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ルイ・マスカレイド  作者: 藤色アイス
1/1

一話目 『飛び降り』

この作品は、シリアスではありません。シリアルです。

人通り少ない繁華街の路地裏、錆び付いて赤だか茶色だかわからない階段を降りた先の扉。

表札や看板はなく、ともすれば裏口にすら見えるそれの、錆びたドアノブを回すとギィィと音がして開く。

中はまるで外からは想像できないような極彩色めいた色彩。

絵の具をつけたビー玉をあちこちに転がしたような模様のソファが数個、色とりどりのパステルカラーの絨毯、あちこちにばらまかれた柔らかい素材の大きなつみき、天井から下がるキラキラした魚のモビール、そして、ポップな字で待合室と書かれた看板と、奥の真っ赤な扉の上の診察室の文字。

その真っ赤な扉にまっすぐ歩いていき、扉を壊す勢いで思いきり開ける、と、奥にいた人物(仮)が派手に椅子から落ちた。

「おはよう、先生。」

「あ、おは…違う!寝てない!僕は今起きてたの!!」

「よだれの跡…」

「え?本当?………っは!」

じー…

「やっぱり寝てたんじゃん。」

「ね、寝てないよ!!って言うか、いつもノックしてって言ってるのに!!」

「わざと…?」

「何で疑問系!?しかもたち悪いじゃん!」

目の前で喚いていた男は、そこで一度話を区切った。

「それで?どうしたのアマネちゃん。」

デフォルメされたカエルのお面を被った白衣の男…先生は私に聞いてきた。

「聞きたい?」

「え?……き、聞きたい、かな?」

「本当に?」

「そんなこと言われたら悩むじゃないか…」

「長いかもしれないよ?」

「短く!まとめて話して!!」

「わかった…邪魔だからどかしたい」

「…………」

「…………」

「え、終わり?」

「うん」

アマネは話は終わった、手を貸せと言わんばかりに先生の白衣の裾をぐいぐい引っ張り、外に出ようとする。

「いやいやいや!ちょっと待って!!全然わかんなかった!もう少し詳しく!」

「…長いかも」

「君の中には端的か長いかしかないのかい!?…もういいよ、話してごらんよ…」

「…それは、いつもみたいに屋上で御弁当を食べてるときだった。」

「あ、待って、思ったより長くなりそうな出だしだった。」

「その日のお弁当は唐揚げと卵焼きとウィンナーだった。旨かった。」

「それ、必要な話?省いてもよくない?わざと?」




たいがいの晴れた日ならアマネは屋上でお弁当を食べていた。

屋上に来る人は少ない。基本的に立ち入り禁止であるため、掃除されない苔の生えたコンクリートの床、錆びたフェンス、雨が降った後は錆やカビのにおいが強くなる。

こんなところに来るのは、よほどの物好きか、巡回の教師、頭の悪い集団くらいだろう。

そんな場所で、給水タンクに隠れて教師をやり過ごしながら、悠々とレジャーシートを敷き、アマネはお弁当を食べていた。

携帯でグロ系ホラーゲーム実況を眺めながらの、いつもと変わらない昼休みのはずだった。

ガタンッギィィと音をたてて屋上のドアが開くまでは…

この時間、確かに生徒ははいる可能性も高い。

(教師の巡回かな?)

そう思って、アマネはイヤホンの音量を下げて気配をうかがっていた。

しかし、

(なんだこいつ、全然出ていかない…)

そう、そいつは破れたフェンスの前からピクリとも動かない。お弁当はとうに食べきり、実況は区切りがついてしまった。

仕方がないのでアマネは給水タンクの影から、その訪問者を観察することにした。

女子生徒だった。上履きの色からして同級生だろうとわかるが、一学年8クラスの学校では顔なんかクラスの人さえ覚えられやしない。

そいつは破れたフェンスからじっと外を覗き、授業開始5分前のチャイムで帰っていった。

そして…


「それがもう2週間続いてる。いいかげん、落ちるか、堕ちるか、墜ちるかしてくれたらいいのに」

「駄目だよ!?何てこと言うの!というか、それ、どう考えても飛び降り自殺一歩手前だよね!?何で止めてあげないの!?」

「何で見ず知らずの人の自殺を止めなきゃなんないの?」

「目の前で死なれたら嫌じゃあないか!!」

「………そう?」

「え?…いや、普通はそうなんだよ!?」

先生の話にまるで興味がないようにアマネは視線を宙に浮かせた。

「いいかい、前から思ってたけどアマネちゃんは命に関して無頓着すぎるよ!!人生は一回しかないんだからもっと一生懸命生きて…」

(お腹すいてきたなぁ…)

