どっちがいい?
いつもの帰り道に、見慣れた景色、なんてこと無い日常だったのに、フッと振り向くと、そこには…
あなたの日常にも、もしかしたら潜んでいるかも…
初ホラーなので、生暖かい目で見てやっていただけると嬉しいです。
読了は5分程度。
「う〜ん、今日もよく働いたな〜。お疲れ様!! 偉いぞ、私!!」
仕事終わり、私、松下燈子は、駅からの帰り道をぐ〜っと大きな伸びをしながら歩いていた。
時刻は夜の九時前ぐらい。
この時間、この辺りの人通りや車の通りは少ない。
けど外灯は多いし、駅からも近い。
また、閑静な住宅街に面した通りだから、この時間なら最悪大声出せば、どこからかは人が出てきてくれる。
私の住むマンションも、駅から歩いて数分の所にある。
まぁ要するに、女一人でも大して問題はないし、何とかなっちゃうのである。
「昨日のカレー温めて……、あ、確か冷凍にうどんあったよね? 今日はカレーうどんにしようかなぁ。あとは、冷凍に唐揚げもあったはず。あれもチンしちゃお。今夜はカレーうどんと唐揚げ、ビールで決まりだ〜♪ 明日は休みだし、いくつか映画のDVD借りてきて、お家でゆっくりしようかな。」
なんて、予定を立てながら、帰り道をウキウキで歩く。
その日は、梅雨の影響で空が厚い雲に覆われていて、月や星は見えないし、ジメジメと蒸し暑い、でも虫の声はよく聞こえる、そんな夜だった。
十字路を左に曲がり、マンションまであと少しといった所で、虫の声が急に聞こえなくなった。
まぁ、雨が降る前とかは静かだし、何より今は梅雨の時期。
特に気にすることもなく歩いていたんだけど、
「ねぇ? どっちがいい?」
後ろから、そう声が聞こえて立ち止まった。
振り返ると、白い帽子に白いワンピース、赤いヒールを履いた、長身で長髪の女の人が、夜の外灯に照らされて立っている。
帽子を目深に被っているから表情は見えない。
加えて帽子もワンピースも、そこから覗く腕も白いため、それらが外灯に反射して、夜の疲れた目には少し眩しい。
"何この人? こんな人、この辺に居たっけ?"
記憶を手繰り寄せてみても、恐らくこの辺りでは見たことがない人。
それに、この道は私一人で、前にも後ろにも人なんて居なかった筈だ。
「ねぇ、どっちがいい?」
再度聞いてくる女性。
気味が悪くなり、無言でペコリと会釈だけして、その場を後にする。
"触らぬ神に祟り無し!!"
私は自分に言い聞かせ、少し歩調を早めた。
次のT字路を左に曲がる際、ちらりとカーブミラーに目をやるも、人影は無し。
ホッとして気持ちを切り替え、さぁそろそろマンションが見えてくるぞといったところで
「ねぇ? どっちがいい?」
私の真横、左側から、あの声が聞こえた。
身体が固まる。
呼吸が早くなる。
ゆっくり視線だけ動かすと、ニィ〜っと笑った口が耳まで裂け、そこから赤黒い口と、牙が見えた。
「キャアアアァ〜〜!!」
私は叫んで全速力で駆け出した。
女の手に光る物が見える。
あれは包丁か?
「どっちがいい? どっちがいい?」
と喚きながら追い掛けてくる女。
先程より明らかに低い声で、とてもこの世のものとは思えない。
私は無我夢中で走った。
何秒、何分、何十分走っただろうか。
何かがおかしい。
私の住むマンションは、駅から歩いて数分、あのT字路を曲がれば、あとは直線数十メートルの距離だったはず。
なのに着くどころか、一向にその影すら見えない。
それにあれだけ叫んだのに、周りの住宅から人が出てくる気配も一切無いし、なんなら人の気配すら感じられない。
"おかしい!! こんなに遠くない筈なのに!! こんなに長くない筈なのに!!"
