魔王様!生贄の食べ方って別の意味もあるんですよ!(必死)
田舎娘というのは、わりと性には奔放である。田舎は年頃になっても娯楽がなく、やることがないのでヤるしかなかった。
今年20歳になったメイアもその一人だった。
「はー、よかったよ。メイア」
「うん、私も」
今日も今日とて、メイアは農作業の終わりに男と木陰でイチャついた。
相手の男は、幼馴染のひとり。顔立ちも体の相性も悪くないという消去法だけど、最近は彼とすることが多かった。「私もよかった」とは言いつつ、少し時間が短くてメイアには消化不良だった。
つまんないなあ。
朝起きて、農作業をして、暇なときは男と交わる。これがメイアの単調な日常だ。
手頃な村の男とはもう関係を持ってしまったし、新たな出会いは望めない。宿屋のひとつもないこの村には、外から見知らぬ人間が訪れることもほとんどないからだ。
そのうち、これまで関係を持った男の誰かと結婚して、子どもを産むんだろう。それがメイアの人生で、もうすべて見えてしまった未来だ。
なにか楽しいことでもあればいいのにな。非日常で、びっくりするようなことが起きたらいいのに。
「あー明日も種まきかあ……あ。そういえば、今年は贄の儀の年だろ」
「んー? そうだっけ」
お互いに乱れた服を整えながらする話には、情緒もなにもない。
贄の儀というのは、魔界を治める魔王に人の娘を捧げることだ。
魔王が人間界を支配するなんていうのは物語のなかの話で、魔王はあくまでも魔界という別世界の統治者である。
しかし、魔王の力が弱まると魔界が荒れて魔族が人間界に溢れ出てしまう。その力を継続させるためには、魔力を弱めてはならない。その最も効率の良い魔力の吸収方法が、人の娘を食うこと……らしい。
人間界は、魔族によって多大な被害を受けた歴史がある。そのため、人は魔王を頼った。人間界のほうから生贄の娘を捧げることで、魔王の力を安定させることを選んだ。
それが10年に1度の贄の儀。草木が芽吹きはじめる種まきの時期に、贄の娘が選ばれる。
「お前、年頃の女なんだからもしかしたらあるかもな」
「あはは、年頃の娘が世界に何人いると思ってんのよ。そんなのが当たるくらいなら、騎士様に見染められて妻にしてもらう確率のほうが高いよ」
「なんだっけ。世界中の魔術師が集まって、占いで適した娘を選ぶんだよな。尾長の黒い鳥が……何だっけ?」
「白銀の枝を贄の娘の前に運んでくる、でしょ」
村の年長者が、贄の儀についてそう話しているのを聞いたことはある。でも、そんなのは他人事で、メイアには遠い話でしかなかった。10年前、まだメイアが子どものころに贄に選ばれた娘も、国境を5つも6つも超えた遠くの国の誰かだった。
チュニックまで着なおすと、長い栗色の髪を指で梳いた。男との行為でほつれた髪を結い直そうと、紐を加えて上を向いたところで──
尾長の黒い鳥が、空にいた。
嘴に咥えた、白銀の枝がきらりと輝く。
え?と思う間もなく、それはメイアの前に落ちてきた。
「ひ……うわあああー! メイアが贄に選ばれた!!」
ここにいれば不幸がうつるとばかりに、男は逃げ出した。
「……ええ?」
メイアの平凡な日々は、突然終わりを告げた。
・・・
それからはあっという間だった。王都から使いが来て、逃げられなくなった。メイアの家族も友達も泣いていたが、誰も贄の儀を止めることなどできなかった。
1週間後には騎士団によって山を越え谷を越え、魔王が現れるという亡国の城跡に連れていかれた。
朽ち果てた祭壇にメイアはひとり置いていかれた。……逃げないように、石柱と繋ぐようにしっかり手枷をされて。
え、ここで私、食べられちゃうの?
1週間前に白銀の枝を拾ってからここまで、時間を飛ばされたみたいに記憶が曖昧だ。それくらい現実を理解することができなかった。
城跡の祭壇のまわりには灯りも何もない。満月が照らすのは古びた礎と祭壇、メイアだけ。獣の声すら聞こえない静寂に、贄の正装と着せられた白いブリオーが擦れる音すら大きく聞こえる。
「いやいや、夢でしょこれ……」
ここに本当に魔王が現れる?
