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1 当て馬くんは、出遅れがち

数多の恋愛小説を読破してきたキリは知っている。彼が所謂、当て馬だということを。


昼休みのカフェテリアにて、キリは友人のマリアと談笑しながらランチを取りつつ、ちらりと斜向かいに座って男友達と昼食を取る男子生徒をを盗み見る。


彼の名前はアルベリック・グリーン。侯爵家の嫡男である。グレーの髪に深緑の瞳に、優しげで整った顔立ちにすらりと高い長身、穏やかで紳士的な性格、そして、学年でもトップクラスの成績を誇る頭脳。彼に憧れる女子生徒は少なくなく、男子生徒ですら彼を慕うものも多い。


そんな彼もまた、ちらりと少し離れたテーブルを盗み見る。その視線の先には、楽しそうに会話をしながら昼食をとる男女の姿。

女子生徒のほうは、カレン・ヒル。侯爵家のご令嬢である。栗色の長い髪に、優しげな黒くつぶらな瞳を持つ彼女は、しばしば男子生徒の話題に上がるようである。

そして、男子生徒の方は、なんとこの国の国王の第3王子、ユーリである。金髪に青い瞳を持ち、物語に出てくる王子様のような美しい顔立ちをしている。しかし、儚げなのは外見だけで、中身は勝ち気で強気な、キリの苦手なタイプの男である。


そして、なぜアルベリックが彼らをちらりちらりと見ているのかと言うと、彼が女子クラスへカレンをランチに誘おうとやってきたら、タッチの差でユーリとカレンが2人で昼食をとる約束を交わしてしまったからである。カレンを呼び止めようとあげた彼の手が風を切る瞬間、キリは自分の両手で目を隠してしまった。なぜそんな場面を目撃したのかと言えば、キリがアルベリックを日常的に観察していたからである。


ユーリとカレンといえば、今この学年で最も噂になっているカップルの一人である(カップルといっても、噂ではまだ両片思いとのことなので、カップル未遂、という方が正しいかもしれない)。

アルベリックとカレンは、小さい頃からの幼なじみであり、アルベリックはおそらくカレンのことを昔から密かに想い続けていた。しかし、学校へ入学し、カレンはユーリと出会い、お互い恋に落ちてしまった。そこをなんとか食い止めようと、アルベリックは奮戦している、が、如何せん、うまくいっていないようである。

そんなことを、ユーリとの会話に頬を染めるカレンを見てキリは心のなかで思う。


カレンの方を盗み見る彼のことを、胸がきゅっとつけられるような気持ちでキリは見つめる。これは恋ではない。似て非なる感情である。


「(ああ…お気の毒に…。でも、なぜかしら、こんなに可哀想なのに、一周回って可愛らしいと思ってしまうのは…)」


キリは、心に湧き上がるアルベリックに対しての不遜な感情を自分で戒めつつ、ランチのパンをちぎって食べる。すると、キリの視線の先を見たマリアが、さっきから何を見ているの?と尋ねた。キリは、しまった、と思いつつマリアの目を見た。


「あっ、ええと…」

「ああ、ユーリ様とカレンね。すっごい噂になってるものね」


マリアが楽しそうに微笑む。それに合わせるように、ええ、そうね、とキリは頷く。


「にしても、相変わらずお美しいわよね、ユーリ様って。あんなに見た目が綺麗な人と恋愛してみたいわ」


マリアがため息をつきながらそう呟く。キリは、そう?と返す。そんなキリに、ええ?とマリアは首を傾げる。


「あなた、そんなに恋愛小説を読んでるのに興味ないってことある?」


マリアはそう言いながら、食器の乗ったトレーから少し離れたところに置かれたキリの本を指さす。キリは、『浜辺の恋』と書かれた本を手に取ると、その表紙を眺めた。

この本は、キリが小さい頃から読んでいる、特にお気に入りの恋愛小説である。この本に出てくるトーマスという男性が、優しくて素敵な男性だけれど、ヒロインにアタックするものの報われないところが、どことなくアルベリックと重なり、そこからアルベリックを見つめる生活が始まったことをふとキリは思い出す。

キリは小さく微笑むとマリアの方を見た。


「これは物語だから楽しいのよ。現実では別にそういうことなんかなくてもいいかな。ああいうキラキラしてる人って疲れそうだし。それに、性格が受け付けないし」


そんなことを言いながら、そういえば、ユーリの性格が、最終的にヒロインと結ばれる、強気で自信家なジョンソンとどことなく似ていることをふと考える。

マリアは、へー、とキリの方を見つめる。


「なら、あなたはどんな方が希望なの?」

「希望?ないわよ。というか、恋愛は別にしなくていい。そもそも、私みたいなのは、特にロマンスなんか訪れることなく、時期が来たら親が決めた相手と結婚するだけだわ」


キリの言葉に、まあ確かにね、とマリアは返す。そして、うーん、と口元に手を当てて口を開く。


「そう考えると、カレンみたいに、恋愛してそのまま結婚、っていうのは、すごく珍しいことよね」

「まあそうね。そんなに聞かないわよね。って、まだあの2人って結婚するわけじゃないわよね?」

「そうだけど、噂で聞く限りしそうじゃないかしら?しかも相手は王子様なんて。…だめだ、やっぱり私、キラキラの恋愛羨ましいかも」

「あ、私も。羨ましい」

「なんだ、羨ましいんじゃない」

「羨ましいけど、別に現実に起こらなくていい。現実で体験するより、妄想のほうが楽しいもの。やきもきしたり、傷ついたりしなくて済むし。もちろん、キラキラした恋愛ができる人たちのことは素直に羨ましいけど」