息が切れ、心臓と肺が苦しい。
額から、背中から、汗が滝のように噴き出す。
脚が、身体が悲鳴を上げている。
走りながら後ろを見ると、尚も追い掛けてくる女の姿。
帽子は無くなり、振り乱した髪。
口は先程よりも大きく裂け、そこからチラリと牙が覗く。
振り上げた長い腕の先には、包丁がキラリと光り、避けた口からダラダラと涎を垂らしながら
「どっちがいい? どっちがいい?」
と喚きながら、光の無い真っ暗な目で追い掛けてくる。
"捕まったら殺される!!"
そう感じた私は、その恐怖から、ただただ必死に脚と腕を動かすしかなかった。
「あっ!!」
どれくらい走っただろうか。体力も気力も限界に近付いた時、私は小石に躓いた。
そのまま脚がもつれ、身体が宙を舞い、瞬間地面を転がった。
「ぃ……、痛い……」
呻きを上げて目を開けると、厚い雲に覆われた空が見えた。
どうやら今の私は、仰向けに倒れているらしかった。
痛む身体を庇いつつ、腕を使って起き上がると、後ろからニタニタと薄気味悪い笑顔を浮かべ、
「どっちがいい? どっちがいい?」
そう呟きながらゆっくり近付いてくる女。
腕や脚は二つ、三つに折れ曲がり、その姿はもはやこの世の物ではない。
「ぃゃ……、来ないで……」
立とうとするも、恐怖と痛みで脚が上手く動かず、脚を引き摺りながら腕の力だけで後退る。
そのまま女は、私の首を掴んで馬乗りになり、"ケタケタケタケタ" と笑い出した。
「あ……、ぁ……」
もう逃げられない。
涙が出る。
カタカタと奥歯が音を立てる。
走り続けて酸素が欲しいはずなのに、呼吸が止まる。
女は馬乗りになったまま、涎の滴る裂けた口角をさらにニィ〜〜っと上げ
「ねぇ……、どっちがいい?」
振り上げた包丁が、またキラリと光った。
「はっ!!」
気付けば私は、自宅の布団の中にいた。
疲れてそのまま寝てしまったのか、服は帰った時のスーツのままだ。
変な汗をかき、ぐっちょり濡れている。
あれは夢だったんだろうか?
やけにリアルな夢だった。
呼吸が苦しいのも、脚が痛いのも、頬を掠める風だってリアルに感じられた。
時計を見ると、時刻は深夜二時。
お腹は減っているけれど、何も食べる気にはなれず、取り敢えずシャワーだけでも浴びようと立ち上がった時だった。
"ピンポーン"
家の呼び鈴が鳴る。
"こんな時間に誰だろう?"
インターホンを覗くも誰も見えず、ドアの覗き穴から様子を見る。
その瞬間、身体が固まった。
そこには、白い帽子に長髪、長身の白いワンピースの女が立っていた。
腰が抜け、その場にへたり込む。
すると、外の女は
"ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン"
呼び鈴を連打し始めた。
私はあまりの恐怖に呼吸も上手く出来ず、声も出せず、ただそこに座り込むしか出来ない。
ヒュ~ヒュ~と、肺が空気を取り込む音がやけに大きく聞こえる。
ドキドキと心臓が早鐘を打つ
"ガチャガチャガチャガチガチャガチャガチャガチャ!!"
"バンバンバンバンバンバンバンバン!!"
ノブを激しく上下に揺らし、ドアを叩き、どんどん苛烈になっていく外の女。
「どっちがいい? どっちがいい? どっちがいい? どっちがいい?」
ドアを背にして頭を抱え、目と耳をギュッと塞ぎ、必死にやり過ごす私。
"居なくなれ、居なくなれ、居なくなれ、居なくなれ"
必死にそう願う。
無常にも、ドアの鍵が開く "カタン" という音が、真っ暗な部屋に響いた。
"キィーー……"
私を絶望に陥れるかのように、ゆっくりと音を立てて開くドア。
その隙間からニィ〜〜っと笑った顔が覗き
「ねぇ……、どっちがいい?」
"プツン……" という音とともに、私の意識はそこで途切れた。
「ん……」
眩しい光で、私は目を覚ました。
私の身体は、再び布団の上。
カーテンを閉め忘れた窓から、照り付ける陽光が眩しい。
いつの間に朝になったんだろうか?
