魔女と黒死の街を救え!(1)
「次のミッションを発表するわ」
教壇に立つ鬼塚先生は、冷静な声で生徒たちに告げた。ヒールの音が静まり返る教室に響く。
「今回のミッションの舞台は都市ヴァルンシティ。致死率90%の伝染病が蔓延している街よ。目的は、この街の感染拡大を防ぎ、根絶すること」
「伝染病の都市……いかにもヤバそうね」
黒髪を揺らしながら、美玲が小さく息をついた。普段は冷静な彼女も、このミッションには危険な匂いを感じたようだ。
「致死率90%……まるで黒死病のようね」
「……黒死病?」
隣で椅子にもたれかかっていたハルトが、美玲に問い返す。
「中世ヨーロッパで流行した伝染病よ。町ごと死に絶えたと言われるほどの猛威を振るったわ」
「ふぅん、ゲームの中ならともかく、そんな世界にわざわざ行くなんて……ご愁傷様って感じ?」
興味なさそうに口を挟んだのは、みひろだ。彼女は気楽に笑っていたが、背後で話を聞いていた月奈は無言でその言葉を受け流していた。
「さらに今回も、班員に新たなスキルが付与されるわ」
鬼塚先生がそう告げた瞬間、教室にはざわめきが広がった。班ごとに異なるスキルが与えられるこの特別なミッションは、生徒たちにとって一大イベントである。ハルトの班も例外ではなかった。
「火星車班は——火星車ハルト、御船月奈、藤原美玲。この三人にスキルが付与されます」
「え、私も?」
美玲がわずかに目を細める。これまで彼女はスキルに頼らず、知識や技術で挑む姿勢を貫いてきたからだ。
「どんなスキルなんですか?」
ハルトが問いかけると、鬼塚先生は一枚のリストを手に取る。
「美玲は『浄化』。不浄のものや病原体を浄化する能力ね。ハルトは『類感魔術』——呪術的に相似の存在に影響を与えるスキル。そして月奈は『瞬間移動』、いわゆるテレポートよ」
「おお、なんかかっこいいじゃん!」
みひろが後ろで声を上げるが、美玲は難しい顔をしている。
「浄化、ね……」
授業後、ハルトは班のメンバーを集め、教室の隅で小さな打ち合わせを開いた。
「というわけで、今回のミッションでは俺、美玲、月奈にスキルが付くことになった」
「へえ、美玲さんもか。てっきり『そんなもの必要ないわ』とか言い出すかと思ったよ」
みひろが冗談めかして肩をすくめる。
「正直、複雑な気分ね……」
美玲は腕を組んで壁に寄りかかり、静かに言った。
「月奈はテレポートかあ。すごい便利そう!」
みひろが目を輝かせると、月奈は小さく微笑んだ。
「きっと役立つわ」
学院のシミュレータルーム前。新たなミッションが始まる前の待機時間、ハルトたち班員は円卓に集まっていた。
「それにしても、今回のスキル割り当てってなんか不思議じゃない?」
みひろが腕を組んで首をかしげる。
「浄化とテレポートはまあ分かるけどさ……ハルトの『類感魔術』って、いまいちピンとこないんだよね」
「いや、俺もだよ」
ハルトが肩をすくめる。
「類感魔術ってなんだ? いまいち想像がつかないんだけど」
すると、美玲が溜息をつきながら椅子の背にもたれた。
「はぁ……魔術の授業でやったでしょ? ちゃんと聞いてなかったの?」
「え? そんな授業あったっけ?」
「やっぱり聞いてなかったのね……」
美玲は呆れた様子で軽く髪をかき上げる。
「類感魔術は、古代から伝わる呪術の一種よ。同じような性質や形状を持つもの同士は互いに影響を与えるっていう考え方に基づいてるの」
「ん? 具体的には?」
みひろが身を乗り出す。
「たとえばね……昔の魔術師は敵を倒すために、その人形を作って針を刺したりしたの。人形と対象の人物が似ていることで、痛みが伝わるっていうわけ」
