歯車
(なんだあんな奴。もう頼まれたって優勝させてやるもんか)
ボチャン、私は湯船の中に顔を沈めた。
清陵高校まで行って帰ってきて、足が張っているように感じる。明日は筋肉痛かもしれない。
(でも……、おばあちゃんの夢は叶えてあげたいなあ。祥太郎の奴、自力で優勝できるってのかよ)
湯船の中から両足だけ出し、バシャバシャと水を叩いた。
「コラ! お父さんが帰ってきたからさっさと出ちゃいなさい」
お母さんが、お風呂場の扉を開けて言った。
私はお湯の中から顔を出し、お母さんの顔をじっと見つめた。
「な、何よ」
「……お母さん、タンポポの花言葉って知ってる?」
タンポポは、『許容』。原西に対してしょっちゅう使ってる言葉だ。遅刻も居眠りも何でも許してくれる。
「ああ、それなら分かるわよ。タンポポはあんたの誕生花だからね」
「えっ!?」
私は思わず湯船から体を起こした。
「えー……と、確か『飾り気のなさ』とかだったかしら。あんたが生まれた時にお父さんと二人で調べたのよ」
(……ウソ)
「それより、さっさと出なさいよ。お父さん待ってるからね」
お母さんは、そう言うとお風呂場の扉を閉めた。
(んー、まさかこんな事があり得るとは)
私はタオルで頭を拭きながら、牛乳ビンを口元に運んだ。
(これからはその人の誕生花なんかも気をつけなきゃ。少なくとも、しょっちゅうこの力を使う相手の分くらいは)
……それから少しして分かった事だが、どうやら一度正解を言われた相手に同じ言葉は使えないらしい。つまり、お母さんに対して二度とタンポポを使えないのは当然だが、例えばコスモスとかで『許容』を使おうとしても、それはお母さんには通用しない。そっくり同じ言葉でなくても、それに準じる意味の言葉も同様に。
(と、言う事は……。ええー!? 私もうお母さんには『許容』を使えないの!?)
私は自分のベッドの上で飛び上がった。
「ウソウソウソ! せっかくこんな凄い力があるのにこれじゃ意味ないじゃーん!!」
私は悔しさを堪えきれずに地団駄をふんだ。
許容は、恐らくこれからも最も高い頻度で使うはずだったベストオブ花言葉だったのに。
(くそ、私の誕生花がタンポポでさえなければ〜!)
いや、それより遅刻しそうになったあの日、たまたま見つけた花がタンポポ以外の花だったら良かったのに。そうすれば、許容を他の花で使えてたんだ。
(いや、いやいやそれより、タンポポの花言葉がもっとバカみたいに長くて難しくて絶対覚えてられないようなのだったら良かったんだ! 飾り気のなさってなんだよ! そんなの簡単すぎるよ!)
この悔しさは暫く収まりそうにない。
私がそんな事に頭を悩ませている頃、清陵高校は甲子園大会の一回戦を順調に突破していた。