出会い系アプリでデートの約束をすっぽかされたと思ったら、2時間後に美人の先輩が来てくれた話
『今度の土曜日にお会いしましょうか』
「うわーっ!!」
部活中、文芸部の部室すなわち図書室で返事を受け取って叫んでいた。
友人に誘われて出会い系アプリ『センダー』をはじめて5日。いいなと思っていた子に何度かメッセージを送って、ついにOKが来たのだ。人生初のデートなのだ、ふふふふふふ!
さーて土曜日に何を着ていこうかなーっと。
「……何よ熊倉くん。いきなり叫んで」
と、部室にいた先輩から声をかけられた。
瀬川優子
黒髪ロングのいかにもな大和撫子な先輩である。
「ここは図書室よ。静かになさい」
「は、はい、申し訳ありません」
先輩は礼儀にとても厳しい。
というか俺が礼儀を知らなさ過ぎるんだが。
「以後気をつけなさい」
冷たく言い放つ先輩だった。
うう。美人だけど怖いんだよなこの人。
何考えてるのかよくわかんないし……美人だけど……。
「で、何があったの」
「えっ」
「叫んだ理由よ。なにかないと叫ばないでしょう」
俺はちょっと悩んでから、まあ別に隠すことでもないかと口に出す。
「いや実は出会い系アプリでデートが決まっちゃいまして」
「………………」
瀬川先輩はじーっと俺を見ていた。
「……デートって、あの?」
「はい。土曜日昼過ぎに駅前で待ち合わせなんです、ふふふふ」
「…………デートをあなたが? 熊倉くんが?」
「なんです失礼な!?」
「あ、ごめんなさいね。でも……」
先輩はじーっと俺を見ている。
「……ねえ。参考までに返信メッセージ、見せてくれる?」
「お。先輩も興味あるんですか、これですよこれ」
俺はスマホを先輩に手渡した。
先輩はすごく真剣な視線でじーっとスマホを見ている。
さっさっとメッセージの履歴を追っている。
「……ねえ、熊倉くん」
「はっはっは、なんですか」
「とても言いづらいんだけど」
先輩はちっとも言いづらくなさそうに俺をまっすぐ見ると。
「これ多分、いたずらよ」
「…………へ?」
「いきなり好意的すぎるし。会話になってないとこ多いし……語彙が妙におじさんくさいし……出会い系ってこういう、男をからかって遊ぶネカマが多くて、見分けがつかないことも多いのよ」
「んなっ」
俺はスマホを取り返してメッセージ履歴をあさる。
そんな。
「十中八九、いたずらよ。残念だけど」
この陽ノ下朝子さんが、実在しない女性だっていうのか!?
いや確かに妙に会話が合いすぎるなーとは思ってたけど……!
「い、いや!」
そんなはずはない。
だって俺の初デートなのだ。
出会い系7人目にしてようやく掴み取った約束なのだ。
だから、間違いのはずはない!
「俺は信じます、陽ノ下さんはいます!!!!」
「図書室では静かに」
「あう。すみません」
はあ、と瀬川先輩はため息を付いた。
「なんというか……貴方、思ったより馬鹿ね」
ふふふと笑う先輩だった。
ひどい。
「うう。ば、馬鹿じゃないです。月曜日に報告してあげますから」
「……落ち込んで部活休んだりしないでね?」
また、ふふっと笑う先輩である。ほんとにひどい。
ちくしょう。
「期待してるわ」
超かわいい子とデートして先輩を見返してやるー!
そして土曜日。
駅前ロータリーでの待ち合わせ時間。
「まだかなー」
待ち合わせ時間から十五分後。
「陽ノ下さん、遅いなー」
三十分後。
「メッセージも既読にならないなー」
一時間後。
「…………」
ぽつぽつと雨が降ってきた。
いや、わかってましたよ。
連絡が取れない時点で、こうなるだろうと思ってましたよ。ぽつぽつ雨がざーざーと激しい雨に変わっていく。ああ、傘忘れた……ふふふ、でも傷心の俺は雨に濡れるのも乙なもんだぜ……。
時計を見ると二時間近く経っていた。
はあ……。
帰るか……。
瀬川先輩に馬鹿にされるよなあ。
と思って顔を上げたそのときだった。
「……先輩?」
瀬川先輩がそこにいた。
灰色のこうもり傘を差して、ベンチに座る俺を見下ろしている。
「たまたま通りがかったの」
先輩は今までで一番深いため息をはーっとついた。
「何分待ったの?」
「……二時間」
「馬鹿ね」
呆れられている。返す言葉もない。
「あと傘はどうしたの。濡れてるわよ」
「……忘れました」
「天気予報は」
「見てませんでした」
「ほんとにどうしようもない馬鹿ね」
死ぬほど呆れられている。俺だって自分に呆れてる。
「はあ……ほら」
と。
「入りなさいよ」
先輩がこうもり傘を差し出してきた。
先輩と俺とが傘に入って、相合い傘の形になる。
「えっ」
「そのままじゃ風邪引くわよ」
「えっ、えっ」
先輩は俺を見て『何よ』とでも言いたげだ。
「先輩、俺を笑いにきたんじゃないんですか?」
「は?」
瀬川先輩は首をひねると、やがて、ちょっと怒った様子で。
「あのね。私は落ち込む後輩を見て笑うほど、悪人じゃないわ」
「うっ。すみません」
確かに失言だった……。
と、先輩はにこりと笑うと。
「よろしい。素直に謝ったから許してあげる」
先輩、優しい……。
ていうか美人が笑うとこんなに素敵なのか……。
「それじゃ行きましょう。喫茶店かどこかで雨宿りでも」
「えっ……」
「何よ」
「それってデートなのでは?」
先輩はぱちくりとまばたきをした。
やがて、頬を赤らめつつも、にこりと笑って。
「――そ、そうよ」
俺にウインクをした。
「二時間待った馬鹿な子にご褒美よ。私がデートしてあげる。喜びなさい」
ちょっと照れくさそうに、先輩はそう言ったのだった。
「――――」
「な、何よその顔。喜びなさいよ、ほら」
呆れ照れながらデートしてくれる先輩。
俺は見惚れていた。
出会い系アプリを使うことは二度とないかもと思った。
こんなに素敵な人が、すぐそばにいて、幸せだと思った。
せんぱいせんぱいせんぱいー。
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