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異世界都市の経済を救え!(1)

 東京I.S.E.K.A.I.転生専門学院埼玉校舎の朝は、透き通った空気と穏やかな日差しが教室を包み込んでいた。整然と並ぶ机、磨かれた床、そして窓の外には緑豊かな中庭。その光景は一見普通の学園風景にも思えるが、この学院には独特の空気が漂っている。異世界体験を目的とした先進的VRシミュレータを用いた授業が日常的に行われているのだ。



 火星車ひぐるまハルトは自分の席で背筋を伸ばしながら、今日の新ミッション発表を待っていた。学院生活にも慣れ、いつも通り自然体で過ごしているが、少し胸が高鳴っている。教室にも既に独特の期待が満ちていた。


 「皆さん、今日は新しい異世界ミッションを行うわ」


 教壇の前で鬼塚冴子先生がカツンとヒールを鳴らし、淡々とした口調で告げる。知的な眼差しで生徒たちを見渡している。



 「今回の舞台は『ヴェネツィーラ』。中世末期から近世初頭を想定した海洋商業都市で、国際航路の変化や疫病、紛争による経済衰退が問題となっている。皆さんには、この都市を再生へ導くための方策を練ってもらうわ。評価基準として、対人交渉スキル、調理や資源運用などの支援スキル、さらには防御・守備的な対応策が求められる場合もあるでしょう」


「商業都市…! 面白そう!」


 長住みひろが目を輝かせる。赤茶色の髪を軽く揺らし、腕を振り上げて興奮したようすだ。異世界大好き少女の彼女は、今日のミッションをまるでファンタジー小説から飛び出したような世界を思わせる、と期待に胸を膨らませていた。


「なるほど、経済再生がテーマなのね」


 藤原美玲は顎に手を添え、少し冷静な笑みを浮かべる。黒髪ロングを優雅に揺らし、名門出身の知性派として金融・経済制度の話になると闘志を燃やす。


「現代の会計知識が活かせるかもしれないわ」


「航路変更への対応には産業の多角化が必要」


 御船月奈(みふねルナ)が静かにそう呟く。淡い銀髪、涼しげな眼差し。彼女は常に一歩引いたような態度でつぶやいた。



 ハルトは三人のやり取りを聞きながら内心「頼もしい」と感じていた。自分は詳しい理論を知らなくても、みひろの行動力、美玲の知識、月奈の冷静さがあれば、道は切り開ける気がする。


 学院によれば、ミッション中は鬼塚教官がシミュレータ越しにモニタリングし、対人交渉や知識応用、状況対応力などのスキルを評価しているらしい。


 「ハルト、今回も頼むぜ」


 野牛宗冬が少し控えめな声で話しかける。大柄な男子で、体力が自慢だが、今回は経済再生という頭脳戦がメイン。どんな貢献ができるか不安なようだ。


 「うん、みんなでやれば大丈夫だろ」


 ハルトは笑顔で頷く。


 実習室へ移動し、シミュレータ内の様々な刺激をフィードバックするサイバースーツを着用したハルトたちはシミュレータブースに入る。


 「それでは実習を開始します」


 鬼塚先生の合図と共に、周囲の光景が歪み、次の瞬間には異世界へと転送される。




 視界が晴れると、そこには中世ヨーロッパ風の港町が広がっていた。水路が縦横に走り、石畳の道が静かに延びている。だが、船影はまばらで、露店の商人は退屈そうに頬杖をついている。建物は古び、誰もが昔を懐かしむような沈んだ空気が漂う。


 「ここがヴェネツィーラ…確かに活気が感じられない」


 宗冬が首を傾げる。


 「事前のブリーフィングによると大航海時代への変化で西方貿易ルートは陳腐化、異民族国家の脅威や疫病の流行、人口減少、そりゃあ衰退して当然ね」


 美玲は顎に指を当て、現況を整理した。


 

「やはり情報が必要ね。現地の帳簿や記録を見れば、財政や取引状況が具体的に分かる。まずは資料を探しましょう」


 美玲は視線を巡らしながらそう言う。




 ハルトは同意し、5人で市場の中心へ向かう。露天商の並ぶテントは埃っぽく、穀物や果物が並んでいるが客足は少ない。




 「あの商人さんに聞いてみようよ、ハルト君!」


 みひろが背中を押す。


 ハルトは促されるまま、疲れた表情の中年商人に話しかけた。


「すみません、最近このあたりがあまり活気づいていないように見えたんですが……何かお困りのことがあるんでしょうか?」


 商人は最初訝しげだったが、ハルトの柔和な微笑に警戒を解いたようだった。「……おや、旅人さんかい?」


 低くかすれた声が返ってくる。男はやや不機嫌そうに目を細め、ハルトの顔を値踏みするように見つめた。だが、ハルトの柔和な表情を認めると、ほんのわずかに表情が和らぐ。


「活気がないように見えた、だって? はは、確かにその通りだよ。この港町はな、かつては大陸中の豪商が押し寄せる黄金のハブだった。だが今は新航路にお株を奪われ、疫病で人口が減り、すっかり沈んでしまった。ここ最近はまともな交易が成立しなくてね、まるで夢から覚めたような有様だ……。」