「あー! それって呪い人形みたいなやつ?」
「ええ。呪術や儀式なんかでよく使われたわね。類感魔術は、そういう“相似の力”を利用した魔法のことよ」
「なるほどねぇ……ってことは、俺がダメージを受ける代わりに別のものに肩代わりさせるとか?」
「その通り。自分の姿に似せたものを媒介にすれば、攻撃を受けてもダメージを分散させられるわ。ある意味、戦略次第でかなり応用が利く魔術よ」
「へぇ……でも、それって戦うってより“呪い”って感じがしない?」
みひろが苦笑しながら肩をすくめる。
「確かに直接攻撃のスキルじゃないけど……使い方次第では戦況をひっくり返せるかもしれないわよ。類感魔術は“防御と反撃の両方をこなせるスキル”ってことを覚えておきなさい」
「ふむふむ、さすが美玲。詳しいなぁ」
「ま、美玲は真面目だからな」
宗冬が冗談めかして言うと、美玲は「当然よ」と胸を張る。
「しっかり頭に入れておきなさいね。ハルトのスキルがカギになるかもしれないんだから」
「了解。とりあえず、俺もスキルについてもう少し考えてみるよ」
ハルトは頷き、改めてシミュレータルームの扉を見つめた。
〇
「さて、それじゃあミッションを開始するわ。シミュレータを起動して。気を引き締めなさい。これはゲームじゃないわよ」
鬼塚先生の声が遠のき、視界が徐々に暗転する。そして次の瞬間、彼らはヴァルンシティの街角に立っていた。
街の石畳を踏みしめながら、ハルト、美玲、月奈、みひろ、宗冬の五人は中心部へと向かっていた。瓦屋根の家々が立ち並び、遠くで鐘の音が響く。
「それにしても……思ったより静かだね」
みひろがきょろきょろとあたりを見渡しながら言う。
「伝染病が流行してるらしいし、みんな家に閉じこもってるのかもな」
宗冬が肩にかけた剣を軽く叩きながら、静かな街を見渡す。
「……でもさ、美玲がいればこのミッション、結構余裕なんじゃないの?」
みひろが不意に美玲を見やった。
「え?」
「だって、美玲のスキル『浄化』で病気をきれいさっぱり治せちゃうでしょ? サクッと片づけて終わりじゃない?」
みひろは軽い調子でそう言うが、美玲はその場で足を止めた。
「——今回、私はスキルを使わないつもりよ」
美玲は少し視線を落とした。
「えぇっ!? なんでよ!?」
みひろが目を丸くして美玲を見つめる。
「確かにスキルを使えばミッションのクリアは簡単かもしれない。でも、それじゃあ意味がないのよ。シミュレータ内で『浄化』を使えば簡単にクリアできるかもしれない。でも、私はこのミッションを通して現代の知識で黒死病に挑むつもり」
美玲は静かに言い切った。その横顔には強い意志が宿っていた。
「現代の知識……? つまり、薬とか?」
「そういうことよ。後は衛生観念を広めたり、非科学的な迷信を排除したり……できることはいくらでもあるわ」
美玲は自信ありげに頷いた。
「シミュレータ上のスキルに頼らず、知識と努力で病気を食い止める。もし私たちが本当に異世界に行った時、その方が役立つわ」
「でも、それじゃあリスクが高すぎるんじゃ……」
「大丈夫よ。必要なら、みんなのスキルを頼るから」
「お、おう……。ま、まぁ、美玲がそう言うなら止めないけどさ」
ハルトは少し不安げに美玲を見つめたが、彼女の瞳は強い決意を宿していた。
「ふふん、面白くなってきたじゃん!」
みひろが自信満々に拳を握りしめる。
「……やれやれ、結局は俺たちも巻き込まれるんだろうな」
宗冬が肩をすくめるが、どこか楽しげな表情だった。




