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コンビニバイトの頼りないおっさんにギャルが恋するはずがない

作者: 勝花

「いらっしゃいませ~」


 レジに商品を置いたお客様にあいさつする。全力のスマイルを添えて。


 慣れた手つきで会計をすましてから、ホットスナックの残りを確認する。あ、フライドチキンが減っている。


「瀬戸さん。ハサミ貸してくれない?」


 フライドチキンの袋を開けるために必要なハサミが一つ、どこかにいってしまった。


 おかしいな。レジに入った時にはあったはずだけど。


「あるよ。ほら」


 隣のレジにいる女の子が、ハサミを寄越してくれた。


「ありがとう。見つからなくてさ」


「なくした? おじさん、ボケがはじまってるんじゃないの」


 ころころと笑っている。近くなった距離で鮮やかな金髪が揺れていた。


 おれをからかって遊んでいる女の子は、瀬戸梨々香(せとりりか)さん。高校二年生だ。半年前からアルバイトに入っていて、おれとシフトがよくかぶる。コンビニを選んだ理由は学校と近いからで、出勤の時はだいたい制服を着ている。


 外見は長い金髪にピアスでとても目立つ。バイトでは髪色とかは問題ないけど、学校では大丈夫なのかな。


「歳をとると物忘れがひどくなるって言うじゃん。ぼーっとしてると白髪ばっかり増えちゃうよ」


「え、白髪ある? まずいな……」


「ちょっと、ガチでへこまないでよ。冗談だし」


「年齢の話になると怖くなるんだよ」


「四十歳でしたっけ?」


「まだ三十代だから。他人(ひと)の老化を進めるんじゃありません」


「どっちにしろおじさんだし」


「さっきから傷をえぐり倒しに来てるけど、そんなにおれをいじめて楽しい?」


 そりゃ三十歳か四十歳かなんて、高校生からしたら大して違いはないだろうけれど。つくづく時間の感覚が違って悲しい。


「えぐり倒すとか……変な言葉作んないでよ」


 おっさんにダメージを与えた瀬戸さんは楽しそうに笑っていた。笑っているだけなのに華がある。笑顔の似合う子だ。


 パッチリとした目はメイクでなおさら強調されて宝石みたいだし、スラっとしたスタイルはレジに立っているだけで「モデルさんの撮影風景ですか?」と言いたくなるほどだ。とにかくオーラがある。


 きっと、学校ではかなりモテるのだろう。バイト中でも男性客にたまに話しかけられているけどうまくかわしている。


 ちなみに彼氏はいないらしい。以前、「結婚してんの?」と瀬戸さんから聞かれた時に話題になったのを覚えている。向こうは話したことも忘れているだろうけれど。もちろん、こっちは独身どころか彼女もいない落ちぶれたフリーターだ。


 おっさんといても退屈なだけなのに話しかけてくれるのはありがたい。罵倒されているだけじゃないよね?


 おれはうぬぼれているのではなかろうか。


 若い女の子からしたらおっさんなんて、キモい、臭い、来るな、の3Kで呼んでいるんじゃないか? ちょっとなれなれしくしたらセクハラ判定で犯罪者になりそうだ。よくいじられるとは思うけど、実際はキモがっているのだとしたら? おっさんフィルターで現実が見えていなさそうで怖い。


 たとえば、さっきの会話だって汚物を見るような目で見られていたとしたら……瀬戸さんの本音は……。


『は? きっしょ』


 死にたい。


「店員さーん」


「はいっっっ! いらっしゃいませ!」


 驚いて声を張り上げると、レジ前には誰もいなかった。隣の子がうつむいてぷるぷる震えている。大笑いをこらえていた。どうやらおれを呼んだのは瀬戸さんだったらしい。


「声でかっ」


 恥ずかしい。殺してくれ。


「はー、ほんと藤村さんっておもしろいよね。かわいいんだけど」


「おっさんをからかわないでくれ」


「ねえ、〝チル〟って言葉、知ってる?」


「ちる……? ええ、チルチルミチルとか」


「なんか聞いたことある。なにそれ?」


「幸せの青い鳥だったかな」


「やばー、ジェネレーションギャップえぐいって」


「笑いすぎじゃない!?」


 おれだってとっさに思いついただけでよく覚えてないのに。


「じゃあ、〝グラ〟は?」


「ええと、ぐらぐらの略? 地震多いねー、みたいな」


「ぶぶー、はずれ。言ってみたらわかるかも」


「グラ……ぜんぜんわからん。正解は?」


「〝大好き〟って意味だよ」


「へえ、もしかしてカップルで使う流行語になってるとか?」


「今、考えた」


「うそなの!?」


 瀬戸さんがタメ語で話しかけてくるようになったのはいつからだろう。


 たぶん、二回目に会った時だ。


 初日は軽い事件があったからよく覚えている。


 瀬戸さんがレジでやっかい客に当たってからまれた。おれが、仲裁、というよりも間に無理矢理入ってひたすら謝って引き下がってもらった。


 あとで事情を詳しく聞いてみたら、タバコの注文を聞き返しただけで怒られたらしい。理不尽だ。コンビニだけとはかぎらないけれど、接客ではたまに短気な客が来る。初日から運が悪かった。


