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6 当て馬くんは、急に強引になりがち

学園内は、もうすぐ行われる春の舞踏会の話で持ちきりだった。その話の大半は、最初の曲のダンスの相手は誰?というものだった。

この学校では、一曲目のダンスの相手は事前に誘っておくのが習わしで、その相手は基本的に婚約者や恋人である。つまり、一曲目のダンスを踊っている男女はそういう事、ということである。

あなたは誰と躍るの?という話題で盛り上がっているけれど、それ以上に盛り上がっていたのは、学園の有名人が誰と躍るのだろうかという予想の話だった。皆の予想では、カレンとユーリが躍るだろう、というのが多く挙がっていた。


学園内に恋人も婚約者もいないキリにとっては、この春の舞踏会は非常に面倒くさいイベントともいえる。参加しないのも味気ないし、かといって、特に親しい男子がいないから相手を探すのも一苦労である。

ああ面倒くさいとキリが思っていたところ、学園外に婚約者がいるのだという男子生徒が、キリも学園外に婚約者がいることを確認すると、ダンスに誘ってくれた。これはありがたいと、キリはその話に乗った。とりあえず、キリは一安心することができた。

キリの相手が決まったのをみて慌てていたマリアだったけれど、キリの相手になった男子生徒の友人が、相手がいないのならよければ、とマリアを誘って、無事マリアも相手を見つけることができた。


キリは、これでそわそわせず舞踏会に参加できると安心した気持ちで中庭を歩いていた。すると、カレンとアルベリックの姿を見かけて、とっさに物陰に身を隠した。


「カレン、俺と踊ってほしい」


真剣な顔をしたアルベリックが、そうカレンに懇願していた。キリは口元に手を当てて2人の動向を見守る。カレンは眉を下げて、でも…、と呟く。


「でも、私…」


カレンの断りそうな構文に、キリは胸が詰まる。

すると、アルベリックが、頼む!と更に勢いよくカレンに懇願した。

ここまで言われては、さすがに断れなかったのか、カレンはおずおずと頷いた。かなりの力技ではあるけれど、承諾してもらえた喜びにアルベリックは目を輝かせた。

少し困惑した様子のカレンは、アルベリックを置いて中庭を去った。キリは、去っていくカレンを見つめながら、いや、この雰囲気で先に帰るかな?とつっこむ。


「(ダンスを踊るのを承諾したなら、舞踏会楽しみねーなんていう雑談をしながら一緒に歩いて帰るのが定石…)…あっ」


ぶつぶつとカレンに文句を言っていたら、急に風が吹き、キリの手にある紙が飛んでいってしまった。風により紙は舞い、そしてなんと、アルベリックの前におちた。アルベリックは、紙に気がつくと、屈んでそれを取った。

キリは恐る恐るアルベリックの前に来た。アルベリックはキリに気がつくと、これは君の?と尋ねた。キリはおずおずと頷いた。アルベリックは優しく微笑むと、どうぞ、と紳士的な態度でキリに紙を渡した。


「あ、ありがとうございます…」


キリは震える手で紙をアルベリックの手から受け取った。アルベリックはキリに微笑むと、たいしたことじゃないよ、というと、じゃあね、と手を降って去っていった。キリは呆然とその背中を見つめる。


「(…すっ…素敵……!)」


輝くばかりのハンサムに、キリは胸をわしづかみにされる。

キリは、アルベリックに拾ってもらった紙で口元を隠す。この紙は家宝にしよう。そうつぶやくと、なら大事にしないと、と慌てて口元から紙を離して、綺麗に紙のしわを伸ばした。


「(…おめでとうございます、舞踏会、よかったですね…!)」


キリは、そう心のなかで彼に拍手を送る。これで陰ながら応援してきた甲斐があったとキリは何もしていないのに感動する。


「おい」


背後から、最近やたらよく聞く声がした。振り向くと、ユーリがそこにいた。


「ど、どうも…」


キリがぎこちなく会釈すると、ユーリは、少し言葉を探した後、舞踏会だけど、と呟いた。


「どうせ相手なんかいないんだろ?この俺が踊ってやってもいいぞ」


そう言い放つユーリに、キリは固まる。そうか、アルベリックとカレンが躍ることになったということは、カレンと躍るつもりだった彼に相手がいなくなったこととなる。慌てて相手を探しているのだろうかと思うと、キリには急にユーリが可哀想に思えた。

キリは、ええと…、と言いにくそうに言葉を濁した。


「申し訳ありませんが、もう相手が決まっていて…」

「えっ…」


本気でショックを受けた顔をするユーリに、キリは胸が痛む。(一応古の)幼なじみをあてにしていたのだろうか。そう思って彼をあわれむけれど、すぐに、いや彼と踊りたい女子生徒なんて山ほどいるだろうとキリは気がつく。自分なんかではなく、きちんと身分も見合う女子生徒がいるはずである。