先生の熱演をすべてスルーして、アマネの思考は夕飯へと移っていったのだった。



次の日、先生はアマネに連れられて学校の屋上に忍び込んでいた。

「あのね、アマネちゃん…」

「なに?」

「僕、外部の人間なんだけど…入って大丈夫かなぁ…?」

「確実に不審者だね。あ、今日のウサギのお面、もしかして新品?」

「…。」

「…。」

屋上の給水タンクに隠れた二人の間に沈黙が流れる。

「…通報されたらどうしよう……」

この段階にきて今更恐怖を覚える先生は教師が出てくるかもしれない扉を見つめてがたがたと震えている。

そんな先生を横目にアマネが呆れたようにため息をつく。

「さっきまで『更生させてあげるんだ!生きることが楽しいことを教えてあげなきゃ!』って言ってたのに。その威勢はどこ行っちゃったの?」

「どこに行っちゃったんだろう…」

「…きっと、いつの間にかなくなってしまう、子供の頃の夢と同じところに落ちてるよ。」

「何か悲しい!」

そんなことを話していると、いつもと同じように屋上の扉がギィィィと音を立てて開いた。




秋羽鈴葉は死ぬつもりだった。

鈴葉の学力はお世辞にもいいとは言えず、3年にもなったというのに周りの勉強についていけなくなっていた。

『大丈夫、今からでもしっかり勉強すればいい大学に進学できるかもしれない!』

そういった友達は、今は自分の進路に向けて懸命に勉強し、着実に偏差値を上げて推薦を貰っている。

では、自分は?

(私はどこに行きたいんだろう。)

やりたい事も、なりたい職業もなく

母親の『大学だけ出ておけば、就職くらいできるわよ』という言葉だけで興味も無い学部に進学を希望し、父親の『この大学出れば箔がつくぞ!大丈夫だ、お前は俺の子だから運よく入れるかもしれない!』という言葉だけで大学を選んだ。

(私は?何がしたいんだろう?)

私の成績が悪いために、今では担任の勧めにしたがって学校内の強化学習を受けて、それでも成績が上がらない。

教師は『僕が一対一で見てあげるから!とりあえず、少し戻ってやってみようか!大丈夫、頑張ればちゃんとできるよ!』と言って補習をしてくれているが、段々と成績に反映しない私に呆れているように見えてきた。

担任にいたっては私に対して『おまえなぁ、このままだと浪人だぞ?真面目に勉強してるのか?』と聞いてくる。

両親の期待も、教師の頑張りも、友達の応援も、かかるプレッシャーも、私ではどうにもできないくらい苦しかった。

何をしてもできないんだから、この先も生きていけるはずが無い。だから、今死んでしまったほうが、もう苦しい事は何にも無いんじゃあないだろうか。


秋羽鈴葉は死にたかった。


受験によるストレスからどうあっても逃げ出したかった。

衝動に任せて書いた遺書は今でも机の引き出しに眠っている。…死んだ後にはどうせ整理するだろうからすぐに見つかってくれるだろう。

そう思って自殺を計画して2週間が経過していた。

鍵がいつまでも壊れたままの屋上に上がって、破れたフェンスから覗いた景色は、いっそすがすがしいくらいきれいで。…この7階建ての校舎から飛び降りたら子供の頃に見た映画のように、空を飛べるかもしれないとさえ思えた。

だけど、鈴葉はあと一歩が踏み出せなかった。


私が落ちた後、きっと誰もがいつものように過ごすようになるだろう。むしろ枷が一つ減って幸せになれるかもしれない。

…どうせ人間が一人死んだところで大して変わることは無いんだ。

……いつかは忘れてしまうんだから。


それでもなかなか一歩が踏み出せずにいた。

(きっと痛いだろう。)

それが、彼女が躊躇してしまう理由だった。

そう思ううちに今日もまた、屋上への扉までやってきてしまった。

(今日こそ飛び降りよう。そして、やっと、楽になるんだ。)