王都を出る前に、魔術師たちから魔王の姿を聞いた。人間の初老の男に近く、2本の角があり、顔には長い年月を生き抜いた樹皮のような皺が刻まれ、立派な髭を蓄えている、らしい。
あたりが一気に暗くなった。雲が月を隠したのだろうかと顔をあげると。
濃い闇の色をした大きなマントが翻っていた。
大きな男がいる。
「……お前が贄の娘か」
男の声に続いて、たなびいたマントが落ちる。
若い男、に見えた。
しかし音も出さず現れたことや、右耳の上に雄牛のような角を生やした異形が、彼が人ならざるものであることをメイアに思い知らせる。ただの魔族とも、魔獣が人に化けたのとも違う、格の違いがメイアにもわかる。
魔王だ。
漆黒の髪が顔の右半分を覆っており、赤く輝く瞳が片側だけ覗いている。肌が少し赤、爪は黒曜石のように真っ黒だ。村育ちのメイアには見たこともないほど体の大きな男だった。ここまでメイアを連れてきた鎧を着た騎士たちよりも体格がいい。
しかし、ひとつ気になることがあった。魔術師たちから聞いていた容姿とまったく違う。彼はメイアと同年代の、若い男の顔をしている。角も片側にひとつしかない。
「ほ……本当に、魔王様ですか?」
「それはどういう意味だ?」
「聞いていたお姿と、違ったので」
「代替わりしたのだ。お前が聞いているのは先代の魔王だろう。彼は力が衰え退いた」
「な、なるほど……」
魔王に代替わりがあるなんて知らなかった。彼は前の魔王の息子ということなんだろうか。
それでもメイアはようやく、これが夢ではないのだとわかった。
魔王の実在すら、どこか夢物語だと思っていたけど、こうして目の前にいる。
本当に食べられて、メイアの人生はここで終わる。
「何か言い残すことはあるか」
「い、言い残すこと」
魔王の言葉に必死に頭を働かせた。このまま会話を途切れさせたら、もう魔王のお食事タイムだ。なんとか話題を探す。
「お召し上がりになる場合、その、どこからいくんですか」
「頭、というか首か。先に息の根を止める。でなければ痛みで泣きわめき肉が硬くなるらしい」
なるほど、先に頭を潰すんですね。村でも家畜を食べるときや、狩りで獣をとらえたときは、まず頭をつぶすなり首を切りますからね。その場合も頭がいちばん最初なのは同じですね。
聞くんじゃなかったよ!
少しでも生きていたくて振った話題で、さらに死にざまが明確になってしまった。というか魔王との話題など、この贄の儀に関することしかないことにメイアは今更気づいた。かといって黙ればもう時間は稼げない。
「……お、美味しいんですか。人間って」
「……知らん。人を食うのは初めてだ」
魔王の言葉に、メイアは顔を上げた。贄を前にしているという割に、魔王はあまりぴんときていなさそうな顔をしている。
「え? 食べたことがないんですか。魔族はお食事が人間なのかと」
「そういう魔族もいるが、あれは人間のことも動物としてとらえているだけで、人間が主食なわけではない。そもそも魔王族は違う。取る食事はお前たち人間とそう変わらないのではないか。贄の儀で人の娘を食うのは、空腹を満たすのではなく魔力を満たすためだからな」
そして、祭壇のメイアに一歩近づいた。
「これをせねば俺の力が弱まる。力が弱まれば魔界が荒れ、人の世界にも影響がある。許せよ。せめて一思いに苦しまず逝かせてやろう」
魔王の手が、祭壇の上のメイアに伸びてくる。大きなマントが腕の長さで広がり、メイアの視界を覆った。
普通の生贄なら、ここで目をぎゅっと閉じて、己の最期を悟り、大切な人の顔を思い浮かべるのかもしれない。あんな平凡な毎日でも幸せだったと人生を振り返るのかもしれない。
しかしメイアはそうではなかった。
「食べる」という言葉に、最後の望みを見出した。
「おおおお待ちくださーーーーいッ!!!」
情けない言葉を、あらんかぎりの力で発した。
魔王はぴたりと動きを止めた。彼の手がもうメイアの首を掴む寸前だった。
メイアは泣きそうになりながら魔王を見た。
「食べるって、エッチな意味もあるじゃないですか!?」
「……何?」
魔王の手が、止まった。
メイアはチャンスだと思って、必死に口を動かした。
「そうですよお、女を食べるって言ったらそっちじゃないですか! 人間には常識ですよ! 血をぶしゃーっとさせたり生でがぶがぶ食べるよりも、女の体を美味しく楽しく気持ちよく食べたほうがいいんじゃないですか!? 私こう見えてもいちおう出るところは出てますし村ではいちばん肌がきれいだって言われてたし悪くないと思うんですけどっ!」
まさかこんなことを魔王相手に言うとは思わなかった。どうしようもない理論だと思うが、メイアは必死だ。死ぬ寸前になって恥じらいも体面も気にしていられない。今のメイアを笑っていいのは本当に死ぬような経験をした者だけだ。
魔王は手を下げて、顎の下に指を当てた。
「……そのような食べ方があるのは知らないな」
(魔王、童貞なんだ)と一瞬思ったけど、そうじゃない。
魔王の反応は悪くない。興味を示してくれたなら、可能性はあるということだ。
何も知らない魔王を篭絡して気に入ってもらえたら、頭からがぶりは避けられるかもしれない!
