すばらしき能力
「美木ー! 早く朝ごはん食べなさい。学校遅れるわよ」
扉の向こうからお母さんの声が聞こえる。
「は、はーい!」
私は慌ててノートを閉じると、バラを花瓶に戻して部屋を出た。
「………………」
お母さんは、まだ先ほどの不可解な出来事を疑問に思っていた。当たり前だけど。ただ、その疑問は「どうして体が勝手に飛び上がったのか」ではなく「どうして突然飛ぼうと思ったのか」となっているようで、それは幸運だった。突然体が飛び上がるなんて、一生をその謎の解明に使っても損しないくらいの大問題だ。
「あら。チャンネル変えるの?」
ニュースの春の花言葉特集が私には退屈で、他の番組に変えようとしたらお母さんに突っ込まれた。二回も花言葉を尋ねたんだから当然か。きっと、私は物凄く花言葉に興味のある娘だと思われてるんだろう。
「いーのいーの。別に興味ないし」
そう言って、私はチャンネルを変えた。
「変な子。それより急ぎなさいよ。もうこんな時間なんだから」
現在、8時20分。
「あーっ!!」
私は大声を張り上げた。
「やっば! 遅刻しちゃう」
私はスクランブルエッグを口の中にかきこんで、走って部屋に戻った。大慌てで制服に着替え、カバンを手に取り、部屋を出る。
ガチャン。
「いってきまーす!」
バタン。
ガシャガシャガシャガシャ、自転車のカゴの中でカバンが転がりまわる。私は、短めのスカートにもお構いなしに自転車に立って漕いだ。
(さすがに間に合わないかあ〜)
8時30分。いつも30分以上かけて登校しているところを急に10分にしろって言われたって、そいつは無理な相談だ。
(あーあ。また原西に怒られちゃうなあ)
――ふと。私は自転車に急ブレーキをかけると、電信柱の根元のそれに目を向けた。
「コラァ! また遅刻か吉村!」
教室に入ると、さっそく原西の罵声が飛んできた。コイツ、いっつも私を目の敵にしやがるんだ。
(……でも、へへーんだ)
私は黙って原西の傍に近寄ると、他の生徒には聞こえないように囁いた。
「先生。タンポポの花言葉って知ってます?」
「あ? そんなの別に――」
答えられるワケないじゃん。私は内心ほくそえんだ。
「あー。ま、今日のところは許しといてやる。さっさと席つけ」
『鬼畜』、原西琢哉の想定外の発言に教室内がざわめく。
「イエイ」
私は、驚く皆に向かって両手でピースした。
――その後も、私はこの不思議な能力を自由に使った。原西に掃除当番を代わってもらったり、授業中の居眠りをスルーさせたり、期末テストを一週間延期させたり。もう、何でもできる。そう考えると信じられないくらい世界が明るくなっていた。