 次のシフトでいっしょに働いた時に、「タメ語で話してもいいですか?」と聞かれた。たぶん、頼りないやつだと思われたのだろう。謝るしかできないおっさんとか、おれから見てもダサいし。


 サラリーマンだった時も頭を下げてばかりだった。だんだん心が落ち込んできて、うつ病になって仕事をやめた。


 しばらく休養して、生活費がやばくなってきたから社会復帰に向けてアルバイトをはじめた。


 それから早三年。立ち直るのにずいぶんと時間をかけてしまった。


 いまさら、サラリーマンに戻っても出世どころか仕事についていけるのかすら不安だ。


 最近は働く人が有能か無能かでわけられているらしい。おれは無能な人間だってわかっている。


 隣では、相変わらず瀬戸さんが笑っている。バイト中は二人きりで働く機会が多いからよく話すけれど、本当に明るくて良い子だ。幸せになってほしい。


「結局、〝チル〟ってなに?」


「うーんと、藤村さんといる時かも」


 なにそれ、怖い。


 キモいってことか? いよいよセクハラでうったえられる時が来たのか。


「なんで距離とってんの。レジできないじゃん。ほらほらー、お仕事してくださいよ」


 ぐいぐい引っ張ってくる。ちょ、やめて。かなり近い。店内に撮影係でもいるのか? SNSにUPして「バイト中に女子高生にセクハラする迷惑おやじ」で拡散する気か!? 最近流行りのバイトテロ? 私人逮捕系? ってやつか! 人生終わるぞ!


「あ、そうだ。藤村さんってラーメン好き?」


「ラーメン? 好きだけど」


 近所にあるラーメン屋には帰り道に寄ることがある。豚骨ラーメンがうまい。こってりしすぎていないからおっさんの胃にも優しい。


「じゃ、じゃあさ、バイト終わったあととか――」


「お願いしまーす」


 ちょうど客が来て話が途切れた。そのあともレジが込んで、会話の内容を忘れていた。


 あっという間に退勤の時間になる。外はすっかり暗くなっていた。


「二人とも、お疲れー」


「店長、おはようございます」


 店長がやってくる。夜勤の人手が足りないからちょくちょくシフトに入っている。


「藤村くんは今日までだったよね。残念だな~」


「長い間、お世話になりました」


「こっちこそ助かったよ~。就職先でもうまくいくといいね」


 店長とは歳が近いおかげかフランクに接してくれる。やっぱり、長く働ける秘訣は人間関係だよな。職場に恵まれてよかった。


「……なんの話してんの」


 小さな声がした。瀬戸さんだった。


 そういえば言ってなかった。まあ、おっさんのプライベートなんて興味ないだろうし。


「おれ、今日でバイト最後だから」


「は? はあ!?」


 いつも笑っている瀬戸さんがここまで驚いた顔になった瞬間を、はじめて見た。




  ◇◇◇




 藤村さんがバイトをやめた。


 忘れもしない一か月前。よりによってバイト最終日の帰る直前で言われた。店長が話を振ったから聞けたけど、自分から言うつもりはなかったんじゃないのかと勘繰りそうになる。てか、ほんとにいきなりなんだけど。ちょっとひどくない?


「梨々香ちゃん、大丈夫? 藤村さんのことまだ怒ってるの?」


 レジに立っていると、アルバイトの女の子から声をかけられた。よっぽどぼーっとしていたらしい。最近はずっともやもやしている。


「だって、いきなりじゃん。やめるにしてももっと早く言ってくれたらさー」


「変に気を遣わせたくなかったんじゃない?藤村さんって、あんまり自分のこと話さなかったし。わたしは聞いてたけど」


「な ん で?」


(あつ)(つよ)っ。ちょ、落ち着け。たまたま聞いただけだって!」


 バイト中の話し相手が違う。楽しみにしていた時間はなくなったのに、今日も一日がすぎていく。


 入口のほうを見る。外はすっかり暗くなっていた。


 サラリーマンに復帰した藤村さんはスーツを着て、あたしの知らない職場で働いている。家がコンビニの近所らしいから寄る日があるかもと思っていたけれど、まだ一度も来ていなかった。


