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4 当て馬くんは、相談を受けがち

放課後、キリはいつものように図書館へ向かった。何を借りようか悩みになやんで、結局『海辺の恋』をまた借りてしまった。実家に同じ本があるけれど、持ってこなかったため、この学校に入学してから何度この本を借りたか覚えていない。


キリは本を持ってカフェテリアに向かった。放課後は、昼間のにぎやかさとは打って変わって、閑散としている。キリは、ここで静かに本を読もうかと、席を探した。

すると、1人でテーブルに座って勉強するアルベリックを見かけて、咄嗟に柱の陰に隠れてしまった。

キリは柱の陰からこっそりとアルベリックを垣間見る。午後の太陽に照らされて、アルベリックの髪がきらきらと光る。端正な横顔、男の人らしいしっかりした体。キリは彼を眺めて、どうしてこんなに素敵なのに報われないのか、と思うと、また胸をつねられたような気持ちになる。


「(…でも、そこが可愛いんだよなあ…)」

「…おい」


背後から誰かに話しかけられて、キリは少し肩をビクつかせた。恐る恐る振り向くと、なんとそこにはユーリがいた。

不機嫌そうにキリを見下ろすその顔に、キリは自分の周りを確認する。彼の歩行の邪魔に放っていない、彼に何か危害を加えたわけでもない、迷惑をかけたわけではない、ならなんだ。キリはおずおずとユーリを見上げる。昔と変わらない無駄に輝くその美貌が、今はキリを萎縮させる武器のように思える。昔とは全く変わってしまった威圧的な彼に、キリは恐れをなして視線をそらす。


「あの…なにか?」

「何をやってるんだよ」

「え?図書館から本を借りた帰りです」

「そうじゃなくて、最近アル…」


ユーリは何かを言いかけて、キリの手にある本を見て言葉を止めた。


「…お前、その本をまだ読んでるのか。いつまで読んでるんだよ」

「好きなんです、いいじゃないですか別に」


キリは、ユーリから本を隠すように抱え直した。ユーリは、ふうん、と、しかし少し満足そうにキリを見る。彼の行動の意図が分からずにキリが首を傾げたとき、ふと、後ろの方からカレンが歩いてくるのを見かけた。

カレンはこちらに来ると、ユーリとキリを順番に見て、ごきげんよう、と微笑んだ。キリは軽く会釈をして微笑み返す。しかし、彼女と同じクラスとは言えそこまで親しくない(目立つグループの彼女と、そうでないキリとではあまり接点がなかった)ため、なんとなくキリはぎこちない気持ちになる。


「珍しい組み合わせね。知り合いなの?」


カレンは、そうなんともない様子で、しかし探るように尋ねた。ユーリは、幼馴染なんだよ、とだけ返す。するとカレンは目を丸くしてキリとユーリを見た。


「幼馴染?あなたたちが?」


驚くのも無理はない、とキリは思う。さして大きくも家格もない男爵家の令嬢と、この国の王子が幼馴染だなんて、一体なにがどうなってそうなったのか想像もつかないだろう。

キリはカレンの方を見て、昔の話です、と補足する。


「10年前くらいに、私の父がユーリ様のお兄様の家庭教師をさせていただいたんです。前任の方が急病になられて、次の方が見つかるまでの短い間です。そのご縁で、ユーリ様と親しくさせていただいていました」


そう答えた後、両片思いの2人に、わざわざ親しくさせてもらっていた、と言うのはご挨拶だっただろうか、とキリは焦る。まるで、あなたより昔から仲がよかったのよ、という、恋愛小説によく出てくる、可憐なヒロインにマウントをとる嫌な女のようだ。

キリは少し不安そうに目を曇らせるカレンの方を見て、でも、昔の話です、と繰り返す。

カレンは無理に微笑むと、ごめんなさい、と謝った。


「親しいお二人の邪魔をしてしまったみたい。私は失礼します…」


そう言うと、カレンはキリとユーリに背を向けて去っていってしまった。キリはその背中に、あっ、と声をもらす。

悲しみにあふれるその可憐な背中に、これは私が恋敵にされる流れでは…とキリは察する。キリは慌ててユーリの背中を押す。


「追いかけてください、早く!」

「はあ?なんでだよ?」

「なんでって…セオリー通りに行けば…」


キリはそう言いかけてはたと止まる。セオリー通りにいけば、突然現れた、ヒーローの昔からの知り合いだとかいう女に不安にかられて胸を痛めるヒロイン、そこに、違うよあいつとは昔のことさ…と慰めるヒーロー、という流れになる。

