Ⅰ 求む平穏、そして事件
世の中の多くの人は自分に危害が及ぶことを許さない。怒り泣いて恐怖し、自分をそのような状態に追いやったモノを糾弾せずにはいられない。たとえそれが自ら首を突っこんだものだとしても。しかしながら、それらを身勝手とは言いたくない、と彼女は思う。なぜなら彼女――――白藤水もその一人だからだ。
「ね、聞いた? 白藤さん、また告白断ったんだって」
「えー! もう何回目だよぉ」
声をひそめるでもなく、日常の話題の一つとしてクラスメイトたちが騒ぐ。その話題の中心人物が同じ空気を吸っていようと気にもしない。教室とはそんなものだろう。告白されてそれを受け入れるかどうかは当人の勝手である。他人にアレコレ言われる筋合いなどない。だが、もうじき義務教育を終える中学3年生にとっては、同級生の”そういうネタ”は美味しいものだ。誰かを貶して笑えるのなら誰だっていい。もちろん自分を除いての誰かだ。告白と聞けば授業中は死んでいる目を爛々と輝かせ、冷やかす者もいる。
「なんか、あれだよな」
そんな雰囲気の中、誰かが言った。
「高嶺の花って感じ」
何気なく発したのだろう。つれない態度を取る彼女に一言言ってやりたかったのかもしれない。けれども、いわれのない悪意にさらされた彼女は確かに傷ついた。魚の小骨が喉に引っかかった程度。指にササクレができた程度。大した傷じゃない。本人もすぐに忘れる。それでも小骨が深く突き刺されば、ササクレが大きく剝ければ痛いことに変わりはない。それが積もり積もって彼女の心を侵食する。どうってことないただの妬みだ、とは受け取れなかった。
「そんなこと言ったら、朝比奈はどうなんだよ? コイツも女子からの告白断ってばっかじゃん」
「いや、朝比奈は別格だから。それに白藤と違って親切だし」
「なー? 朝比奈!」
他人に優劣をつけたがるのが人の性なのだろうか。
朝比奈と呼ばれた少年は、その眠たそうな目を手元のテキストから離して会話に混ざる。
「えー何ー? 聞いてなかった」
「だー! お前はもう!」
「それよりさ、次漢字テストあるけど、大丈夫?」
「うわ! 早く言えよ、バカ!」
「聞かなかったじゃん」
「そういうことじゃねぇ!」
白藤は彼らに辟易していた。告白のために呼び出されるのも、それによって貴重な休み時間や放課後が削られるのも、同級生の女子が白い目で見てくるのも。全部嫌だった。休み時間のたびにギャーギャーと喚き、人をうわさして楽しんでいるガキどもが嫌いだった。
(静かで平穏な学校生活を送りたい……)
教室で中心となるグループを見やれば急いで漢字のテキストを開こうとしてモタついている彼らがいた。範囲すら把握していなかったようで朝比奈に縋り付いている。チラッと横を向いた朝比奈と目が合って、少し気まずさを覚えながら、軽く会釈する。きっとさっきのは白藤を助けるために取った行動だと思ったから。周囲をよく見ている彼があれだけデカい声で話す彼らを注視していないはずがない。白藤は彼らに追試の呪いをかけてスマホを眺めた。
休み時間は特に好きでもない読書かスマホを見て過ごす。あとは睡眠。すべて一人で完結すること。誰かと話すのが面倒だから。人は集まれば誰かの悪口を言わないと生きていけないから。貴重な休み時間と言ったが、他人に邪魔されない個人の自由時間と言い換えたほうがいい。授業中は教師が目を光らせているし、白藤自身は勉強がそれほど得意ではない。拘束されない自由時間は休み時間と放課後しかない。だというのに、わざわざ想いを伝えに来るのだ。面倒極まりない。勇気を出してきているのだから無碍にはできない。そんなところがまた性質が悪い。
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【急募】最近、行方不明者多くない?【救助方法】
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332 うわさの名無しさん
普通の行方不明事件と何が違うんだ?
