勇者VS魔王
魔王城の玉座にいた魔王は見た目は勇気と同い年に見えるが、顔立ちは幼い子供の様で酷くアンバランスだった。
魔王は不安に覚える様な笑顔で勇者を歓迎した。
「よくぞ此処に来たな勇者。どうやら仲間達は我が配下と同士討ちになった様だなぁ?」
「いいや違う。皆は扉の前で待って貰っている。……四天王から聞いたよ。君の正体」
魔王は不気味な笑顔を止め、背中に冷汗が流れる程の無表情で勇者を見る。その眼にはガラス玉の様に怒りも悲しみも何も感じない。
「君の、君の元となった一族の子供達を惨たらしく殺したエストワーレ王国の当代の国王とその側近、関係者達は処罰される。彼等を殺した時と同じ様な方法全てを与えて処刑される。アルスは父親の罪を全て世界中に公表する。勿論君にも謝罪するつもりだ。そして死んだ一族の供養塔を建てて罪を忘れない様に子子孫孫まで伝え続ける。……それで魔王、君は納得出来るかい?」
「―――ッッフハハハハハ! 納得出来る筈がないだろうが!!!!」
怒りで鬼の様な顔をした魔王は立ち上がると間髪入れずに魔弾を雨の様に勇気に放った。勇者は慌てず、穏やかで覚悟を決めた目でゆっくりと魔王に近づく。
「お前に分かるか! 幼い子供を狩りの様に矢で打ち抜いた大人達の醜悪な顔を! 二つ三つにも満たない幼い弟妹を凌辱される姿をただ見るしか出来ない事を! 何の罪もないのに拷問されて苦痛の中で死にゆく気持ち等分かってたまるか‼‼‼!!!!」
魔弾を放ち続ける魔王を勇者は躱し、時に剣で切り落とす。魔王は膨大な魔力を持っていたが、正体は幼い子供故に魔術を使える事が出来ない事は四天王から情報を入手済みだ。だから魔力の弾丸である魔弾を放つ事しか攻撃する事が出来ない。
勇者は魔王の目の前に立つと持っていた勇者の剣を地面に置いた。
勇者が武器を置いたのを見て魔王は大きく目を見開いた。丸腰で魔王に近づく勇者を見て思わず後退りをしてしまう。
「俺は魔王と戦いたくない。確かに魔族達は王国に民達を襲ったがそれ以上に王国に人間達、と言うか王侯貴族達のやらかしが原因だ。それに魔族に恩義を感じる民達もいる。土地を理不尽に奪われた王国民の恨みもあるが、それは王族と魔族の上層部と一緒に解決策を考える。時間が掛かるかもしれないが何時か両国の者達が手を手を取りあう未来を作りたい。アルスや四天王も望んでいる。……それでもダメなのか?」
「…………無理だ。我が産まれた原因である子供達の痛みと嘆き、無残に我が子を殺された親の怨嗟だ。我を消滅させなければ第二、第三の『魔王」が産まれる。そのモノ達が我の様に話が出来る理性ある生命体であるとは限らない。そして我が生きている限り我の中にある負の感情が他の者に悪影響を与える。どっちにしろ、その未来には我は存在してはいけないのだ」
「そうか――――なら、俺もその未来にいなくてもいい」
「えっ?」
勇者は魔王の身体を抱きしめた。突然の行動に魔王は驚くが勇者の背後にあった勇者の剣が宙に浮かぶのを見て目を大きく見開いた。
「まさか勇者! 止めろ‼」
魔王が制止するのを構わずに勇者は自分の武器だった剣を自分の背中から突き刺した。その勢いは勇者だけではなく、魔王にまで突き抜く。
「ユウキ!」
「何をやっているのですか!!??」
勇者の突然の行動に扉の隙間から見守っていた仲間達が飛び出した。唯一、賢者だけは落ち着いていた。
「ジジイ! 何故落ち着いているんだ!?」
「……『勇者の剣は魔王を消滅させる力がある。しかし威力を抑えれば心の中にある負の感情だけを消滅させる事が出来る。しかし威力を抑えるには勇者が己の意思で勇者の身体を突き刺さなければならない。さすれば魔王は消滅せずに転生する事が出来る』……ワシも知らない古い本にそう書かれてあった。そしてその本は勇者の荷物の中にそのページだけ栞がされてあった」
『まさかその本の通りにするとは思わなかった』と賢者は頭を振った。
賢者の衝撃的な言葉に仲間達だけではなく、四天王達魔族や魔王自身も口を大きく上げて呆然としていた。
勇者は口から血を吐いて面白そうに笑った。
「メディペルを怒らないであげてくれ。その本は時が来るまで勇者しか分からない様に細工していたみたいだから」
「ゆ、勇者お前分かっているのか? 幾ら勇者であっても勇者の剣に刺されたら魂事消滅する可能性があるのだぞ? 何故我の為にそこまで……」
魔王だって身体に剣が刺さっているのだが、彼の中に救っていた怨嗟や痛みと嘆きが少しずつ浄化されて身体が段々と楽になった。対して勇者の方は苦しそうに咳き込み、段々と顔色が死人の様になっていく。
「―――俺、自分の名前が理由を両親に聞いてから、ゲホッ! ……自分の名前に恥じない様に生きてて……ハァー、ハァー……そりゃあ怖い時も俺が怒られる時も責任を押し付けられた時もあったけど―――自分のした事に後悔した事はなくって……ッ、魔王一人に押し付けたハッピーエンドよりも、魔王の中にある負の感情を浄化して可能性のある未来に転生した方が俺がイイと思ったから―――」
「でもそんな事すれば貴方の魂が消滅するのよ!?」
エルフの狩人の言葉に勇者は振り向いて笑った。
「俺異世界人じゃん? そんで肉体は、まだ生存しているから、……もしかすれば消滅せずに。―――元の肉体の所に戻るかもしれないと賭けてみたんだ」
「その肉体は石段から落とされて死にかけているって、お前が前に言っていただろうが!!」
「……そうだった」
「馬鹿野郎が!!!!!!」
獣人である格闘家が怒りのあまり扉にヒビが入る程の力で己の拳で叩きつけた。
格闘家がどんなに怒っても起こった事は変わらない。勇者の命は少しずつ消えていく。
「勇者よ。お前と言う男はなんて愚か者なのだ……」
「そうがないだろう……変えようがない性格なんだから……最後に抱きして死ぬのが女子じゃなくて男なのは我慢してくれよ……?」
「最後まで他人を機にかけおって――――」
魔王の身体にあった怨嗟と嘆きが少しずつ浄化されていく。それ等が全て消え去る頃には魔王も勇者もその命の炎が全て燃え尽きたのだった。