しかし、ここからよくある流れとして考えつくもう一つのセオリーは、ヒロインが他の男にこのことを相談するというものである。しかも他の男というのがヒロインに思いを寄せる男なのだから、ヒロインは知らないとは言えたちの悪い話である。アルベリックは幼馴染でもあるから、カレンが相談しやすい相手でもある。恋の相談をする中で、カレンとアルベリックの距離がより縮まるかもしれない。他の女の影がちらつくユーリより、優しいアルベリックに安心感を覚えて、カレンの心がアルベリックに動くかもしれない。

アルベリックを陰から心のなかで応援するのではなく、間接的に応援できるまたとないチャンスを察したキリは、ユーリの背中を押すのを止めて腕を引っ張る。


「やっぱり行っちゃだめです!」

「…どっちだよ」


ユーリが呆れたようにキリを見る。そして、自分の腕を掴むキリの手を見たあと、満更でもなさそうな顔をして、視線を逸らす。

キリは、はたと、そもそもカレンとユーリは両思いであることを思い出す。


「(…彼らが思い合う状態だというのに、私に何ができるというのか…)」


物語の中でいう名前のない傍観者ごときが、一瞬でも話の流れに介入できると思い上がってしまったことが恥ずかしくなってきたキリは、ユーリから手を離す。


「…でしゃばってしまって申し訳ありません。頭を冷やしてきます…」

「えっ、おい…」


キリはそう言うと、肩を落としてこの場から去っていった。







翌日の放課後、キリはまた図書館へ向かっていた。

昨日の出来事を思い出しながら、どれだけアルベリックを応援しても、結局陰ながらでしかいられない自分の無力さに悲しくなるけれど、しかし、傍観者でいられるからこそこんなに無責任に応援できるのか、とも思う。

はあ、とため息をついたとき、男子クラスの前をキリは通りかかった。教室の窓から見えた光景に、キリは目を見張り、そして、さっと教室の壁に隠れて、窓から中の様子を盗み見た。そこには、アルベリックとカレンが向かい合って座っており、何やらカレンが悲しそうに眉を下げて、そんなカレンを慈愛に満ちた顔でアルベリックが見つめていた。


「(…こ、これは、相談している…!私のことをアルベリックに相談している…!!)」


キリは心の中でガッツポーズをする。自分の読み通りの展開になったことに喜びで胸が高鳴る。まさか本当に物語の流れに介入できるとは。キリは静かに2人の様子を窓から眺める。


「(……にしてもカレン、アルベリックの気持ちを知っているはずなのに、よく、ユーリに仲よさげな女がいたのよ悲しい、なんて話ができるな…どういう頭の回路をしているんだろう…)」

「……何をやってんだよ」


また声がして、キリは体を震わせる。振り向くと、あきれ顔のユーリが立っていた。

キリは慌ててユーリの腕を引いて、教室の中の2人から見えない位置にユーリを移動させた。そして、お静かに…!、と小声でユーリに注意をした。


「今とっても良いところなんです、邪魔したらだめです…!」

「いいところ?」


ユーリは怪訝な顔をしたあと、そっと窓から中の様子をうかがった。そして、はあ?と声をもらした。


「これのどこが良いところなんだよ」


ユーリがキリの方を見て呆れたように言う。キリは、そんなユーリを見あげながら、そうか、と心の中で呟く。


「(…この人からしたら、カレンをアルベリックに取られるかもしれないのだから、良い状況ではない、か…)」


キリはそう思うものの、いいえ、と頭を振ってユーリをまた見上げる。


「あの2人の邪魔はさせません…!」


キリは両手を広げてユーリの前に立ち塞がる。そんなキリを見て、ユーリはわけがわからないという顔をする。


「何なんだよ。君…お前はどの立ち位置なんだよ」

「アルベリックを幸せにしたい立ち位置です」


ユーリはキリの目を見て首を傾げる。


「…?お前はアルベリックが好きなんじゃないのか?」

「好き…まあそうですね、好きですね」

「好きなやつが他の女と一緒にいてもいいのか?」

「いいじゃないですか、幸せそうで」

「…?…??」


ユーリはさらにわけがわからないような顔をする。キリは、そんなユーリに首を傾げる。


「それは…恋人になりたいとか、そういう感情はないということか?」

「そうですね、そういう感情はありません」

「じゃあアルベリックが好きというわけではない?」

「いいえ、好きです」


ユーリがどんどん思考の渦に巻き込まれていくのに気が付かず、キリは教室から聞こえてきた2人の会話に耳を傾けるため、ユーリに、静かにしてください…!と懇願する。ユーリはまだわけがわからないまま、あ、ああ…、と素直に静かになる。

