと招き入れた。
「座って」
薬師の少女は椅子を勧め、自らも薪をくべるため暖炉の前に座った。
「私はセラフィナ。この森で薬を作って暮らしている者よ。……街の人々からは魔女だと呼ばれているけれど」
「魔女じゃないの?」
みひろが驚いたように尋ねる。
「ええ、魔法は使えないわ。ただ薬草の知識があるだけ」
「でも、街の人たちはあなたが病を広めてるって……」
宗冬が核心に触れる。
「それは違うわ」
セラフィナは静かに首を振り、薬瓶を取り出した。
「私は病を治そうとしているだけよ。この街には奇妙な病が蔓延しているけれど、それは私が原因じゃない。むしろ、あれは……」
「『あれは』?」
美玲が食い気味に問いかけた。
セラフィナは一度、深く息をついてから続けた。
「瘴気を纏った魔獣が街に入り込んでいるの」
「魔獣?」
ハルトが眉をひそめる。
「街の下水道に巣くっているのよ。おそらく、あの魔獣こそが病を広げている元凶……私はその証拠を掴んで、街の人々に伝えようとしたけれど、誰も信じてくれなかったわ」
「それで魔女扱いされたわけか……」
宗冬が納得したように頷く。
「つまり、街を救うためには、その魔獣を倒せばいいのね」
美玲が真剣な眼差しをセラフィナに向けた。
「そういうことになるわね」
「よし、じゃあ次はその魔獣退治だ!」
みひろが意気揚々と立ち上がる。
「ちょっと待って、そんなに簡単じゃないわよ。下水道の構造は複雑だし、魔獣は霧に紛れて襲ってくる」
「そうか……それなら俺たちも準備が必要だな」
ハルトが腕を組んで考え込む。
「でも、魔獣さえ倒せばこの街は救えるってことよね?」
みひろが再確認する。
「ええ、そのはずよ」
「なら、やるしかないね!」
ハルトは仲間たちに目を向け、小さく頷いた。
「次のミッションは魔獣退治だ。準備を整えて、明日下水道に潜るぞ」
「了解!」
宗冬とみひろが拳を突き合わせた。
「気をつけてね……私にできることがあれば協力するわ」
セラフィナが優しく微笑んだ。
外に出ると、夜の冷気が一気に体を包み込んだ。




