世廻ノ章1『大災厄の魔女』
(………ん? なんだこの匂い……花か? いや待て……?俺は今どこに居るんだ?)
何故だか目を開くことが出来ないが、意識がハッキリしていく。花のような不思議な香りに包まれ、柔らかい布…ベッドに寝かされているようだ。居心地はいいが変な緊張感がある。
「__全行程終了。……さてウォック、質問に答えろ」
(誰だ? 俺の名前を知っている…? 国の兵か?)
聞いたことのない女性の声に、ウォックは身構える。といっても身体は動かない。
「年はいくつだ?」
「18歳だ」
ウォックはそう即答する。
(な、なんだ…!? 俺の口が勝手に!?)
そう、ウォックの口が勝手に喋ったのだ。こんなことあるはずがない。
「じゃあ次だ、君はなぜあそこで倒れていた?」
「国の兵士達にやられた」
謎の女性は疑問をウォックに問い掛けていく。
「では、君はなにがしたい?」
「……妹達を助けたい」
「その為には?」
「その為には……」
……その為には、“大災厄の魔女”の弟子になる。
「……よし、もう起きていいぞ」
女性がそう言うとウォックの身体が自由になる。目蓋をゆっくり開けると、ウォックは女性の顔を見て鳥肌が立った。
「お前はッ!?」
ウォックはそう言って、女性の顔を見て驚愕する。この世界で知らぬ者など赤ん坊だけと言われる…そう、彼女こそが“大災厄の魔女”だ。
「やぁ、初めまして…ウォック。そしてようこそ私の世界へ」
大災厄の魔女はそう言ってウォックを歓迎する。
そう、大災厄の魔女が普段どこに身を隠しているのか。その答えがここ、《魔女の世界》。もちろん毎日ここに居るわけではない。《人間界》にも隠れ家がいくつも存在するという噂だ。
「……っ」
出会うことには成功した。弟子になりたいのは山々だが、目の前に居るとなると緊張や恐怖が強くなる。
「そう固くなるなウォック、君は私の弟子になるのだろう?」
「さ、さすが魔女だ……俺の心が読めるってか?」
「いや、普通は読めないさ。でもさっき君の頭の中を見させてもらったんだ。その時にちょっとした魔法をかけた……まぁ要するに私に隠し事や嘘は意味がないということだ」
やはりさすが魔女、というべきだろう。人の脳に直接魔法を施す、というのは魔法に優れている国でも危険性があるためそれだけは禁忌なのだ。危険性というのは前例があり、簡単に言うと失敗すると全ての記憶が消え、脳の活動がほぼ停止する。そうなったら最後……なにも言わない、なにも考えない。ただの人形となる。
「ま、まぁ、話が早いのは助かる! 頼む、俺を弟子にしてくれ!」
ウォックは土下座をして魔女に頼み込む。そもそも魔女が弟子にしてなんのメリットがあるのかと思うがこの際、腕を取られようと寿命が縮もうと関係ない。
「いいぞ」
「……は?」
魔女は即答だった。即答すぎてウォックは予想外と言った表情で魔女を見る。
「何も意外なことはない、魔女の気まぐれだ、まぁそろそろ弟子をとってもいいかなーとは思っていたところだ、それに君は魔力こそ少なからずあるがとても不器用だ、普通そんなやつは魔法なんて教える価値がない……だが、そんな底辺を頂点に育て上げることが出来ないようじゃ、“大災厄の魔女”とは言えないだろう?」
つまりはこの魔女……バカに魔法を教え、どこまで天才にできるか……という実験をしたいだけだ。
「あ、えっと……じゃあ俺は?」
「あぁ、今から君は“大災厄の魔女の弟子”。歓迎しよう、ウォック」
魔女はそう笑顔で言った。ウォックはその笑顔に苦笑いを返すことしかできなかった。何故ならわかっていたのだ。これから地獄のような試練が行われることを。
* * *
《魔女の世界》、時刻…無し。魔女の家にて。
「では弟子になる以上、必ずやってもらいたいことがある」