キリは、困惑するユーリを置いて、教室の二人の会話に耳を傾けた。


「キリっていう人と、ユーリは幼馴染なんですって」

「キリ?」

「キリ・ミラーよ。ミラー男爵家のご令嬢。とってもかわいらしくって、私、自信をなくしてしまったわ…」


そう肩を落として目に涙を浮かべるカレンに、いや、私を見て自信はなくさないでしょう、むしろ自信に満ち溢れるでしょう、とキリは心の中で呟く。


「やっぱり、昔から仲が良い2人に、私に割って入る隙間なんてないわ。特別な絆を感じたもの」


そう言って息を吐くカレン。そんな彼女を心配そうに見つめるアルベリック。そんな彼らを見ながら、事実と大きく異なるんだけどな…という気持ちで溢れるキリ。

アルベリックは目を伏せたあと、大丈夫だよ、と優しくカレンに語りかけた。


「幼馴染だからって、他の人より特別長い時間一緒にいるからって、2人が結ばれると決まったわけじゃない。後から出会った人と特別な関係になる人はたくさんいるよ。どんなに長い時間一緒にいたって、敵わない相手はいる。だから大丈夫。不安になりすぎたら駄目だ」


アルベリックは優しくカレンを諭す。カレンはそんなアルベリックを見つめて、少し目を伏せたあと、ありがとう、と少しだけ震える声で呟く。

キリは、そんな様子を見つめながら、胸の奥がまたつねられたような気持ちになる。


「(…アルベリックもカレンと幼馴染なのに、アルベリックもカレンが好きなのにそんな台詞…!せつなっ…!)」


胸に手を押さえてアルベリックの渾身の台詞を受け止めるキリ。そしてそんな彼女を呆れたようにユーリは見下ろす。


「…なあ、お前はいつまでこうしてるんだ。俺は教室に忘れ物をしたんだ。取りに行っていいか?」

「駄目ですよ!アルベリックとカレンの2人きりの空間が壊れます」

「だったらなんだよ。俺は忘れ物を早く取りたいんだよ」

「もう少しあっち行っててくださいお願いしますから…!」

「はあ?」


キリはユーリに両手を合わせて懇願する。ユーリはそんなキリを見て少し考えたあと、いやだ、と返した。キリは、ええ…、とユーリを見上げた。


「どうしてそんないけずなんですか。さんざん自分はタイミング良くカレンと2人きりになって良い感じになってるくせに、恋敵の2人きりタイムは一瞬でも許せませんか?ヒーローの余裕はないんですか?慈悲は?」

「さっきから何を言っているんだ。俺は忘れ物を取りに行くぞ」

「駄目ですって」


キリはユーリの前でまた両手を広げる。ユーリはそんなキリを見たあと、なら、と口を開く。


「ならお前が、俺が教室に入れないように連れ出したらいいだろ」

「連れ出す?」

「大体、他人の恋路を盗み見るなんて悪趣味だぞ」

「…それはそう」


キリは両手を下ろして、口をつぐむ。そんなキリを見下ろして、楽しそうにユーリは口元を緩める。


「で、どうするんだ?お前が俺をどこかへ連れ出さないなら、俺はこのまま教室に入るぞ」

「ええ?え…えー…わかりました、わかりましたよ」


キリは渋々、じゃあ行きましょうか、と言って歩き出す。その後ろをユーリがついてくる。


「で、どこに行くんだ?」


キリの少し後ろを歩くユーリが尋ねる。キリは前を向いたまま、うーん、図書館でも行きますか、と返す。


「図書館?普通こういうときは中庭とか、カフェテリアとかだろ」

「あなたと2人でそんなとこいたら変な噂が立つじゃないですか。図書館なら言い訳が立つし。私なんかがあなたといたら、身の程知らずのいい笑いものですよ」

「…お前は本当に、昔と変わらないな…」


呆れたように言うユーリを振り返り、キリが、え?と首を傾げた。


「何が変わらないんですか?」

「いいよ、もう、図書館でいい」


ユーリはキリと並ぶと、ほらいくぞ、とキリを促した。キリは、隣を歩かないでくださいよ、とユーリに返す。一緒に歩いてたらもう同じだろ、とユーリが言い返してきたので、それはそう、と思ったキリは、諦めてユーリと歩き出した。

図書館までの道中に浴びた周りの不可解そうな視線は痛かったけれど、アルベリックとカレンの2人きりの空間を微力ながら守れたのであれば、日々応援する身としては万々歳としておこう、と思うキリだった。


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