甲子園のヒーローは1人だけ
祥太郎は、甲子園の決勝戦に進んだ。当日、お母さん達は朝から出掛けていったけど、私は別行動で一人甲子園球場へと向かうことにした。
「おっ、美木ちゃん! 甲子園見てるかい?」
「凄いわね、祥太郎くん!」
町を歩くと、どこでも祥太郎の話ばかり。私は、幼なじみとして少し誇らしくもあったけど、これだけの騒ぎになってるのに今まで祥太郎の凄さを分かっていなかった自分の愚かさが恨めしかった。
「……祥太郎、勝てると良いなあ……」
駅へと向かう道のりで、私は他人事のように呟いた。
***
「いよいよ決勝だな、祥太郎」
甲子園へと向かう清陵高校のバスの中。エースピッチャーの上村は祥太郎に声を掛けた。
「ああ……」
祥太郎は、珍しく緊張感を露にした。
「おいおい、大丈夫だって。お前がいつもどーり打ってくれりゃ勝てるさ」
上村はそう言って笑った。
祥太郎は、やれやれといった表情でため息をついて、「そうなって欲しいけどね」と呟いた。
「不安か?」
上村は祥太郎の顔を覗き込む。
祥太郎は、上村の目を見て一瞬黙り込んだ後、
「……相手が、なあ」
そう言って、野球帽で顔を隠した。
***
新幹線と地下鉄を乗り継いで、真夏の日差しの中私は甲子園球場の目の前までやってきた。
私は、本格的な野球の球場に入ったことが無い。だから、このスケールの大きさは信じられないくらいに壮大で、私は思わず息を呑んだ。
「祥太郎……」
勝って欲しいと、心の底から願う。他の何を差し置いてでも。
『さあ、いよいよ始まります全国高等学校野球選手権大会、決勝戦!』
お母さんが、野球の分からない私にと持たせてくれた携帯ラジオ。その音声が右耳のイヤホンから流れてきて、私は慌てて球場内へと入った。
「ハッ、ハッ」
何度も階段を上がったり下がったりして、私は内野スタンドに出た。
『ストライーク、バッターアウト!! 一回の裏、清陵高校四番岸村は三振に倒れました!』
「!」
私は、大歓声の中を駆け足でベンチに戻る敵チームのピッチャーを目にした。
『名宝実業の絶対的エース雛野、清陵岸村を全く寄せ付けませんでした!』
雛野というピッチャーに寄せられる大歓声が、彼の凄さを物語っていた。