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最終話 当て馬くんは、なんだかんだ幸せになりがち

春の舞踏会の翌日の学園は、非常に慌ただしいものだった。

一曲目のダンスは誰と誰が踊っていた!という噂よりも、カレンとアルベリックが結ばれたことで学園内はもちきりだった。ユーリがカレンに振られただの、アルベリックが強引にカレンを奪っただの、そもそもユーリはカレンを好きではなかっただの、噂は膨らみ続け、錯綜しまくった。


「…一体どういうことなの…?」


クラスメイトたちが一生懸命噂で盛り上がる横で、同じくカレンとユーリの噂を楽しんでいたマリアは困惑する。そんなマリアに、キリは小さく微笑む。

結局、物語の外側にいる私達からは、本当のことなど見えていなかったのだ。ただの噂を真実のようにして信じていた私たちには、彼らの恋の物語は予想外の結果となったけれど、物語の内側にいる彼らにとっては当然の結末だったのかもしれない。

そして、恋愛小説を読み込んでいると高をくくっていたキリにも読めない展開だったことで、キリは高い鼻をへし折られることとなった。結局、現実は物語のようには行かないのだ。そういうものなのだ。


「…ところで、なんであなたユーリ様と踊っていたの?もう幼なじみという関係なんて有名無実と化してたんじゃなかった?」


マリアの言葉に、教室が静まり返った。クラスの全員がキリに視線を注ぐ。キリは、彼女たちの視線に固まる。


「やっぱり、やっぱりあれってキリだったわよね?!」

「ユーリ様とはどういうご関係なの?!」

「カレンとアルベリックの2人が結ばれたのもあなたがなにか関係してるの?!」


噂好きの女子生徒たちに、キリは囲まれる。マリアは、あらごめんなさい、と少しも悪びれる様子がなくキリに言う。

キリは、な、なにもありません…!とだけ釈明すると、逃げるように教室から去った。




キリは、教室から逃げて歩いていた時に、幸せそうに2人で歩くカレンとアルベリックの姿を見た。

アルベリックが幸せそうにしている姿が見たくて応援していたはずなのに、いざアルベリックが幸せそうにしていると、あの可哀想なアルベリックが恋しいと、キリは思ってしまった。

結局キリは、自分が報われない可哀想なアルベリックが好きだっただけだということに気がつく。なんて自己中心的な考えだと、キリは自分で自分を一喝した。そしてもう、彼を応援することはやめようと、そう決めた。キリは、幸せそうなアルベリックから視線をそらして、彼らが歩く方とは反対方向へ足を進めた。






キリが足を進めた先の中庭で、ベンチに座って本を読むユーリの姿を見つけた。キリはユーリの方を見て固まる。ユーリは真剣に本を読んでいる。その、古い表紙にキリは見覚えがあった。あの日キリがユーリへ贈った本、『海辺の恋』だった。


「…その本…」


キリは口を開いた。彼女に気がついたユーリは、本から視線を上げてキリを見ると、うっ、と声を漏らした。

ユーリは気まずそうに視線を泳がした後、本に目線を移した。そして、小さく深呼吸をした。


「…君が、ジョンソンが好きだっていうから、彼みたいになったら好きになってくれるって言うから、そう振る舞ってみたんだ。けれど君は、久し振りに学校で会えたのに、ひどく他人行儀で、どんどん疎遠になっていくから…」

「……そんなこと言いましたか?」


キリは目を丸くする。初耳のような顔をするキリを見上げて、ユーリは眉をひそめる。明らかに苛ついているユーリに焦りながら、キリは過去の記憶を思い起こす。




「わたし、ジョンソンがいちばんすきなんです!天才で、なんでも軽くやってのけてしまって、少し強引なところが男らしくってすてきです…!」


幼いキリが、本を抱いてそう微笑む。そんなキリを見つめる幼いユーリが、そ、それじゃあ、とおずおずと口を開いた。


「それじゃあ、ぼくがジョンソンみたいになったら、そうしたらぼくと結婚してくれる?」


頬を染めたユーリに、キリは、え、無理です、ときっぱり告げる。ユーリはショックから瞳に涙をにじませる。


「な、なんで…?」

「私達は身分が違いすぎますから」

「うっ…じゃ、じゃあ、ジョンソンみたいになったら好きになってくれる?」

「ジョンソンは好きです!」







そんなシーンを思いだしたキリは、私言ってるな…、と他人事のように呟く。


「(…てか、よくよく考えてみなくても、私この人にプロポーズされてるじゃない。なんでこんなことを忘れていたんだろう私…)」


自分の鈍さに呆れるキリだけれど、あまりにも身分が違いすぎるから、彼の告白は冗談だと幼い頃の自分はとっていたのだろうと察する。

少しずつ頬を染めていくユーリに、キリは、あの、と呟く。


「ジョンソンもトーマスも、物語の登場人物ですから…。現実でなろうと思ってなれませんよ」

「…この10年間、君の言葉を信じてなりきろうと頑張った相手によくもそんなに冷静に返せるな…。…それくらいわかってるよ、わかってるけど、他に方法がわからなかったんだよ!」