333 うわさの名無しさん
忽然と消えたとこじゃね?
それが監視カメラの多いところだった
334 うわさの名無しさん
そうそう。何人か周りにいたのにフッて消えた
335 うわさの名無しさん
監視カメラの映像、ニュースでやってなかったっけ?
336 うわさの名無しさん
>>335
あった。カメラに写ってた中学生の女の子がカメラが切り替わる
瞬間にどっかに行っちゃったやつ
337 うわさの名無しさん
>>336
どういうこと?
338 うわさの名無しさん
カメラAに少女が写ってた。けどカメラAは固定されててある一定の
範囲しか写せないから隣のカメラB(少女の進行方向)を見た。けど
いっこうに少女が現れない。まさか消えた? って話だろ?
339 うわさの名無しさん
あれなww
バラエティ番組でしかやらないようなことを報道番組がやるもんだか
らめっちゃリアルー! ってなった
340 うわさの名無しさん
横道にそれたとかじゃねえの? カメラAとカメラBの間で死角にな
る路地とか
341 うわさの名無しさん
いや壁しかない
342 うわさの名無しさん
マ?
343 うわさの名無しさん
あの近くデケー学校あるし、親は気が気じゃないだろうな
344 うわさの名無しさん
ああ、桐ノ谷学園? たしか初等部・中等部・高等部ぜんぶあるんだ
っけ
わおー 生徒数エグ
345 うわさの名無しさん
行方不明者って何人目だ? 全部都内の事件なんだろ?
346 うわさの名無しさん
>>345
確かさっきの報道で5人目?
347 うわさの名無しさん
さっき!? また出たんかー
うわかわいそー
348 うわさの名無しさん
警察も何やってんだか
349 うわさの名無しさん
いやこれは警察が手を出せる案件じゃないって
350 うわさの名無しさん
>>349
どういうこと?
351 うわさの名無しさん
うわさがあるんだよ。俺の姉ちゃんが好きでめっちゃ話してくる
352 うわさの名無しさん
>>351
その話詳しく! あとコテハンつけろ
353 そばアレルギー
コテはこれで
書き溜めてくるわ
354 うわさの名無しさん
なぜにそばアレルギー?w アレルギーなのか?
355 うわさの名無しさん
つらいよな、食べ物アレルギーはよ
食べるもん全部に気を付けないといけないし
356 うわさの名無しさん
>>355
ドンマイ
強く生きろよ
357 355
うあぁぁぁぁぁ!!!!!
358 うわさの名無しさん
でもわかる。俺、卵がダメなんだけどさ。そうするとほとんどの菓子
が食べれないわけ
もうほんとさ、泣くしかないよね
359 うわさの名無しさん
草
360 うわさの名無しさん
アレルギー全くない俺氏勝ち組www なお花粉症もなしwww
361 358
>>359
お前ら覚えてろよ。住所特定してやるからな
362 うわさの名無しさん
アレルギーってまじでこえーよ
359と360はこれを機に学習しな
363 359
>>358
ごめん。悪気はあった
364 360
>>358
すみませんでした
365 そばアレルギー
>>354
俺と姉ちゃんの友達が重度のそばアレルギー。俺に共感してくれる
ただいまー
366 うわさの名無しさん
おかえり! 報告をどうぞ!
367 そばアレルギー
>>366
おう!
実は姉ちゃんの彼氏の友達の妹? だか知らないけど、その子が最初の
被害者。名前はEちゃんってことにしとくな。あ、妙な詮索とかすんなよ。
Eちゃんがいなくなる一週間前から変なこと言いだしたんだよ。
「あれは特別なの」
「秘密基地だよ」
「みんな嘘つかないでって言ってくるけどほんとにあるもん!」
「あ、呼ばれてる」
ってな
Eちゃん、小学生だから親が不安になって一緒にEちゃんの言う秘密基地に
行ったんだと。そしたら何もない壁でさ。だけどEちゃんがその壁をずっと
凝視してるから心配になって家に連れ帰ったあと、もうあそこに近づいちゃ
ダメって禁止したらしい。そんで次の日失踪
親はEちゃんがその壁に取り込まれたって信じてるらしい
368 うわさの名無しさん
イヤアァァァ!!!!!
