世廻ノ章2『魔女のシチュー』
冷たい記憶。
暖かいシチュー。
忘れられたグラビティー。
「…………」
目を覚まし、起き上がったウォックは、無言で魔女を見つめる。やはり、夢で見た女の子と似ている。
「ん? どうしたウォック、沢山の情報に脳が追い付いてないのか? まぁ私の膨大な知識の一部だからな、少し休むといい」
魔女は優しくそう言うと、部屋を出ていく。周りを見るにベッドだけ置かれた元空き部屋とウォック予想する。恐らくこれからここがウォックの部屋になるのだろう。
「あんたは…人間を憎んでいるのか…?」
ウォックはそう呟くと、忘れるように頭を横に振り、ベッドから降りて少し身体を動かす。
身体を動かしながら、少し頭の中を整理する。
「……なるほど、こりゃ凄い」
覚えのない景色や地形、道具の作り方が記憶にある。だが少し変な感じだ。その記憶が、魔女のものにしては少し視点が高いと思ったのだ。
「まぁ、いいか」
ウォックはそう言うと身体を伸ばし、部屋を出る。
「おー、おぉ~? 随分広いんだな」
扉を開けると、そこは木で出来た通路は狭いが、長い廊下だった。左のほうから香ばしい肉の匂いがする。魔女がキッチンで料理を作っているのだろう。魔女の料理と聞くと、キノコやよくわからないものが入ってるイメージだか。
「隣の部屋は……遠いな」
ウォックは右の通路を探索する。隣の部屋までの距離は、その間に3つは部屋を作れる間隔が開いていた。
「コンとノックでおじゃまむし……この匂い…なるほど、ここが魔女の部屋か」
香水のような…いや、これはポーションの匂いだろう。魔女の部屋には調合台が置かれており、沢山の本とベッドだけがあった。散らかっているのかと思いきや、意外にも綺麗に整頓されている。
「料理も掃除も出来るのか…なんか、普通だな……魔女ならこう、飯マズで散らかっててキツい臭いで…って感じだろ」
「ほーう? それが君の魔女のイメージか?」
背後から聞こえた魔女の声に、ウォックはビクリと身体を震わせる。ゆっくり振り返ると、そこには笑顔が素敵なお姉さんが居ましたとさ。
「【ヘビー・グラビティー】」
「ぅぐっふぉえぇぇ!? おっっもッ!!?」
「しばらくその重さで過ごすといい、ほら、料理が出来た、冷めないうちに腹に入れろ」
ウォックに【グラビティー】という重力魔法を使った魔女はそう言って部屋を出る。
「いやっ、これ…牛に乗っかられたみたいに重い…っ!」
ウォックはそう言いながらも、部屋を出て、「長い通路をこの状態で歩くのか…」と思っていたが、目の前に広がっていたのは木目が綺麗なテーブルとイスがある部屋だった。テーブルにはシチューが置かれている。
「なっ、え? すご」
ウォックはいろいろな意味での凄いを口にする。まず魔法で部屋を入れ換えた、というのは予想できる。そして次に注目すべきはシチューだ。
「な、なんだこれ…すっっげぇ……旨そう!」
「私特製、お肉たっぷり野菜ごろごろ魔女シチューだ! 旨いぞ」
湯気が舞い、光に照らされキラキラと輝く白いシチュー。そして芋や肉がごろごろと入っている。見ているだけでも涎が垂れてくる。
「さぁウォック、座れ、イスを壊さないようにな」
「あ、あぁ……ってかなんか服変わってね?」
「まぁな」
ウォックは、魔女らしい装備から、私服姿にいつの間にかなっていた魔女に動揺しつつも席に付く。
「「いただきます」」
二人はそう言ってスプーンを手に取り、シチューを掬う。
「はむっ……ん、んん!? う、うめぇ!? なんだこれ、スゲー旨いぞ!?」
「ふふっ、当然だ、しっかり練習し……いや、なんでもない、魔法の力だ」
ウォックは魔女の言葉に少し疑問を抱くが、シチューのことで頭がいっぱいだった。
「あっ、なあ……って、えーっと?」
ウォックはそう話そうとするが止まってしまう。呼び方を迷っているようだ。
そういえば、ウォックの名は知られているが、ウォックは魔女の名を知らない。
「…師匠と呼べ!」
「え、名前は」
「師匠だ。いいな?」
「は、はい、師匠」
強引に決定された。何か誤魔化された気もするが、やはりウォックはシチューのことで頭がいっぱいだった。
「……そうだ、この家の感想はどうだ?」
魔女は唐突にウォックにそう聞く。
「なんだよ突然……まぁいいと思うよ、廊下が長いけど…木のいい香りがして」
ウォックは素直な感想を述べる。それを聞いた魔女は少し照れていて、嬉しそうだった。
「ところで…君は敬語を使う気はないんだな」
「んあ? あー、堅苦しいのは苦手だからな、敬語とか使ったことねぇし」
「全く…まぁそれくらいは許すが………」
魔女は横目でちらりとウォックを見て続ける。
「口にシチューが付いてるぞ」
「え、マジで?」
ウォックがそう言って服の袖で拭こうとすると、謎の力によってその腕は1ミリたりとも動かなくなる。
「やっぱりそうやるかっ! 横にハンカチを置いておいたというのに! 服が汚れるから袖で拭くなとあれほど……」
魔女はそう言ってハンカチを手に取り、ウォックの口を拭う。
「え? 俺そんなに言われたっけ?」
ウォックの言葉に、魔女の手が止まる。
「あ、いや……すまん、どうも君の顔を見ていると調子が狂うようだ、さ、そんなことよりこれを食べ終わったら早速魔法を教えるぞ」
「マジか!! 早くやろう、俺は1秒だって無駄にできないんだっ!」
ウォックはそう言ってシチューをかき込むように食べ終える。またしても誤魔化された気もするが、今度は魔法のことで頭がいっぱいだった。
魔女のその様子を暖かな笑みで見守っていた。
食べ終えたシチューの味は、どこか懐かしく、とても美味しかった。
次回は魔法回!