ユーリは、ベンチから立ち上がると、キリに近づいた。キリは、ユーリの気迫に一歩後ずさる。それに構わず、ユーリはキリに詰め寄る。


「そうだよ、俺たちは全然身分が違う。だから、君に会える機会なんかなかった。その間に君のことを忘れられるなら忘れたかったさ!…でも無理だった。結局俺は、どうしたって君のことが好きなんだよ」


ユーリは、キリの手を取って自分の両手で包んだ。そして、まっすぐにキリを見つめた。真剣なユーリの瞳に、キリは目がそらせなくなる。


「身分の差を周りが言うのなら、俺が説得する。必ず俺が君を守る。だからどうか、俺と結婚してほしい」

「それは無理です」


きっぱり断るキリに、ユーリは、がくりと項垂れる。


「…物語でいうなら、ここは求婚を受けるところじゃないのか?」

「これは現実ですから。現実的に考えて、私とあなたとなんて許されるわけがありません。それに、私にはもう親が決めた婚約者がいます」

「…その婚約者が、好きなのか?」


ユーリは探るようにキリに聞く。キリは、いえ別に、と素直に返す。そんなキリの返事に、ユーリは目を鋭く光らせる。そんなユーリに、キリは、まずいことを言っただろうか、と慌てる。


「…なら、両方の親が認めたならいいんだな?」


ユーリの台詞に、自分の逃げ道を少しずつ潰されていくのをキリは感じる。これまでの自分の言い分で考えれば、その通りです、と言わざるを得ない。

キリは、固まったままユーリを見上げる。


「…そう、なりますね、」

「言ったな!」


ほとんどキリの言葉にかぶせるように話しだしたユーリは、目を輝かせてキリの瞳を見つめる。そんなユーリの瞳に、キリは目を奪われる。


「わ、私の気持ちはどうなるんですか?」


キリは、必死の抵抗を見せる。自分がこの国の王子と結婚なんて恐れ多くてできないという気持ちが胸の中で暴れる。しかし、そう抵抗しながらも、大昔に封じ込めたユーリへの気持ちがよみがえる。

ユーリは、キリの好きだったあの少年の顔で優しく目を細める。


「お前の心は後でいい、今お前を引き止めないと、永遠に失ってしまう気がするから」


ユーリの言葉に、キリは時が止まったような気持ちになる。この人は確かに、自分を思い続けてくれていたらしい、とキリはようやく気づき出す。キリはどんどん赤くなる頬で、ユーリを見つめ返す。


「…それは、ジョンソンの台詞です。私が好きなのはトーマスです」


精一杯の抵抗を見せれば、そんなキリでさえも愛おしそうに見つめる。


「トーマスの台詞も、しばらく時間をくれれば覚えてくるよ」

「…覚えるのとかは、一瞬でできるんだと思ってました。勉強も特にはしてないらしいのに成績よかったですし」

「できるわけないだろ。ジョンソンが天才だったから、人から見えないところで隠れて勉強して、天才に見せてたんだよ」


ユーリの言葉に、キリはとうとう心臓を揺らされる。ジョンソンでもトーマスでもなく、出会った頃のユーリがキリは好きだった。そんな感情が、キリの胸の中で蘇る。

顔を赤くして固まるキリを、ユーリは優しい瞳で見つめると抱きしめた。そして、ユーリはキリにキスをしようと顔を近づけた。キリは慌てて自分の口を手で覆い隠す。


「まだ早いですよ!ちゃんとお互いの両親から許可を取ってからにしてください!」

「どうせ取れるんだから、固いこと言うなよ」

「…なぜ取れると思っているんですか?」

「逆に聞くよ、なぜ取れないと思っているんだ?」


それは…、と反論しかけてキリは止まる。確かに、自分が無理だと思い込んでいるだけで、本当は違うのかもしれない。何でも知っているような気になっていたけれど、結局自分が見えていたものなんて極わずかだったのだから。


考え込むキリの、口を覆う手の甲に、ユーリはキスをした。キリは目を丸くしてユーリを見つめる。ユーリは慌てるキリを満足そうに見つめる。

物語の外側から、内側へ自分が入っていくのを感じる。どうなるかなんてとても先が読めない物語の、その内側に。

キリはユーリを、悔しそうに見上げる。それでも、胸の奥が温かく揺らされるのを感じる。忙しないような、嬉しいような、恥ずかしいような、そんな不思議な感覚に、物語のヒロインがよくときめいたと言っていたけれど、それはこういうことだったのか、なんてキリは思った。



ここまで読んでくださってありがとうございました。

前に書いていた話の展開が暗かった時に、気持ちを明るくしたくて息抜きにこの話を書いていました。

また新しい話を書くことがあったら、読んでいただけたら嬉しいです。

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