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払拭

「準決勝!? 祥太郎、もうそんなに勝ち進んでるの!?」

 私は思わず声を上げた。

「ええ。あんた祥太郎君の試合見てないの? 大活躍よ」

 お母さんは夕飯の準備をしながら言った。

(準決勝……。ってことは、あと二試合……)

 どうしよう。もし、祥太郎が一回戦や二回戦で負けるようなら、その時はきっぱり諦めようと思ってた。優勝なんて夢のまた夢だったんだって。でももし、あと一歩で優勝ってところまで進んだら……。そこまで進んで負けるなんて、絶対いやだよ。

「準決勝、いつ?」

「明日。あんたも祥太郎君の試合ぐらい見なさいよ。幼なじみが甲子園で活躍してるなんて、見逃しちゃもったいないわよ」

「う、うん……」

 私は曖昧な返事を返した。

 翌日、家族は午前中から大はしゃぎだった。どうやら甲子園っていうのは本当に凄いものらしい。他のスポーツも全国大会となるとこんなものなのだろうか。

「あ、美木! やっと起きてきた。ほら、試合良いところよ!」

「……別に観たくないもん」

 私はぶすっとした態度で言い返すと、冷蔵庫から牛乳ビンを取り出した。

「まーたそんな事言って。あんた祥太郎君とケンカでもしたの?」

「………………」

 私は、無言で牛乳を飲み干した。

 テレビから聞こえてくる大歓声が、祥太郎を遠い世界へと連れていってしまうようだった。

「……シャワー浴びてくるから」

 私は小さく呟いて、ひっそりとお風呂場へと向かった。


 ***


(なんだよ。何が甲子園だ。みんな夢中になっちゃって。つまんないの)

 自分のおばあちゃんより優先するものがあるなんて絶対におかしい。「自力」か「そうじゃないか」なんて、二の次でしょ。

「うがーっ!」

 私は、もやもやした心を吹き飛ばすように両手でガムシャラにシャンプーした。すると少し気が晴れたように思えたが、それはやっぱり気のせいで。熱めのシャワーでシャンプーを洗い流すと、また心は沈んだ。

(……優勝、して欲しいな……)


 ***


 お風呂場から出ると、元々騒がしかった居間は更に一層やかましくなっていた。これは尋常な話ではない。私はバスタオルで適当に体を拭くとTシャツとハーフパンツを履き、慌てて居間に走った。

「祥太郎くんー!! お願い打って!!」

「!」

 私はその声に気付き、テレビに目を向けた。

『さあ、神奈川清陵高校と岐阜陸橋商業の準決勝。場面は大詰め、九回裏ツーアウトを迎えております』

 テレビの中の歓声と家族のそれとが混ざり合い、一つになる。

『陸橋のエース、辻川はここを抑えれば決勝進出ですが、逆に打たれれば清陵が決勝進出を決めます! 一点差、ツーアウトランナーは二三塁! バッターは四番岸村!!』

 ――その分かりやすい実況で、野球の事を知らない私にも現状をほぼ把握する事ができた。要するに、祥太郎が打てば勝つし、打てなければ負けるということらしい。

『ピッチャー第一球! 投げた!』

 実況の人がストライクと言っている。確か、ストライクが三つで三振になると聞いたことがある。

『いやー、辻川はまだ球に力がありますね』

 とりあえず、敵の選手を褒めているという事は分かる。気分はあまり良くない。

『さあ、辻川セットポジションから第二球』

「!」

 思わず体が跳ね上がった。

 祥太郎はバットを振り、バットはボールを打ち、ボールはファウルゾーンというところへ跳ねていった。

『岸村は辻川のボールについていけてますね』

『ええ。今は少し差し込まれたかという感じでしたが、芯に当たれば飛んでいくと思いますよ』

 ――テレビの中の人が、祥太郎の話をしてる。

 カメラはスタンドの応援席を映し、そこでは誰もが声を張り上げて応援している。

『さあ、これがラストボールになるのか! 辻川はセットポジションから第三球!!』

 ――少しだけ、甲子園というものの凄さが分かった気がする。

 ブツッ……、ザー。

 突然、テレビの画面は荒れ、音声も映像も途切れてしまった。

「きゃーっ! まさかこんな時に!!」

 お母さんは大慌てで立ち上がり、テレビを叩いたり蹴ったりしてショック療法を試みる。

「もう! だから早くテレビ買い替えなって言ったのに!! 早く直してよ!!」

 お母さんはバンバンとテレビを叩く。

 早く。早く。早く――。私は手に汗を握って祈るようにその様子を見ていた。

『ザー……けた……。……よな……』

 砂嵐が依然テレビの画面を荒らし続ける中、音声だけが少しずつ戻ってくる。

「ちょっと、何て言ってるの!? 祥太郎、打ったの!?」

 私はお母さんにしがみつき、隠れるようにしながらテレビの画面を見つめた。


『打ったー! 抜けたー!! 四番岸村の打球は左中間へ! サヨナラーッ!!』


 言っている事は、あまり分からなかった。でも、お母さん達の喜びようとテレビ画面いっぱいに映った祥太郎の表情を見て、結果だけが私に伝わる。

 私は、暫く体を動かすことができずに、鳥肌すら立っていると自分で気がつくのはそれから少ししてからだった。

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