「あら魔王様、こんなに気持ちいいことをご存知ない!? もったいないですよおこの食べ方のほうがいいですって、あっ、話すよりお見せしたほうが早いかもしれませんね!?」
メイアはそう言って、祭壇に膝立ちになった。そうすると魔王と目線の高さが一致する。
そうして顔を間近で見て驚いた。
美男子だ。
くっきりとした頬から顎の輪郭はまっすぐで、目や鼻の位置もあまりに完璧だ。体を重ねる相手として見ればこれ以上ないほどの美貌だ。
それに、体つきも人間の男に近い……というか、ほとんど同じに見えた。筋肉のつきかたも、体のパーツの位置や形もメイアたち人間と変わらない。剣みたいなものが下半身から出てきたりしなければ、だが。それを差し引いても彼の体つきは立派で逞しく、思わずメイアの喉が鳴った。
「どうした?」
「い、いえ……」
低い声が響いて、ドキっとしてしまった。冷静になると、声もすごくいい。
さっきまで死ぬところだったのに、目の前の男に……いや、魔王にドキドキしている自分が情けなくなった。でも、こんなに美しい男をメイアは見たことがなかったのだ。
とにかくこの魔王を、メイアのこれまでの知識や手技や肉体を使ってあれこれして、最終的にエッチな意味で食べてもらわなければならない。
ヤるしかない!生きるために!
・・・
あれこれした。
それはもう、あれこれした。
したというか、途中からはあれこれされていた。
それがすべて済んだあと。
全身にキスマークをつけ、汗ばんだ胸元をハァハァと上下させ、祭壇上で魔王に抱きしめられるメイアがいた。
「あ……あれ……?」
めちゃくちゃ……気持ちよかった…………な……
魔王は行為の意味も知らなかったのに、メイアが教えるとすぐに理解し、応用し、転用し、天性の才能をもって上手にメイアを”食べた”。
そっちの意味で食べてもらうつもりだったとはいえ、経験があるのはメイアのほう。ここまで前後不覚に乱れることになるとは想像していなかったから、終わった今も混乱している。
自分がこれまでしてきた行為は何だった? 子どもの遊び? そう思うほどのあれこれだった。
「メイア……メイア」
そして、魔王はメイアを抱きしめて離さなくなってしまった。メイアの髪をなで、匂いを心地よさそうに吸い込み、何度もやさしいキスをしている。
名前は、行為の最中に名乗らされた。ちなみに魔王にも名前があり、サルマと言うらしい。
ついでに生贄の娘を食べると得られるという魔王の力も、今の行為でオッケーだったらしい。いいんだ……
これまで命を落とした娘たちが不憫になった。メイアくらい性に奔放だったら助かったかもしれないのに……。とはいえ命が奪われそうになって、魔王に行為を持ちかける女なんておそらくメイアくらいなものだろう。
「メイア、お前は俺の知らないことを知っている。このような方法もあるとは知らなかった。お前は賢い娘だ」
「そ、そんなことはないですよ……人間の大人なら、誰でも知ってることですよ」
褒められるほどのことじゃないし、メイアは気まずくなる。
でも、メイアの言葉にサルマは目を伏せた。その表情は、どこか寂し気だった。
「俺は何も知らないんだ。生まれたときから一人だから」
「一人……? 先代の魔王様は……お父様は?」
「先の魔王は父ではない。魔王というのは、ある日魔界に突然生まれ落ちるのだ。親もなく記憶もなく、ただ突然発生する雷のように、魔界を支配する力を担って生まれる。俺の誕生も、先代魔王が退く……魔界と冥界の狭間に身を隠すことを言うが、そうやって消えたからだ。魔王がいなくなれば、魔界は次の統治者を生み出す。そうやって、魔王は変わる。俺が持っているのはこの名前と魔界を統べるために必要な知識。それだけだ」
「……そう、だったんですね」
なんだか、すごく悲しい話に聞こえた。
知らなかった。魔王が、そんな風に産まれてくるだなんて。
人間は男と女が結ばれ、繋がって子を成す。親に育てられなかったり親を知らない人間もいるだろうが、人間が生まれる以上そこにはかならず父と母にあたる存在がある。必ず誰かに血が繋がっている。
サルマはそうではない。生まれた瞬間から孤独だった。親も、愛も思い出もないまま、ただ本能で力を得て、魔界を統治する運命を背負う。