お外怖いいぃぃぃぃぃ!!!!!
369 うわさの名無しさん
>>368
お前はもうちょい出ろ クソニート
370 うわさの名無しさん
どうしたもんかね
371 うわさの名無しさん
どうもできねーよ。超常現象だぞ? 俺ら凡人が相手できるかよ
ま、どーせ根も葉もないうわさだろうけど
372 うわさの名無しさん
釣りってこと? でもそれなら行方不明の人たちはどこ行ったんだよ?
373 うわさの名無しさん
案外、本当に人間の領域じゃなかったりして
神すら見えざる手、とか
374 うわさの名無しさん
怖いこと言うなよ
オカ板池
□□□
白藤は少々刺激を求めたくなるお年頃だった。学校での友人関係で刺激がほしいわけではない。友達はほしいが、面倒なのは嫌だからだ。ネットにはたくさんの情報があふれている。日々こうしてオカルト的な事件の情報を集め、自分なりに捜査するのが、彼女のささやかな趣味だった。
ここで隣の席の人の話をしよう。白藤の隣は朝比奈だった。
朝比奈杜和
端正な顔立ちやスタイルの良さなど女子が目の色を変えて飛びつく条件を兼ねそろえた理想像。気が利き、親切でノリがよく男子にも好かれているクラスの人気者。残念ながら本人にモテている自覚はないし、思春期の女子が面と向かって好きだとは言えるわけもなく、陰で騒がれている。バレー部では主将を務める優秀な選手で、非常にスポーツに強く、部活に男女学年問わず応援が来るほどだ。おまけに勉強もできる。どこからどう見ても器用万能型。しかし白藤は彼が苦手だった。
休み時間の間は静かにしていたい白藤の邪魔にならないようにと、席を移動してくれていた彼が、何やら視界の端でこちらに話しかけてきているのに気がついた。いつのまにか自席に戻ってきていたようだ。面倒に思いながら無視は良くないので朝比奈に顔を向ける。彼は基本表情がなく、何を考えているのかわからない。今も真顔で名前を連呼してきていた。
「白藤! 白藤!」
「何?」
「先生来てる!」
「え」
小声とはいえずっと声をかけ続けてくれたのだが、いかんせんネットに夢中になっていた彼女の耳には届かなかった。目の前に迫る教師に冷や汗がダラダラと止まらない。頬が引きつって笑ったように見えるだろう。
「......ス、スミマセン」
そそくさとスマホに、通学カバンに繋がっているキーホルダーをつけてカバンの横のポケットへ入れる。キーホルダーは少し長めの丈夫なタッセル。見た目も悪くない。こうしておけばキーホルダーを引っ張るだけでスマホを取り出すのが楽だし、底の浅いカバンのポケットから出てもどこかに落としてくる心配もない。おばあちゃんの知恵袋だ。
***
「さっきはごめん......あと、ありがとう」
「いや、俺もごめん。肩とか叩けばよかったんだろうけど」
「いや完全にこっちが悪いし、気にしないでほしい」
言い訳の余地なく悪いのは白藤だ。授業に入ったことに気づかず、肘をついて堂々と顔の前でスマホを触っていたのだから、そりゃあ担当教師も怒る。『なめてんのか!?』と怒鳴られたときはさすがの白藤もびっくりした。少し怖かったことは黙っていよう。
クスクスと彼女の失態を嗤うクラスメイトたちはチャイムが鳴ると早々に席についていたらしい。性格や人格がアレでも、名門桐ノ谷学園に通う生徒たちだ。その優秀さや切り替えの早さなど、侮れない部分は多い。うつむいた顔を真っ赤にして、白藤は彼らに小テスト中、シャーペンの芯が3回に1回折れる呪いをかけた。
そして漢字テストが開始された。