 男は苦々しい笑みを浮かべながら帽子の縁をなぞる。その仕草には、かつての栄華を知る者ならではの憂いが滲んでいた。


「ところで、君は何者だ?」


 男は急に問い返す。ハルトが自分たちが学問的な実地研修のため旅をしている学生で、都市再生の助けになるかもしれないと説明すると、男は思わず吹き出した。


「学生? はは、面白い。実はね、私も昔はただの商人ではなかったんだよ。」


 男は帽子を取り、すっと背筋を伸ばす。その姿勢は先ほどまでのくたびれた露店主の印象を一変させる。まるで衣装の下から貴人のオーラが立ちのぼるようだ。


「私の名はアルヴィエリ・カロッソ、この港町の商業ギルドの評議員だった者さ。大陸各地の公証人や貴族とも顔が利き、この街が盛隆を極めた頃は、異国の王侯とも直接契約を交わしたものだ。名声に溢れた時代は過ぎたが、私が商業の裏も表も知り尽くしていることに変わりはない。」


 その言葉に、ハルトは思わず息を飲む。


「昔は西方貿易で大賑わいだったんだが、新航路ができてから船が来なくてな。疫病も重なり、まるで町が死んだみたいだ」と嘆いた。


「なるほど…。でも、南方だけにこだわる必要はないんじゃないでしょうか。」


 ハルトはふと思いついたように言う。


「周辺海域での再輸送業務や、工芸品みたいな付加価値産業を育ててブランド化すれば、遠方で新しい顧客を掴めるかもしれない。」


 それを聞いたみひろが口をはさむ。


「ねえ、ハルト君! 貿易品といえば歴史的に、アジア圏じゃガラスってけっこう特別な品だったんだよ! ヨーロッパで発達したガラス製法や美しいガラス細工が、シルクロード沿いの交易で東方世界にもたらされて、その透明感や色彩美に東洋の貴族や商人が心奪われたらしいの。まさに“異国情緒あふれる高級品”ってわけ!」


 商人はハッと目を見開いた。


「ガラス工芸!それなら職人たちはまだ腕を失ってないだろう。確かに、独自の商品を創り出せば需要が生まれるかもしれないな!」


 周囲の人々——NPCたちも耳をそばだて、「再輸送か…確かにメディーテッラ海内で小回りのきく仕入れをすれば、新航路組には負けないかもしれない!」「逆に新航路組に船を売るのもいいかもしれないな」と活気が戻り始める。



 みひろが「すごい、ハルト君、商人の人たちがやる気出してる!」と目を輝かせ、美玲は「まあ、きっかけとしては悪くないわ」と素直になれない態度だが、口角が上がっている。月奈は静かな微笑でハルトを見つめる。



 ここで美玲がもう一歩踏み込む。


「ところで、あなた方は複式簿記や為替手形、保険制度という言葉を知っているかしら? 資金繰りやリスク管理を改善すれば、もっと冒険的な航路開拓や投資が可能になるわ」



 商人ギルドの人物らしきNPCが首を傾げる。



「複式簿記?保険制度?さっぱりだ。」



 「簡単に言えば、取引を正確に記録して損益を明確化し、遠方での支払いを手形で済ませ、万一の事故には保険で損失を補填する仕組みよ。」



 美玲はサラサラと紙に記して説明しようとするがここで問題が発生した。


 NPCが「取引記録帳簿があるが、読めるか?」と差し出した帳簿を見て、美玲は顔をしかめた。



 「この文字、異世界語ね……全然、読めないわ」



 気まずい沈黙が流れる中、月奈が一歩前に出る。


「貸してもらえる?」


 帳簿を受け取り、月奈は目を細めてページを捲る。


「言語学を学んだことがあるの。異世界文字は表音的な法則が多いみたいだから、短時間で推察可能よ」


 しばらくページを追っていた月奈が、柔らかな声で説明する。


「これは取引相手の地名や品目を記した欄ね。こちらは支払い条件を示す符号。なるほど、ここは香辛料の入荷量を毎月記録しているらしいわ」


 美玲が目を輝かせる。


「本当?じゃあ翻訳をお願い。私、このデータをもとに現状の損益状況を把握したいの」


 月奈は頷き、帳簿の異世界語をすらすらと解析し、主要な数値をメモに写し取る。その落ち着いた動きと的確な理解力に、美玲は感嘆した。


「すごいわね。月奈さん」


 月奈は軽く肩をすくめる。


「専門の言語を学んだわけじゃないけど、似たルーツを持つ文字は解読しやすいの。これで財政や在庫状況が正確に分かるはず」



 美玲は得た数値を元に現在の利益率や在庫回転率を計算し、「なるほど、思ったより在庫が滞留してるわね…これなら信用取引や保険導入で流動性を高めれば、資金繰りが改善し、拡張路線が実現できる」と頷く。



 美玲は計算を終え、商人たちに向き直る。


「次は保険ね」


「遠距離航海には常に嵐や海賊、未知の病がつきまとうものよ。だからこそ保険制度を導入するの。中世ヨーロッパ……あー、別の地方でも遠洋航海向けに船舶保険が整備されて、商人たちはリスクを軽減して新航路に挑戦できたのよ。もし、この都市で同様の保険サービスを実施すれば、冒険心あふれる商人たちが、思い切って遠くの市場まで航海しやすくなるでしょうね。」


 周囲のNPCたちが目を丸くしている。


「なんて画期的なんだ!文字が読めないと思っていたが、君たちはこれほど先進的な思考を持っているのか?どこで学んでいるんだ?ハリス大学か?エミリア大学の生徒か」



 みひろが両手を広げて、「へへ、私たちは『東京I.S.E.K.A.I.転生専門学院』の生徒なんだよね!まあ、詳しいことは企業秘密だけど!」と冗談めかしてウインクした。

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