「メイア、教えてくれ。……俺のここにある気持ちはなんだろう? お前なら知っているのではないか。お前を食ったときに、俺はこのうえなく良い気分だった」
「そ……それは、気持ちいいってことですかね」
女を抱いて最後までしたのだから、それは間違いない、とメイアは思う。
「キモチイイは、さっきメイアを”食べた”ときだ。でも今は違う。初めての感情だ」
「え」
「メイアを離したくない。こうやってずっと顔を見ていたい。そばにいたい。この気持ちは、何だ?」
「……そ、それは」
サルマは大きな瞳で、じいっとメイアを見る。ルビーのように赤い瞳のなかにメイアがいる。
メイアはどぎまぎしてしまった。これは、ほとんど愛の言葉ではないだろうか。というか1回しただけで相手を好きになるなんて、メイアよりよっぽど純情だ。
「……好き、ってことかもしれません」
「スキ?」
「好ましいとか、愛してる、とかです。他の存在には感じなくて、その人にだけ感じる気持ちが、それです」
「スキ……そうかもしれない。これがスキという気持ちか」
メイアは彼が愛おしくなって、両方の頬を手で包んだ。自分の気持ちに付ける名前すら知らない彼を愛してあげたくなった。
……いや、もう好きなのかもしれない。
メイアは親や友達に愛され育った。行為は遊びでしてきたことだけど、あれも他者との繋がりの行為だ。
メイアはサルマにはない感情をたくさん知っている。それを彼に分けてあげたい。
男とは何度も肌を重ねたけど、こんな気持ちになるのはメイアも初めてだった。
サルマはメイアの両手に、自分の手を重ねた。サルマの手はとてもあたたかかった。サルマは心地よさそうに目を閉じた。
「メイアが俺に触れると、体のなかがあたたかくなる。この気持ちはなんだろう」
「……それは、たぶん、”幸せ”ってことです。私も今、同じ気持ちだからわかります」
「シアワセ……これは、良い気分だ」
サルマが初めて、にこ、と笑った。最初は炎のように恐ろしかった赤い瞳が、今はメイアを照らす愛おしい光に見える。
「……私がサルマ様に色々教えてあげます。楽しいことや、うれしいこと……なんでも、たくさん。それに、気持ちいいことも」
「メイアは色んなことを知ってるんだな。キモチイイ……は、さっきみたいなことか」
「はい。……それに、サルマ様。”女の食べ方”ってね、他にもたくさんあるんですよ?」
メイアは艶やかに微笑み、サルマに口づけた。
・・・
サルマはメイアを魔界へ連れて戻った。それ以降、魔王が次の贄を求めることはなかった。サルマはメイアを”女として食べる”ことによって、力を補給できたから。
その力は、荒れる魔界を安定して制御できるほど強かったという。おかげで魔族が人間に悪さをすることも減り、結果的に人間界も大いに繁栄した。
伝説によれば、”メイアという人間の娘が身を呈して魔王を止めた”とあるが、実際はサルマといちゃいちゃ幸せに暮らしただけの話である。
メイアは魔界で天寿を全うした。サルマにとってメイアの人生は、千年も生きる魔王族に比べればあまりに短い生涯だった。サルマは先代魔王のように、次の贄を食べ力を継続させることを選ばなかった。メイアを愛していたのだ。サルマは力を失うことを選び早々に魔王を退いた。
次の魔王も、贄の娘を頭からばりぼりと食べることはせず、サルマと同じ意味で贄の娘を”食べる”ことになった。そのほうが得られる力は多いと先代魔王が魔界に教えを残したのだ。ただし、贄の娘は丁重に扱い、望みを聞き優しくすることと添えて。
次の魔王はそれを守り、女を労わり大切に魔界へ迎えたという。
そうして、いつしか贄の儀は”魔王の嫁になる”という意味を持つようになった。
選ばれた娘たちは、みな幸せに暮らしたという。
性に奔放な田舎娘・メイアの言った「女の食べ方」が、世界を変えたのだ。
”生贄が食べられる寸前で「そっちの意味で食べて!」と言ったらめくるめく時間になっちゃって、しかも魔王に気に入られる”というだけの話のはずが、最後には2人はラブラブになってました。ちなみにメイアは魔界で95歳まで生きました。
あれこれが詳細なバージョンはムーンライトノベルズにありますが、あちらは途中の会話がだいぶ違います。興味があればぜひ。