魔女は椅子に腰を下ろしてそう言う。
「お、おう、なんでも言ってくれ!」
「よし、ではまず役割分担だが……」
役割分担、と聞いてウォックは「ん……?」と首をかしげる。
「料理はできるか?」
「料理はできない、でも肉を焼くくらいなら出来る」
「ふむ、ではそうだな……君は不器用だし掃除を任せても悲惨な未来しか見えない……ん? じゃあ君はなにができる?」
「力仕事なら任せてくれ!」
そこで魔女は気付く。「こいつ脳筋だ」と。
「……あとで脳を弄っておくか……」
「なんかさらっと恐ろしいことを!?」
ウォックはバカだ。例えば10+8を108と答える。しかし変なところの勘は鋭い。よく考えればちゃんと理解できる辺りまだマシだ。
「1割は冗談だ、じゃあ君に狩りを教える、食料調達係だ、それくらいしか出来なさそうだしな、私が家事をやろう」
「いやその前にそれ9割本気ってことだよね!? ほぼやる気だよね!? というかやっぱり家事の役割分担なのね!?」
家事の役割分担。やってもらいたいこと、というのがそれだとは思いたくなかったので頭から除外していたウォックだが、弟子になるということは、この魔女と共に暮らすということだ。
「まぁ料理は任せろ、私の飯は美味しいぞ。ということで次だ」
魔女はそう言うとささっと次の行程へ進む。
「君にこの世界のことを教える。はい、おやすみ」
「は? え、ちょっ、まっ……!」
ウォックのその言葉は届かず、魔女は魔法でウォックを眠らせた。
* * *
__大勢の人達がこちらを見上げている。その目は恐怖や怒りといった感情が混ざりあった、あまり気分がよくない目だ。吐き気がしてくる。
(なんだ……? なんで皆俺をそんなに睨んでるんだ……?)
ウォックは朧気な意識の中、今の状況がどうなっているのかわからない。
「ではこれより、大罪人■■■■■■の……処刑を行う!」
周りの人よりも少し良い素材で出来た服を着ている老け顔の男がそう言った。すると両刃剣を握った若い男がウォックのいる台の上に乗る。
(処刑…!? やめろ、俺は妹達を助けるまでは死ねない! 第一俺が何をした!? ……いや、お前ら国の連中かッ!)
ウォックは叫ぶように言う。……そう、叫んだはずだ。だがその声は誰の耳にも入っていないように見える。
ここでウォックは気付いた。あの人の目も、声も、全て自分に向けられたものではないことを。よく見れば自分の身体は台の中心より前の方に浮いていた。ウォックは後ろに何かを感じて振り返ると、そこには同い年くらいの少女が手足を枷固定されていた。
(な…んだ……これ……)
その少女の瞳には光は無く、全てに絶望しているようだった。……すると、台に乗った処刑役の男が少女に、他の人には聞こえない声量で言った。
「ありがとう■■■、騙されてくれて………おかげで僕は英雄になった。本当に、本当に…お前が騙されやすくて嬉しかったよ」
男はそう言って微笑むと、両手で握った剣を天に掲げる。
(やめろ、お前__ッ!)
ウォックは男の腕を掴み、剣を奪おうとした。しかしその手は男の身体をすり抜ける。
(な……! 俺に何もせずただ見ていろとでも言うのか!?)
ウォックがそう思っている間に、男の剣は少女の首元を目掛けて振るわれる。
(やめろォォォーーーッッ!!!)
ウォックは叫び、腕を伸ばす。すると直後、周りの時が止まったかのように人々の動きがゆっくりになり、少女が口を開いた。
「……もう何も信じない、人間は…敵だ」
少女のその声に、ウォックは覚えがあった。
(この声…確かさっき……)
ウォックがそう思った瞬間。周りの時が正常に動き出したかと思えば少女は一つ、全ての人間に向けて言い放った。
「貴様らに“大災厄”を齎そうッ!!!」
……そこでウォックは目を覚ました。