ユーリは、傷ついた顔でキリを見つめる。


「き、君、恋人がいたのか」

「いいえ、いません。お互い丁度いい同士で組みました」

「…丁度いい同士?」

「学園内に恋人も婚約者もいない生徒は、相手に困るじゃないですか。そんな困り果てていた相手同士です」

「な、なんだそれ…」

「そもそも、私とあなたとでは身分があまりにも違いすぎて、あなたのお相手なんて私、身の程知らずすぎて恥ずかしすぎて、とてもできません。あなたにはもっとお似合いの相手がいます」


キリがそう大真面目にユーリに諭すと、ユーリはまた深く傷ついた顔をした。ユーリは目を伏せてキリから視線をそらすと、唇を小さく噛んだ。


「…昔からそうだ。君はそんなことばかり言って、俺のことを眼中にもいれてくれないんだな」


ユーリの言葉に、キリは彼の目を見て固まる。ユーリはキリの方を見ずに踵を返すと、キリに背を向けてその場から去っていってしまった。


「(…何の話…?)」


キリは、ユーリの言葉がよくわからずに困惑する。わけがわからずにただ呆然としていたけれど、次の授業が始まってしまうことに気がつくと、キリは慌てて教室に戻った。授業を受けながらも、ユーリのあの傷ついた顔が何度も浮かんで、授業に身が入らなかった。







そして、春の舞踏会が始まった。

キリは、約束していた男子生徒と踊った。

ダンスを踊りながら、アルベリックの晴れ舞台を見ようと意気込んでいたのに、それよりもキリは、ユーリを探していた。たくさんの生徒の中から探したけれど、ユーリの姿は見つからなかった。

ユーリはどこだろうと思ったとき、遠くから歓声が上がった。踊っていた男子生徒と、何事?と2人で話していたら、どうやら、アルベリックがカレンに告白をしたらしいことがわかった。そして、その告白になんとカレンは承諾したのだ。

新しいカップルの誕生に、会場内は色めき立つ。しかも、アルベリックとカレンという学園内の有名人同士であることから、盛り上がりは更に大きいものとなった。

キリは、ずっと応援してきたアルベリックがやっとつかんだ幸せに喜びたかったけれど、それよりも、ユーリのことが気になった。


一曲目が終わると、キリは男子生徒にお礼を言って、ユーリを探しに行った。会場内にいないのなら、ベランダに出ているのだろうかと推測して出てみると、予想通りユーリはそこで星を眺めていた。

キリはユーリに近づいて、あの、と話し掛けた。ユーリはキリの方を振り向くと目を丸くした。


「…あの、大丈夫ですか?」


キリは恐る恐る尋ねる。カレンはなんと、キリの中で当て馬認定していたアルベリックにかっさらわれてしまったのである。想い人がとられてしまったユーリの心境を思えば、キリは胸が痛む。

ユーリはキリの目を見つめたあと、目を伏せた。


「…大丈夫なわけないだろ。他の男と踊っているところなんて、見れたものじゃない」

「そ、そうですよね、心中お察しします…」


キリはユーリに同情した。しかしキリは、はあ?とかなりキリに対して苛立ったような顔をした。キリはそんなユーリに怯える。


「(…なぜ怒る…?限りなく寄り添ってコメントしたのに…)」

「…もういい」


ユーリは拗ねたようにそう呟く。すると、2曲目の音楽が鳴りだした。ユーリはそれに気がつくと、行くぞ、とキリに言った。キリは、え?と首をかしげる。するとユーリは、また苛ついたような顔をした。


「ダンスだよダンス!一曲目でなけれぱ良いんだろ?」

「ええ?!無理ですよ、身分が、」

「…今はそんなこと言ってくれるな」


ほら、とユーリはキリの手を引く。キリは、そんなユーリを見上げる。きれいな金髪が遠くの星明かりからてらされて、本当に相変わらず、物語の王子様みたいだと改めてキリは思う。


「(…これで中身が昔のままだったら…いや、だったらどうだというんだって話だけれど…)」

「早くしろ、もうはじまってるぞ」


ユーリに急かされて、キリは断る暇もなく会場の中に連れ出される。ユーリの登場に、周りの注目が一気に集まる。ユーリの相手が誰なのか、会場内の人間ほとんどが特定できずにいた。

キリは周りからの、ユーリ様は素敵だけれど、ところであのお相手は誰?え、知らない、という空気に耐えきれずに俯く。カレンでもなければ、学園内の有名人でもない女子生徒と躍るユーリに、会場内はぽかんとしている。


「(…ごめんなさい、物語の名無しが王子様と踊ってしまって本当にごめんなさい…)」


キリは心の中で誰かに謝る。ふと顔を上げれば、目の前に満足げなユーリの顔が見えた。ユーリはキリと目が合うと、優しく目を細めた。その表情が昔の少年のままで、キリは迂闊にも頬を染めてしまった。

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