 もう帰っている最中かな。まだ働いているかも。ブラック企業に当たっていたら深夜まで会社にいそう。申し訳なさそうに謝っている顔が簡単に想像できた。


「藤村さんって良い人だよね。仕事が丁寧でいつもフォローしてくれたし。歳の差なんて芸能人とか普通に結婚してるし、いいんじゃない?」


「べつに、べつに、好きなわけじゃないから」


「いまさらかよ」


 藤村さんを意識した時がいつなのかはよく覚えていない。たぶん、いっしょに働いているうちに少しずつ気持ちが積み重なっていったのだと思う。


 きっかけがあるとすれば初日からだ。


 タバコの注文をした客の声が小さくて聞き返したら怒鳴られた。髪色とか関係ないことまであれこれ文句を言われた。ムカついたし、悔しかった。でも、それ以上に怖かった。


 藤村さんが助けてくれた時は本当にほっとしたし、泣きそうになった。


 学校で友達に話したら男子が「謝るしかできないとかダサくね」って笑いやがったけれど。助けるのがダサいってなに? 怒鳴っている人の前に自分から行くなんて勇気がないと無理でしょ。年上なら助けて当たり前なんていうかもだけど、怖いのは何歳になっても同じじゃないの?


 藤村さんは見た目が若くて三十代には見えなかった。敬語とかぜんぜん気にしない人で、あたしにからかわれても笑って流してくれる。正直、威厳みたいなものはあんまり感じない。でも落ち着いていて、人の話をちゃんと聞いてくれる。そういうとこが大人だなって思う。


 あたしが仕事でミスしても怒らずにフォローしてくれた。


 いつだって守ってくれる。


 いっしょにいると安心できた。


 藤村さんが自分のことをあまり話さなかったのは、きっと、あたしが退屈にならないように気を遣ってくれたからだ。


 そんなの気にしなくていいのに。聞きたいこと、いっぱいあった。好きなものは? 休みの日はなにしてる? もっと話してよ。独身なのか聞いた時だってすごく緊張したんだから。


 あたし、藤村さんのことなんにも知らないんだよ。


 退勤の時間になった。コンビニを出て、駅に向かう。


「……ラーメン、誘えばよかった」


 最後に会った日のことを今も後悔している。


 話の流れでいっしょにご飯を食べられたかもしれない。


 お別れ会ってことにだってできたのに。タイミングよかったじゃん。


 そしたら連絡先だって交換して、つきあってたかも……。


「お姉さん、かわいいね~。モデル?」


 急にチャラそうな男が話しかけてきた。ナンパかキャッチだろう。無視していればそのうちあきらめる。


 だけど、しつこい。我慢している間はいらいらするし、怖い。


 今は特に機嫌が悪くて。限界だった。


「うるさ――」


「瀬戸さん?」


 前から別の声がした。


 スーツ姿の人が立っていた。知りあいにサラリーマンはいない。でも、優しそうな顔を見間違えるはずがなかった。


「藤村さん」


 仕事の帰りだろうか。けっこう遅い時間なんだけど。本当にブラックな会社に当たっちゃったのかな。


 いつの間にか、チャラそうな男はいなくなっていた。藤村さんが来て気まずくなったのか。助かった。


「瀬戸さんの友達かもって思ったんだけど、なんか様子が変だったから。ナンパ? 声をかけてよかった」


 うわ、ヤバい。泣けてきた。


「どうしたの? 怖かっ――」


 いろんな気持ちがごちゃごちゃして、あたしは藤村さんに抱き着いていた。


「せ、せせせ瀬戸さん!?」


「もう会えないかと思った!」


「いや、おおげさな……」


「会えないじゃん!」


 さけんでいる。周りに人がいるのになにやってるんだろうと思うけれど、止められなかった。


「ごめん。ごめんね。おれが悪かった」


 違う。藤村さんは悪くない。あたしが勝手に怒っただけ。でも、前もってバイトをやめることを言わなかったのは許してあげない。


「……ラーメン」


「え?」


「ラーメン、おごって」


 腕を離す。あたしの気持ちなんかさっぱり気づいていない鈍いおじさんは戸惑った顔をしていた。


「いいけど……いつにしようか?」


「今」


「……ラーメンでいいの? あ、でも、今の時間だと他の店は閉まってるか……居酒屋はマズいしな……」


「あたしもラーメン好きだし。おじさんが胃もたれするなら食べやすいとこでいいから」


「……お気遣いありがとうございます」


「ふふっ」


 しゅんとなる物悲しい表情がかわいくて、つい笑ってしまった。


 だから、からかいたくなるんだよ。


 頼りない。好き。


 もう決めた。絶対、おとす。


 歳の差で遠慮してくるなら、こっちから攻めてやる。


「ほらほら、早く行こ」


 気持ちは最高に浮かれていて、暗い夜道でも二人なら楽しく歩いていける。


 あたしは藤村さんの手を引っ張った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通の恋愛小説なら付き合う所まで書くのでしょうが この話は女性が恋に自覚し諦めずに自身の道を決めて進むことに決めた姿を見せると言う流れがとても魅力的に思える話でした 特にその選択が大人で…
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