というか、どうやって家に、布団に戻ったのか……。
服は仕事着のスーツのまま、寝汗なのか何なのか、嫌な汗をびっしょりかき、それを存分に吸った下着とカッターシャツが、身体にピタッと張り付いて、気持ち悪い事この上ない。
あれは夢だったのか、それとも現実だったのか……。
ドアを見ると、鍵が掛かったままだ。
何も分からない私は、取り敢えず考えることを止め、重い身体を引き摺り、布団から出てシャワーを浴びた。
あれ以降、あの道を通る事を意識的に避けた。
恐怖も勿論あるけど、何となく、あの女性がまだあの場所で私を待っている気がしたのだ。
だけど先日、どうしてもあそこを通らなきゃいけなくて、明るい時間帯にあの道を通ったけれど、もうあの女には遭遇することはなかった。
だから、あの夜の出来事はやっぱり夢だったんだと、疲れすぎて悪夢を見たんだと、そう無理矢理結論付けた。
そうでもしないと、怖くてまともな精神状態ではいられなかったから……
ただ、以前あそこで、悲惨な死を遂げた女性が居たと、後から大家さんに聞いた。
気になって調べてみたら、10年以上前に、確かにあそこで一人の女性が亡くなっていた。
彼氏との痴情のもつれで夜に家を飛び出したが、追い掛けてきた彼氏に捕まり、馬乗りで首を締められた後、持っていた包丁で滅多刺しにされて殺され、遺体は崖から海に放り投げられたらしい。
その亡くなった女性の職業がモデルで、サラサラの長い黒髪と白い肌に、白いワンピースがよく映えた美しい人だったと……。
その女性はそれなりに人気のモデルだったらしく、当時は連日ワイドショーとかで取り上げられた。
警察の捜査で彼氏は捕まり、悪質ということで刑に服したが、その出所直後、自宅で謎の不審死を遂げる。
首には締められた跡があり、身体中のいたる所が滅多刺し、両腕と両足はバキバキに折られ、奇しくも、殺した女性と同じ死に方をしていたらしい。
ただ、表情だけは違っており、口から泡を吹き、見開かれた目、髪は真っ白になって抜け落ち、肌はシワシワに干涸らびて、まるで、恐ろしいものでも見たような形相をしていたと……。
勿論そちらも警察の捜査がなされたが、密室であった事、出所直後であった事、女性の両親も既に他界している事等、様々な理由で容疑者が浮上せず、捜査は極めて難航。
結局、未解決事件となったようだ。
これは私の憶測でしかないけど、もしあの女がその女性なら、彼氏に復讐しに行ったんじゃないだろうか?
そして、またあの道で、迷い込む人を待っているんだろうか?
だとしたら、私はあの夜、『あの不可思議な空間』に迷い込んでしまったんだろうか。
私は彼女に魅入られてしまったんだろうか。
彼女の言っていた『どっちがいい』 とはどういう意味なのか。
もし『あの問い』 に何か返事をしてしまっていたら、どうなってしまっていたのか。
そもそも何故私だったのか。
『問い』 に答えなかったから私は生きているのか、それとも彼女にとって、あれはただの『遊び』 だったのか……
私には何一つとして分からないままだ。
もしかしたら彼女は、独りで居るのが寂しくて、今もあの場所で仲間を求めているのかもしれない……。
とある曲がり角
外灯の足元に小石が積まれ、そこに小さな花が添えられている。
その前に佇む、白いワンピース姿の女性。
その顔がこちらを振り向き、ニィ〜〜っと笑う
「ねぇ、どっちがいい……?」
読了、ありがとうございました。
初のホラー作品、いかがでしたか?
少しでも怖い!!となることを願って書かせていただきましたが、何分初めてのホラーなもので…。
評価やブクマ、コメントなんかを残していただけると、作者、飛び跳ねます。
ではでは、また次回作でお会いしましょう。