そう決意して秋羽鈴葉は扉を開けたのだった。



扉を開けると、誰かの話し声が聞こえてきた。

誰かいるのかとあたりに視線を走らせるが、一見しても良くわからない。

ウロウロと歩くと、鈴葉の前に背の高い男が飛び出てきた。

ドンッ。と背を押されて出てきた男は…屋上に吹くやや強めの風にバサバサと白衣を靡かせ…その…何というか…

「…ふ、」

「あいたたたた…ちょっと!いきなり押さないでよ!」

「…ふ、」

「あ、君かな?あ、あのね僕は怪しい人じゃ…」

「不審者だー!!!!」

「え?あ、あの!ちょ、まって!」

その男はピンクのウサギのお面をして、カラフルなアップリケが裾に施された白衣を着た180cmはあるんじゃないかという不審者だった。

「け、警察…あ、先生に報告…」

「ま、まって!あ、怪しくないよ!…!あ、アマネちゃん!ほら!これ、どうしたらいい!?」

「…アマネ?」

不審者の後ろの給水タンクの陰にはよく見ると女子生徒が一人立っていた。

小さい。

身長は男と比べると頭一個半くらい違うんじゃないだろうか。

白い肌に少し彫りの深い顔立ちでハーフであることがわかる。

「先生の格好が不審者に見えなかったら、むしろ普通じゃない気がする。」

「そんな事言わないで!気にしてるんだから!」

どうやらその女子生徒と男は仲がいいらしいことは伝わってきたが、何故こんなところにいるのかが理解できない。

そこから離れるように少しずつ後ずさりしていくとガシャンとフェンスに当たった。

…そうだった、私はここに死にに来たんだった。と思い出す。

死んでしまえばこんなおかしな連中なんか関係ない。早く私は自由にならなければ。

鈴葉が破れたフェンスに向かってるのに気がついた先生は、鈴葉に向かって叫ぶように言った。

「死んじゃあダメだ!」

大きな声に驚き、鈴葉の動きがフェンスから身を乗り出して止まる。

「まだ、こんなに若いのに…そんなところから飛び降りたら、痛いし、何より、ぐしゃぐしゃのミンチみたいになってせっかくのかわいい顔が台無しだよ!?」

「……。」

鈴葉は言葉を返さなかった。

じりじりと破れたフェンスの向こう、屋上のふちに移動していく。

そんなことはわかっている、だけど、生きている限り必ず苦しいことは起こりえる、…誰も私のことなど分かってくれるものなどいるはずが無い。

「もういいの。私は、もういいの。」

「良くないよ!大丈夫、話してみてよ、僕達が力になれるかもしれないし!」

「え……僕…達?私も?」

「ちょ、アマネちゃん!そういうこと言っちゃダメ!」

ああ、また『大丈夫』か。

そんな言葉はあてになんかならない。教師も、両親も、友達も…いつも、『大丈夫』って…

「『大丈夫』な、ことなんか、一つもない…皆、皆嘘ばっかり…」

「そ、そんな事無いよ!僕だってこんなんだけど!生きてるし!」

「……ねぇ、先生。」

「…何?アマネちゃん?」

「夕飯はハンバーグがいい」

「もしかしてさっきの『ミンチ』から、ずっとそれ考えてた?」

「うん」

「……」

「……」

「アマネちゃんも同じ学校の子が死んだら嫌だろう!?ちゃんと説得してよ!止めてあげてよぉぉぉぉ!!」

「ハンバーグ」

「…わかった。夕飯はハンバーグでいいよ…だから、今はあの子をちゃんと説得して…「わかった」


鈴葉の前にアマネが出てきた。

変な二人と鈴葉の距離は約10mもあるのに、アマネの藍色の眼に見つめられるとなんだか居心地が悪い気がしてくる。

色素の薄い唇が開いてアマネは話しかける。

「そんなに死にたいなら死んじゃえば?」

「「!?」」

驚いてる二人にかまわずアマネは続けていく。

「死にたいんでしょ?別に理由は聞きたくないしどうでもいいけど、自分で決めちゃったんでしょ?」

「ちょっと!アマネちゃ「あなたの人生はあなたしか決めちゃダメなんだとおもう。」

「……。」

「だから、私は別に止めたりしない。あなたの決めたようにすればいいと思う。」

「…じゃあ、死んでも…」