キリが大真面目に言うと、なあにそれ、とマリアは笑う。

マリアに笑い返しながら、キリはまたアルベリックを見つめる。友人たちと談笑する彼の表情にきゅんとする。優しげな雰囲気に、温厚な性格、もしこんな人と恋愛できたとしたら、どれだけ胸がときめく学校生活、そして、人生が送れるか。


「(…まあ、私にそんな話が降ってくるわけがない)」


キリは、ふう、と息をつき、ぬるくなったコーヒーを一口飲む。

そもそも、彼はカレンのことが好きなのである。そんな彼が自分と恋愛するためには、まずキリは彼の心をカレン以外に向け、かつ、自分の方に向けなくてはいけない。

キリは、自分の茶色の癖っ毛の髪を指に巻きつける。そして、カレンの真っすぐで綺麗な茶色い髪を見つめる。


「(…ないわね、やっぱり私にはないない)」

「…そういえばキリ、あなたって、ユーリ様と幼なじみじゃなかった?」


マリアの質問に、キリは少し固まった後、ええそうよ、と頷いた。

キリは約10年前、学問に造詣が深い父がユーリの兄である第2王子の家庭教師の代理を務めた縁で、定期的にユーリと顔を合わせて遊ぶ機会が数カ月間だけあった。


「でも、大昔の話だし、今ではすっかり疎遠よ。もともと、父の仕事っていう特別な縁がなければ話すこともないような身分の人だし」

「まー確かに。それに、ああいう華やかな性格の人とあなたが仲良くなるのは想像つかないわね」


笑うマリアに、キリは、でしょう?と笑い返す。しかし心の中では、幼い頃の大人しくて素直なユーリが浮かぶ。

父の家庭教師の任期が終わり、もう会うことがなくなったことがほとんど決まっているのがお互いわかっていた別れ際に、キリは自分の一番好きだった本『浜辺の恋』を彼に贈った。その時に見た少年の泣き顔と、今の彼の顔が全く重ならない。


「(…昔はもっと、素直で可愛い感じだったのにな)」


キリはそう考えながら、人ってものすごく変わるものだな、なんて心のなかで思う。







本日の授業が全て終わった放課後、キリは教室に残って読書をしていた。今読んでいる本を今日中に読み終わり、新しい本を図書館で借りるためである。


本を読みながら、キリはふと、今朝父から届いた手紙を思い出す。あと数ヶ月でキリは3年間通った学校を卒業するのだけれど、卒業後に結婚する相手が見つかり、今週の日曜日に家に帰ってきて、その人と会ってほしいという内容だった。予想していた通り、自分にはロマンスもなにもなく、親の決めた相手と結婚するだけの人生である。それを良いとも悪いとも思わない。現実は物語のようにはいかないし、こういう家に生まれた以上、ただだだ親の言うことに身を任せるだけである。


「(…それにしても、どうしてこの主人公とヒロインはこんなにタイミング良くすれ違うのかしら)」


キリは、読んでいる小説のワンシーンを頭に浮かべながらそんなことを思う。

そんなとき、教室の窓から廊下を歩くカレンの姿が見えた。彼女は何やら分厚い本を何冊か、非常に重たそうに運んでいる。

そんな彼女を見て、そういえば、彼女が今日、教師の雑用係(本来貴族の子女がすることのない雑用を、社会勉強のために教師に申し付けられる係)に当たっていたことを思い出す。

すると、後ろからやってきたユーリがカレンに声をかけ、彼女の持っていた本を持つのを引き受けた。キリは本で口元を隠しながら、親しげに話す2人を見つめる。

噂通りの仲の良さね、と思いながらキリは窓から消えていく2人を見送る。すると、その数十秒後に、アルベリックの姿が見えた。彼は歩いていった二人の背中を見つめながら立ちすくんでいるようだった。彼は呆然とした表情を浮かべた後、がくりとうなだれて、はあ、と重い溜息をつく。そして、小さく頭をふったあと、ゆっくりと歩きだし、窓から消えていった。


「(……可哀想……)」


キリは、本で目元を覆ってしまう。胸が切なくて、苦しくて、でもなぜか、可愛い…!という気持ちが湧き上がる。


「(この気持ちは一体…)」


キリは本をゆっくり机の上において、一息つく。出遅れがちな彼が、明日はどうかタイミング良く間に合うようにキリは願ってやまない。しかし、恋愛小説を読み漁る彼女は知っている。彼がこの恋に報われることなどないことを。

とはいえ、今日も明日も、キリはひたすらに、陰からアルベリックの恋を応援し続けるだけである。

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