「でも、この2週間もここにとどまってるって事は、本当は死にたくないんじゃないの?」

「…!?あ…見て、たの?」

「うん」

この2週間の未遂を見られていた。鈴葉はそれがとても恥ずかしかった。

たかが「痛いかもしれない」と言う理由だけで、自殺を延期していたことを誰にも見てほしくなかった。

アマネの話に畳み掛けるように先生が声をかける。

「そうだよ!2週間も死なずにやってこれたんだもん!これからだってやっていけるよ!」

「…ほら、どうするの?」

追い詰めるようなアマネの眼と…眼が、あった。

「わ、わたし…」


ワタシハ…ナニガ…シタインダッケ・・・?


「わたし…」

「ほら、そこは危ないよ。こっちにおいでよ!」

先生が手を差し出して近づいていく。鈴葉は…

「私、やっぱり死にたくない。」

そう言って、鈴葉も手を伸ばそうとした。

…運が悪かったんだ。今にすればそう思う。

風が強い日だった。屋上には時折、突風が吹くほどの。

運が悪く強い風が吹いて、目が開けられなくなった。少し後ろに下がったその場所で、鈴葉は破れたフェンスに足を取られ、バランスを崩し、背中から落ちていった。

「危ない!」と、走った先生の手はほんの10cm届かず。

鈴葉は約27mを堕ちて逝った。

(ああ、まあ、いいか。これで、やっと…楽になれる……)

そう考えながら、鈴葉は落ちていく恐怖に意識を失った。



落ちていってしまった鈴葉を見届けて、死んでしまったことがわかった先生は、アマネを振り返り。

「あーあ、死んじゃったよ。しょうがないなぁ…」

いつもと何も変わらぬ調子でそういった。

「…?先生は助けたかったんじゃないの?」

「助けたかったさ!…でも、死んじゃったら何にもできないからねぇ。」

薄く笑い声さえ含みながら先生は答える。

「ま、あの子は最初から死んじゃう運命だったんだよ、きっと。」

「ふーん…」

「さあ、見つかってあらぬ疑いをかけられないうちに、僕は逃げるよ!」

「わかった、…夕飯はハンバーグね。」

「ああ、忘れてなかったんだ。…わかった、ハンバーグ食べに行こうか。」

先生はそのまま帰っていった。


ひとり屋上に残されたアマネは今日のお弁当を開きいつもと変わらぬ昼食を済ませ、いつもの授業に戻っていった。

その後も数日面倒な話があったけれど、いつしかそれもなくなっていった。

きっとこういうものなのだと、アマネはそう思った。

人間は、忘れるから生きていけるんだ。


季節はまだ夏。


青空に浮かぶ積乱雲にセミが大きく鳴いていた。



END






おまけ


「あ、店員さーん!和風ハンバーグ追加で!」

「はい、和風ハンバーグ一つですね。」

「チョコレートパフェ追加で。」

「はい、チョコレートパフェですね。お持ちします。」

「あ、ちょっとアマネちゃん!また野菜残してるじゃないか!そんなんじゃ大きくなれないんだぞ!」

「野菜なんか食べなくたって死なないよ。」

「少しくらい食べなきゃダメだよ~!」

「わかった。」

アマネは一口だけサラダに口をつけ、先生の方に押しやる。

「はい、少し食べた。後はあげる。」

「お、えらいじゃ…って!スイートコーンだけ全部食べられてる!?」

「先生こそ、ハンバーグ二つも食べて、野菜足りないんじゃない?」

「う……。そういえばアマネちゃん、目の前であんなの見てよく普通にご飯食べれるね。大丈夫?無理してない?」

「私、ゾンビ映画とか、ホラー映画見ながらご飯食べれるよ?」

「…うん、そうだったね。」

「先生は、大丈夫?」

「え?僕は全然平気だなぁ…慣れてるからなぁ。」

「ふーん」

「お待たせしました、和風ハンバーグとチョコレートパフェです。」

「お!きたきた!」

「パフェ!」

「「いっただっきま~す!!」」


END


大根おろしと紫蘇の乗ったハンバーグと、チョコレートパフェ食べたい。

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